とむぢ
2026-05-05 20:59:20
8379文字
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なんてステキなミッドナイト/A▲▽

深夜にいけないことをするA▲▽(夜食にピザ編)
⚠含まれる要素⚠
頭痛持ちのA▽、幼少期捏造、ギリ健全な添い寝、両片思いのA▲▽

夜食は高カロリーなものほど美味い


 熱でぼやけた視界に、白いふわふわした雪が見えた。何かが上から伸し掛っているみたいに重たい身体を起こして、幼い小さな手は差し出された白い雪を受け取る。甘くて冷たい、それは母がヒウンシティで並んで買ってくれた有名なアイスクリームだった。アイスを受け取りつつも咳き込むと、同じ顔をした片割れは焦ったように背中を撫でてくれた。枕元にいるヒトモシの頭の灯火が、今は部屋の明かり代わりとなってはいるが、それでも薄暗くて二人の手元しかよく見えない。もしこの子がいつかもっと強くなって進化したら、手元だけではなくて部屋中を照らし出せるような大きなシャンデラになるのだろうか。今は部屋が暗くて見えない片割れの表情も、しっかり分かるように照らしてくれるだろうか。そんなまだ遠い未来を想像しながら、恐る恐るアイスに口をつけた。舌がぴりぴり痺れるほど冷たくて、喉の奥がチクチクするほど甘い。熱が早く下がるようにと、夜中にこっそり子供部屋を抜け出して、リビングの冷凍庫からアイスを持ってきてくれた優しい双子の片割れ。こんな夜遅い時間に、歯磨きも終わった後なのに、両親に内緒で何かを食べる経験は初めてだった。いけないことをしているような後ろめたい感覚に、胸の鼓動が速くなる。けれども、苦い薬を飲んで寝て耐えるしかないのだと決め付けていた心が、救われるようだった。初めて子供部屋のベッドの上でアイスを食べた夜のことは、きっと大人になっても忘れない。
 あなたの勇気と優しさを、忘れたくはない。


▲▽

  
 頭のてっぺんから爪の先まで、なんだかずっと温かい。どうやらいつの間にか眠りに落ちていたようだ。叶うことならずっとこのまま心地よい熱に包まれていたい。けれども今の時刻を確認する為にクダリは重たい瞼を開けた。開けて驚いた。目の前に自分と同じ顔がある。いや、確かに一卵性双生児として生まれたのだから同じ顔に違いないのだが、どう考えても明らかに一つ一つの顔のパーツや輪郭が、自分よりも格好良く出来ているとしか思えない、双子の兄のノボリがいた。
 驚いてデカい声が出そうになった。既のところで耐えた。そうだ、思い出した。今日はノボリが添い寝してくれているのだった。その理由はクダリの頭痛にある。気圧の影響や疲労、ストレスなど、原因となるトリガーは色々あるが、時折クダリは頭痛に悩まされることがあった。大抵は常備している頭痛薬を飲めばすぐ治まるのだが、今日は思い当たる原因が低気圧+疲労+ストレスのフルコンボだった為か、薬を飲んでも全く治まる気配を見せなかった。仕事はなんとか気合いで乗り切ったものの、乗務を終えてギアステーションに帰ってくる頃には、職員たち一人一人に心配されるくらいクダリの顔色は悪くなっていた。バトルサブウェイの挑戦者の前では貼りつけていた笑顔も、その頃には剥がれ落ちてしまっていたかのもしれない。ノボリに支えられるようにして二人で家まで帰宅すると、本当は良くないが夕食も摂らずに夜の分の薬を飲み、そのままベッドで横になることを選んだ。そのときノボリがクダリの冷えた指先を掴んで言ったのだった。
 ──昔みたいに添い寝しましょうか、と。もう大人だから大丈夫だと、その甘く優しい提案を断れる心の余裕が、クダリにはなかった。バトルサブウェイで働く職員たちには絶対見せられないが、まだまだクダリはお兄ちゃんっ子気質が抜けていない。しかもここまで育ててくれた優しい両親にも、今でも連絡を取り合うスクール時代の友人にも、そしてノボリにも、だれにも言えない行き過ぎた思いをノボリに対して抱えていると言うのだから、もうどうしようもない。
(もしかしてずっと枕だと思ってたの、ノボリ兄さんの腕なんじゃ……?)
