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も
2026-05-06 02:22:54
10149文字
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境界線(出勝)
未完
厄介ファンがストーカー化した勝己
しかし本人は無頓着で、ヤキモキする出久
⚠️付き合っていません
⚠️勝己が過去にモブと付き合っていた描写がガッツリあります
⚠️性被害に関する描写が含まれます。気をつけてください。犯罪行為を推奨する意図はございません。
5/10 追加
海外派遣任務を終えて久しぶりに帰宅した自宅のポストにこれでもか、と詰め込まれた大量の郵便物にうんざりとする。
世の中はやれSDGsだ、DX化だの、ペーパーレスだと叫ばれているのに、このダイレクトメッセージやデリバリーのチラシ達は資源の無駄使いではないのだろうか、と問い掛けたい。
一度深く、溜息をついてから郵便物をまとめて引き抜き、重要物が無いか確認していると、やけに軽く手に収まるサイズの消印もなく宛名もない茶封筒が紛れ込んでいた。
過激な発言や活動をするヒーローに対する嫌がらせはありがちだ。過去に何も考えず開封したら、なんとも古典的に剃刀の刃が仕込まれていた(個性の性質上掌の皮が厚いので血の一滴も出なかった)なんて事もある。
元々、出久のアーマー開発資金捻出の為借りていたセキュリティなんてクソ喰らえの激安オンボロアパートで、開発も無事ひと段落したし、出久にも散々言われている通り、そろそろ引っ越すのも視野に入れてもいいかも知れない。
そう心に決めながらその郵便物を一切開封する事なく纏めてゴミ箱へ放り込んだ。
授業の隙間時間や昼休憩の時にヒーローのSNSやネットニュースを巡回することが、出久にとってのルーティンの一つである。
同級生達や、先輩後輩、そして元教え子達の活躍を見逃す訳には行かないと、一種の義務感にも似た趣味と実益を兼ねた有意義な時間であり、幼馴染に見られたら行儀が悪いと叱られてしまうなと思いつつ、デスクでコンビニ弁当をつつきながら、画面をスクロールする。
ーーショートお手柄!休日に銀行強盗を確保。
ウラビティ全国の学校を慰問。個性カウンセリング拡大へ呼びかけをーー
など、煌びやかな見出しが踊る。
同級生達の活躍に、誇らしい気持ちが湧きがる。
勿論、最初からこうだった訳ではない。
「残り火」が消え、鬱蒼とした気持ちにもなった事は幾度もあるし、プロヒーローとして地に足が着いた功績を残すみんなに比べ、勉学や論文の為に机に齧り付く己は何歩も遅れているのでは無いのかと、焦ったこともある。
しかし、その度に幼馴染ーー勝己は出久の頭や背中を蹴飛ばし、喝を入れてきた。
「腐んな出久。テメェの一歩が早い訳ねェだろうが!!」
追いかけて、競い合って、隣を歩んでいた勝己がそういうのだからと、彼の素直じゃない励ましに何度も救われてきた。
そうして教員採用試験に合格し、母校で教鞭を取る事も出来て、そして皆からヒーロー活動の為のアーマーを授けられた。これが恵まれている。それ以外なんと表現出来るのだろうか。
今は教師を軸足に活動しているが、いつか一人のヒーローとしても皆に追いついて行きたいと、そう考えている。
しかし、その肝心要の勝己はどうだろうか。
もちろん自分にとってはオールマイトにも並ぶ、最も身近な最高のヒーローの一人だ。
「うぅん
……
」
思わず、唸る。
ーーこれはよろしくない。
ネットニュースを閉じ、開いたSNSに流れてきたとあるアカウント。
フォローしている訳では無いが、なるべく確認する様にはしている。
アカウント名は「DYN freak」
要するに勝己の追っかけであるらしいが、投稿内容は低俗極まりない事ばかり。
ーーダイナマイトのくびれ最高!掴んで捩じ込んでーー通報。
ーー胸がデカ過ぎる、揉みしだいてーー通報。
ーーあの勝気な瞳をねじ伏せたーー通報。
アカウントが作成され、数日で凍結されても何度も復活するアカウント。
勝己はこういう
……
言葉を選ばなければ、特殊な人達に好かれやすい。
