雪華
2026-05-06 21:31:33
8139文字
Public テリサイ
 

【テリサイ】きみのためにできること

戦闘中にサイラスが負傷したことに動揺したテリオンが、オルベリクに剣の教えを請う話です。流血描写があります。お題箱にいただいたお題でした! https://odaibako.net/odais/75252f49-0cee-400f-96f9-9d8e3c631e55

吹き荒ぶ風がしきりに木々を揺らし、宙を舞う木の葉が視界を遮る。四方から聞こえる獣の息遣いが不快で、テリオンは舌打ちをした。周囲には涎を垂らして唸る狼の群れ、そして眼前には銀の毛を持つ狼の王――カニス・ディルスが立ち塞がっている。

「くそっ、数が多すぎる! こりゃきりがねぇぞ……!」
「焦るな! 陣形を崩せば相手の思う壺だぞ!」
「矢が全然足りないわ……。ハンイットさんは大丈夫?!」
「ああ。わたしのことは気にせず、自分の身を守ってくれ!」

長時間の戦いは体力も物資も消耗する。かなりの数の狼を殺したが、肝心のカニス・ディルスに決定打を与えられていない以上、却って相手を逆上させる材料にもなっているように思う。
最前線にテリオンとオルベリクが立ち、中間にハンイットとリンデ、そして残りの面々は更にその背後にいる。前衛だけでは狼の群れまで抑えきれないが、それでもカニス・ディルスへの牽制にはなっているはずだ。後ろにいる仲間達の様子が、もっと具体的に言うなら自分にとってかけがえのない存在の無事を確かめたくて仕方がないが、こらえて短剣を握り直す。

「雷鳴よ、轟き響け……!」

その時、力強い詠唱とともに薄暗い空から雷光が降り注いだ。サイラスの魔法をまともに食らったカニス・ディルスは悶絶しながらも、まだ膝を折る気配はない。とても静かな環境とは言い難い状況だが、こんな時でも彼の声はよく通る。

「狼の包囲網が薄くなってきている……隙を見て撤退しよう! ハンイット君、合図はキミに任せる!」
「分かった。皆、もう少しだけ辛抱してくれ!」
「よし。まだいけるな、テリオン!」
「ああ……

短く息を吐き、飛びかかってきた狼の首を掻き切る。徐々にではあるが、着実に敵の戦力を減らしてきた甲斐があったものだ。とにかく今は眼の前の親玉を抑え込むことに集中し、撤退の機会を待とう。
それから暫くは膠着状態が続いていたが、リンデが威圧的に低く唸って飛び出した瞬間にハンイットが叫んだ。

「群れはリンデが引き付ける! 今の内に撤退だ、わたしが先導する!」
「は、はい……!」
「オフィーリア君、トレサ君、先に行ってくれ」

ハンイットが駆け出し、その後を年少の仲間達が追う。全員がカニス・ディルスから十分な距離を取ったら自分達も離脱しよう――そう思って半身を向けた時、一際強い風が吹いた。頬を切り裂くかと錯覚するほど鋭い風が髪を乱し、テリオンの利き目を隠した。その刹那のことだった。

「なっ……!」

僅かに気が緩んだ隙を衝き、カニス・ディルスは巨体に似合わないほどの俊敏さでテリオンの脇を抜けた。怒りに染まった狼の王の眼に映っているのは、先を征く仲間達に気を取られて、無防備に背を向けているサイラスだった。

「サイラス……!」

咄嗟に振るった短剣はカニス・ディルスの右脚の皮を切っただけで、肉を断ち、動きを止めるには至らない。サイラスが異変に気付いて振り返った時には、既に鋭い爪が迫っていた。この距離では魔法で迎撃することも、自分が盾になって庇うことすら叶わない――分かっていながらも、走り出さずにはいられなかった。

「っく、ああ……!」

サイラスの肩口から腰までを、獣の爪が容赦なく切り裂いた。白い肌から赤い鮮血が吹き出し、彼はたまらずその場に蹲る。大した距離を走っているわけでもないのに、サイラスのもとに辿り着くまでの時間はとても長く感じたし、彼の身体を掻き抱いた時にはテリオンは息を切らしていた。