 それはまずい。腕枕なんて、嬉しさより申し訳なさの方が勝つ。ノボリの腕が痺れでもしたら自分のせいだ。完全に脳が覚醒して目が覚めたクダリは、スピードアップする心臓の音で寝ている兄を起こしてしまわないよう、そろりと身じろいで離れようとする。しかし弟が離れていく気配を察知してか、もしくは無意識にか、ノボリは目を瞑りながらも的確にクダリの肩を抱き寄せた。そのままクダリを腕の中に閉じ込める。さっきよりも縮まった物理的な距離に、今度こそクダリは声が出そうになった。鼻を掠めるノボリの匂いに、そういえばシャワーも浴びずに寝室へ直行したことを思い出す。仕事終わりにシャワーを浴びて汗を流したかっただろうに、それすらせず弟を心配して添い寝を優先してくれたのだ。その底知れないノボリの甘い優しさが、クダリの頭を使い物にならなくさせる。ああ、このドロドロに溶けていくような感覚には覚えがある。幼い頃どころの話じゃない。ずっとこうやって、ハイスクールに通い始めてからも、定期的に兄と一緒のベッドで寝る日があった。頭が痛いとき、頑張りすぎて身も心も疲れたとき、クダリが弱ったときはいつもノボリが全てを受け入れるように抱き締めてくれた。
「ノボリ兄さん、寝てるんだよね?」
 小声で一応確認するが、返事は返ってない。固く目を閉じているノボリの顔を見つめていると、クダリの頭の中でエマージェンシーが鳴り響いた。だめだ。この底が見えない沼のような優しさに甘えていてはだめだ。クダリは何か必死に別のことを考えながら、まずはがっちりとホールドされているノボリの腕から抜け出そうと試みる。明日は休みだから、パジャマに着替えもせずに寝っ転がってしまったシーツや布団や枕カバーを洗わないと。でも面倒くさいな。結局、今は何時だろう。雨は止んだのかな。直に感じるノボリの体温から気を紛らわせようと、あっちこっち色んな方向へ思考を転がしていく。
(そういえば、お腹空いたな)
 休むことを優先して夕食を食べなかったせいだ。本当だったら今日はノボリと二人で時間を気にせずに、ゆっくりと食事をする予定だったのに。
 クダリが残念がった矢先、時を刻み続ける秒針の音がする寝室に、信じられないくらい大きな腹の虫の声が響き渡った。間違いなくそれは、布団で隠れているクダリの腹の方から聞こえた。
「!!」
 急激に熱くなる顔。いや顔どころか全身熱い。いくら空腹だと言っても、こんなに分かりやすくアピールしなくても良いのに。食べ盛りのわんぱくキッズでもないのに。食欲に忠実な自分の体にクダリは羞恥を覚える。ただ唯一の救いは、目の前の大好きな兄が何も知らずに眠ってくれていることだったのだが──。
……っく、ふふふ……
 堪え切れないといった様子で、寝ていたはずのノボリが低い笑い声を零した。口元もしっかりと弧を描いてしまっている。もう誤魔化しようがないのに、必死に声を押し殺して笑うノボリの小刻みな肩の震えが、クダリにまで伝わってくる。これはどうやらたった今起きた反応ではなさそうだ。空腹を訴える腹鳴を聞かれた恥ずかしさや、兄の狸寝入りに気付けなかった悔しさなど、色々な感情を込めてクダリはじっとりとした目線をノボリに向けた。
……ノボリ兄さん、起きてるよね」
「いいえ、寝てますよ」
「しっかり起きてるじゃないか……! いつから!?」
 バレてしまってはしょうがない。潔く諦めてパチリと目を開けたノボリは、電気のついていない薄暗い部屋だが、きっと赤面しているであろう弟の顔を、至近距離で見つめる。そしてクダリからの問いに答えた。
「クダリが離れていこうとしたときからですかねぇ」
「え、あ……! そうか、ぼくが動いたから起こしちゃった?」
「いえ、元々眠りが浅い方ですのでちょっとした物音でも起きてしまうんですよ。クダリのせいではございませんから、お気になさいませんよう」
