無窓居室
2026-05-07 12:47:13
4434文字
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端午

返れる子ども時代が無い😈と無自覚にそれを受け止めている👹の子どもの日。
格好いい😈はいません。

「今日は五月五日、人間さんたちが端午の節句を祝う日です!ここからはお祝いに欠かせない食べ物をレポしていきますよ〜!!」
「お、おう!よろしくな……

 アカネの家のダイニングテーブルの上へ積み上げられた柏餅とちまきを前に、ブラックがカメラちゃんのレンズに向かってコールする。青鬼ちゃんも録画を始めていて、撮影の段取りは万全だ。隣で調子を合わせるはずのアカネだけがぎこちないのは、先ほどまでの撮影のせいだろう。



 朝から二人と助手達は鯉のぼりを撮りに人間界へ行っていた。都会では各家庭が大型の鯉のぼりを上げることが少なくなって久しいが、地域の公園などで使われなくなった鯉のぼりを回収して展示する催しは増えている。優中部町の緑地を流れる川に渡されたロープに沿って、数十尾の鯉のぼりがなびく姿を、アカネは目を輝かせて見つめていた。

「いいな。ブラックも、青鬼ちゃんとカメラちゃんも空が飛べて……まるで一緒に泳いでるみたい」

 川の上で宙に浮き、鯉のぼりを間近で撮影するブラックや助手達が羨ましいのか、アカネが岸から溜息をつく。ブラックは笑って、空中で一回転するとアカネの後ろに回り込み、またたく間にその体を抱え上げた。ちょうど無人島で足を踏み外したり、ルナムーンの重力操作で持ち上げられたアカネを救い出したときのように。

「うゎっ!ちょっ、ブラック!?」

 慌てたアカネが声を上げるが、二人の体はもう高く舞い上がっていて、下手に暴れれば川の中へ落ちてしまう。否応なく抱かれたままになるしかないアカネの耳元へブラックが囁いた。

「鯉のぼりさんと泳ぎたいんでしょう?これなら皆で一緒に飛べますよ」
「そ、そうだけどさぁ……

 腕の中で身を固くしていたアカネが空中遊泳を楽しめたかどうか定かではない。ただ、ときどき赤くなった頬の熱さや鼓動の速さが伝わってきたような気はする。
 言葉少なになってしまった彼女を連れて和菓子屋で柏餅とちまきを調達し、撮影のために家を貸して欲しいと言えば拒否はされなかった。



「柏餅っていろんな色があるんだね」
「中身の違いを分かりやすくするためみたいです。これはこし餡、こっちはつぶ餡……味噌餡や抹茶餡もありますよ」
「えっ、味噌餡!?味噌が入ってるの?あのカレーの隠し味に使う味噌??」
「カレーに使うかどうかは意見が分かれると思いますけど」

 テーブルの前で、ようやく調子を取り戻し始めたアカネが味噌入りの餅に手を伸ばす。助手達は協力してちまきを笹の葉から剥がそうとしていた。中の生地が粘り強いのでなかなか大変らしい。それを手伝いながら、ブラックも黒砂糖の柏餅を口へ運んだ。
 
「おいしい!初めての味だけど悪くないな」
「こっちもなかなかです。オレちゃん気に入っちゃいました」
「だけど、なんで柏や笹の葉が巻いてあるんだろ?」
「柏の葉は家が絶えないと言われて縁起物なんです。笹には抗菌作用があって香りも良いので、元は薬草で災いを払う儀式だったといわれる端午の節句に食べられているのかもしれません。どちらも子どもの元気な成長を願う意味があるそうですよ」
「へー」

 撮影帰りで空腹だったこともあって、二人と助手達は順調に餅とちまきを平らげていく。ふと、アカネが感慨深いような表情をして呟いた。

「こういう事も、きっと人間界に行かなきゃ知れなかったよな……アタシ、YouTuberになってよかった。ブラックに会えてよかったよ」
「オレちゃんに?」
「ブラックの動画を見てなきゃ、アタシ自分が何をして生きていきたいか考えもしなかったと思うからさ」

 甘い味が急に胸に詰まったような気になって、ブラックはいくつ目かちまきに伸ばそうとしていた手を止める。

「アカネさんにはオレちゃん以外にも支えてくれる人や仲の良い方がいるでしょう?」
「もちろん!でも皆に会えたのもブラックを追いかけてきたおかげだよ」

 そっけなくなってしまったかもしれない返事にも、アカネは屈託なく表情を崩した。

「ブラックがいてくれたから、アタシは自分が何のために生まれてきたか分かった気がするんだ。ありがとう」
「それはそれは……カメラちゃん、青オニちゃん、ちゃんと撮ってくれました?」
「じーっ!」
「ニー!」
「うわーっ!!待て待て、今のチャンネルにあげるなよ!?オフレコで!」

 場が騒がしくなったのを良いことに話題を切り替え、撮影を終える。さりげなく席を立って部屋を後にした。


 キッチンは明かりがついておらず薄暗い。扉の向こうから漏れ聞こえてくる助手達との会話とは別に、さっきのアカネの声が耳に残って離れない。幼い頃、自分以外なにも無い地獄の底で望み続けた言葉。願い続けた響きを、今になって拾い上げられた気がした。

〝あなたがいてくれたから〟
〝あなたの動画のおかげで〟

 同じ意味の語句を投げかけてくれる人が今は多くいる。クリエイターとしてのブラックにとって、アカネの言葉だけが特別なわけではない。ではなぜ彼女の一言にここまで心動かされるのか?
 ひとつには、アカネが人間界にやって来てからの努力や成長をそばで見てきたせいだろう。アカネの語る一言一句の重さを目の当たりにしてきたから。
 ──それだけだろうか?同じことをすれば、全く別の誰かにも同じ感情を抱き得たのだろうか。