「テ、リオン……
「喋るな! すぐに回復を……
「う、っ……

どくどくと溢れる血潮を押さえ込もうにも、傷の範囲が広すぎる。サイラスは整った相貌を苦痛に歪め、今にも途切れそうな短い呼吸を繰り返している。このまま何もしなければ、彼の命が長くないことを本能で悟っていた。
――サイラスが死ぬ?こんなところで?眼前に突き付けられた冷酷な事実に、テリオンの思考は止まり、指先が震え始めた。初めて、髪の毛の一筋まで独占したいと思うほど執着した人が。初めて、自分の全てを差し出しても構わないと思えるほど愛した人が。テリオンの腕の中で、命を失ってしまうというのか。

……ン、テリオンッ……
「サイラス……
「逃げるんだ、はやく……っ!」

自分の命が失われつつあるという瀬戸際にいながらも、サイラスは懸命にそう訴えた。助けてくれと嘆くでもなく、最期の言葉を残すでもなく、体温が失われつつある手で必死にテリオンの頬を掴んで正気に引き戻そうとする。呆然とその場に座り込んでいる二人は、狼達の格好の餌食でしかないからだ。
無慈悲にもカニス・ディルスの腕が再び振り下ろされようとしていたが、それはテリオン達を傷つけることはなかった。獣の肘から下は鋭利な長剣によって分断され、意思のないただの肉塊として地面に転がった。それを成した男はテリオンに背を向けたまま、剣を構え直す。

「テリオン、サイラスを抱えて走れ! お前の足ならすぐにオフィーリアに追いつける!」
「あ……あんたとリンデは、どうする気だ」
「俺達ならどうとでもなる。いいから行けっ、今ならまだ間に合う!」
……分かった」

まだ間に合うという言葉に衝き動かされるように、サイラスを腕に抱えて駆け出した。彼の美しかった青い瞳は今や虚ろに揺れていて、瞼が閉じそうになっている。血が自分の外套や襟巻きに染みて広がっていくのも構わず胸に抱き込み、必死に走った。白い衣装を纏う仲間が救いの女神となってくれることを、柄にもなく強く願っていた。

***

オフィーリア達と合流してからの記憶は曖昧だ。サイラスに回復魔法をかけてもらいながら急いで街に行き、宿の一室に運び込んで治療を続けた。後から追いついたオルベリクとリンデには大きな怪我はなく、トレサと共に薬の素材の確保にも加わってくれた。テリオンといえば、ただサイラスの傍にいてやることしかできなかった。

……本当なのか?」
「ああ、もちろん油断は禁物だが……一番きついところは乗り切ったと思う。傷は回復魔法できれいに治ったし、感染症対策に投与した薬もよく効いてる。もう大丈夫だ」
「そうか……
「炎症反応で暫く微熱は続くはずだが、生理的なもんだから心配するほどじゃねぇ。一応、解熱剤の準備もあるしな」

人生で一番長い夜はいつの間にか明けていて、窓から差し込む柔らかな光がサイラスの顔にかかる。真っ青だった頬には血潮の色が戻っているが、アーフェンの言う通り少し火照っている。長く規則的な呼吸音を聞きながら、そっと額を撫でた。サイラスは街に着く直前に意識を失い、今も眠り続けている。

「先生も一晩頑張ったんだ、自然に目が覚めるのを待ってやろう。俺とオフィーリアが交代で見とくからさ、テリオンも少し休んだらどうだ?」
……いや、おたくらの方が疲れてるだろ。俺は何も……できなかった」
「テリオン……

気遣わしげなアーフェンの表情が、却って無力感を増幅させる。夜通し治療に奔走し、サイラスの命を繋いでくれたのはアーフェンとオフィーリアの二人だ。テリオンといえばただ呆然としているだけで、彼のことを守れなかった。

……そんなことはありません。テリオンさんが呼びかけてくださったから、サイラスさんの魂を繋ぎ止めることができたのだと思います」
「そうだぜ……とにかくさ、少し休んでこいって。そんな顔してたら、先生がびっくりしちまうよ! オフィーリアもちょっと寝てきたらどうだ?」
「お言葉に甘えさせてもらいましょう、テリオンさん」
……