 自分の軽率な行動で兄の睡眠を妨げてしまったかもしれない。そういった自責の感情が全部表情に出てしょんぼりしているクダリの額に、ノボリは己の額をそっとくっつける。クダリを苦しめる痛みが和らいでいることを祈りながら訊ねた。
「頭は痛みませんか?」
 心の奥の奥まで見透かされているような、優しくも鋭くもあるノボリの視線に貫かれると、クダリはそれだけで動けなくなる。それは緊張して身体が固まってしまうからではなく、良い意味で脱力しきってしまうからだ。
「うん、もう平気だよ。ありがとう、ノボリ兄さん」
 体調が良くないときに寝ると高確率で悪夢に魘されるのだが、それもなかった。ノボリが守ってくれたのだとクダリは考える。幼い頃に怖い夢を見たとき、クダリがノボリに泣きついたら一緒に寝てくれた過去の出来事が、今になってもこうして続いている。
「ノボリ兄さんが一緒に寝てくれたおかげかな……なんだかいつもよりよく眠れた気がした。変な夢も見なかったし。やっぱりすごいや、ノボリ兄さんは」
 今はスイッチがオンのサブウェイマスターモードから、オフの弟モードに切り替わっているから、クダリの話し声もとろんとしたゆっくりなものになる。ノボリもすっかり甘やかし兄モードになっているからか、バトルサブウェイから離れている今はとても穏やかだ。普段から冷静で落ち着いているノボリだけれど、やはりポケモンバトルとなると勝負好きの血が騒ぐらしく、こうして兄弟水入らずで過ごしているときの顔とはまた違う。例えるなら夜空に静かに鎮座している月の光みたいな、柔らかい雰囲気。少なくとも弟のクダリにはそう見える。
 よく見れば分かる程度のうっすらとした浮かべている笑みの裏で、ノボリは一体何を考えているのか、暫く無言でクダリを深く見つめていた。その後おもむろに上半身を起こし始めた。ノボリが大きく動いたことでシーツが擦れる音がクダリの耳元で聞こえる。
「? ノボリ兄さん……?」
 さっきまでずっと密着していたのに、あっさり離れていく体温を少し寂しく思いながらも、クダリは目でノボリの動きを追いかける。ベッドに座るノボリは相変わらず月光みたいな穏やかな笑顔を湛えながら、こちらを見上げているクダリの顔の横に手をついた。
(一体、いつまでこうしていられるのやら)
 ノボリに全幅の信頼を置いているクダリは、今、完全に無防備な姿を晒している。当然の事ながら警戒心ゼロだ。そんなクダリを家族として愛おしく思えば思うほど、ノボリは自身の中で確かに存在している異常な愛を強く自覚した。歪だろうが、罪だろうが、誰にも譲るつもりはないクダリへ向けた想い。今はまだそれを押し隠して、ノボリはベッドに横たわるクダリを見下ろしながら、クダリの唇に指先で触れた。
 自分と全く同じ顔の造形をしているはずだ。実際に周りからは区別がつかないとよく言われるし、両親にさえ間違われたことがある。互いのサブウェイマスターのコートと制帽を交換して口調も真似しあったら、誰にも入れ替わっているのがバレない自信がある。唯一懸念点があるとしたら、シングルバトルとダブルバトルの腕前の違いでバレることだろうか。言わずもがなノボリはシングルバトルがめっぽう強いし、ダブルバトルの強さでクダリの右に出るものはいない。
 一卵性双生児として生まれた双子の兄弟。ほぼ同じ顔に違いないのだけれど、ノボリにはクダリの顔のパーツや輪郭が、どう考えても自分より明らかに可愛らしく出来ているようにしか思えなかった。気の所為だと言われてしまえばそれまでだが、他の人間にも同じようにクダリが見えていてほしくないので、自分だけが分かっていれば良い。クダリの可愛さについて、ノボリは他人に共感を求めない。共有もしない。
