ポほ
2026-05-09 07:55:30
6075文字
Public オトメビギナー
 

なっちゃった

りやめのスピンオフです。
本編とはパラレルで気楽に書いた話なので、違いを楽しんでいただければ幸いです。
狐の子はついていないショタを想定してます。
梨花ちゃまに対する羽入、AMNESIAのオリオンみたいな感じか

 春の匂いがする校庭の隅で、よしいつきは俯いていた。
「おい吉田ー、またメガネ曇ってんじゃん」 「前見えてんのかよ?」
 同級生の男子たちが笑いながら肩を押す。樹は反抗できなかった。
……や、やめ……
 声は小さい。言葉は最後まで出ない。長い前髪の奥で視線を泳がせていると、不意に男子たちの後ろから声が飛んだ。
「おい。やめろよ!」
 小柄な少年だった。
――月城つきしろそう
 樹より頭ひとつ小さいくせに、妙に迫力がある。肩には竹刀袋。この辺りでは有名な月城流剣術の次期当主で、子供同士の喧嘩では負けなし――なんて噂まで立っている。
 男子たちは顔を見合わせると、露骨に嫌そうな顔をした。
「げ、月城だ」 「行こーぜ」
 逃げるように去っていく背中を見送り、宗真はふう、と息を吐いた。
「ったく……
 そして振り返る。
「大丈夫か?」
 樹は慌てて頷いた。
……ごめん」
「なんで謝んの?」
 宗真はきょとんとする。
「また助けてもらったから……
 すると宗真は、当たり前みたいに笑った。
「友達だろ?」
 樹は思わず顔を上げる。陽の光を背負った宗真は、やっぱり小さい。なのに、どうしてこんなに大きく見えるんだろう。
――俺はずっと、宗真に守られてばっかりだ。

 学校では、一番の親友だった。けれど宗真は月城流の跡取りとして毎日稽古に追われていて、放課後や休日に遊ぶことはほとんどない。
 五年生の時、クラスが別になった一年間は、ほとんど話すこともなくなっていた。六年生でまた同じクラスになって、ようやく以前みたいに話せるようになったくらいだ。
 それでも宗真は、樹を見るといつも笑ってくれた。
 そのことが、少し嬉しくて。少し苦しかった。

 小学校は卒業したものの、樹は結局、変われないままだった。
 卒業アルバムの寄せ書きページ。書き込まれた字は宗真のものだけだ。
『中学でもよろしく!』
 丸っこくて勢いのある字。樹はその文字を見つめたまま、小さく息を吐く。
 背だけは平均くらいまで伸びた。でも相変わらず声は小さいし、前髪は長い。人の目を見ることも苦手なままだ。
 対して宗真は、すっかり有名人になっていた。月城流の跡取り。最近の剣術大会でも優勝したらしい。
 背は相変わらずあまり高くないものの、誰よりも堂々としていて、自信に満ちている。クラスの中心にいるようなやつだ。
 なのに。
 
「樹!」
 卒業式の帰り道、宗真は昔と同じ調子で駆け寄ってくる。
「中学でもよろしくな!」
……うん」
 並んで歩きながら、樹は俯いた。
――俺も変わりたい。
――宗真みたいになりたい。
 その時だった。
「ねえ知ってる? 丘の上の神社」 「願い叶うんだって!」「中学行ってからのこと、お願いしに行こっか」
 前を歩く女子たちの会話が耳に入る。丘の上の古い神社。なんでも願いが叶うらしい、なんて噂。
 そんなもの、信じてるわけじゃない。
……でも。

 帰宅した後、樹は半ばやけくそのような気持ちで、夕暮れの坂道を登り始めていた。
 神社は、不気味なくらい静かだった。石段を登った先。古びた境内には誰の姿もない。
 樹は賽銭箱の前に立ち、ぎこちなく手を合わせた。
――変わりたいんです。
 瞼を閉じる。
――宗真に守られてばかりの自分を。
 長い前髪の奥で、唇を噛む。
――ちゃんと、変えたい。
 その瞬間。ぶわっ、と強い風が吹き抜けた。
「うわっ!?」
 樹は咄嗟に踏ん張ろうとして、濡れた石畳に足を滑らせる。そのまま勢いよく、境内の隅にあった小さな祠へ突っ込んだ。

