幸希(ユキ)
2026-05-06 16:17:51
11342文字
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こぼれ落ちた

記憶喪失ネタです。2度と書きません辛すぎる。
ダメージ酷いからさっくり書くつもりだったのに、何でこんな長くなった。お陰でダメージ倍増してむっちゃんから離れられない。



あれ以降、陸奥守の呼び方は「主」に戻った。以前も「おまさん」と「主」で呼んでいたから、「おまん」よりかは違和感がなくていい。それでも、その呼び方の中に自分が探している熱は感じられなくて、寂しさは増して胸の内を食い荒らすばかりだった。

「大将目の下、うっすらクマになってるぞ。」
寝つき悪くて。」

今のところ、本丸の運営に障りはないが、今までむっちゃんと寝ていたのが出来なくなり、むっちゃんがいないときちんと寝つけないのが災いして寝不足に陥っていた。
昼寝でどうにか補いはしているものの、それも焼け石に水。根本的な解決にはならない。

「あんまりなら睡眠薬出すが。」
……記憶、いつ戻るんだろ。」
「かなり難航してるみたいだな。あんまり思い詰めるなよ、大将。」
「うん。」

恋仲だった事は、陸奥守にはまだ伝えてない。拒絶されるのが怖かった。告げなければ、関係は白いまま。再スタートが出来る。そうやって最初から始めればいい。ただそれだけなのは分かっていた。「好き」と告げて、こちらを振り向いてくれるよう努力すればいいだけの話。でも

(振り向いてくれなかったら?)

片想いならばどうとでもなった。諦めもついた。でも愛される事を覚えてしまった。愛される幸せを知ってしまった。それが無くなり、半身もがれたような今の状態で、もし「愛してない」などと言われたら……とてもでないが耐えられない。むっちゃんがいなければ、まともに立つのも危ういというのに。

(そんな軟弱、今のむっちゃんは多分、許してくれない。)

優しいが、それでいて冷徹な刀。情に厚いけど、合理的な性格。彼に相応しいようにありたい。そう願う気持ちは変わらないのに。情けない自分が邪魔をする。痛い思いをしたくなくて、今も背を向けて逃げようとする。まだ、時間が欲しい。

「どこかでバレはするだろうけど、それまでに気持ちが切り替えられるようにはしたいな。」

といっても、おそらくそんなに猶予はないんだろうな。そう独り言ちていた時。

「ここにおったがか。」
「!」

思考の渦中の刀。

「どうしたの。」
「話がある。ちくと来てくれんか。」

ドッドッと心臓が嫌な鼓動の立て方をする。本能的に逃げたくなった。

「逃げるがか。」
「っ、なんで」
「足が半歩引いちゅう。」
……逃げ、ないよ。」
「ほいたらこっちじゃ。逃げなや。」

浅くなる呼吸をどうにか押し留めて、揺れる視界のなかで陸奥守を追い掛けた。
着いたのは本丸外れの空き部屋。中に入るよう促されて、ゆっくり部屋へ足を踏み入れる。続いて陸奥守が入ってきて戸を閉められた。

「どう、したの。」
「おまんに聞きたい事があっての。」

『おまん』。その呼び方にズキリと胸が痛む。

「おまん、わしと恋仲やったがか。」
「!………誰かから聞いたの?」
「南海先生が言うちょった。」

南海先生か。一応箝口令を出していた筈だけど、どこかでうっかり言ってしまいそうな気はしていた。やっぱりか。勘が当たった事もあって深いため息が出た。

「ほんまの事か。」
………うん。」

“恋仲やった”。その言い方が酷く突き刺さる。まだ、まだ私は気持ちが切り換えられてないのに。

「黙っててごめんなさい。急に言ったとしても、あなたが混乱すると思ったから。」
「じゃろうな。南海先生も言いよった。そういう想定はわしもするしやるじゃろうな。その判断は間違うちょらん。」

淡々とした話し方。怒っているのか、それともただ現実を受け止めているのか。いつもなら分かるはずの陸奥守の心の動きが見えなかった。

……。」
「おまん。」
「え!?」

急に顎を掬われて顔を覗き込まれる。愛しい相手の顔がグッと近づいて、久しぶりの距離に胸が高鳴った。

「な、何?」
「クマできゆう。」
「それは
「おまんがわしを避けゆうのも、こがなさまになりゆうのも、わしとおまんが恋仲やったからなが?」
「避けてなんか!」
「避けちょるろう。あの日からまともに顔合わせちょらん。気のせいかとも思うたが、周りの者らぁもそのように動いちゅう。嫌でも気付くぜよ。」
………。」

陸奥守は聡い。周囲から感じていた違和感にはきっと最初から気付いていた。南海先生の一言で決定打を与えてしまったのだ。

「どういて恋仲になったがやろう。」
「それは
「あー、えいえい。理由が聞きたい訳やないがよ。けんど、ほうじゃの。気持ちがない状態でそがな事しちょっても意味ないじゃろ。」
「陸奥守?」
「どがな経緯かは知らんし、知ろうとも思わんが、わしとおまんはただの主従。審神者と初期刀。それだけじゃ。恋仲やったっちゅうのは忘れや。わしも忘れるき。」
「え……。」

ぐわ、と意識が遠退きそうになる。手をグッと握りしめて堪える。

「忘れるき、らぁて言うても、既に忘れゆうけんどの。」
「む、つ……
「その程度の縁やったんじゃ。」
「そんなの!」
「それにの」

冷ややかな声に背筋が叩かれたような感覚がする。

「色恋なぞに現抜かしとる暇あるがか?戦の最中やに。」
……。」
「わしらをなまくらにするようなお人に付き合うちょれん。初期刀としての役目は全うするき、そこは任せちょき。けんど、恋仲までは引き受けられんぜよ。」

至極真っ当な言葉。何も間違っていない。永遠の箱庭にいるわけでないのだから。分かっているのに。

「好きなのは、いけない事?」
「戦場でいらん情をかけたら、真っ先に死ぬるがはおまんじゃ。ここでは色恋は捨てや。そのざまで、何が出来るんじゃ。」

「これ以上失望させな」。そう言って陸奥守は部屋を出ていった。喉元が熱い。目の奥が痛い。それなのに。

「くるしい……

こんな時まで声をあげて泣けない自分が哀しかった。