 一方その頃、突然ノボリに唇を触られているクダリはと言うと、今度こそベッドの上で身体をカチコチに硬直させて戸惑っていた。普段から他人が見たらびっくりするほど兄弟の距離は近く、だからこそ今更兄に顔をベタベタ触られたって何の抵抗感も抱かないクダリだが、ちょっと今はいつもと状況が違う。なんだか、勘違いなんかでなければ、際どい触り方をされている。こう、背筋がゾクゾクする感じ。薄く開いている口を完全に閉じてしまうべきかどうかも、クダリには分からない。今の自分は相当間抜けな表情を晒しているに違いない。それが気まずくて、クダリはあえてノボリの背後に広がる天井を見ることにした。ぼくは今、何をされているんだろう。そう思わないわけがない。
「クダリ」
 静かな寝室にノボリの凛とした声が響く。今度は親指の腹を使い、クダリの唇の弾力を確かめるように触れていた。本当は返事をしたかったが、クダリが今喋ろうと口を動かそうものなら、ノボリの指を唇で挟んでしまう。それは避けたい。ボーダーラインを超えてしまうような気がするから。名前を呼ばれたことに対する返事の代わりに、クダリは天井からノボリに視線を移す。何を言われるのかと、他に何をされるのかと、ドキドキしながら待つ。されるがままのクダリと視線が重なったノボリは、淡い月光からは遠く掛け離れた妖しさを纏う笑みを見せ、低く囁いた。
「兄さんと、いけないことをしませんか?」
 

▲▽

「何をそんなむくれた顔をしているんです、クダリ。お腹が空いていたのでしょう?」
 場所は寝室から二人で移動して夜中のリビング。テーブルに置かれたのは、見るだけで熱々だと分かる湯気が立ったスープ。いつでも手軽にスープが食べられるようにと買い込んであった缶詰を鍋に入れて沸騰するまで煮込み、そこへノボリの手によって大きめにカットされた食べ応えのある野菜がゴロゴロ入った、栄養も摂れて体も温まるスープだ。そこで座っていてくださいとスプーンを持たされたクダリが待っていると、ノボリお手製の夜食が用意された。クダリは一瞬でも浅はかな想像をした自分を今すぐ抹消したくなった。
「うん、そうだね。ノボリ兄さんは気にしないで、ほんとに」
「本当に気にしなくてもよろしいのですか?」
「全然いいよ、大丈夫だから」
 これ以上話を深掘りされたくないクダリは、ノボリの気遣いに対して必死に頷いた。ノボリほどポーカーフェイスが上手いわけではないクダリは、割と表情に全部出る傾向にある。普通に考えたら兄弟でそんな急展開が起こるわけがないのに、自己嫌悪で忙しいクダリがむくれた顔になるのも無理はない。
 先程ノボリが口にした“いけないこと”とは、夜中0時をとっくに回ってから食べるスープのことだったらしい。仕事で駅に泊まり込む日なんかは、平気で夜中の0時頃から夕食を摂ることだってあるのに、これの何がいけないことになるのかクダリには分からなかった。寧ろ、お腹の音が盛大に鳴り響いた弟の為を思って、こんな夜更けに夜食を作ってくれる兄の行動には感謝しかない。スープの湯気を顔から浴びていたクダリがそんなふうに考えていると、何やらキッチンの方から電子レンジの音が聞こえた。ノボリがなにかを温めに行ったらしい。すると二枚の皿にピザを一切れずつ乗せたノボリがキッチンから出てきた。そのピザには見覚えがあった。一昨日デリバリーでピザを頼んだときの、食べきれなくて冷蔵保存していた分だ。すっかり存在を忘れていたピザ残り二切れを前にして、クダリが一言零す。
「それは確かにいけないことかもね……
 ノボリお手製野菜ゴロゴロスープに、チーズたっぷりのピザ。深夜に食べる量にしてはボリューミーだ。これはノボリの言う通り、巷で流行りの深夜ラーメン並に“いけないこと”かもしれない。明日の朝には胃もたれしていてもおかしくはないが、なんとか乗り切りたいところだ。二人分の飲み物を用意したノボリが、クダリと向かい合わせになるように腰掛けて話を続ける。
