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幸希(ユキ)
2026-05-06 16:17:51
11342文字
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こぼれ落ちた
記憶喪失ネタです。2度と書きません辛すぎる。
ダメージ酷いからさっくり書くつもりだったのに、何でこんな長くなった。お陰でダメージ倍増してむっちゃんから離れられない。
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何とか荷物を移動させて、肥前からも了承をもらって、ようやく陸奥守を手入れ部屋から出す事が出来た。肥前や南海先生からの話じゃ、とりあえず生活するのに支障はない事。出陣も最初こそ危なっかしい場面はあったが、回数を重ねたら勘を取り戻したようで、以前と変わらない程に戦績を上げるようになった。
(一旦は概ねいつも通り
……
か。)
経過観察を頼んでいた粟田口からの報告を聞いて安堵のため息をこぼした。生活がままならないと今後に関わる。前までのように過ごせてるなら、一旦は大丈夫と見ていいだろう。
(でも
…
)
頭が重い。ずっと気を張ってて休んだ気がしない。気休めと分かって御手杵のところへ行っても気が晴れない。自分が大丈夫じゃなかった。
あれから陸奥守には1度も逢えていない。というか、逢えなかった。あの目をまた向けられたらと思うと足が竦んだ。
『主、大好きじゃ』
脳裏によぎるのは優しく甘やかにこちらを呼ぶ声。
『おまんは、誰じゃ。』
そう冷ややかに問われたのを思い出す度、胸の内も冷えて痛んだ。寂しい。心細い。こういう時は、いつもむっちゃんに飛び付いていた。でも、拠りどころにしていた彼は、今はいない。優しく、熱を湛えた目でこちらを見る陸奥守に慣れきっていた自分にとって、今のこの状況はあまりに喪失感が酷かった。
(会いたいのに、逢えない
…
。)
こんのすけがバグの修正を試みてはくれているが、どうにも進みが悪いようで、良い報告は上がってこない。
正直まだ会えない。でもいい加減説明やらをしなければいけない。いつまでも避けてはいられなかった。
「
……
実休さん、いる?」
「うん、いるよ。」
「ごこちゃんを呼んでくれる?それと、リラックスが出来るハーブティーとか用意してもらえるとありがたいかな。」
「分かったよ。少し待ってて。」
1人で会いには行けなかった。すぐに行くのも躊躇われた。ちゃんと心の準備をしてから。それから会いに行こうと思った。なのに。
実休さんが隣室から出ていって、多分10分くらい。微かに聞こえたノックの後、返事をする間もなくスッと戸が開いた。
「
……
見覚えないにゃあ。」
「む
……
つのかみ。」
いつもの癖で「むっちゃん」と言おうとしていたのを何とか押し留める。
「急に来てすまんの。生活に支障はないんじゃが、どうもわしの憶えちょるとこと違うとこがあるき、すり合わせであちこち覗いとるんじゃ。」
「そう、なんだ
…
。」
「ここは執務室じゃな。わしの記憶より随分物が増えたにゃあ。」
興味深そうにあれこれ眺める陸奥守。嫌な感覚に胸が苦しくなった。
(ごこちゃん早く来て
…
!)
