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桜崎
2026-05-06 21:59:52
3857文字
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村雨と天堂
れめゆみ。村雨に他愛もなく出した話題でれゆがくっつく話です
「黎明は神のことが好きだろう?」
昼下がり、獅子神邸にて対面に座っている医者に向けた発言である。
神から雑談を振ってやったのに、同じ獅子神手製のケーキを食べている愚か者は天堂を一瞥しかしない。仕方がないのでてっぺんを彩る赤い苺を恵んでやった。
「神からのありがたい話題の提供だ、喜べ」
微笑みひとつない村雨は、まあ良いだろうという神に対して相変わらず不遜な態度でその苺を口に運んでから咀嚼し会話のために再び唇を開く。
「叶はあなたを見ている時、一秒に対する心音の数が増えている。かすかな体温の上昇も見られるようだ。またあなたを見ている回数が私たちに比べ二割ほど多い。
……
まあそれはあなたも同様であるようだが」
「神の心臓はこの体のために強い鼓動が必要なのだ。脈拍が異常なわけではない。故に必然的に体温も高くなるだろう? その上でたまたま黎明がよく目につくだけだ」
呆れた眼差しが眼鏡の奥から覗く。それを鼻で笑ってから紅茶の入ったカップを傾ける。
神は少々黎明を気に入って、寵愛を与えてやっているだけである。黎明が好きなわけでない。黎明がこの神を好きだとでもいうのならまあ受け入れてやっても良いとは思っているが。可愛い子に対するそれくらいの慈悲はある。
天堂の心中を察したのか諦めたかのような深い嘆息を一つ、村雨は話を続ける。
「あのマヌケ一号のそのような反応は、あなたにだけ見られるため、恋煩い、ともいえる状態であるだろう」
この男、常に不敬であるが人体に対する見解は、信用に値するので、強固になった想定に満足そうに天堂は頷く。
「やはりそうか」
「待て、結論づけるには早計だ、あなたに性的興奮のみ覚えている可能性がある。この間、あなたに全裸で飛びかかってきた男が同じような反応を示していた。少々判別が難しい」
「ああ、あの、愚かな咎人か」
手が届く前に思いっきり蹴り飛ばしたので、触れられることもなく、その体は呆気なく昏倒した。隣にいた獅子神と村雨は、袋につめている天堂を置き去りに、何も見なかった、何事もなかった、かのようにそそくさと歩き出したので、急いで担ぎ追いかけたものだ。
「よくいる愚かものたちだな。そのような感情を神に向けるなど不敬ではあるがこの姿は美しい故に惑っても仕方がないだろう? 思う、程度であれば、赦してやってはいる。黎明も同じだと?」
「あの男の場合、そこに好奇心のようなものが混ざっている可能性があるが
…………
なのであなたが初めに示した純粋なる好意を向けられているという発言は不確かで、検証の余地がある」
カップを村雨は口元に運ぶ。紅茶を嚥下する。それから視線がちらりと横に向いた。天堂も村雨につられる。幼くも鋭利にも変わる顔を見た。
「
……
真経津、何か言いたげだな。この私の見解に何か問題でも?」
「気にしないでよ、続けて続けて」
隣で村雨達と同様にケーキをつついている真経津はにっこりと微笑んで上も下も長いまつげを重ね合わせる。真経津は一切口出しする気はないようなので視線を村雨に戻す。
「おい、貴様が検証の余地があるなどと言い出したのだから判別案を出せ」
「人に頼む態度ではないぞ、マヌケ二号。まあ、私も少々興味が湧いてきた。考えてやろう。
そうだ、全裸で抱きつけば良いのではないか? あなたに性的な魅力のみを覚えているのならそれで喜ぶのがわかるだろう?」
「貴様、神にこの間の愚かな咎人のような真似事をしろと言うのか」
「では服を着たままで寝台に押し倒すのはどうだ?」
「ふざけるな、それではまるで神が黎明を好きで誘っているようだろう」
村雨は非常に面倒そうに唇を歪める。この男の不遜な考えなど読まずともわかる。そうじゃないのか、マヌケ。である。
黎明が神を好きなのである。神が黎明を好きなわけではない。
「ならば押し倒されろ。気づかれないように足を引っ掛けることならあなたには造作もないことだろう」
「足をすくい人を地面に叩きつけるのは得意だ」
「叩きつけるな。うまく倒れこませろ。足首を粉砕するなよ、マヌケ」
「
……
力加減が必要だな」
脳内で動きを考えていれば、村雨はそこで、と言葉を連ねる。
「恋人でもないのにまぐわうつもりなら私の提示した可能性も考えられるということだ。あなたに対し、好意があるのであればそのような不誠実な行いはしないだろう。また、もしそのような感情を覚えていたとしてもまず告白するという手順を踏むはずだ」