是とも否とも言えなかったが、ただでさえ疲れている二人にこれ以上の気遣いをさせるのも本意ではない。オフィーリアに促される形で部屋を出ようとした時、扉の外に人の気配があることに気付いた。勢いよく扉を開き、廊下に詰めていた仲間達を見遣る。

……おたくら、何やってるんだ?」
「えっ、いや~ちょっと……入るタイミングをうかがってました」
「心配なんだから、様子を見に来るのは当然でしょう?」
……そういうことだ」
「徹夜だったろうから朝食を持ってきたんだ。厨房を借りて作ったスープだぞ」

思い思いのことを喋りながら、彼女らは順に室内に入ってサイラスの顔を覗き込む。ハンイットが用意してくれたスープの香りが、血と薬のにおいを包み込んで洗い流していくようだ。

「おお、もう大丈夫そうだな」
「よかったぁ~! あ、あんまり騒ぐと起きちゃうかしら……
「まぁ、ちょっとぐらいは良いだろ。容態は落ち着いていてさ……

もう一度アーフェンが同じ説明をしている間に、テリオンとオフィーリアはスープにありついた。兎の肉と野菜がたっぷり入ったスープは、塩だけで調味されているというのに深い旨味がある。何よりも、食べ慣れているハンイットの温かな料理は、疲れ切った体に染み渡っていくようだ。

……ってわけで、俺とオフィーリアで交代で休もうと思ってたところだ」
「そういうことだったのね。それなら私もここに残ろうかしら。ほら、服や包帯を洗おうかと思って来たのよ」
「お、そりゃ助かるな。テリオン、お前も上着とか洗ってもらえよ」
……別にいい。どうせ落ちないだろ」

べったりとサイラスの血液が付着した自分の外套を見下ろす。昨夜までは赤かったそれは、今は酸化して黒ずんでいた。血液はかなり広範囲に染みていて、とてもではないが洗った程度では落ちそうにない。しかし、プリムロゼは何でもないことのように軽く言う。

「大丈夫よ、綺麗にする方法たくさんあるの。……何にもなかったように、元に戻せるわ」
……
「買い直すよりは経済的だしね。さ、そうと決まったらさっさと脱ぎなさい」
「おい、やめろ触るな……脱げば良いんだろ脱げば……

追い剥ぎの如く襟巻きの端を握られたので、諦めて外套と共に脱いで渡した。そうして結局、アーフェンの他にはプリムロゼとハンイットが残って、洗濯などの後片付けを手伝うことにしたらしい。

「じゃぁ、オフィーリアもテリオンも、ゆっくり休んでくれよな。なんかあったら知らせに行くからさ」
「はい、お願いします。少し休んだら交代に来ますね」
「あたしは滋養に良いものを探しに行くから……もし、もしだけど、眠れないなら一緒に連れて行ってあげてもいいわよ?」
……要らん。一人で行け、スリに気を付けろよ」
「も~、あたしは一人前の商人よ! スリなんか許すわけないでしょ!」

追い払うように片手を振ると、トレサはむっと顔をしかめて大股で歩き出す。けれど、部屋を出る寸前に振り返った顔には怒気ではなく不安が滲んでいた。どいつもこいつも、気遣いが下手なやつが多すぎる。
そうしてトレサを追うように三人で部屋を出て、オフィーリアとは廊下で別れた。

「俺達の居室はこっちだ」
「いや、部屋には行かない。……あんたに頼みたいことがある、来てくれ」
……

オルベリクは面食らった様子だったが、テリオンが歩き出すと大人しく後を付いてきた。宿を出て建物の裏に回ると、そこは薪や掃除用具類が雑多に積まれた作業場になっている。ここなら充分な広さがあり、かつ、サイラスの身に何か起きた時にはすぐに駆けつけられる。ちょうどサイラス達の居室の窓が面しているが、立って作業をしている者たちしか見えなかった。
黙ったままテリオンの様子を窺うオルベリクの腰には、愛用の剣が提げられている。テリオンが無言のまま長剣を抜いても、彼は直立不動の構えを崩さなかった。

