幸希(ユキ)
2026-05-06 16:17:51
11342文字
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こぼれ落ちた

記憶喪失ネタです。2度と書きません辛すぎる。
ダメージ酷いからさっくり書くつもりだったのに、何でこんな長くなった。お陰でダメージ倍増してむっちゃんから離れられない。

「おまんは誰じゃ。」


サァ、と足元が覚束なくなる感覚がした。舌の上に苦いものが広がる。

(嘘だ。)

違うと思いたかった。ただの冗談だと。でも、目の前の彼の目に、いつもなら滲む筈の熱はどこにも見えなかった。



いつも通りの出陣の筈だった。新橋の調査を頼んで出陣をさせると、すぐに検非違使が現れた。撃退には成功したものの、陸奥守が珍しく集中砲火を受け、その上頭に検非違使の槍の柄が直撃。当たりどころが悪く気を失ってしまった。
帰還しすぐに手伝い札を使って傷を治したところ、上記のセリフをかけられたというのが一連の流れだ。

「一時的な記憶障害だと思われます。」

こんのすけをどうにか呼び出し、細かく検査をしてみれば、手入れによる修復時にバグが発生。それにより記憶が欠損。つまり、現在一時的な記憶喪失状態だということだった。

「記憶障害。」
「む、陸奥守さんの容態は?」
「記憶以外は健康状態、能力ともに問題ありません。」
「記憶ってどの辺までがバグの対象になってんの?」

ごこちゃんと加州がそれぞれ尋ね、確認をとっていく。

「基本的な生活の仕方については問題なく覚えています。しかし、審神者様に関しての記憶に著しい欠損が見られています。」
「私の事。」

『おまんは誰じゃ』と何の熱も見えない目。ただの1度も向けられた事のない目。

「他の刀剣男士の方々については、古株の皆様は覚えていらっしゃるそうですが、最近顕現した二筋樋貞宗様、三郎国宗様、倶利伽羅江様に関してはどうもあやふやな部分があるようでして。」
「この1年以内に顕現した奴らについての記憶が怪しいってわけね。まぁそこは何とかなるけど。」
………。」
「あるじさま、顔色が。」

足に力が入らない。

取り敢えず、いつも通り他の日課はしなきゃね。異去に出陣して、その後は引き続き通常の過去、演練は最後にしとこ。五虎退、伝達頼んでいい?」
「ぼ、僕は構わないんですが、あるじさまを1人にするのは

やらなきゃ。大丈夫だからって言わなきゃ。頭じゃそう思うのに、それ以上、何も思考が回らない。

……こんのすけ、代わりに伝達しといて。」
「かしこまりました。審神者様、心中お察し致します。ですが、バグはバグです。いつかは必ず元に戻りますから、どうかそれまでご辛抱くださいませ。」

その言葉と、ポンッという音を残してこんのすけは消えた。

「あいつ、どうしようか。今は手入れ部屋に検査も兼ねて留まってもらってるけど、ずっとそうはいかないよね。」
「いつもならあるじさまのお部屋でしたし。お着替えとかも移動させないといけないですね。」

記憶がないなら、恋仲であった事も、特殊な契りを交わした事も、ほぼ同棲状態を取っている事も忘れているはずだ。同棲状態になった時、着替えや用品の一部を審神者の私室に陸奥守は移していたから、それを元に戻さなくてはいけない。

「あいつの最初の部屋ってどこだったっけ。」
「ぼ、僕と一緒でした。でも、肥前さん達が来てからはいない時もあって。」
「土佐部屋とそことで行き来してたのか。どーすっかなぁ。」
……肥前達に話をして、土佐部屋で様子を見てもらおう。」
「主!でも!」

遠くに聞こえる自分の声。視界はゆらゆら定まらないけど、どこか冷静で。

「記憶にない人間といるより、身近な刀達と一緒の方が気が休まるだろうし。加州、肥前に声をかけておいてくれる?」
「それは構わないけど。」
「ごこちゃん、むっちゃんの荷物まとめるから手伝ってくれる?」
……はい。」

心配そうにこちらを見る加州を土佐部屋に向かわせて、戸を閉じる。残るごこちゃん。

「ねぇ、ごこちゃん。」
「はい、あるじさま。」
………むっちゃん、記憶戻るよね?」
……。」

静かに崩れ落ちた私をごこちゃんは抱き締めてはくれたけど、何も言ってはくれなかった。

(むっちゃん……抱き締めてよ。)

欲しい暖かさが、どうしようもなく恋しかった。