「なるほど。最もだ。試してやってもいいだろう」
天堂は鷹揚に頷く。村雨は再び隣を見た。
「
…………
真経津、あなた、やはり何か言いたいことでも?」
「ううん、何も。天堂さんどうなったか教えてね」
そう口にしたにも関わらず真経津は結果がわかっているかのように先ほどと変わらず笑みを浮かべている。無邪気な、面白がっているそれだった。
ふと震えたスマホを開く。黎明から予定を問うメッセージがきていた。次いで送られてきた内容は店の情報である。URLを開くとそこは明らかにドレスコードが必要な店だった。普段、黎明と食事するにそこまで格式ばった場所に出向くわけでもなく、珍しい誘いであったが、その料理の品々には目を惹かれた。
動画のための事前調査なのかもしれないし、単純に興味本位で行きたくなったのかもしれない。了承の旨を送ればすぐに返事が来る。すこしその文面は浮かれているようにも思えた。
叶黎明は今日こそは告白するつもりだった。しょっちゅうあっているのだからいつでも言えばいいのだけど、その居心地の良さと楽しさに眩んで機会を逃し続けているのである。きっと普段通りなのが悪いと断じ場所を変えれば、自然と口をつくだろうと考えていた。だから雰囲気の良いレストランに誘って、そこで告げようと黎明は思っていたはずだった。出された料理がとても好みに合ったらしく天堂は始終にこにことしていて機嫌は良く、告げる瞬間はいくらでもあった。けれど言えなかったのである。
この神さまも黎明のことが好きなのはわかっているのに。だってどう考えても気に入られて、黎明だけに甘く、特別扱いされている。しかしこの傲慢で矜持が肥大している神さまが己から言うはずなんてないのだから、仕方なく黎明から告げてやるしかないのである。
それに合わせて自分に絶対の自信がある黎明にとって断られるなんてことすら頭にないのに帰路についても結局言えなくて、別れる寸前、思わず腕をつかんで引き留めてしまった。
「なんだ、黎明」
「
………………
えっと」
十センチ差。天堂はすこしだけ上目になる。普段合わない視線が今はななめに絡んでいた。
その瞬間、口にすれば良かったのに出てきたのは遊び足りないからと家に誘う何でもない言葉で、取り繕うようさらに冷蔵庫にある菓子の話をする。天堂が好きそうだからつい買ったけど賞味期限が過ぎそうだなんて言ってみたら来てくれるだろうから。
黎明の目論見が通ったのか、天堂が黎明の心中を察しているのか、読み切れないけれど、頷く天堂に一緒にいられる時間が増えたことは確かで、黎明のマンションに並んで向かって、他愛のない話を道すがら続ける。
着いて冷蔵庫に直行する天堂を横目に風呂を沸かす。当然の如く、天堂が先に入ったので、スマホを片手に順番を待つ。そんなに執着のないことなのでもう諦めている。
一時間は超えただろう。上がってきた天堂と入れ替わりに入って天堂の半分以下で出る。天堂のことを考えていたので、ぼんやりとしながら寝台に向かいつつ髪の毛を乱雑に拭いていた時である。
不意に片足が床から浮く。体が天堂に向かって傾いだ。だが天堂なら支えられるだろうと、無意識に力を抜いていた。しかし、重なった体躯はそのまま寝台に倒れこむ。動揺は一瞬で柔らかな感触にすべての意識が集中した。唇がおなじところに触れている。倒れこんだ拍子に偶然くっついていた。
天堂と初めてくちづけのがこんな風になるなんて、とかすかな不満を燻らせながら離れようとして、ふと思った。黎明の重心を崩したのはどう考えても突然飛び出してきた天堂の足だった。どうしてか、黎明が押し倒すように足を引っかけた。のだと思う。
え、なに、ユミピコ、オレのこと誘ってんの。
心臓が跳ねる。そうとしか考えられなかった。だって天堂のことだから、意に添わなければ、さっさとこの体は押しのけられているし、もうすでに殴り飛ばされていてもおかしくない。今も動じている様子だってないのだからきっと意図的だろう。すぐそばの神さまの目はいつもと同じ、まるで当然であるかのようにただ黎明の姿を反射している。いつまでも黎明が言わないから痺れを切らしたのかもしれない。この回りくどさなら神さまの矜持も保たれるだろうし。頬に熱が沈んで、心臓が痛い。黎明にとって好きだと言われたようなものだった。
じわじわと広がっていく悦びのまま唇を深く押し付ける。拒まれなくて、どきどきした。赦されている。と思った。
欲求のまま舌先を咥内に含ませて絡めていれば、触れてる部分から熱くなる。唇を離してその隙間から名前を囁いた黎明は、嬉しいと言って緩めた口元のまま再び重ねた。
「
…………
おい、まぐわっている最中に言われた場合どうなる」
「
………………
それは
…………
少々私の手には余る」
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