遊悟
2026-05-06 12:03:57
1930文字
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ハヤタ急便

赤いシーグラスは激レアからーだそうです


 いつもと同じ空、いつもと同じ街、いつもと同じ道。
 その日もハヤタは隠れ家の小部屋を脱走し、一匹ひとり風の向くまま気の向くままに街を闊歩していた。
 五月の青い空はどこまで高く澄んで、建物の合間を駆け抜ける風はどこまでも爽やかだった。車道と歩道を分ける植え込みのツツジは丁度見頃を迎えていて、甘く華やかな香りをハヤタへと届けていた。
……?」
 時々すれ違うなかまと軽く挨拶を交わしつつ、お気に入りの道を進んでいたハヤタは、ふいにピタリとその足を止めた。
 ハヤタの視線の先数メートル、ベンチが置かれているだけの小さな公園に、見知らぬ一匹の犬が所在なげに佇んでいた。
 ―――毛並みの良い、黒いジャーマン・シェパード・ドッグ。この辺ではとんとお目にかかれない筋肉質の大型犬が、何かを咥えて項垂れている。
わん!こんにちは
 放っておいても咎があるわけでもない。でも、あまりにも悄気しょげたその眼差しが気になって、ついハヤタは声をかけてしまっていた。
きゅーんええと……?」
 その黒い大型犬は、ハヤタ黒柴の仔犬を見ると、目を丸くし喉の奥を慣らした。あなたはどちら様ですか、と。
「わんわーん?」
 ハヤタが「この辺の者です、どうかしましたか」と尋ねると、黒い大型犬は咥えていた「何か」を地面に置いて話し出した。
「くぅん……
 自分は、サミーという名前であること。
 ご主人様と共に知り合いを訪ねてこの街へ来たが、不運にもご主人様は体調を崩してしまってホテルで休んでいること。
 ご主人様は、知り合いにお土産プレゼントを持ってきていたこと。
 けれど、明日にはもう帰らねばならないということ……
「わんわんわん……
 だからせめて、自分がお土産を届けに行きたかったのだ、と。
 そこまで話すと、黒い大型犬―――サミーは再び項垂れてしまった。
「くぅん?」
 もしかして、その相手が見つからない?
 ハヤタが問いかけると、サミーはコクリと頷いた。
「わん……
 一度会って、顔は知っている。確かな伝手から、その人物がこの街で暮らしていることも聞いている。けれど、いくら歩き回っても、見つからない。
 このままではいたずらに時間だけが過ぎて、目的を果たせぬまま、帰るしかない……
 その悲しみが、疲労が、ついぞサミーの足を止めてしまったのだ。
……
 なるほど、とハヤタは思った。
 ごしゅじんをはじめとして、人間というものは、「仕事」に行かねばならない時がある。
 もしかすると、その相手もいま「仕事」に行っていて、不在なのかもしれない。
「わん……?」
 幸いにして、この街でハヤタの顔は広い。
 伝手の伝手動物の仲間たちをたどっていけば、目的の人物に辿り着けるかも知れない。
 その相手とは? とハヤタが尋ねると、サミーはゆっくりと口を開いた。
わんわ、わーん見下七三子さん!」

「ハヤタさん、ただいま」
 ひと仕事終えた七三子が隠れ家に戻ると、弾丸のような勢いでハヤタが奥の部屋から飛び出してきた。
「わん!!」
 ずどむ、と鈍い音を立てて、ハヤタの身体が七三子にぶつかる。
「い、痛いですよ。お迎えが荒すぎますよ、ハヤタさん」
 七三子がハヤタを抱き上げると、ハヤタは尻尾をブンブンと振りながら首に巻いている風呂敷包みをグイグイと押しつけてきた。
……開けろと?」
「わん!」
 七三子はハヤタをおろし、床の上でその風呂敷包みを解いてみた。
 中から出てきたのは、シーグラスでできたブレスレット。
 明かりにかざしてみれば、大半のシーグラスは黒であるが、ひとつだけ赤いものが混じっている。まるで、七三子の黒い髪と赤い瞳を表現しているかのように……
「わぁ、ずいぶんと珍しい……どうしたんですか、これ」
 首を傾げながら七三子が問いかけると、ハヤタは風呂敷包みの中から一枚の紙片をくわえて差し出してきた。
 七三子がその紙片を受け取ると、ハヤタは得意げにふふんと鼻を鳴らす。
「ええと……Für Namiko,Von Gerda……?」
 慌てて周囲を見回すも、当然ながらそこに見知った天使の姿はない。
 ただ、褒めて褒めてと言わんばかりに尻尾を振るハヤタの姿があるだけである。
「これ、どうしたんですか、ハヤタさん……って、聞いてもしょうがないですよね」
「わん?」
 首を傾げるハヤタの頭を、七三子はわしゃわしゃとなでた。
「まあ、あとで五百住さんにでも聞いてみましょう。きっと、ゲルダさんの近況をご存じでしょうから……
「わん!」
 苦笑する七三子の足下で、ハヤタは同意するように元気に吠えたのであった。