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遊悟
2026-05-06 15:55:39
4782文字
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月蝕
月代皐月「陽くん、相手が死んだかどうか、ちゃんと確認しないとダメだよ?」
【月蝕】
陽は目の前に立つ男をみて、「まるで蛇のような男だな」と思った。
狡猾で、邪悪で、恐ろしくて、そうして、執念深い。
振り払っても振り払っても、いつの間にか音もなく近づいて、絡みついてきて。
気づいたときにはもう自由は奪われていて、そうして、そんなこちらをあざ笑うかのように、顎を大きく開けて丸呑みにしようとしてくるのだ。
「いやだなぁ、シキくん。そんな怖い顔をしないでよ」
知らない仲じゃないよね?
そう言って笑う男
―――
月代・皐月を、陽は屹度にらみつけた。
「
人
俺
の自由を奪っておいて、よくもまあ、ぬけぬけと
……
」
陽は今、身体の自由を奪われている。皐月から伸びる黒い影が陽の両腕と両脚を縛り上げ、頭を皐月の方へと固定していた。
―――
どうしてこんなことになっているのか。
罵倒したい気持ちを奥歯でかみ殺しつつ、陽は思い返す。
もともと、仕事終わりだった。重たい事件をひとつ解決し、久方ぶりに家に帰ろうかと思いながら都会の雑踏を歩いていたのだ。
その人混みの中に、見知った顔を
―――
月代皐月
連続殺人犯
を見かけて、その背を追いかけて、裏路地に入り込んで、そうして。
そうして、突如足下から伸びてきた影を避けきれず、捕らえられてしまったのだ。
どうせ簡易的な結界か何かをはっているはず。いま声を上げて助けを求めようが、暴れて逃げ道を探そうが、結局は無駄に終わるのだろうと、陽は早々に察した。
結局、誘い込まれた時点で、この男の気が済むまでやり合うしかないのだ、と。
「だって、こうでもしないと、シキくんってば俺とお話ししてくれないじゃないか」
首を傾げて「ねぇ?」なんて言ってくる皐月をキツくにらみつける。
いつもいつでも、この男の裏をかけたためしがない。
いつもいつでも、自分はこの男の掌の上で踊らされている。
まったくをもって腹立たしい。
「
……
シキくん、ちゃんと寝てるかい?」
皐月は急に心配そうな顔になると、手を伸ばして陽の目元をこすった。
陽の目元に薄らと浮かんだクマ。仕事に打ち込むあまり己の身を顧みない、その証拠がそこに浮かんでいる。
「こんなに無理をして
……
。もしシキくんが、黎一郎が君のこんな姿を見たら、さぞや悲しむだろうに」
「その機会は永遠に失われましたから」
誰のせいでと吐き捨てようとして、陽はピタリと動きを止めた。
父が、黎一郎が死んだのは、本当に皐月のせい?
たしかに、実際に手をかけたのは目の前のこの
男
皐月
だ。
だが、その切欠を作ったのは
……
。
「
―――
、
……
」
「ああ、ごめんごめん。君を苦しめるつもりはなかったんだ」
皐月は「悪かったよ」なんて簡単に言う。
こんなものではすまされない「もっと悪いこと」をたくさんしているというのに。そのことに対する罪悪感なんて1ミリも持ち合わせていないくせに。
「やっぱり、俺と一緒に行こう? 君は警察になんて飼われるべきじゃない」
その能力を、信念を、活かすには、警察になんているべきじゃない。
自分の側でこそ、その実力を開花させられる。
そう語る皐月の態度に、疑いや迷いの類いは一切見受けられなかった。
心の底からそう思い、そうして語っている。嫌がおうにもそう分からされる目をしていた。
「何度言わせるんですか。答えはノーです。
俺はあなたとは一緒に行きません。
あなたが行くべきは留置所であり、取調室であり、そうして、法廷の場だ!」
「
……
あははは!」
きっぱりと言い切った陽に対し、皐月は腹を抱えて笑い出した。
まるで、分別のつかない子供の、くだらないわがままでも聞いたかのように。
「まったく、君たちは同じようなことを言い続けるねぇ」
一瞬遠い目をして、そうして直ぐに、皐月は陽に視線を戻す。
「法律が一体何をしてくれる? 警察が何を守ってくれる?