下品な言葉を並べて勝己を揶揄する人たちはこのアカウントだけでなく複数存在している。勝己だけではなく、存在を知らないだけできっと他のヒーロー達にも居るのだろうが、この「DYN freak」は無駄に発言力が強い。
フォロワーは既に一万人を越え、アダルト動画投稿サイトのチャンネル登録数は鰻登りに増えている。
ただ、下劣な発言をしているだけなら出久も一度通報しブロックするだけで目を瞑っただろう。
そうしなかった理由は、投稿の内容だ。
アカウントの持ち主の個性なのかプライベートに踏み込んだ写真に、学校で閲覧するのには適さない内容の動画。
明け透けにいえば、勝己のーーポルノ動画だ。
「明らかにAI生成の筈なんだけどな
……
」
「また、そのアカウントか?」
思案に耽っている所を背後から相澤に声をかけられた驚きのあまり、コンビニ弁当をひっくり返しそうになってしまった。
「わっ!相澤先生っ」
「誰が見ても動画はAIでも、写真は本物なのが厄介ではあるな」
そう、誰が見てもこのポルノ動画は偽物だ。
まだ技術的には人肌の質感や肉感は出せず、どうしたって機械的。
しかし、写真だけは本物なせいで、妙に説得力を持ってしまっている。
「爆豪には?」
「何度も言ってます、引越ししてくれって。でも取り合ってくれなくて」
「確か来週、雄英に来る事になってたな。こっちからも言ってみるか」
「是非お願いしたいです
……
」
さっさと飯食えよと言い残し、相澤は席を離れていった。
「
……
自分を低く見積もってるのはキミもなんじゃないの」
あの夜、彼の車で言われた事をそのまま突き返したくなる。
投稿された写真はーー
明らかに、勝己の自宅だった。
「ゼッテェ〜ヤダ」
「
……
一応理由を聞いてやる」
「出久に言われて引っ越すのが無理」
数日後、予定通り雄英を訪れた勝己に相澤を二人がかりで状況を説明し、説得を試みたが結果はこの通り。
「家に入ろうが何だろうが、直接手も出してこねぇ腰抜けから逃げるなんて御免だわ。そもそも最近は寝るためにしか帰ってねぇ」
出久のデスクに居座り、腕を組んでふんぞり返っている。
「手を出されてからじゃ遅いだろって言ってんの!」
「はっ!出してきたらそれこそ話は簡単だ、捕まえ殺したるわ!!」
勿論、力で勝己が劣る訳がないのは理解しているが、万が一という事もある。それに私生活を乱されていて、気分が悪くないのだろうか。
意地を張る勝己に対して、最終手段として残しておいた手札を切る事とする。
「なら最低、犯人が姿を現す。または、捕まるまで僕がかっちゃん家に泊まる。」
「
……
ア゛ァ!?」
「かっちゃんが僕の家にくる、でも可」
「いいんじゃないか。実に合理的だ」
途端に苦虫を噛み潰したような表情になる勝己はぐぬぬ
……
と唸る。
「妥協点はァ
……
」
「警察に相談、事務所から公式に注意喚起、耳郎さんに盗聴器及び、隠しカメラを探してもらう、引っ越す」
「多いっつーの」
妥協点、といえど最低限の防衛策だ。
少し考える素振りを見せた勝己は、実に不本意そうに口をひらいた。
「わァーった、引っ越す以外は飲む」
頑なに引っ越さない理由は謎だが、要はテリトリーを侵害してきた犯人の尻尾を逃したくないという事かな、と結論づける。
「ところで一応聞きたいんだけど、あの動画ってAIでいいんだよね?」
出久にとって勝己は、性と最も縁遠い存在であり、だからこそ今回の犯人やファンアカウントが理解できないともいえる。
確かに、何年経っても若々しい勝己の母親似の顔立ち(黙っていれば)で、鍛えられた身体も、声も、人を惹きつける要素はいくらでもある。
それでも、出久にとって、性的嗜好へは結び付かない。
勝己は勝利の権化であり、そう言う対象ではないはずなのに。
「まぁ、僕も全部見た訳じゃないんだけど」
「本物だって言ったら、どうすんだ」
「
……
へ?」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
「冗談だわ」
話は終わりだとも言うように、立ち上がる勝己の背中を見送って、ポカンと立ち尽くす。
勝己だって、一人の男なのだ。もしかして本物だという事もあり得るのかも知れない。
でもーー、
「
