ten_matoi
2026-05-06 17:54:41
4161文字
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My heart is yours.

5/31インテ頒布予定のクリレオ闇オク本のサンプル。




ワシントンDC近郊、〝パレス〟と呼ばれている場所があることはDSOも把握していた。そこは普段から治安の悪い地域に存在する場違いな屋敷であり、無法地帯と評判の物件でもあった。
手配犯が隠れ住む場所、違法な取引に使われる場所、様々な憶測飛び交う場所として、レオン・S・ケネディは〝パレス〟を慎重に観察する。
見た目は古風な屋敷そのもの。落書きだらけの地域にあっても尚、その異様さは失われない。レオンは銃を構え、人気のない裏口から中へ入った。
深閑としている室内も古風な調度品で溢れ、メインホールには分厚いカーテンが引かれている。明かりは薄ぼんやりとして、まるでお化け屋敷のようだった。
レオンは油断なく四方を警戒し、先へ進んでいく。本当に、ここにバイオテロの手配犯が潜伏しているのだろうか。
DSOにもたらされた情報だと、〝パレス〟に潜伏しているのはアジア全域に散らばる犯罪シンジケートの幹部。コネクションを頼ってBOW関連の情報を得ようとしているとの情報は、レオンを動かすには充分なものだった。
ゆっくりとメインホールを進んでいく。しかし、相変わらず人気はない。レオンは双眸を細めたが、遠くからの複数人の足音に銃口を向けた。
「レオン・S・ケネディ」
ドア向こうからなだれ込んできた複数人の一人が、レオンの名前を呼ぶ。レオンは囲まれた時点で銃をおろし、肩を竦めて無言を貫く。
「レオン……
刹那、聞き慣れた声が男たちの後ろから聞こえて、レオンは目を瞠る。剣呑な視線を男たちに流して、レオンは「彼女たちを離せ」と口を開いた。
一人の男に押し出されるようにして前に出てきたのは、やはりレオンの見知った彼女たち。
「グレース、エミリー」
ブロンドの女性と少女は、不安で視線を揺らしている。レオンは溜息をついて、男たちを更にきつく睨み付けた。
「何が目的だ」
「分かっているんだろ?」
にやついている男が、グレースを小突く。エミリーが不安そうにグレースの服を握って、レオンを見ていた。ぐ、と奥歯を噛み締めてレオンは暫時目を伏せて、息を吐き出した。
……分かった」
銃を放り投げ、ボディチェックを受け入れる。すべての装備を剥ぎ取られて、レオンは促されるがままにグレースたちを共に歩き出した。
「レオン、ごめんなさい……
グレースは予想外に冷静にレオンを見ている。緊張はしているらしいが、エミリーを抱き寄せている手は震えていない。レオンも取りあえず頭に血が上りそうなのを抑え、彼女たちを守る最優先の行動をすることにした。
パレスの前に待っていたのは、黒のSUVが二台。二人とは別々の車に乗せられたレオンは、差し出されたロックグラスを素直に受け取る。
「これは……
「きみは、それを黙って飲めばいい」
拒否すれば人質となっているグレースたちに何をされるか分からない。レオンは黙ってグラスの中の液体を呷った。途端、すぐさま視界が揺れはじめる。意識を刈り取るには余りある薬物の酩酊感――レオンはがくっと落ちる意識に抗えなかった。