加害者にも未来があるとうそぶき、死人が出て初めて動くようなモノに、一体何の期待をしているんだい?」
いつの世も、涙を流すのは、弱く儚い者ばかり。
身体を虐げられ、尊厳を踏みにじられ、挙げ句の果てに
全て
いのち
を奪われて、その後に「加害者」が捕まったとて、一体何が浮かばれるというのだ。
「死後に加害者が捕まったとて、被害者の何が浮かばれる?
なぜ、そうなる前に捕まえない? なぜ、悲劇が起こる前に阻止しない?
そんなもの、間接的な加害者でしかないよ」
皐月は吐き捨てるように言った。
死人が出る前に止められないのであれば、間接的に加害者を益しているではないか、と。
「
……
でも、結局あなたとて、相手を殺している。悲劇を生み出しているじゃないですか!」
「そうだよ」
陽の反論を、皐月はあっさりと是とした。
「それでも、知らぬ存ぜぬを通すよりマシさ。
被害者
死者
が出て、
加害者
犯人
が捕まって、縛り首にされるのとさ。
被害者
死者
が出る前に、加害者が死ぬの。
どっちの方が、被害が少ないと思っているんだい?」
多くの死者をうむ大悪人ならば、最初からその根源たる大悪人の首を刎ねてしまえばいい。
そうすれば、死者はでない。死者を悼む遺族もうまれない。
広い目でみれば、悲しむ人間は少なくてすむではないか
……
。
「
……
っ」
そう。トータルで見れば、皐月の言い分にも一分の理がある。
被害をより少なく留めるのであれば、皐月のやり方は間違っていないのだ。
ただ。
「でも
……
それでも、あなたは間違ってる!
確定していない罪を裁くなんて、どうかしてる! 殺して終わりなんて、どうかしてる!」
俺らは神様なんかじゃない。そう易々と他人を裁く事なんて許されていない。
血反吐を吐くように陽が叫べば、皐月は聞き分けのない子供を見るような眼差しを向けた。
「別に俺は自分が正義だとは思ってないよ。ただ、一元的に悪だと断じるのもおかしいんじゃない? とは思うけど」
何が正義で何が悪か。そんなの、見る人によって違うだろう?
まるで物語の主人公がいいそうなこと、目の前の簒奪者は飄々と語る。
「でも
……
うん、そうか。シキくんは綺麗すぎて、世の中の汚いモノをちゃんと見ることができてないんだね?」
皐月は手にしていたナイフを陽の前にかざして見せた。
「
……
その程度で動じるほど子供じゃないです」
陽は冷静にそう言った。
どうせ刺されて負傷したとしてもすぐに治る。そのための
力
√能力
は自分の中に潜んでいる。
「うんうん、実に良い子に育ったねぇ、シキくんは」
俺は嬉しいよと言いながら、皐月はナイフを陽の手に握らせた。
そうして、そのまま
―――
自分の腹めがけて、その切っ先を突き立てた。
「
―――
なにを
……
」
一体何が起きたのか、一瞬理解が及ばなかった。
手から生あたたかくぬめる液体の感触が伝わってきて初めて、ようやく頭が再び回り始める。
皐月の身体から力が抜け、陽にもたれかかってきた。
華奢なのに、重たい身体。腹から流れ出す熱き血潮に、遙か遠き落日の思い出がフラッシュバックする。
父を失った、あの日のことが。
「
……
」
息が詰まる。心臓は早鐘のように鳴っているというのに、指先は氷のようにかじかんで。目はこれ以上ないくらいに見開いているのに、目の前の事実がよく見えない。頭が痛い。動けない
……
。
だって。
だって、この手で、
父の仇
月代皐月
を殺した、なんて
……
。
「あ、ああ、あ
……
」
「
……
すごいね、
シキ
陽
くんは」
もぞ、と寄りかかっていた皐月の身体が動き出した。
ああ、そうだ。簒奪者もつまるところ√能力者。そう簡単には死なないし、死んだとしてもすぐ蘇生する。
だから、殺してはいなかったんだ、と陽が安堵の息をつきかけたのもつかの間。
「
お父さん
黎一郎
を越えちゃったね」