「オルベリク。……剣術を教えてくれないか」
……あれはお前のせいではない。誰にも予見できなかったことだ」
「そうだとしても、もっとできることがあったと思う。俺は、もう後悔したくない……

テリオンが最も得意とする獲物は短剣で、長剣は時と場合に応じて使い分ける程度の用途で所持していた。振るい方も我流そのものであり、正しい教育と訓練を受けて研鑽されたオルベリクの剣術とは全く異なる。長く共に前衛を張る内に互いにそれは分かっていて、一定の尊敬はあれど、真似ようと思ったことはなかった。だが。

「自分の身を守るだけじゃ足りないんだ。……あんたの、守る戦い方を学ばせてほしい」

もし、あの時にテリオンが長剣を持っていたら。長い刃がカニス・ディルスの身に届き、一瞬でも隙を作ることができていたら。その間にサイラスは上手く逃げおおせたか、もしくは魔法で反撃に転じていたかもしれない。たらればを言ってもきりがないが、最悪の事態は避けられたからこそ、次のことを考えたい。
するとオルベリクは妙に渋い顔をしたまま腕を組み、居室の窓とテリオンを交互に見遣る。

「お前を休ませるために連れ出したというのに……起きているのなら、傍にいてやった方がいいのではないか?」
「それであいつの苦痛を取り除けるならそうするが……そうじゃないなら、今自分にできることをしていたい。頼む」
……お前がそこまで言うのなら、請け負おう。一つ、確認しておくが」

そう言いながらオルベリクはおもむろに剣を引き抜く。よく手入れされた鈍色の刃が朝日に照らされ、きらりと光った。

「稽古中にお前が気絶した場合……部屋に運んで、そのまま休ませても構わないな?」

剣を構えた瞬間、大木のように物静かで穏やかだった男の眼に炎が宿った。――改めて向かい合えば、嫌というほど分かる。この男は強い。純粋な剣技だけでももちろんだが、外道な手段を交えて戦ったとしても下すのは容易ではない。だからこそ、その強さの秘訣を盗み出す。

「ハ、……やれるものならやってみろよ」
「よく言った。では、行くぞ……!」

次は必ず、自分の手でサイラスを守る――。そう誓いを立て、振り下ろされた剣を自分のそれで受けた。

***

暗闇の中に沈んでいた意識が、光に導かれるように浮上してゆく。サイラスが目覚めると、どこかで見たことがあるような、ないような、そんな平凡な天井があった。四肢に僅かに力を入れてみると、普段よりは重たいがきちんと動く感覚がある。頭の中がぼんやりとしていて、頬が熱を持っている。少し発熱があるようだ。
ゆっくりと周囲に視線を巡らせると、調剤の道具を片付けていたアーフェンがこちらに気が付いた。彼はサイラスを安心させるように、にっこりと人懐こい笑みを浮かべた。

「先生、おはよう。気分はどうだ? 痛みはあるかい?」
「おはよう……。少し怠いくらいで、体の痛みはないよ。キミ達には面倒をかけたね……
「気にすんなって。傷はオフィーリアがきれいに塞いでくれたんだ。今は少し熱があるけど、これも自然に治まるからな」
「ありがとう……。テリオンは……?」
「ああ、あいつなら……

アーフェンの視線を追うように、窓に目を向ける。寝台に横になっていると窓を見上げるかたちになり、外の様子までは窺い見ることができない。脱力した体をもぞもぞと動かして上体を起こそうとすると、プリムロゼが背中を支えてくれた。

「すまないね……
「いいえ。ちょっと珍しいものが見られるわよ」

窓の外を見遣ると、なんとテリオンとオルベリクが長剣を持って向き合っていた。彼らは試合をしているらしく、激しく剣を交え、時折オルベリクから何か声を掛けている。集中しているようでテリオンの表情は堅いが、昨日のような恐慌状態ではない。窓硝子ごしにその頬を指先で撫で、サイラスは安堵に胸を撫で下ろした。

「ったく、休めって言ったのによ……
「まぁ、本人がやりたがっているんだからいいんじゃない?」
……きっと、できることをしていたいと思ったのだろうね。テリオン……無事で良かった」

