佐伊
2026-05-07 18:07:13
1864文字
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アルファは飢えても主を詰まず~ハリオ視点・第33話「提案」直後のハリオ視点~

ヴァルトルらが匿ってもらっている僧院にネフレッド団長がやってきた33話直後の話です。ハリオ、メソルト、ヴァルトル親子3人の会話。

「しかし、バロスがそこまで動いてくれるなんてな」
 枕元でメソルトの声がして、ハリオは目を覚ました。

 ブライス聖騎士団団長が来たということでメソルトが物置の方へ出て行ったが、話が終わったのだろうか。
「なんというか、希有な人ですよね。俺はあの人だけは、実はマルコスの手先でしたと言われても『あ、そうなんだ』としか思わないかも」
 ヴァルトルの声に、ハリオは話が終わったのだろうと悟った。メソルトが愉快そうに声をあげて笑う。

「バロスがマルコスの手先ってお前、天地がひっくり返ったってないだろ」
「逆にマルコスに採用してみてくれって言ってみたいですよね」
 メソルトが腹を抱えて笑いながら寝台に倒れ込んでくる。
「ああ、腹が痛い。笑いすぎて切った頭も痛い。馬鹿なこと言うな、お前」

 メソルトがこんなに笑うのは、バロスの話題だけだ。
 賭け事好きで、酒好きで、仕事をいかにさぼるかしか考えていないという男。
 本来ならば、生真面目なメソルトが最も避けたがる男のはずだ。
 だがいつも、メソルトが文句を言うのも、悪態をつくのも、腹を抱えるほど笑うのも、その男の話題だけだ。
 こんな声を、こんな顔を、俺の話ではしてくれないだろう。

 それも当然だと思っている。
 傷つけたところから始まった関係は、一生、修復はできないで終わる。
 何度も何度も、割れた箇所を繋ぎ直して元通りにしたとしても、ほんの少しの力でまた壊れそうになる。その繰り返しだ。
 それが嫌なら、自分から去れとも言われた。不毛だと思うなら、去ればいい。
 俺は多分一生、お前に傷つけられたことを忘れることなどできない。
 その事実が辛いなら、俺の前から去ってくれと。

 それに耐えることが、唯一俺に残された贖罪でもあり、救いでもあると気づいたのはいつからだっただろう。
 ヴァルトルを引き取って、育てるようになった頃からか。
 メソルトが柔らかい笑顔を見せてくれるようになった頃からか。
 これで十分だと何度も思っても、こんな些細なことで心が乱される。

「起きてるのか? ハリオ」
 めざとい息子にハリオは嫌になった。
「もう、叔父上がそんなふうに寝台にひっくり返るから、起きちゃったんですよ」
 メソルトが顔をのぞき込んでくる。
「どうした。寝たふりか」

 答えずにそのまま目をつぶっていると、メソルトがふん、と鼻を鳴らした。
「まーた、バロスの話題を出したからヘソを曲げてる」
 お見通しである。
「聞き耳立てるなよ、馬鹿たれ」
……人が寝ているところで騒いでいたのはお前らだろ……
 
 思わず呟くと、ヴァルトルが会話に割り込んできた。
「なんで侍従長の話題でハリオがヘソを曲げるんですか?」
「昔から俺が頼りにしているって、気に食わないんだよ」
「なんでそれが気に食わないんですか? 実際頼りにしたんでしょう」
 本当に人の心が分からない息子で嫌になる。さすがにハリオは目を開けた。
「お前には一生分からん感情だよ。陛下が、誰か他の人間を頼りにしていると嫌だな、と思うことなんてないだろう」
 幼子に説明するように言ってやるが、こう語ると単純すぎる感情のようで、ハリオはうなだれた。

「口に出すと、情けないな……
「だろ。だからもう止めとけ、色々考えるのは」
 メソルトの宥めるような口調に、ハリオは心が安らぐのを感じた。
 この繰り返しだな、と毎回思う。
 こうして、俺たちはずっと過ごしていくのだろう。
 そっと手を動かすと、さりげなくその手の上にメソルトが自分の手を重ねてくる。
 その手を握りしめたハリオは、空気を読まない息子の声に気分を台無しにされた。

「ああ、なるほど、そういうことか。俺は、陛下がサロバ公爵と仲よさげにしているのを見ると、陛下はサロバ公を頼りにしているんだろうと思う。それが嫌だとは思わないんだけど」
 ヴァルトルは珍しく首を傾げた。
「嫌、ではないんだが……従兄弟だし当たり前だろうし。けど……
 馬鹿息子のためにハリオは助け船を出してやった。
「気安く近寄るな、と思うだろ」
「ああ。それだ」
 即座に同意したが、ヴァルトルは首を傾げた。
……いや、陛下は俺のものじゃないんだけど……。こんなことを思うのもおこがましいと思うんだけど、それでも近寄るなと思うな。こういうのって何なんだろうな」

 それはもう自分で考えろ。
 そう言うとハリオは、メソルトの手を握りしめながらまた瞳を閉じた。