※※※


グレース・アッシュクロフトおよび、その養子であるエミリーが失踪。同日、ワシントンDCにて単身パレスと呼ばれる場所へと潜入捜査を開始したレオン・S・ケネディも、姿を消した。
クリス・レッドフィールドにその報がもたらされたのは、彼女、彼らが失踪して二日目のことだった。その情報はシェリー・バーキンがクリスのプライベート端末へと送信してきたもので、折り返しした途端に彼女は憂慮の息を吐いた。
「グレース、エミリーはもちろん、FBIが全力で捜しているけれど……レオンは」
エージェントの生死は軽い。たとえ失踪したとしても、彼を公に捜すことは組織はしないだろう。だからシェリーはクリスとハウンドウルフを頼ってきた。
「それで、FBIの捜索状況は?」
クリスが問いかければ、電話口のシェリーは深々と息を吐くだけだった。
「手がかりも掴めていないみたいで、こちらにもお窺いの連絡が来たくらい」
「そうか……手がかりもない、ということか」
クリスは知れず歯噛みする。焦燥感は否が応にもわいてきて、クリスを焦らせた。
グレースとエミリー、そしてレオン。この三人が同時に失踪するなんてあり得ないことだ。予測できることは限られている。クリスは唇に指を添えて、そっと噛んだ。
……人質、か」
そうとしか考えられない。
レオンを拉致するために、グレースとエミリーを利用したのだろう。人質にして、レオンの抵抗を抑え込み、そして三人ともを拉致した。
レオンだけならば、クリスはここまで焦らない。嫌な予感ばかりが膨らむ。冷静になれ、と自分に言い聞かせるが沸々とわいてくる怒り、そして不安は消えなかった。
つい先日、二人は休日が重なって共に過ごしたばかりだった。その時に聞いた「とあるシンジケートの話」がクリスの頭に過ったが、あれがもしレオンを誘き出すために仕掛けられた罠だとしたら? クリスの内側の怒りが増した。
――レオンに手を出す者は許せない。
互いを互いだけのものだと、誓い合った関係である。クリスはレオンのもので、逆もまた然り。
レオンは……クリスのものだ。
罠をかけてまでレオンを手に入れたい者。生かして捕らえているということは、碌な目的ではない筈だ。
グレースとエミリーのことも心配である。きちんとした扱いを受けていればいいが、二人とも不安の渦中にいるだろう。
三人の人質。杳として知れない行方は、どこからその細い手がかりの糸を掴めばいいのか。
がらんどうに感じる二人の家が寒々としている気がする。
クリスは用件だけを伝えてすぐに通話を切ったシェリーとの会話を思い出し、嘆息する。彼女も相当心配しているだろう。シェリーのためにも、自分のためにも、レオンたちの所在をまずは確かめる必要があった。
冷めてしまったコーヒーを啜る。ひときわ苦く感じるそれは、レオンのお気に入りのオリジナルブレンドだ。
「クリスが淹れてくれるコーヒーが一番好きなんだ。職場のコーヒーは泥みたいだからな」
笑って褒めてくれたレオンの表情を思い出す。ブルーグレーの瞳をゆったりと眇め、笑い皺が可愛らしい目元を撫でた感触まで思い出して、クリスはぐっとマグカップの指先に力を籠めた。
――レオン。お前は一体、どこにいる?
いますぐ抱き締めて、キスをしたいと思ってしまうのは仕方がないこと。最近また、すれ違いの日々だったからだ。先日の一日だけが二人の潤いの日だったなどと、笑えない冗談である。
クリスは素早くロボに連絡する。メッセージを入れた途端、近くにいるからすぐに行く――という旨の返事が来た。
本当に近隣にいたらしいロボは数分でクリスとレオンの家に到着した。玄関口でにっこり笑っている彼は、手に通話中の端末を持っている。
「ロボ?」
「アルファ、ちょっとコイツの話を聞いてみてくれないか。……あんたが探してる情報ドンピシャだと思うぜ」
クリスは頷き、ロボをリビングへ招き入れる。スピーカーホンのボタンをタップしたロボが、テーブルにその端末を置いた。
「レオン・S・ケネディが、〝カーネギー家〟のオークションの商品としてラインナップされているんだ……
緊張した声。クリスはその内容を聞き、目を瞠る。ロボにそっと視線を流すが、彼は頷いて電話口の相手に続きを促した。


※※※


ぼんやりしていた意識がようやくはっきりとして、レオンはゆっくり起き上がった。
装備をすべて奪われていることは身軽な体で分かった。……クリスから買ってもらったばかりのジャケットも奪われている。苛立つことばかりだが、レオンは先に状況を把握することにした。
ヴィクトリア朝の豪奢な内装。典型的な富豪の屋敷らしい。天蓋付きのベッドに胡座をかいて座っている自分の、何と異質なことか。
レオンは室内に自分以外の気配がないことに安堵しつつも、引き離されているグレースとエミリーの気持ちをつい考えてしまう。
もう彼女たちには辛い思いなどさせたくなかったのに――あまつさえ、怖い思いまでさせてしまってレオンは歯噛みした。
完全に自分のせいだ。レオンの人質として価値を見出されてしまった彼女ら。
――すまない、グレース、エミリー……
ひとりごちて、レオンは目を伏せる。状況は最悪で、自分は囚われの身。彼女らを人質に取られている時点で、抵抗するという選択肢はない。
潮目を見て、臨機応変に対応するしかないのだが、現状ではお手上げ状態だった。
望みの糸は、この捜査を知っているシェリーがクリスへ伝えてくれること……なのだが。
そんな不確定な要素を信じて動く訳にもいかない。最優先はグレースとエミリーの安全だ。その場合、レオンが動かないことが重要だった。
廊下には恐らく見張りが立っている。そしてこの部屋には監視カメラがついている。調度品に紛れて複数のカメラが設置され、レオンの行動をつぶさに映している筈だ。
ちらっと視界の端に見えたビスクドールの瞳にカメラの気配を感じたが、このタイプの監視カメラは音声は記録しない。レオンは視線をそちらにはやらずに、そっとベッドから降りた。
すると、ドアが開錠される音がして、レオンはそちらに視線を流す。そっと腕を垂らして、すぐに動けるように体を脱力させるが、入ってきた人物を見てレオンは嘆息してベッドの端に腰をおろした。
「やあ、レオン。きみに会えて光栄だ」
車椅子の紳士はレオンを見て上機嫌に笑っている。その声は嗄れて、聞き取りづらい。しかし、爛々とした視線はレオンをしっかり品定めしていて、不快なものだった。
――ロイ・カーネギー。
レオンの知っている情報は、彼が北米屈指の大富豪だということだ。そしてその財のほとんどが違法な方法で築き上げられてきたということも、情報として蓄えられていた。
電動車椅子がベッドへ近づいてくる。後ろには屈強なボディガードが五人。制圧したとしてもまた別の警備が来るだけであり、グレースとエミリーの命が危うくなるだけだ。一瞬過った抵抗する選択肢を諦めて、レオンは目の前にやってきたロイを見た。