 ガシャッ!!木片が飛び散る。
 静寂。
…………
 樹はゆっくり顔を上げた。壊れた祠。その中には、古びた札のようなものが収められている。
……いや、“収められていた”。
 札は真っ二つに裂けている。樹の顔から血の気が引いた。
「な、なんでこんなとこに……?これ、呪われるやつとか……!?」
 半泣きで手を合わせる。
「ご、ごめんなさい、ごめんなさい……!」
 慌てて壊れた木片を拾い集め、形だけでも直そうと悪戦苦闘していた、その時だった。
「あーーーっ!!」
「!?」
 声。樹はびくりとして振り向く。鳥居の上。
 いつの間にか、誰かが座っていた。
 白装束。小柄な身体。そして頭には――狐の耳。
「やっっっと出られたーーー!!」
 狐耳の子供は、空に向かって大きく伸びをした。
「いやー、百年ぶりくらい? 肩凝った〜」
…………え?」
 樹は固まる。狐耳の子は、そんな樹を見下ろしてにこっと笑った。
「ありがとね。封印解いてくれて」
「ふ、封印……?」
 樹は壊れた祠と札を見比べる。
「祠壊しちゃったけど……いいってこと?」
「そ」
 あっさり頷く。
「だからお礼」
……え?」
 狐耳の子は、悪戯っぽく目を細めた。
「君、“変わりたい”って言ってたからー……
 そして、にんまり笑う。
「変えといた!」
 樹は嫌な予感しかしなかった。
……何を?」
 しかし、その場では何も起こらなかった。

 境内を風が吹き抜ける。狐耳の子は楽しそうに笑っている。その笑顔を見ながら、樹はなんとなく思った。
――絶対ろくなことにならない。

 翌朝。
 樹は目を覚ました瞬間、違和感を覚えた。
……?」
 まず、視界が少し低い。それに、首の後ろに髪が触れている気がする。妙な感覚に戸惑いながら身体を起こし――
……っ」
 胸元に、確かな重みを感じた。
 しかも。視線を落とす。パジャマ越しにも分かるくらい、大きい。
…………
 数秒停止。脳が現実を拒否する。しかし現実は待ってくれない。
「えええええええええええ!?」
 自分でも驚くくらい高い声が部屋に響いた。慌てて鏡へ駆け寄る。
 そこに映っていたのは――自分によく似た少女だった。
 長くなった髪。丸みを帯びた輪郭。華奢な肩。そして、どう見ても女の子の身体。
「な、なんで……
 樹の顔が青ざめる。
「や、やっぱり祠の祟りが……
「違う違う、お礼だから」
「うわぁっ!?」
 声のした方を見る。
 狐耳の子がベッドの上であぐらをかいていた。
「た、頼んでないけど!?」
「えー? でも“変わりたい”って言ったじゃん」
「そういう意味じゃ――
 
 コンコン、とノックの音。
「樹!? どうしたの!?」
 母親が部屋へ入ってくる。樹は慌てて狐耳の子を指差した。
「お、お母さん! あれ見えてないの!?」
 しかし母親は、狐耳の子にまったく反応しない。
「そりゃ、樹以外には見えないよねー?お約束だよね?」
 狐耳の子はけらけら笑う。
 つまり。この存在は、樹にしか見えていない。
「っていうか樹……じゃない!?」
 母親はぎょっと目を見開いた。
「あなた誰!?」
「お、お母さん! 信じてよ! 昨日神社で――
 そこまで言った瞬間。母親は、はっとしたように瞬きをした。
……そうよね」
「え?」
「お母さんどうかしてたわ」
 首を傾げる。
「なんであんたのこと、男の子だと思い込んでたのかしら」
…………え?」
 樹は固まる。母親は完全に、“最初から樹が女の子だった”かのように振る舞い、廊下に去っていった。
「え、お母さんどうしたの!?」
「説明大変だろうから、親御さんの分はサービスしといた」
 狐耳の子が得意げに言う。
「はあ!?」
 樹の悲鳴が、朝の家に響き渡った。