「ブラック、大丈夫?」

 しばらくするとアカネが来た。鳩尾のあたりに手を当てていたのを見られて眉を寄せられる。

「昼間にアタシがわがまま言って疲れさせちゃったかな、ごめん」
「いいえ、さすがにちょっと食べすぎただけですよ」

 ユーモラスな笑顔を作って、人間や鬼ならば胃がある辺りをさすって見せる。心も腹と同じで、満ち過ぎれば痛くなる。

「腹ごなしにお風呂でも入りましょうか。菖蒲湯の準備をしてあるんです」
「うん、一緒に入ろう!」
「あー……ええ、そうですね……
「その方がガス代も助かるし」

 どうやら体調を心配してくれていたらしいアカネは、杞憂と知ると喜んで提案に乗ってきた。しかし一緒というのはどうだろう。
 そういった関係になって久しいが、アカネは色気のある意味で言っているわけではなさそうだ。今から同じ湯の中で肌を見せ合って大丈夫なものか。悪魔の理性は当てにならないと、ブラックは情緒と裏腹に冷静な頭脳で考える。

「撮影はするのか?」
「何いってんです??」

 珍しい台詞が出たな、と自分で思う。以前口にしたのもこの家でだった。アカネが自分を魔界の孤児だと勘違いして風呂に入れようとしたときだ。
 そういえばあのとき自分は幼い姿になっていたことを回想した。奇しくも、今日は人間界で子どもの日とも呼ばれる。

「もう撮り終わったでしょう、プライベートな時間との区別はつけたいんですよ」
「ご、ごめん、早く休みたいよな。水着用意しようかと思ったけど、撮影じゃないならいいか!」
……

 つっけどんに言ってしまったことを悔やんでも遅い。幸いアカネは傷ついてはいない様子で、脱衣所のない風呂場の前でさっさと服を脱ぐと鼻歌まじりに浴室へと向かって行った。後ろ姿の裸体が目の毒だ。
 ここまで事態がコントロールできない方向へ転がっていくのもあのとき以来かもしれない。仕方がないのでブラックも上着から腕を抜いた。


 
 浴室には菖蒲の匂いが満ちていた。
 「不思議な香りだね」とアカネは嬉しそうにしている。広くない湯船に二人で体を浸すのは初めてではないが、今日は平常心を保つのになかなか骨が折れた。対してアカネは気持ちよさそうに湯の温度を楽しんでいる。昼には横抱きにされただけで動転していたくせに、彼女のリアクションはしばしば悪魔の想像を超えたところにある。
 肩同士が触れ合うと、アカネが頭をもたせかけて来た。これも誘いの仕草ではなく、単に〝良い雰囲気〟とやらを感じているだけだろう。いい気なものだ、と思いつつブラックもそれを壊さないように努めた。

「なあ、さっきの話……

 アカネの唇から声が溢れる。

「本当だからな」
 
 溢れて水面へと落ちて溶ける。
 またそういうことを簡単に言ってのけて、と口に出しそうになるので手で押さえた。湯の中で触れ合う腰や脚にも、そろそろ辛いものを感じていたところだ。
 女の体など何とも思ったことはない。アカネの裸さえ、混浴温泉で見たときには審美的な評価の他には特に感じるものもなかった。なのに子どもの姿でここに来たときにはもう、正視するのがとんでもないことのように感じていた。
 ──どうして?
 そのまま手のひらで顔半分を覆うと、アカネが慌てて体を離す。

「ど、どうした!?のぼせちゃった?」
……オレちゃんには、魔除けの力が強くて。菖蒲は邪気を払う草ですから」
「えぇっ!?大変じゃん!ブラック、死ぬなーっっ!!」
「ちょ」

 水音と共に体が浮く。適当なことを言って誤魔化すはずが、湯船から抱き上げられて風呂場を出る羽目になった。乱暴にバスタオルで水気を拭かれてベッドに押し込まれる。それこそ昼間とはうって変わって、全裸の体を抱くこともアカネは意に介さないようだ。

「気分はどうだ?何かして欲しいことある??」
「いえ……どうぞお構いなく……
「でも辛かったんだろ?気づかなくてごめん」

 いつかとは逆にすっかり介抱される側だ。カメラちゃんと青オニちゃんは連れ立って外出してしまったらしい。男女の相方同士が一緒に風呂に入っていては気を利かせてくれるのも無理はなく、朝まで帰って来ないかもしれない。
 動画の編集とアップロードや、その他のことをどうしようかと考えかけて、不安そうなアカネの視線にぶつかった。

「アタシはずっとブラックに助けられてきたんだからさ、こんなときくらい強がるなよ」

 熱を確かめるように伸ばされた手に、枕元のバスタオルを握らせる。さしあたり、してもらわなければならないことは一つだ。

「まずは自分の髪を乾かして、服を着てください。オレちゃんのは魔力で出すから大丈夫です。そのままじゃアカネさんの方が風邪を引いてしまいますよ」
「あ、そ、そっか……。他には?アタシにできることない?」

 食い下がるアカネにブラックは目を細めた。昔いた場所とは違うあたたかい闇の中へ、胸の奥のどこかが溶けていくような心地がする。悪魔には似つかわしくない、ぬるい感傷に任せて口を開いた。戻れるような子ども時代はブラックには無いので、こんなことを口にするのは初めてのことだ。

……着替えが済んだら、抱きしめて下さい。オレちゃん頑丈なのでうんと強くがいいです。ずっとずっと、二度と離さないくらいに……


 2025/05/27