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夜明 奈央
2026-05-09 09:13:26
1996文字
Public
中太SS
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#期間限定中太ドロライ企画「嫌がらせ」
太宰失踪時、置いていかれた中也の話
2026年5月3日初出
「太宰幹部が失踪した」
出張から帰還したばかりの俺は、最初聞かされた事実を笑い飛ばそうとした。そんな莫迦な。悪い冗談は寄せ。しかしそれを実際に口にすることはなかった。続いて首領の呼び出しを告げられたからだ。ひくりと喉の奥が引き攣る。
いずれこんな日が来るのではないかと、心のどこかではわかっていた。マフィアに加入すると決めた太宰は「試してみる」と言った。あれから3年、試行の結果が出るには十分な月日が流れていた。太宰の満足のいく結論が得られているとは思っていなかった。
認めるのは癪だが、太宰は優秀だった。組織の収入、他組織との折衝、敵対組織との攻防。あらゆる業務を担当し、そしてあらゆる機密情報を頭の中に収めている。敵対組織に売れば一夜にして巨万の富を築き上げるのは容易いだろう。もちろんそうなればポートマフィアの破滅は対となってやってくる。また、相手が政府であっても同様にポートマフィアは破滅する。そんな奴が失踪して、捨て置くわけにはいかない。
俺の自宅に大勢の構成員が詰めかけるのを拒否することはできなかった。形式的にでも許可を取ったのはせめてもの温情か。もし太宰が俺を巻き込んでいたらこれくらいのことは織り込み済みだから、どちらかといえば他の構成員から俺への疑念を晴らすのが主な目的だろう。
構成員が家中ひっくり返す勢いで太宰の行方に繋がる痕跡を探す。俺はそれをただぼんやりと眺めていた。気になる物があれば説明を求められるが、めぼしいものは見つからなかった。流しに置かれたマグカップ、洗濯かごに放り込まれたシャツ、読みっぱなしの新聞紙。太宰の痕跡は至る所に残っているが、それらは全て俺が出張に出かける前と寸分違わず同じだった。もちろん置き手紙や隠しメッセージの類もない。俺の端末も念のためとチェックされたが、太宰からの連絡も怪しい通信履歴も予約履歴もない。
失踪したと聞いた。ならば当然出ていったのは太宰本人の意志だろう。その気にさえなれば俺にだけわかるメッセージを残すのはあいつにとって造作もないことだ。つまりはそういうことだった。
俺はあいつが失踪した詳しい状況さえ知らされていない。何かきっかけとなるようなことがあったのか、はたまたただの気紛れか。少なくともあいつにとって、俺は別れを告げる価値さえないと判断されたということか。あんなにもべったりだったというのに。俺にとってのあいつと、あいつにとっての俺は同価値ではなかったということか。
「車の方もよろしいでしょうか?」
不意に声を掛けられ、思考が乱される。半拍遅れて返事をして、構成員を伴って駐車場へ向かう。立場上全てを調べる必要があるのでそうしているだけで、声を掛けてきた本人も本気で車に何かがあるとは思っていないだろう。俺の愛車は予想通り出張前と違わずそこに佇んでいる。鍵を開け、構成員を促す。最早自分で確認する気にもならず目を離していたが、突然爆音と共に火の手が上がって顔を上げた。
誰かが「敵襲かっ!?」と叫んだ。誰かが「消火器を!」とまた叫んだ。愛車は黒煙を上げて轟々と燃え盛っており、扉を開けた構成員は吹っ飛ばされて近くの壁に身体を強打している。俺が呆然とそれを見守っている間に他の構成員たちが手早く消火活動を進め、ガソリンに引火する前に炎は消し止められた。
くそったれだ。マフィアなんてやっている以上、命を狙われる心当たりは掃いて捨てるほどある。けれど実際にこうして命を狙われることなど数えられる程度しかない。ポートマフィアとはそれほどに強大な組織だ。それがよりによってこんな日だなんて、どれだけ俺の心をかき乱せば済むのだ。
消火され、まだ薄っすらと煙が上がる車に近づく。扉を開けると、助手席のシートの上に何かが落ちていた。拾い上げて薬剤を払う。何かの鍵のようだった。自分の家の合鍵であることに気づくのには、そう時間はかからなかった。
「くそったれ」
今度ははっきりと声に出た。握りしめた金属の塊は、まだほんのりと熱を帯びている。見覚えのあるキーホルダーは、それが太宰に渡していたものだと告げていた。マフィアに忠誠を誓った身であれど、あいつの存在を告げ口するような野暮な真似をするつもりはなかった。いつでもこれで戻ってきてくれて良かった。あいつにその気がなくても、持っていってくれて良かった。
「くそったれ」
何も言わないつもりなら、そのまま何も伝えずに消えてほしかった。俺がどう思うのかなんてきっとこれっぽっちも考えていない。いや、逆か。あの男は、俺を最悪な気分にするためにこうしたのだ。
絶対にこれで終わりになんてしてやらない。あいつだけ別の人生を歩むだなんて許さない。あいつが嫌になるくらい、一生あいつに囚われて生きてやる。いつまでもあいつの掌の上で転がされてたまるか。
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