あいづき
2026-05-07 17:47:58
Public 創作
 

キャラメルマキアート

一人の少女の一歩

 図書館でも本屋でも、己にとって新しい本を手にしようと選ぶ時。何も考えず目に入った背表紙の文字列だったり、面出しされている表紙に強烈に惹かれたり、色々あるのだけれど。今日は逆に何も無い本を手に取って、無人のレジに行く。
 ここは、本屋さんの隣にある文具店なのだ。
 真っ白な本を手にした私は、その足で近くのコーヒーチェーン店へと入る。
 キャラメルマキアートを注文してから、出て来るまでカウンターの前で作ってくれるのを静かに待ち、笑顔で差し出してくる店員さんに同じようににこやかに返そうとするも、上手く笑えていたかは分からない。スマイルって0円で作れるけど、本当は0円でまかり通っていいものではないと思っている。何故なら私自身、笑うのが異様に下手くそだから。表情筋を鍛えましょうとか、口角を上げれば良いとか言われて試してみたのだが、これがまた一向に上達しない。どうしても作った気持ち悪い笑顔だと、自分が思ってしまうのだ。他人から見たらそんな事ないと言われていても、こればかりは自縛している自覚がある。
 己の自己肯定感の低さはそんじょそこらの奴には負けないと思っている。俗に言う毒親と分類されてはいないのだけれど、それでも親と言うには幼い人に育てられたらこうなってしまうのも仕方無いのだ。
 親の機嫌が家の中の秩序を左右していたし、虫の居所が悪い親の口癖は「あんたは橋の下で拾って来た子だから、いつだって橋の下に返してやる」と言うものだ。こう言われ続けたら、流石に子供心に傷付きもすれば、要らない子なのだと認識もする。すぐに捨てられる様な人間なのだと、ここから自己肯定感底辺ライフが始まったように思う。未就学児の頃から始まり、今高校生だから、わりと筋金入りかもしれない。

 だからこそ、己を見つめ直す為に私は白い本を買った。

 店内利用だからとキャラメルマキアートがたっぷり入ったカップを持ち、一人で座れるテーブルへ向かい、腰を掛ける。膝の上に置いたカバンの中身をがさごそとしながら、勉強道具の必需品とも言える筆箱を取り出して早速白い本に向き合う。
 最初のページに書くのは、いつでも緊張する。
 何故か分からないが、私はいつもノートに対して人見知りをするのだ。真っ白なノートはまだ私の持ち物ではない気がして、距離感をどう詰めていこうかと悩んでしまう。初めて同じクラスになった隣の席の子に話し掛ける為に言葉を探してしまうような、そんな感じ。
 でも、私はこの本に自己開示して脳内整理をすると決めたから。その為にまず箇条書きをしていくのが良いかもしれない。

・私とは何か
・私の好きなもの
・私の嫌いなもの
・私がしたいこと

 思いついたことを書き出してみて、本に対して決意する。
 これは、私による私のための本にするのだ、と。
 上記項目を全て書いてから、もう一度私とは何かを問うてもいいかもしれない。頭の中で考えているだけじゃ、まとまらないから。こうして手を動かして、紙の上に確かに残る文字にするという段階を踏んでみるべきなんじゃないかと。
 誰かが見てしまった時に、変な本だと言うかもしれないけれど。それでいいのだ。

 こんな一文から、初めてみよう。

 キャラメルマキアートの甘さは、私にとって物足りない。でも、物足りないと思っている瞬間こそ、本質なのかもしれない。足りない、ということは隙間があるということなのだから。その隙間を埋めてくれるのは好奇心かもしれないし、寂しさかもしれない。だからこそ、何が見えるのか書いてみようと思う。