……
かっちゃんだって、誰かとしてるかも知れないのか」
そんな当たり前の事実を、改めて突きつけられたような気持ちになった。
雄英を出た足でそのまま警察署へと向かい、生活安全課へ出向くと何故か塚内へ繋がれた。
「ンで塚内サンが出てくるんだ」
「緑谷くんから連絡が来たからだよ、相談内容は聞いてる。ちょっと奥に行こうか」
簡易の面談室へ案内され、パソコンの画面を見せられる。
表示されているのは件のSNSアカウントと動画。
「軽く見せて貰ったが、これら全ては生成された物で間違いないかい?」
「
……
何が言いてぇ」
「今の技術だと写真一枚から動画を生成すること自体は難しくない。ただ、それだけじゃ再現しきれない所もある。詳しい事は解析しないと分からないけどね」
ーー苦い記憶だ。
そのせいで出久達に強くいえなかった部分があり、言い淀む。
「プライバシーは守るよ」
溜め息を吐くと、顎に手を当て少し気持ちを整理する。
ーー隠しても無駄か。
「前、付き合っとった奴に撮られた事がある。でも内容は違げぇ」
雄英を卒業し、すぐの事だ。
ジーニアス事務所に入ったものの、後遺症とリハビリのせいでデカい事件に関われず内勤が多く、それにアーマー開発も着手したばかりで難航気味、柄にもなく少し塞ぎ込んでいた。
そこにジーニアスの事務員をしていた少し年上の男に言い寄られ、うっかりお付き合い、なんてものをした事がある。
ヒーロー事務所に所属している割にはリテラシーが低い奴なのか、そういう性癖だったのかは今となっては分からないが、一度最中の動画を隠し撮りされていた。
勿論、見つけた瞬間に削除させ、スマホを木っ端微塵にして、すぐに別れた。が、バックアップがあり、流出させられた可能性は捨てきれない。
その事は所長であったジーニストにも、切島達にも、勿論、出久にも言った事はないので知る由もない筈。
それでも、出久は完全にゼロから生成された物ではないと、うっすら見抜いていた訳だ。
「では、このアカウントはその元恋人の可能性はあるかい?」
「百パーセントねぇだろうな。奴の個性は盗撮なんてできるようなモンじゃなかったし、そんな度胸ねぇ」
誠実な見た目に反して、中身は良くも悪くも、勝己一人に拘るタイプでは無い男で、現に別れてからメッセージどころか電話一本の連絡も無い。
「大方スマホ無くしたとかじゃねぇか、一応聞いては見る」
「では、そちらは任せよう。現時点では直接的な被害が確認できない以上強制的な捜査は難しくてね、精々自宅周辺のパトロールを増やすくらいしか出来なくて申し訳ない」
「十分だわ。
……
自分の落ち度だし」
たった一度の過ち。それが尾を引く事は身をもって理解していた筈なのに、また繰り返す自分に情けなくなる。
「君のせいではないよ。流出させた方は勿論、今は無許可で動画生成しを流布する事だって立派な犯罪だ。」
「
……
出久にこの事は、」
「勿論、言わないよ。守秘義務がある」
出久には、己が男に抱かれた事があるなんて、死んでもバレたくない。
「ただ、一つだけ言っておく」
「知られて困ること程、利用されやすい」
雄英を訪れて数日後、やけに出際のいい出久に呼び出され、勝己と耳郎は自宅の前に立っていた。
あそこまで言われてしまっては自宅に帰る気も起きなく、事務所の仮眠室に寝泊まりしていたが、事務員に何やかんやと小言を言われていた。
「ほんっとアンタって碌な目に合わないよね」
「うっせぇ!」
耳郎はやれやれといった表情で、これ見よがしにため息を吐く。
「てかさ、いい加減引越しなよ。ナンバー入りのヒーローの家じゃないって
……
」
アーマーの資金の為だと理解しているのか、これまでクラスメイト達に住居に関して口出しをされたことは無かったが、一番文句を言っているのは出久だった。
初めて自宅に連れてきた時からずっと、セキュリティ面について、くどくどと文句を付けている。
取り敢えず掛かっている状態の鍵を開錠し、久しぶりに扉を開けると、空気の籠っていて少し埃っぽい自宅に足を踏み入れた。
相変わらずポストには無駄な資源がこれでもかと詰め込まれていて、扉を閉めた衝撃で何枚かこぼれ落ちしまう。
「じゃあ、耳郎さんお願いします」
「はいよ」
