幸希(ユキ)
2026-05-06 16:17:51
11342文字
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こぼれ落ちた

記憶喪失ネタです。2度と書きません辛すぎる。
ダメージ酷いからさっくり書くつもりだったのに、何でこんな長くなった。お陰でダメージ倍増してむっちゃんから離れられない。



「主、主、起きや。」
「ゃ、ぁ……?」

気遣わしげにこちらを覗いてくるのは

「陸奥守?」
……主?」

目の前の彼の姿に違和感を覚える。

(あれ?私さっきまで。でも、布団?え?)

分からない。分からない。頭が一気にパニックになっていく。息が苦しい。

「主。」

ぐっと暖かい身体に抱き込まれた。鼻腔を擽る愛しい匂い。

「ただの夢じゃ。なぁんも怖い事はない。夢は覚めた。」
「ゆ、め……?」
「そうじゃ、夢じゃ。悪い夢を見ちょったんじゃ。もう夢は終わったき、落ち着きや。」

夢。ただの夢。そう言われても、まだ現実感がない。

「本当に?本当に夢?」
「もうちくとじっくり触ってみるかえ?わしが触れてもえいけんど。」
「陸奥守……むっちゃん?」
「おん、おまさんのむっちゃんじゃ。」

ぺたぺたと顔に何度も触れる。輪郭をなぞって、鼻筋を辿って、目元を描く。手から伝わる感触は、これが紛れもない現実だとまざまざと示してくる。
それでもまだ信じきれずに触っていたら、不意に手を取られた。

……。」
「!」

視線をこちらに向けながら、取った手に“ちゅ”とくちづける陸奥守。向けられた目は、安心するほどにひどく熱っぽかった。

……むっちゃん?」
「どういた?わしの可愛い愛しい嫁さん。」


(現実なんだ。)
そう思った瞬間熱いものが頬を伝った。何度も、何度も。

……夢でえずい思いでもしたかえ。」
「むっちゃん、に、忘れられた……。」
「夢のわしは何をやっちゅう。こがに可愛い嫁さん忘れるらぁてべこのかじゃな。」

大きな手で頬に流れていく涙が拭われていく。

「誰じゃって、言われ、たの。」
「おん。」
「嫁じゃないって、人とは生きられないって。加州と契ればいいって
「おまさんはわしの可愛い、大事な嫁御じゃ。誰にも渡さんぜよ。」

はらはらと落ちる涙は止められない。止め方も分からない。

「よっぽどえずかったんじゃな。悲しい思いにさせてすまざったの。」
「むっちゃん。」
「ん?」
………………すき?」
「愛しちゅうよ。」

もう一度思いきり抱き締められる。ぷつん、と音がした。

「あ……あぁぁぁぁ!」

怖かった。悲しかった。忘れられたのが恐ろしかった。どうなってしまうんだろうという消えない不安感と、このまま戻らなかったらどうしたらいいんだろうという焦燥感。あれだけ酷く突き放されて、足元が覚束無くなった感覚が鮮明に思い出された。

「やだ、やだ!置いていかないで!私を1人にしないで!!」
「1人にせん。おまさんを置いていくぐらいなら連れていく。誓約を破ってでもじゃ。」
「やだ!いやだよ!!1人は嫌だ!!」
「こがに泣いて。よほどおとろしい夢やったか。」
「やだ!やだぁ!!」

だんだん訳が分からなくなってきて、ただ喚くだけになる。嫌だ嫌だと泣き喚いて、衝動のままに暴れて。

「旦那、手を貸した方がいいか。」
「いや、えい。離れると逆効果じゃ。大丈夫じゃ、夢は終わった。夢は現実にはならん。わしはおまさんを離さん。」
「いやだああああ!!!」

