紫よか
2026-05-08 08:13:19
2195文字
Public 羅小黒戦記
 

まねごと

碧玉×鹿野 事後なのでR15。よその夢主さんの存在匂わせがあります。

「疲れた」
「私も」

 何分前か何十分前か何時間前か、私が解いたその淡い色の髪をかき上げて彼女がため息をつくものだから、私も真似をしてため息をつくしかなかった。
 ひどく非生産的な行為だ。──私ですらそう思ってしまう。人間はこの行為が本当に楽しいのだろうか。体のあらゆるものが裏返しになるような感覚がした"これ"は、人間の……いや、生き物の雄と雌が行えば子どもができるらしい。あいにくながら私と、彼女──鹿野ルーイエは妖精というそういった生き物とはまた違うものであり、そしてどちらも女の姿をしている。なのでこれは本当に何も生まない、何にも繋がらないものなのだ。

 ふ、と。あの強面の長老にもう長いこと寄り添っている美しい銀髪の虎の女性を思い出す。彼女とはあまり一対一で話したことはなかったが、彼らはいわゆる"夫婦"という形におさまっていて、お互いのことを健やかなる時も病める時も愛し合っていて…………私が男の姿をしていたら、鹿野との関係も何か変わっただろうか? この行為にも、また別の意味が生まれていたのだろうか。

……って考えちゃうんだけど、鹿野はどう思う?」

 勝手知ったる他人の家。裸のままよろよろとベッドを出て冷蔵庫に向かって歩き、冷えた発泡酒の缶をふたつ取り出す。よろめいたまま足早にベッドに帰り、うつらうつらとしていた彼女にひとつ渡し、そして問いかける。発泡酒を受け取った鹿野はようやく私が布団の中でぶつぶつぽつぽつと言っていた言葉が自分に向けられていたものだと気づいたのか、のそりと半身を起こし、ぷしゅと音を立てて缶を開けた。
 喉を鳴らして中身を飲み干す鹿野のその一糸まとわぬ体を見て、私は暗闇越しにでもほうと息を呑む。女性的でありながら健康的に筋肉をまとったしなやかな体つきはとてもきれいだ。惚れ惚れしてしまう。実際、惚れているけれど。

……玉々ユゥユゥは男になりたいわけ?」
「いや別に……鹿野と一緒がいい」
「じゃあそれで良いじゃん」
「でもさあ。私、セックスってもっと気持ちいいことだと思ってた。良かったのは最初だけ、抱きしめたりキスをしたりまではよかったけど……、ネットで予習しておいたけど……本当にあんなところに指が入るとは思わなかったし」
「それは私のセリフなんだけど。入れられたこっちの身にもなって」
「ごめんって。気持ちよくなかったでしょ」
「どちらかといえばそう」
「ランプの魔神みたいなこと言わないで」

 そう。私は性行為に夢を見ていた。喉を流れる酒の苦みが夢を洗い流していく。私と鹿野は別に恋人関係ではないのだけれど、好き合った者たちがするそれに──人間のコミュニケーションのひとつに、私はひどく憧れていた。
 だから、定期的にどちらかの家で開催される宅飲み会の日──今日は鹿野の家だった──に思い切って、笑い話として打ち明けてみたのだ。

 そうしたら、鹿野の顔が案外近くにあったものだから。思わず酒臭い口と口を合わせてしまって。
 そうしたら、「してみる?」なんて彼女が言うものだから。
 そうしたら、お互い何からすべきか分からなくて。

 ……そうして、なんやかんやで今に至る。大失敗だ。

……こうしてるといい気持ちなんだけどなあ」
「くすぐったい」
「いや?」
「いやじゃない。もっとして」

 私は鹿野の長い髪を手で梳き、弄る。つやのある彼女の髪は触っていると気持ちがよくて、楽しくなってくる。す、す、と撫で続けていると、鹿野は私に体を預けてくる。ベッドの上でお互い全裸で半分横たわっていて、それでもくっつく私たちの肌と肌は、まるでくすくす笑いを起こしているかのようだった。

「これも気持ちいいのに」
「私たちは私たちの気持ちいいことをしていればいいでしょ。玉々があの夫婦の夜の営みを妄想して真似をしたがってるなら、私はもう乗らないからね」
「う、うるさ……ていうか何も言ってないし、そこは何も言ってないし、あのふたりは関係ないし」
「あは。嘘だね。意識してるって何となくわかるから」
「ぐ。ほんとにうるさい……お黙り鹿野」
「あはは」

 枕を抱きしめて笑う鹿野が肩を震わせて笑っているのを見て、私はこれが日中だったらもっと笑われているであろう顔色になった。大抵のひとがセックスを夜間にする理由が分かった気がする。こんな顔堂々と見せられない。見せられないから、私は酒の缶をナイトテーブルに置いて、彼女をぎゅっと抱きしめた。私の胸に鹿野の顔がうずまる。こういう時のために、かつての幼い私は鹿野と同じ女の姿を選んだのかもしれない。なぜ私が女の姿なのか、百年生きた私は忘れてしまったけれど。理由を後付けするならきっとこれだ。

 私の体は好きなひとを抱きしめるためにできている。

「ふふ。玉々苦しい」
…………もう一回したい。鹿野」
……ん、いいよ。誰かの真似をしないなら」
「もうしないよ。鹿野のことしか考えない」
「えらいえらい」
「ひとこと余計!」
「あは」

 彼女をベッドに沈め、手の指と指を絡ませ合う。触れるのは唇から舌へ。
 私の彼女への愛情の形は、夜にしまい込んでしまえるくらい、小さくて穏やかなものなのだ。だから……私たちは真夜中に再び歩き出した。