念の為小声で会話を行い、慎重に壁やコンセントにイヤホンを当てながら確認をしていく。
ついでに先程こぼれ落ちた玄関に落ちたチラシを拾っていると、そのうちの一枚に黒く、下足痕が着いているのを見つけた。
ーー見覚えが無い。
「出久」
会話でバレないようにチラシを掲げれば、出久の表情は強張る。
おそらくこの足跡の持ち主は、なんらかの方法で侵入した際に先程と同じく郵便物をぶちまけてしまい、そのうちの一枚を踏んだまま元に戻したのだろう。
そのタイミングで耳郎が、テレビの電源ケーブルが刺されたコンセントをそっと指差すと、出久がカバーを外せば、中にはしっかりと、小さい盗聴器が仕込まれていた。
結論から言って自宅には二つの盗聴器と、隠しカメラを一つ浴室で発見。および住居侵入の形跡あり。
つまり、完全に黒である。
とりあえずその場では現場保存の為、機器には手を触れず、元の状態に戻して、カメラには自然にタオルを被せた。
三人の空気がズンと重いまま、一応リビングに集合する。
「やられてんねぇ」
「チッ、クソが」
「だから言ったのに
……
」
当たり障りの無い会話をしながら、自然を装って部屋を出ようとした時、今度は出久がゴミ箱に足を引っ掛けて中身をぶちまけた。
「わぁ!ごめん!」
慌てて中身を戻す出久の手が、不自然に止まる。
「
……
?、どうした出久」
「
……
これ。いや、取り敢えず後でいいや。行こう」
ゴミの中から何かを取り出してポケットにしまう。その動きがやけに早い。
足早の出久を追いかけるように部屋を出て、近くのファミレスへと向かう事にした。
「無理無理無理キモすぎるって.本当にヤバい
……
!」
耳郎が頭を掻きむしり机に伏せる。
そりゃあ多少は覚悟していたが、想定以上に得体の知れない人物に足を踏み込まれている嫌悪感に、流石に少し背筋が冷たくなった。
重い空気の中、出久が先程ゴミ箱から持ち出した封筒を取り出す。
「かっちゃんごめん、コレ開けてもいい?」
「構わねーけど」
記憶の片隅から、海外派遣から戻った日の事を思い出した。
そうだ妙に軽い消印と宛名の無い茶封筒。
「おい、剃刀かもしんねぇから気をつけろよ」
「爆豪、アンタそんな古典的な事されてんの
……
?」
耳郎はなにか言いたげにこちらを見ている。
言いたいことは分かる、犯人が元彼じゃないのかとコイツは言いたいのだ。
パトロール中の耳郎に出会したことがあり、全世界で唯一コイツだけは俺に恋人がいた事を知っているのだ。当然、別れた理由は知る由もない。
出久が茶封筒を開けると中から出てきたのは
ーーSDカードだった。
持参していたノートパソコンへ差し込み、ウイルスチェックを行った後、ファイルを確認する。
中身はーー
「動画ファイル?」
その一言で、空気が張り詰める。
「
……
まて、出久!」
反射的に声が出た。
嫌な予感がして慌てて静止する。
理由なんてわからない、ただ嫌な予感がした。しかし、出久はそのままファイルをクリックし動画が再生されてしまい。
『ーーぁ』
雑音
雑音
雑音ーー、画質の低い映像。
ざらついた画面。
肌色がブレる。
『ーーぁ』
聞いた事のない声だった。
なのに、誰のものなのか分かってしまう。
そこまで見て、乱暴にノートパソコンが閉じられた。
「何、今の」
蓋を閉じたまま硬直する勝己の表情は伺えない。
幸い、向かい側のソファに座っていた耳郎には画面は見えなかったようで、きょとんとしていた。
「かっちゃ
……
」
「見んな、出久。
……
頼むから」
顔色は悪く、手は震えている。
それが、この動画が偽物ではないと証明しているようで思考が止まる。
なのに、さっきの声だけが、やけに鮮明に残っている。
「嘘だろ
……
」
投稿されていた動画への違和感の、答えだった。
「爆豪、もう正直にいいなよ。犯人アイツじゃないの?」
「ちげえ、」
「ーー誰」
自分の声じゃないみたいだ。
震える勝己の腕を、思わず握る。
強すぎた、と気づく頃にはもう遅い。
それでもまだ、勝己は顔を上げない。
「ちゃんと言えよ」
「言いたくねぇ」
「言えって!!」
自分が思ったよりも、大声で叫ぶ。
昼過ぎの為、客は少なかったが視線が出久へ集中し、店員もこちらを訝しむ様に見ていた。
