葵月
2026-05-08 19:07:14
1338文字
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ワンライ:2026.05.03 【望遠鏡】・【招待状】

#王最版深夜の一本勝負 のお題をお借りして、ワンライの練習をしました。こちらでこっそり投稿させていただきます。

たばこの煙をふきかける意味をハタチの時に知ったんですよね。当時の衝撃は今も私に根強く残ってます。

望遠鏡いらず


見えてなかったわけではない、手を伸ばすのを面倒くさがったつもりもない。
そのうえで定位置を主張するかのように月明かりが照らす受け皿ではなく、その隣の手触りのいい紙に思い切り押し付ける。こんなことをしてもこの火は消えないと分かっていながら。


数ヵ月後に卒業を控え、普段よりも出席がまばらになった時、その灯火に気付いた。
喪失感や焦燥感。それはそういったものによく似ていた。
学生というレッテルが無くなれば、間違いなく今以上に忙しくなる。窮屈だなんて思ったことはなかったけど、学友と学び舎で絆を深める日々と、つい夢中になってしまう何かを追い求めてしまう日々は、見せる景色が違う。このまま自分の才能を存分に活かせる場所へとそれぞれ羽ばたくことになるだろう。
それでも全く会えなくなる訳じゃないんだ。

──そう頭では思っていたのに、僕は彼の手を掴んだ。

意外なことにキミはその手を優しく握り返してくれて、その手の温もりだけは嘘ではないと信じた。


学生と社会人……と思われるものになっても、その手の温度は変わらなかった。これは僕が大学を卒業してからも、そう。

探し物を見つけたみたいに掴んだ手から始まった僕らは、甘い睦言を交わし合うことも、手以上に触れ合うことも、あまりなかった。
それでもキミがここに来る度に、飽きられていないことに安堵してまた手を重ねた。

これが、キミと僕の、ふたりだけの、居場所だと。

──キミがこの招待状を差し出してくるまで、信じて疑わなかった。


『なんで嘘つきの言うこと信じちゃったの?』

たはーっと笑いながら、銀色が光る指が氷の入ったグラスへと伸びる。キミが口付けるグラスの色が、紫から黒に変わるくらいの期間。同じ時を過ごしてきたのに。
僕は気付けなかった。もしかしたら、見ようともしていなかったのかもしれない。


今となってはもう分からない。
『こんなキミに付き合えるのは僕くらいだよ』というと、キミは『それはこっちのセリフだよ』って舌を出して。それから少しだけお互いの色をその瞳に映しあって、笑った。
それなのに、僕以外にもキミの相手をできる人はいたらしい。そして、キミはあっさりとキミだけしか座る人がいない椅子を手放した。


封を開けると、灯火は“ご”の文字を消していた。
ちょうどいいや。そのまま欠席の後ろに『させていただきます』と書いて、床へと投げる。
大人になりきれなかった僕は、おめでとうのひとつも書けない。子どもみたいに、嘘つきと無邪気に落書きすることも。


この後散々吐き出すというのに、ひとつ息をこぼしてから、新しい箱に手をかける。
『どれだけ忙しくても1箱までにしなよ!』と遮る手はもうここには無い。新しい箱に入っていたタバコは簡単に火がついて、悪戯に湿らせてくる彼はもう居ないんだって。


ゆらゆらと揺れる煙が、夜空を汚した。後ろで紙を踏み潰す音が聞こえる。あぁ、それ。嘘にしていいんだ。

「月が綺麗だね」

「それなら、一緒に死のうか。最原ちゃん」

火をつけたばかりのタバコは、僕の口元を離れていく。フィルターが2人分の唾液を含んだ後、吐き出された煙は優しく僕を包み込んだ。