ローエンの「仕事」を見てしまった話

※実装前作成のため、口調の捏造などにご注意を

 それはそれは、怖い兎の騎士様だった。


 日が暮れる頃にようやく終わった仕事帰り、フラッグシップへ立ち寄った。私は一人だったけれどボックス席に通されて、広々と座席が使えてラッキーだと思った。さほど混み合っていない時間帯なのか、客も店員もまばらだった。
 私は適当に料理と飲み物を注文してから、鞄に入れていた読みかけのミステリー小説本を取り出した。いつものフラッグシップは雑音が凄いので読書には向かないが、今日なら快適に過ごせそう。近くにあるジュークボックスからも良い感じの音楽が流れている。
 注文した『アップルサイダー』と料理が運ばれてきた。それらを少しずつ食べ飲みしながら、手元の本を読み進めて行く。

 ふと、視界の隅に何か見えた。本は手放さずに横目で様子を伺うと、斜め前の席に、薄く灰色がかった緑色の髪をした割と小柄な男性の後ろ姿が見えた。そちらもボックス席を一人で使っている様子だった。何となく他の席も気になり顔を動かさずに辺りを伺うと、正面の席にもスーツを着た一人客の男性がいた。後方の席には三人組がいるようで、他は空席だった。
 料理は食べ終わったし、飲み物の追加オーダーはどうしようかなぁ、とそんなことを考えていたところで、――私は見てしまった。

 スーツの男性が少し離席した途端、あの薄い緑髪の男性も席を立った。そして、スーツの男性のグラスへ紙に包んだ『何か』をサッと入れたのだ。
 
 ――なんだ?今の……白い、粉……
 そう思った瞬間、ぶわっと鳥肌が立った。手元のミステリー小説に書かれていた内容と酷似していたからだ。少し前に読んだページでは、いつのまにかカップに入れられていた『毒』で被害者が倒れ、物語の事件が発生していたのだ。
 そんな、まさか。これはフィクションだ。……現実にあるわけ無い。そう思い込もうとするも、冷や汗が止まらず脳内では警告音が鳴り響いている。

 今はもう薄い緑髪の男性も、スーツの男性もそれぞれ元の席に座っているし、他におかしな様子はない。おかしいのは自分だけだった。
 ……やっぱりダメだ、帰ろう。そのまま荷物をまとめて、バーテンダーの方へ少し足早に近づき、会計を済ませる。お釣りの確認もせずに受け取り、そのまま店を出る。
 フラッグシップを出て立ち止まり、細く長い息を吐き出す。外はもう暗かった。手持ちのハンカチで額の汗を拭い、息を整える。
 ……よし、落ち着いてきた。もうこのまま帰って寝てしまおう。善は急げと近道をしようとして、裏路地の角を曲がる。

「よう、さっき振りだな?」

 …………えっ?
 
 私はいつの間にか顔を伏せて歩いていたらしく、前方から声が聞こえたことに驚いて顔を上げる。――まさかだった。思わず悲鳴をあげそうになったのをグッと堪える。
 後ろ姿しか見ていないが間違いない、店にいた薄い緑髪の男性だ。暗がりの中なのに不思議と目立つ赤と青の混ざった光のない目に、私はいま、射抜かれている。
 しかし、何故ここに……私が店を出る時、彼はまだ席に座っていたはずなのに――
 
 相手しなければいけない道理もないので、細い路地だが彼の横を通り抜けようとした。その前に横壁をドンっ!と足裏で蹴られ、思わず体がビクッとしてしまい立ち止まる。

「おい、話しかけてんだよ。聞こえねーのかなぁ、そこのお嬢さん?」
「な、何ですか?」
 思わず出てしまった震えた声。その反応を見た彼は、片側の口角を吊り上げてククッと小さく笑う。

「さっき、お前は何かを見たか?」
「み、見てないです!」
「そうか。それなら急いで帰る必要は、無いよな?」

 そのまま何も口にできなかった私だが、精一杯の抵抗を……と、首を横に振る。だが、彼はその意思表示を見ていなかったかの様に無視した。
「必要ないなら、俺に一杯付き合えよ。さぁ――店に戻ろうぜ」
 そう言った彼は、動かない私の肩をグッと引き寄せ、体ごと引っ張る様に歩き出す。外見の予想とは異なり、彼のその力はとても強くて、私はほぼ抵抗することもできずに元の道を歩かされることになった。

「丁度見ておかなきゃならねぇ対象が、あの店に一つあってな? それが二つに増えるなら同じ場所の方が楽だろ?」

 なんて無茶苦茶なことを言う人なんだろうか。
 彼の言う観察対象二つ目が私であることは確定だろう。私は今夜、無事で居られるのだろうか。

 ……そもそも、私に何か不都合なことを見られたってことは、何らか失敗したのはこの人が悪かっただけでは?
 そう考え始めた私は何だか腹が立ってきたので、引きずられる様にフラッグシップへと戻されている間に「……めちゃくちゃ高い酒を、奢らせてやる……」と、彼に聞こえるように呟いた。すると「はっ!いいなお前。意外と根性あるじゃん」と、彼から楽しそうな反応を貰った。


 フラッグシップに戻ってから、私は宣言通りに料金の高い順に酒を注文しまくってやった。彼のよくわからない軽快な会話を適当に返事しつつ、ここぞとばかり飲んでやった。彼――ローエンは、「俺の懐は痛まねぇから、お前の好きにしろ」と言って、彼も私と同じ酒を飲んでいた。注文のたびに二つ置かれるグラスを見つめる。……どうでも良いけど、誰の懐が痛むのだろうか。実は騎士様らしいから、会計の人とか?
 最初は怖いイメージしかなかったけど会話をそこそこ続けてみたところ、ヤバい奴という印象には変わり無いが、少し仕事熱心なだけということが分かってきた。

 なお『毒』を盛られたらしいスーツの男は、ずっと同じ席で寝こけていただけだった。継続される私と彼の飲み会の最中に、むくりと起き上がり不思議な顔をして時計を見た彼は、慌てて会計を済ませて店を後にしていた。

……あの人、追いかけなくていいの?」
 そのようにローエンに問うてみたところ、「別に俺は何もしてねぇけど? 勝手に寝てるやつが近くの席に居ただけじゃねぇの?」と、しらばっくれてきた。いや、多分何らかの理由で一定時間寝かせておくことが必要だったんだろうけど、貴方がなんかしてたのは事実でしょう……とは私も言えないので、この話は有耶無耶にすることにした。
 小説の読みすぎかもしれないけど、さぁ?

 そんな彼からまた飲みのお誘いが来ており、私はどうしたもんかな……と途方に暮れている。今後も続くやつでしょ、これ。



『まさか「仕事」中に、この面白い奴と出会えるとはな?』