 春休み初日の朝。
 学校もないため、幸いまだ誰とも顔を合わせていない。だが樹の精神は限界だった。
「ていうか、早く元に戻してよ……!」
 鏡の前で半泣きになりながら叫ぶ。するとベッドの上で寝転がっていた狐耳の子が、面倒くさそうに手を振った。
「昨日から結構頑張ったから無理〜」
「そんな無責任な……!」
 樹は自分の胸元を押さえる。動くだけで揺れる感覚がある。というか、明らかに大きい。
「お、俺、どうしたら……こんなに胸が大きかったら動きにくいし、恥ずかしいし……!」
「人間って大変だねー」
「お前のせいだろ!」
 怒鳴り返してから、樹ははっと黙り込む。
……こんな時、誰に頼ればいいんだろう。
 母親は駄目だ。あの様子だと、“最初から樹が女の子だった”と完全に思い込まされている。
 むしろ今の樹が助けを求める方が不自然になってしまう。混乱した頭のまま、樹は気づけば家を飛び出していた。
 手には卒業アルバム。向かう先は――月城家だった。

「大丈夫かな……
 月城家の門の前で、樹はインターホンを見つめる。
「俺だって、分かってくれるかな……
 狐耳の子はその横でふわふわ浮きながら笑った。
「言っとくけど、さっきお母さんにやったアレはもうできないからね」
「それだって余計なの……!」
 意を決して、インターホンを押す。
 しばらくして玄関が開いた。
「はーい……って」
 出てきた宗真が、きょとんと目を瞬く。
……誰?」
…………
 樹は固まった。狐耳の子が横でニヤニヤしている。
「言っちゃえ言っちゃえ」
「うるさいな!」
 思わず反射的に怒鳴る。宗真は目を丸くした。
「へ? いきなりどうした?」
「あ、いや、違くて……!」
 しどろもどろになる樹を、宗真はじっと見る。
「なんか樹に似てるけど……あいつ、妹いたっけ……
 ふと視線が下に落ちる。春物の服の上からでも分かる膨らみ。宗真の思考が一瞬止まった。
(ムネでかいな……いや、そうじゃないか)
「お、俺がその……樹なんだけど」
「?」
 宗真の顔が完全に「何言ってんだコイツ」と語っている。樹は慌てて卒業アルバムを開いた。
「ほ、ほら! このアルバム……宗真に書いてもらったやつ」
『中学でもよろしく!』
 見覚えのある自分の字。宗真はアルバムと樹の顔を交互に見比べる。
 沈黙。
……え?」

 樹はなんとか事情を説明した。神社。壊した祠。狐耳の子。目が覚めたら女の子になっていたこと。
 宗真は腕を組み、ものすごく難しい顔をしている。
……いや、意味わかんねーけど」
「う、うん……
「でも、オレしか寄せ書き書いてないアルバムっていったら……
 宗真は樹の顔を見た。
……ほんとに、樹なんだよな」
 その言葉に、樹は少しだけ肩の力が抜けた。
 しかし。
「で、その狐のヤツってどこにいるんだ?」
「さっきからお前と重なるの楽しんでる……
「?」
 宗真には見えていない。狐耳の子は今まさに、宗真の身体にめり込むように重なって遊んでいた。
 昔のゲームのポリゴンみたいに、頭だけ宗真の肩から生えている。
「おもしろーい」
「やめろって!」
 宗真は何も見えていないので困惑するだけだった。
「樹、誰と喋ってんだ?」
 狐耳の子は宗真の顔をじっと覗き込んだ。
 そして。宗真は数秒黙ったあと――何かを納得したようで。
「なるほどな!ちょっと姉ちゃんか母ちゃん呼んできていい?」
「う、うん……
 樹が頷くと、宗真はぱたぱたと廊下の奥へ走っていく。その声が、少し離れた居間の方から聞こえてきた。
「宗真! 稽古をサボるんじゃない!」
 低く厳しい男の声。樹はびくっと肩を震わせる。
「だって、友達が大変なんだよ!」
 宗真が負けじと叫び返した。
「友達は大事にしろって、いつも父ちゃんも母ちゃんも言ってるだろ!」
「そうよ、宗ちゃん?」
 今度は穏やかな女性の声。
「冬ちゃん、甘やかしすぎ!」
「宗ちゃんは厳しすぎるの」
 なんだか賑やかだ。樹は玄関先で小さく身を縮めながら、そのやり取りを聞いていた。
……あれ、静姉も響姉もいないの?」
「春休みだし、もう出かけたわ」
「そっか……じゃ、母ちゃん、ちょっと来てくれない? 友達が困ってて……できたら女の人がいいかなって」
「え?」