大分大暴れしてたと思う。だけど、むっちゃんは1度も腕を解かなかった。ただただ強く抱き締めて、声をかけ続けてくれた。



………。」
……落ち着いたかえ。」

ぼーっとする頭。目蓋が重い。泣き過ぎて眠い。

「薬研、氷嚢を持ってきてくれるかえ。」
「小さいやつだな。」
「あとちり紙と水も頼んでえいろうか。」
「はいよ。大将、少しだけ起きててくれな。」

いつからか来てた薬研がするりと部屋から出ていく。

「主。」
「ん。」

頬に添えられた手に促されて顔を上げる。ぼんやりしていたら、優しく唇が重なった。

「んん
「ん、ん

ゆっくりゆっくり、熱を移すみたいに唇や舌が這っていく。何度も聞こえてくる“ちゅ”というリップ音に、また涙が滲んで流れていった。

「なんで、キス
「こういたら笑うてくれるかと思うて。」
なに、それ。」

ふふ、と笑いがこぼれると、むっちゃんはまた優しくキスをして抱き締めてくれた。

「好きじゃ。」
「むっちゃん。」
「おまさんが大好きじゃ。」

愛しさの滲む声。夢のせいで冷えていた身体が暖かくなってくる。寂しくて、嬉しくて、より一層むっちゃんに身を寄せた。

……ねぇ。」
「ん?」
「夜中に大騒ぎしてごめん。」
「それだけおまさんにとっては恐ろしかったんじゃな。」
「途中駄々っ子みたいになってた。」
「正常な反応やき、あんまり気にしなや。」
「大将、旦那、入っていいか?」

手に氷嚢、ティッシュ箱、水分を盛った薬研が戻ってきた。

「しっかり冷やしてな。じゃないと朝腫れる。」
「はい。」
「旦那、水分はここでいいか?」
「おん、そこに置いちょって。」
2人にして大丈夫か?」
「「大丈夫/じゃ。」

「何かあったら呼んでくれ」と言い残して薬研は自室に帰っていった。私の声の大きさを思ったら、多分実休さんも起きてたんじゃないだろうか。 薬研が出てきたから多分待っていてくれた可能性もある。そう思うと何か余計に申し訳ないな

「氷きもちー。」
「こじゃんと泣いたき、水分取らんといかんがよ。」
「うん。」

いいほど暴れて泣いたから、脱水を心配したんだと思う。むっちゃんに凭れ掛かりながら水を飲んでいると、乾きかけていた涙をむっちゃんが拭っていく。

「水もういい。」
「眠そうじゃな。」
「眠い。泣きすぎた。」
寝れるがか?」

ぎゅ、と抱き締める力が強くなる。

「こうやってぎゅってしてくれてたら……寝れると思う。」
「ほかに不安な事、ないかえ。」

そう言われると、夢の内容を思い出して心細くなってくる。不安も何もない状態で眠りたい。

「不安はない、けど……ちょっと、その、心細い。」
「どうしたら安心出来るかの。わしに出来る事、あるかえ。」
………あまえたい。いい?」
「ん、えいよ。」

眠気も相まって、子どもがするような拙いもの。胸元に頬を寄せて、すりすりとすり寄る。「むっちゃん、すき」とこぼせば、「わしも好きじゃ」と甘やかな声が返ってくる。何となく手を指でなぞれば、絡めるようにして手を繋いでくれた。繋いでる手と反対の手で、肩をとんとんと寝かしつけるように叩く。



ゆらゆら。とんとん。少しずつ下りてくる目蓋。



「むっちゃん。」
「まだ心細いなが?」
「んん……

何とか首を振れば、ふっと笑ったような吐息が聞こえた。

「わしはねきにおる。おまさんから離れんよ。やき、今度は幸せな夢を見ようねゃ。おやすみ、愛しちゅうよ、ゆき。」

額に感じた温かさを最後に、私は眠りの世界に落ちていった。







(忘れる?手離す?そんな事天地が引っくり返ってもあり得るものか。やっと手に入れたこの娘を、手離すなぞ。そんな馬鹿な真似、あり得ない。)

「こぼれ落といて失くすような、そがな浅い想いやありゃあせん。おまさんは……わしのじゃ。」