「
……
言う、から静かにしろや」
「爆豪の元彼でしょ」
「ぇ
……
」
ここで初めて勝己が顔を上げた。
先程、部屋にいた時よりも顔が青ざめている。
「四、五年前付き合ってた奴に、一度撮られた」
「それ、同意?」
問われ、首を横に振る。
「
……
最悪」
やがて、耳郎が小さく吐き捨てた。
「すぐ消させたし、スマホも割った」
「かっちゃん、もういいから
……
ごめん。本当に」
非同意の動画撮影は歴とした性被害。
これ以上、ここで踏み込むのは憚られた。
「その人に連絡は取れる?」
今度は小さく、首を縦に振る。
この状況で最も有力な犯人はソイツだ、しかし勝己は犯人では無いと断言している。
でも、話を聞かない訳にはいかない。
「連絡できる?嫌なら、僕だけで話を聞きにいくから」
「
……
わかった」
スマホを取り出し、どこかにメッセージを打ち
重い沈黙の中、しばらくすると勝己のスマホが何度か振動し、席を離れると、ようやく止まっていた呼吸が出来た。
「胸糞悪いなぁ」
「うん
……
」
腹の奥底から吐き気に似た何かが込み上げる。
それが何なのかは、考えないようにした。
「事務所戻んぞ」
席へ戻ってきた勝己の顔色は先ほどよりは随分とマシになっていた。
「わかった。でも、」
「俺を心配すんな」
会計を済ませて、三人で車を取りに戻る道すがら勝己はポツリ、と洩らす。
「一応言っておく、もう連絡は取ってねぇ」
「それだけじゃ否定の材料にはなんなくない?」
耳郎の言うとおり、連絡を取っていないから、だけでは今回の犯人ではないと言い切るには心許ない。
勝己が切ったつもりでも、まだ執着している可能性だって十分にあるのだから。
「理由一、個性がストーカーには向いてねぇ。二、俺に執着する理由がない。三、今は台湾。だからこれから会議ツールで喋る」
指折り数えて理由を述べていく。
確かに海外なら今回の機器の設置は不可能だ。
それでも不愉快さが抜けずに眉を顰めると、耳郎が不思議そうな顔をしてこちらを覗いていた。
「緑谷、ほんと爆豪の事となると感情でるよね」
「えっ!?」
「普段そこまで怒る事ないじゃん。なのにさっきのファミレスからキレっぱなし」
「みんなが同じ事されてたら同じくらい怒るよ
……
?」
一拍、間が空く。
「
……
へぇ」
それ以上、耳郎は何も言わなかった。
ただ、どこか引っかかるような視線だけを残して前を向く。
いつも通り車の後部座席に身を沈めると、慣れた手つきで運転をこなす後ろ姿を眺めながらぼんやりと考える。
出久は、勝己の助手席に乗せられた事はない。
いつだって後ろ姿を見守るだけ。
別に、それで困った事はない。ない、筈なのに。今日はとてつもなく距離を感じてしまう。
幼少のころからずっと、隣にいた。
どんなに嫌でも、貶されても、突き放されても隣を走り続けて、誰より勝己の事を知っている。
ーーと、思っていた。
実際に、出久には知り得ない勝己がいて、あの映像の中にもいる。
あの日、久しぶりにA組のみんなが集まったあの夜。
勝己に事務所へスカウトされたのを無自覚に蹴って以降、仕事の事にも、麗日との事についても触れられる事は無い。
車の中は勝己と耳郎二人のひっそりとした声だけが響いている。内容までは聞き取れない。
運転席と後部座席。
自分と、勝己の距離に思えて無性に、隣に座りたかった。
事務所に着く頃には、外はすっかり薄暗くなっていた。
応接室へ通されると、勝己はソファへ腰を下ろす。
「いらっしゃいませ〜!イヤホンジャック、デク」
「ありがとうございます」
事務員の女性からコーヒーを受け取る。
勝己と女性は何度か言葉を交わすと、「ごゆっくり」と言って下がっていった。
勝己の事務所は、独立したヒーローにしては質素であり、雑居ビルのテナントが拠点で、雄英経営科出身の後輩の事務担当兼、広報担当が一名、経理担当の年配の女性が一名、そして所長である勝己、三名で回している。
あいも変わらずサイドキックは一人も居ない。
今日、明日は休日の筈だがどうやら出勤していたようだ。
「今日、休みじゃないんだ」
「海外任務の経費処理が終わってねぇらしい、上がっていいとは言った」