テリオンとオルベリクのやり取りが聞こえないのだから、サイラスの声が届くはずがない。しかし何かを察知したのか、不意にテリオンの視線がこちらを向いた。翠眼が丸く見開かれるが、彼の身にはオルベリクが振るう剣が迫っている――危ない、と叫ぶ間もなく、テリオンは身を屈めて斬撃をかわし、オルベリクの横を素通りして走り去った。そして廊下を走る音、部屋の扉が乱暴に開く音が続く。らしくないものだと思う反面、少し嬉しかった。

「サイラス!」

テリオンが部屋に飛び込んできて、抱き締められるのは本当に一瞬のことだった。頭を胸に抱え込むように抱かれているから、彼の鼓動の音がよく聞こえる。どくどくと力強く、速く脈打つそれは、命の音だ。よかった。テリオンからこの音が永遠に失われることがなくて、本当に良かった。
抱き締め返したいのは山々だが、仲間達の目もある。やんわりと腕を押してみても、テリオンは離れる気配がない。

「テリオン、皆が見ているから……
……
……テリオン?」
「嫌だ。……離したくない……

嬉しいけれど、困ってしまう。どうしようかとテリオンの肩越しにプリムロゼ達を見たが、彼女らは気を遣って部屋を出ていってくれた。アーフェンが簡単に離れられるということは、サイラスの危機はもう脱したということだろう。彼らの献身に感謝しなければならない。

……心配かけてすまなかった」

ようやくサイラスの方から彼の背中に手を回し、優しく擦る。応えるように一瞬テリオンの腕の力が強くなったが、すぐに緩められた。

「大丈夫だよ、もう痛みはないから。……一睡もできていないのだろう? 顔を見れば分かるよ。すまなかったね」
「あんたのせいじゃない……
「そうだね、キミのせいでもないよ。キミがそうしていたように、私ももっと学ばなければならないね」

振り返ってみれば、いつ誰が命を落とすかも分からないような危うい戦いだった。だが自分達が持ち得る最大限の力を使い、どうにか難局を乗り越えられた。このことを教訓としてしっかりと胸に刻み、次に危機に陥った時への糧にするべきだ。
テリオンの頬に手を添えて、瞳を覗き込む。――いつか必ず、サイラスは彼を置いていくことになるだろう。八つも歳下の最愛のひとを、先に逝かせるわけにはいかない。自分が持つもの全てをなげうってでもテリオンを生かす覚悟はあるが、それは決して今ではない。

……次はもっと上手くやれるようにしよう、お互いにね」
「ああ。傷の具合はどうなんだ……?」
「もうないと思うよ。ほら、触ってみて」

体を動かしても痛みや引き攣れるような違和感はなく、アーフェンの口振りからも、傷は完全に治癒されていると察していた。寝間着のボタンを一つ外して、テリオンの手を襟から差し込むように導く。温かい指に肩口をゆっくりとなぞられ、くすぐったくてつい笑みがこぼれた。

「はぁ……良かった……。暫くは薬屋の言うことをよく聞いて、安静にしてろよ」
「うーん……安静というのは結構つまらないものなのだが。読書の許可は下りるだろうか?」
「絶対にだめだ」
「じゃぁ、キミとオルベリクの試合を見学しようかな」
「だめだ。興奮して寝なくなるだろ」

厳しい言葉とは裏腹にテリオンは慈しむように目を細め、サイラスの額に口付けた。それだけで離れていこうとするのを引き寄せ、サイラスからも頬に口付ける。

「分かった。でも、キミも少し休まないといけないよ? 約束してくれ、テリオン」
……分かった、分かったから」
「いい子だね……

話している間にも、彼の緊張の糸が緩んでいるのが伝わってくる。サイラスが言い聞かせなくとも自主的に休むように思えたが、念押しをして柔らかな髪を梳くように撫でた。
それから数日間、サイラスは読書まで禁じられて文字通り安静に過ごすことになった。全快したらまずは仲間達にしっかり感謝の気持を伝えて、それから今後の対策を考えていこう――そう思いながら時折窓の外を覗いては、奮闘するテリオンの様子を微笑ましく見つめた。




***

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