「ん?これは何じゃ?随分たくさんあるみたいじゃが
…
。簪?」
「っ!」
『何でそんなに簪買うの?使わないから勿体ないよ。』
『いつかの日の時に簪がなかったら困るろう。その髪を乱すのはわしやき。』
「おまん、髪短いに誰ぞから簪贈られちゅうがか。いやぁ隅に置けんのう!」
がははと笑う彼に、私は上手く笑い返せていたのだろうか。
「あるじさま、お呼びですか?」
「っ、うん、ごこちゃん入って。」
救世主の声に慌てて入室を許可すれば、ごこちゃんと実休さんが入ってくる。
「遅くなっちゃってごめんね。」
「
…
どうして、陸奥守さんがいらっしゃるんですか。」
ハーブティーを差し出す実休の傍らで、ごこちゃんが少し堅い声で問いを投げ掛ける。
「わしの憶えちょるとこと、今の本丸とで違うとこがあるき、すり合わせであちこち覗いとったんじゃ。」
「そうだったんですか。」
話す2人に聞こえないような小さな声で実休さんが気遣ってくれる。
「
………
本当にごめんね。大丈夫?」
「正直危なかったかな
…
。」
「僕もいた方がいい?」
「
……
ごこちゃんいるし、何とかする。」
「
…
念のため、練度の高い子達呼んで控えさせておくね。」
「うん
…
。」
実休さんとの話が終わって部屋を出ていったのと同じタイミングで、陸奥守とごこちゃんも話が終わったらしい。
「ほいたらそろそろ次に
…
」
「その前に、陸奥守。」
「おん?」
「少し聞きたい事があるから、座ってくれる?」
ごこちゃんが敷いた座布団に腰を降ろす。
「生活に支障はないって言ってたけど、陸奥守自身、何をどこまで憶えてる?」
「顕現してからの事は一通り憶えちょる。ごこの事も、特命調査の事も、大侵攻や最近の百鬼夜行の事も憶えちゅうよ。」
「そう。」
「ただ、おまんからすればやるせないかもしれんけんど、おまんの事だけなぁんも思い出せんがよ。わしがおまんに選ばれた始まりの刀っちゅうがも、おまんに関わるからか、自覚が持ちきれん。」
「
……
。」
手が冷たい。冷や汗が滲む。隣にいるごこちゃんの手を強く握れば、ごこちゃんは同じく握り返してくれた。
「けんど迷惑をかけるつもりはないぜよ。選ばれたっちゅうがは、記憶がなくても嬉しいもんやき。その責務を全うするだけじゃ。」
「
…
そうしてもらえると助かるよ。記憶がないのに、全うしようと決意してくれてありがとうね。」
「なんちゃあないきに!近侍は今ごこかえ?もしおまんがえいなら
…
」
「陸奥守さん。」
言葉を続けようとした陸奥守にごこちゃんの声が冷たくかかった。
「先ほどからずっとあるじさまを『おまん』としか呼んでません。どういう意図か知りませんが、彼女は審神者。僕たちの“あるじさま”です。呼び方には気を付けてください。」
「
…
おぉ!こらいかん。身体の癖かのう。確かにこの呼び方やと礼儀がなっちょらんな。すまざったの、『主』。」
「大丈夫
…
。」
ちらりとごこちゃんを見やると、いつもの愛らしい表情は鳴りを潜め、名に掲げる虎のように鋭い目をしていた。
「話は終わりかえ?」
「うん。」
「ほいたらわしはすり合わせの続きをするき、また夕飯の頃にの。」
カタン、と戸を開けて陸奥守は執務室から出ていった。
「
……
ごこちゃん、なんで」
「以前、陸奥守さんから教えていただいたんです。相手に対する呼び方の違いを。」
悲しそうな、怒っているような顔で畳を見つめ、グッと拳を握りしめるごこちゃん。
「“おんしゃ”が、“貴様、手前”の意味合い。“おまん”は、“あんた・お前”という意味合いで、“おまさん”は“あなた”という意味合い。人を呼ぶなら“おまさん”の方が丁寧で、敬意が伝わると。」
「ごこちゃん
…
。」
「陸奥守さんは、僕たち刀剣男士にしか“おまん”と言いません。仲間内であればそれでいいでしょう。でも、あるじさまはそれじゃダメなんです。」
「
……
。」
「あの呼び方は、あるじさまへの敬意が欠けていました。愛情がありませんでした。
……
あの呼び方、僕、嫌です。」
はらりと流れる涙。それはどちらのものだったか。
「“おまさん”じゃなきゃ、嫌なんです。」
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