 その頃。樹は玄関で一人、宗真が戻ってくるのを待っていた。
「その……女の子になったのは百歩譲って認めるとして」
 胸元を押さえる。
「なんで、こんなに大きいわけ……
 狐耳の子はふわふわ宙に浮かびながら、他人事みたいに首を傾げた。
「知らなーい。君の元々のポテンシャルか、あるいはキミが考える“女の子らしさ”がそうだったんじゃない?」
「何それ?ほんとに雑なんだから……
 樹は顔を真っ赤にする。狐耳の子はニヤニヤした。
「でも後者だとしたら、キミは女の子のおっぱいが大きい方が好きってことになるのかな?」
「うるさいっ!」
 その瞬間。
「あなたが、宗真のお友達?」
 優しい声がして、樹は飛び上がった。
「えっ!? えーと……ご、ごめんなさいっ、今のは、違くて……!」
 慌てて振り向く。そこに立っていたのは、柔らかな雰囲気の女性だった。
 長い髪。穏やかな目元。どこか宗真に似た空気を感じる。
 もちろん、狐耳の子にはまったく反応しない。
(宗真にちょっと似てる……髪の色とか、雰囲気とか)
 樹は一瞬考えて、
(あ、この人が宗真のお姉さんかな。二人いるって聞いたし、上の方とか?)
 と勝手に納得した。慌てて頭を下げる。
「は、初めまして! 俺……いや、私は……
 女の子の声で“俺”と言ってしまい、樹はさらに混乱する。
「宗真くんの友達の、吉田樹っていいます……
 すると女性は、少し目を丸くしたあと、ふわりと笑った。
「あなたが樹……ちゃんね」
 そして。
「宗真の母です」
…………え?」
 樹は固まった。
(お母さん!?)
 思わずまじまじと見てしまう。若い。というか綺麗だ。自分の母親とは全然違う。
「話は宗真から聞いたわ」
 女性――真冬は、困ったように微笑んだ。
「いきなり女の子になってしまうなんて、そんな事あるのね……大変だったでしょう」
「は、はい……
 樹は小さく頷く。
(そこまで正直に話してるのか……
 少しだけ呆れる。
(まあ、宗真は嘘つけない方だからなぁ)
 真冬はそんな樹を見て、柔らかく笑った。
「じゃ、行きましょうか」
「へ?」
 樹はぱちぱち瞬きをする。
「ど、どこに……?」
「買い物」
 あまりにも自然に返された。
「宗真も呼んでくるわね」
「はあ……
 樹は間の抜けた返事をするしかない。
(どこに連れてかれるんだろ……
 その横で、狐耳の子が真冬をじーっと見つめていた。
「ねえ、樹」
「な、何……
「今の人かわいいねっ」
 にぱっと笑う。
「ボク、ああいう女の子とデートしたいなあ」
「いや、人妻なんだけど……
 思わず真顔でツッコむ。
「ん?」
 真冬が不思議そうに振り返る。
「あっ、いえ! なんでもないです!」
 樹は慌てて首を振った。狐耳の子はそんな様子を見て、けらけら笑っている。
……本当に自由すぎる。