「
……
は?」
「
シキくん
黎一郎
はヒトゴロシなんてしなかったもんねぇ」
何をと問う間すら与えて貰えなかった。
皐月が突きつけてきた現実に、陽は目眩を覚えた。
そう、父は正しかった。どこまでも、理想の警察官だった。
だから
―――
例え相手が悪人であろうと、殺したりなんてしなかった。
「すごいなぁ。
アイツ
黎一郎
ですらなしえなかったコトを、俺を殺すなんてコトを、やってのけた。
よかったね。これでもう、お父さんのようになれないなんて、苦しまずに済むね
……
?」
だって、君たちふたりの道はもう、大きく違ってしまったのだから。
嘘偽りなく、祝福に満ちた笑みで、皐月は語る。
「おめでとう! これで君は、悪を殺す、正義のヒーローになれたってわけだ!」
「!」
皐月の言葉に反論したかった。
俺はそんなこと望んでいなかったと。お前を裁きの場に引きずりだしたかったのであって、害したかったわけではない、と。
けれど、そんなのはもはやただの言い訳にすぎない。だって、刺してしまった事実はもう動かないのだから。
例え、皐月の手引きによってなされた悪行だったとしても。
例え、そのあと皐月が蘇ったとしても
……
。
「
……
」
もはやこの手は汚れてしまった。かつての父のような、綺麗な手にはもう戻れない。
絶望に震える陽の肩を、皐月は優しく抱き寄せた。
「ねぇ、今の君と俺、お揃いだと思わないかい?」
陽の耳元で皐月は優しくささやく。
「己が正しいと思ったことのために、相手を悪と断じて刃を穿つ。
己が正義を示すためなら、相手を殺すことも厭わない」
―――
ねえ、君が今したことと、俺がいつもしていること、何か違いはあるかい?
蜂蜜を煮溶かした目が、陽をじっと見つめている。
「これで分かっただろ? 俺と君は一緒だ。だから
……
一緒に行こうよ、シキくん」
その言葉はどこまでも甘く優しく、それでいて、その奥には冷たい毒が仕込まれている。
「俺、は
……
」
「人を殺してしまった犯罪者の君を、
君のお仲間
捜査三課
が許すとでも?」
ねえ、今の君は犯罪者だもんね? 警察は、許してくれないんじゃない?
皐月の言葉がねっとりと絡みついて離れない。
「それに、君はこう思ったんじゃないか? 「やった」って」
「え
……
?」
頭が上手く回らない。ぼんやりと皐月を見返せば、彼は聖母のような微笑みを浮かべて陽を見つめていた。
「絶対勝てないと思っていた
相手
おれ
に勝てた! ああ、なんて晴れやかな気持ちだろう! って」
ね、なんて念押ししながら、皐月はその白い手を陽の頭にのせた。
いいこ、いいこ。
太陽のような
―――
あるいは、
蜂蜜のような
色をした陽の髪を、皐月は優しくなでる。
「ねぇ、楽しかったろう? 気持ちよかっただろう?
もっと、
君の正義
を示したいだろう?」
―――
ねぇ、お返事は?
皐月の手が陽の髪から頬へ、頬から唇へと滑る。
己が宿敵が、己が身体を自由に触るその様を、陽はただ茫洋と見つめていた。
否、正しくは
―――
受け入れていた。
だって、目の前のこの男と自分、もはや二人の間に何も境界はないのだから
……
。
「
……
は、い」
皐月の指に触れさせたまま、陽は唇を「是」と動かした。
晴れ渡る空のように澄んでいた瞳もいまや暗く濁り、目の前の男以外何も映してはいない。
「ふふ、本当に良い子だね、シキくんは」
皐月は陽をきつく抱きしめる。
欲しくて欲しくて、願って願って、ようやく手中に堕ちてきた宝物。
この子は自分のもの。もう二度と、絶対に、放してあげたりしない。
「じゃあ、行こうか。
俺らの正義
の道を」
「
……
はい」
もはや思考を放棄してしまった陽の手を握り、皐月は笑顔で歩き出したのだった。
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