遊悟
2026-05-09 11:49:54
1658文字
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Sundown

IFのエンディング

 夜宵の振るった妖刀『──』無名が、陽羽の腹を貫いた。
 獲った。刀の柄から伝わる衝撃が、それが致命傷たり得ることを夜宵に伝えていた。
「あ、れ?」
……終わりだ、陽羽」
 夜宵が力任せに刀を引き抜けば、陽羽は腹から鮮血をとめどなく溢れさせながら、二、三歩よろめいて。
 そうして、夜宵の方へと倒れ込んできた。
―――
 負傷者陽羽を反射的に抱き留めてしまったのは、警察官としての悲しいサガ
 夜宵は心の中でそう言い訳をして、そのままその場に座り込む。
「いくらお前簒奪者でも、これ以上の蘇生は無理だ。
 ―――最期に言い残すことがあるなら、肉親のよしみで聞いてやるが?」
……
「何だ?」
 血の気の引いた唇が動いた気がして、夜宵は陽羽の口に耳を寄せる。
「にいちゃ……
……っ」
 舌足らずなその呼び方。遙か昔の―――まだ両親が健在で、憎しみ争うこともなかった、幼き日々の記憶が呼び起こされる。
 そっと陽羽の顔を伺えば、目の焦点はあっておらず、どこか茫洋としていた。
(「記憶が、混在しているのか……?」)
 死を前にして、陽羽は子供返りしてしまったのかもしれない。
 ああ、これでは、なぜこのような凶行に走ったのか、その原因を聞くこともかなわないか。
 頭の片隅でそう冷静に判断する自分は冷たい兄なのかもしれない。夜宵がそこまで考えたところで、陽羽が血にまみれた手で、夜宵の腕をぎゅっと掴んできた。
「やっと、見てくれた」
「え?」
「ひどいや、にいちゃん。おれ、ずっとにいちゃんとあそびたかったのにさ。
 にいちゃんはいつも、ちがうひとのことばっかりでさ」
 言葉を失う夜宵の腕の中で、陽羽は嬉しそうに口角を上げる。
「ああ、でも、いいや。いま、こうして、おれのこと……みて、くれるもん。ひとりじめ、だもん」
 えへへと無邪気に笑う。青ざめ、冷や汗がとめどなく流れるその顔で。
「やった。にいちゃん……おれの、にいちゃ……
「陽羽……
 自分は言わねばならない。
 お前は今まで一体いくつの罪なき命を無残に散らしてきたのか、と。
 人としての道を踏み外し、他者の命を蹂躙し続けた、その罪をいまあがなわねばならないのだ、と。
 だからいま、お前は無様に、無残に、痛み苦しみ、あえいで死にゆかねばならないのだ、と。
 そう断罪せねばならない。ひとりの警官断罪者として―――否、ひとりの人間として、外道に堕ちた者へ。
 本当は引導を渡さねばならない。けれど。
……ああ、そうだな。ごめんな、陽羽」
 夜宵は陽羽を抱き寄せた。その腕が血で汚れることも厭わずに。
「お前が眠るまでずっと側にいてやる。だから、だから……
 一瞬天を仰いでから、陽羽に視線を戻し、抱きしめる腕の力を強める。
「だから……もう、眠っていいんだよ、陽羽」
「ん……
 自分とうり二つの赤い髪に、指を通す。そのまま、血の通った左手でその頭をわしゃわしゃとなでる。
 ああ、こうやってなでてやるのは、一体どれくらいぶりか。
 一体、何度撫でてやっただろう? そして、きっとこれが最後の……
「じゃあ、おきたら、またあそんでね?」
 やくそくだよ、と陽羽はもう殆ど動かせなくなった手を伸ばしてくる。
 指切りをしようとしていることは理解できた。
 夜宵は一瞬、自由な方の右手を差し出そうとして―――陽羽を抱え直し、左の小指を陽羽のそれと絡めた。
「ああ、約束だ。明日、お前が起きたら、お前の気がすむまで遊んでやる」
「やったぁ、ありがと、にいちゃ」
 陽羽は、こほ、と血を吐いて、そして。
「じゃあ、おやすみなさい……にいちゃ」
「ああ、おやすみ、陽羽」
 自分がいまどんな顔をしているのか分からない。
 それでも、精一杯口角を上げ、瞳を細め、笑顔を作って、夜宵は陽羽に語りかけた。
「さよなら―――俺の、たったひとりの、弟……
 そうして、夜宵はもう動かなくなった陽羽の身体をきつく抱きしめたのであった。