出久が砂糖を入れる横で、勝己はブラックのままコーヒーを啜る。
「で、元彼とは連絡はつく感じ?」
耳郎が問うと、勝己はパソコンを叩きながら短く返す。
「仕事がひと段落したら連絡がくる事になっとる」
それから少しして、スマホが短く振動する。
「繋げる」
会議ツールの呼び出し音が鳴り、すぐに画面に相手が表示された。
「久しぶり、勝己くん」
「
……
おう」
柔らかな声、温和そうな表情、年齢は出久より少し上だろうか。
出久が知らない男に、少し胸がざわつく。
「わ、イヤホンジャックにヒーローデク。すごい面子だ」
「仕事だわ」
自然な軽口に、胃が重たくなる。
こんな風に話す勝己を、出久は知らない。
「単刀直入に聞く」
勝己の声色が固いものに変わる。
「昔テメェが撮った動画、流出してる可能性がある」
画面越しの男が固まった。
「
……
え?」
「データ、残ってねぇか」
「いや、勝己くんが消したでしょ。スマホも壊されたし」
「クラウドはァ」
「
……
あ」
その反応だけで十分だった。
耳郎が溜息をつきながら、頬杖をつく。
「サイッアク」
「待って!本当に悪用なんてしてないから!存在すら忘れてた」
「
……
知っとる」
勝己が迷いなく、即答する。
その瞬間、口から言葉が溢れ落ちた。
「何で、そう言い切れるの」
思ったよりも引い声が出た。
三人の視線が一斉に集中する。
画面越しの男すら、目を丸くしていた。
「ヒーローデク、
……
いや、緑谷出久くん」
「はい」
「まず、俺こそまで執着深くないよ」
悪意は感じない、真剣な表情だ。
だからこそ、妙に腹が立つ。
「信じろと言っても無理だと思う。事実なら百、俺のせいだし。でも、誓って勝己くんのヒーロー活動の邪魔なんてしない」
「なら、最初から撮るなって話じゃん」
耳郎の鋭い指摘に、男は「それは本当にそう、申し訳ない」と、肩を落とした。
でも、引っかかったのはそこじゃない。
出久は画面に映る男を信じる事は出来ない。
しかし、勝己は最初から男が犯人ではないと断言していた。
二人の間には勝己がプライベートに踏み込む事を許すまで、出久の知らない時間があって、どうしたってそこに踏み込む事が出来ない。
そこが、胸に引っかかってモヤモヤしたまま話は進行していく。
「
……
それで、そっちは大丈夫なの」
男は真剣な表情のまま、尋ねる。
勝己は、小さく舌打ちをして返す。
「最悪だわ」
「だろうね
……
」
画面越しの男が眉を下げる。
「いざとなったら俺から、ベストジーニストに連絡するよ」
「いらねーよ、ガキじゃねぇんだ」
その顔が少し、拗ねた子供の様だった。
「とりあえずクラウド確認しろ。そんで残ってたら全部消せ」
「分かった。
……
本当にごめん、勝己くん」
そのあと、勝己と男は一言、二言、言葉を交わし通話は切れた。
「まぁ、犯人では無さそうじゃん」
耳郎は、すっかり緩くなってしまったコーヒーを啜りながらスマホで時間を確認すると荷物を纏め始める。
「ごめん。このあとヤオモモと予定あるから抜ける。でもまた、なんかあったらすぐ連絡してよ。駆けつけるからさ」
「おー」
「耳郎さん今日は本当にありがとう」
コーヒーご馳走。と言って応接室を後にする耳郎を下まで送る為、後に続いて扉を潜る。
「緑谷」
先に階段を降りる耳郎がこちらを振り返り、視線が絡む。
「うまく言えないけどさ、もうちょっと自分の気持ちに向き合ってもいいんじゃない?」
「え、」
勝己にも似た様な事を言われた事を思い出した。
「例えば、どうして爆豪に彼氏がいた事に動揺したのか、とか」
「
……
うん」
「ほんと、アンタ達って互いの事になると不器用だよね」
事務所を後にする耳郎の背中を見送り、ビルを仰ぎ見る。
外はすっかり暗くなり、街灯と電気の灯りが煌々と灯っているが、先ほどまでいた階の灯りが消えていく。
その様子をただぼんやりと見つめていると、勝己が荷物を持って姿を現した。
「出久荷物忘れてんぞ」
荷物を受け取り、解散の雰囲気を感じ取ると「かっちゃん、今日ウチに泊まりなよ」と思わず、言葉にしてしまっていた。
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