あらすじ:同棲しはじめたんだけどまだ何もしていないtgkbです。(詳細は
『かりそめ。』 をご覧ください)
トガシとの同居
――ではなくあらためて同棲となってから2週間が経った。
カバキはここのところずっとモヤモヤした気分を抱えている。テーブルに置いた自分用である紺色のマグカップには淹れたての真っ黒な珈琲。そこに手にもった紙パックの牛乳を注いで、白い波紋が出来るのをじっと見つめる。この微妙な気分の理由とは。
――なんで手ぇ出してこんのや
……。
この2週間、トガシはキスはおろか手も触れてこない。
もう一度やり直すといったからには、カバキとしては恋人としてやり直すのだと思っていたのだが。
生活は元に戻った。朝も一緒に食べるし、一緒にジョギングにも行く。夜帰ってきたらトガシが夕飯を作ってくれていて、一緒に食べている。
挨拶もする。見送ったり見送られたりもする。
いくら記憶が戻っていないといっても、やり直すの意味は分かっているだろう。そういう意味だったはずだ。
記憶がなかったときに自分と何をしていたか知っているのに、トガシは何もしてこない。
やはり興味がないのか。
男だからダメなのか。
あんなに色々(※『かりそめ。』10話参照)言ってきたのに、結局何も思っていないのではないか。
カバキは悶々としながら珈琲に牛乳を注ぐ。
「
……カバキくん、それ珈琲っていうかもう牛乳」
言われてはっと気づいたカバキは、マグカップにたっぷたぷに入った薄く色がついただけの牛乳を見つめる。
「なんか考え事してた?」
大丈夫?と顔を覗き込まれて、カバキは少しいらっとする。
「ちょっと
……」
はっきりとは言わずに牛乳を冷蔵庫に戻す。理由の原因は、マグカップを見て「はは、表面張力すごい」とか無邪気に言っている。
「トガシさん、朝ご飯
……」
「もうできるよ」
オムレツを作っている途中だったトガシがキッチンに戻っていく。
その背中をぼんやりとカバキは見つめる。
記憶喪失の間のトガシならここまでのタイミングでぜったい3回はキスしてたな、とカバキは思った。
腰を引き寄せられていただろうし。
頬を撫でられただろう。
やはり思い出してしまう。
触れたいし、キスしたいし、思い切り抱きしめられたい。
そう思っているのは自分の方だけなのか、と思うと辛い。
カバキは、一つ屋根の下にいて我慢することの辛さを思い切り噛みしめてしまう。
「おまたせ。オムレツできたよ
……カバキくん?」
呼ばれて振り向くと少しトガシがびくりとした。
「なんでそんな、ガンギマリの目しているの
……」
「ちょっと、考え事を
……」
カバキはテーブルの定位置の席に座る。トガシが表面張力ぎりぎりの紺色のマグカップを移動させようとして諦めた。
サラダとオムレツとロールパンの乗った朝食が二人の前におかれる。
「じゃ、いただきます」
「いただきます」
トガシが食べ始めるのを、カバキはじっと見る。
「
……カバキくん、どうしたの?今日変だよ?」
オムレツを咀嚼して飲み込んだトガシはロールパンを持ったまま首をかしげる。
「
……トガシさん
……」
「な、なに
……?俺、何かした
……?」
「逆です」
「逆
……?」
「なんで俺に何もしてこないんですか?」
トガシは目を見開いてロールパンを握りつぶすと、急に咳をしはじめた。
表面張力を保っていたマグカップから牛乳がこぼれる。
「トガシさん?」
「ごめん、ちょっと驚いて
……」
握りつぶしたロールパンを置いて、トガシは自分を落ち着かせるように珈琲を飲んだ途端「熱ッ」と叫んだ。慌てぶりが酷い。
「そんな
……驚くことですか?」
「いや、なんていうか
……何か、していいの
……?」
「
……やり直すって、そういう意味じゃなかったんですか?」
「そういう意味、とは
……」
「俺
……付き合ってると思ってるんですけど
……今も、同居じゃなくて、同棲だと思ってるんですけど
……違いました?」
もしかしたらそこからして認識が違っているのかもしれない。カバキがトガシを見つめると、トガシは固まって少し息をのんだ。
「
……俺も、そのつもり、だけど
……」
「
……やっぱり、俺じゃそういう対象に見れませんか?」
「いや、そんなことは
……ないっていうか
……そうじゃなくて
……」
口元を握り込んだ手で押さえたトガシは視線を外す。顔どころか耳まで赤いので珍しい。
「なんか
……いきなり手をだしたら、がっついてるみたいで、みっともないかなって
……思って
……」
その様子を見て、カバキは少し微笑んだ。
「じゃあ、俺に興味ありますか?」
「
……じゃなきゃ、一緒にいないよね、俺たち」
視線を戻したトガシの火照った頬をみて、カバキは少し溜飲が下がる。
「
……良かったです」
少し微笑んで、カバキはやっと朝食に手をつけはじめた。トガシは食事に手をつけずに黙っていたかと思うと、ぽつりと言った。
「
……不安にさせて、ごめんね」
「いいです。トガシさんの気持ちの整理がつくまで待ってます」
カバキがほとんど牛乳の味しかしない珈琲を飲むと、トガシは握りつぶれたロールパンを口にした。
カバキが家を出ようとすると、トガシが玄関に見送りにくる。
「あ、スーツ。本社行くの?」
「えぇ。契約保留にしてたんで。再契約しないと」
結局カバキはクサシノに残留することになった。
「契約保留にできてたんだね」
「保留っていうか、凄い引き留められてて
……」
「さすが」
トガシが笑うので、カバキは苦笑する。結局別の会社より良い条件になったのだから結果良かったのかもしれない。
「トガシさんは、バイト最終日でしたっけ?」
「そう。今度、クサシノの練習場は一緒にいけるね」
「そうですね
……トガシさん」
何?、とトガシが小首を傾げて視線で示す。カバキは玄関の段差のせいで少し上目遣いでトガシを見た。
「いってらっしゃいのキス、してくれません?前してくれてたんですよ」
「え
……っと
……」
トガシが首に手をやり、少しだけ逡巡する。カバキはまだ早かったか、と視線を俯かせる。
「
……やっぱりいい
……」
です、と最後まで言う前にトガシの手が頬に触れてきて、反対側の頬にトガシの唇がふれる。
「
……いってらっしゃい」
少し照れた顔でトガシが微笑みながら言ってくれた、その顔がすごく愛しくて。
カバキはトガシの頭を掴んで引き寄せるとキスをした。
「んんっ
……!?」
舌を差し込むと驚きつつもトガシも反応してくれる。
ちゅぱっと唇を離したカバキは嬉しくて微笑んだ。
「じゃ、いってきます」
カバキは久しぶりのトガシの感触を唇に残して家を出た。
颯爽とさわやかに家を出て行ったカバキを茫然と見送って、ドアが閉まってから再度「いってらっしゃい」とトガシは呟いた。
「
……え~
……」
トガシは壁にもたれかかると、ずるずると沈み込んでしゃがんでいく。
とてもカッコいいと思ってしまったし、笑顔はとても可愛かった。トガシは、キスの余韻を感じて、思わず口元を手を覆う。
「
……え、俺
……どっち
……え~
……?」
そろそろ覚悟をきめないとまずい、とトガシはとりあえず帰ってきたらおかえりのキスから始めようと思った。
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このあとトガシが頑張ってエピローグに繋がりました。
僕トガシさん、良かったな
…ってたまにまだ思い出してる頃かもしれません。
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