「なかなか罪深いでしょう? 冷蔵庫に余っているピザがあったことを思い出したので、味が落ちる前に食べてしまおうかと。しかし電子レンジで温めたピザだけではどことなく寂しい気がしたので、即席ですがスープも作ったというわけです。クダリほど上手くは作れませんが」
「やだな、ぼくも別に料理が得意ってわけじゃないよ。とにかく、それでノボリ兄さんはお腹を空かせたぼくを釣って、共犯者にするつもりなんだね」
「ええ。そんな酷い兄と共に罪を背負ってくださいまし、クダリ」
「もちろん良いに決まってる。ノボリ兄さんと背徳感に乾杯!」
 悩むことなく二つ返事で了承したクダリが、ジュースの入ったグラスを持ち上げる。ノボリもそれに合わせてグラスをクダリに近付けると、グラス同士が軽く当たって小さく乾杯の音が鳴った。スプーンで野菜ごと掬ったスープをひと口食べて、身も心も温まる懐かしい味にクダリの頬は緩みっぱなしだ。その心からの笑顔を見れば、味の感想など聞かなくても分かる。ノボリは電子レンジで温めすぎてチーズがトロットロに溶けてしまったピザを頬張った。夜遅い時間帯に食べる高カロリーな食べ物は何故こんなにも美味しく感じるのか。背徳感という名のスパイスは、実はどんな調味料よりも万能なのかもしれない。
……クダリ、覚えていますか?」
 リビングにある時計の秒針が未来へ進み続ける。あと5分もしないうちに深夜の1時になろうとしていた。ノボリはクダリがいっぱい食べている様子を愛しげに眺めていたが、ふと先程クダリと同じベッドで寝ているときに見た夢の話を切り出すことに決めた。無邪気にチーズを限界まで伸ばしてピザを食べていたクダリは、気恥ずかしそうに口を拭きながら、ノボリの話の続きを待つ。
「幼い頃にわたくしが熱を出してしまい寝込んだ夜、あなたは冷凍庫にあったヒウンアイスを持ってきてくださったでしょう」
……ああ! 無遅刻無欠席だったノボリ兄さんが、唯一学校を休んだ日でしょ? 覚えてる覚えてる。あったね、そんなこと!」
  クダリにとっては言われるまで記憶の片隅に眠っていたような出来事でも、あのときのノボリにとっては衝撃的で大きな出来事だった。本当にクダリの気持ちが嬉しかったのだ。それに熱を下げる為に冷たいアイスを食べるというユニークな発想自体、ノボリには一切なかったからだ。薬を飲んでも熱が下がらずに寝込むノボリを心配して、今の自分に何が出来るかをクダリが考えた末に思い出したのが、冷凍庫にあるアイスクリームの存在だった。苦い薬なんかよりも、甘いアイスの方が絶対に身体に良いはず。当時のクダリはそんなふうに本気で思っていた。良くも悪くも真っ直ぐな子供だった。
「今になって思えば、ちょっとした冒険みたいでドキドキしたなあ。特に母さんと父さんの寝室の前を通ったときとか。もしどっちかが起きてきたら、いとをはくで足止めしてもらうようバチュルに見張りをお願いしてたんだよ。無謀すぎる作戦だったけど」
「そうですねぇ……残念ながらバチュルのいとをはく程度では、父は勿論のこと母すら止められなかったと思いますよ。デンチュラのエレキネットでも怪しいでしょうから」
「うん、だよね。本当にあのとき二人が起きてこなくて良かったよ。命拾いした……
 バレていたらと思うと身震いする。クダリは、両親を脳裏に浮かべて苦笑いを浮かべた。そもそもポケモンの技は絶対に人に当ててはいけない。一番初めにスクールで学ぶ大事なことだ。しかしノボリとクダリの両親は、詳細は省くが色んな意味で強い人なので、家族間にある信頼関係から成り立つジョークなようなものだ。とにかく結果としてあの夜、両親は起きてこなかった。両親の寝室前で待機していたバチュルと合流したクダリは、アイスを片手にノボリが眠っている子供部屋へと無事に駆け込むことが出来たのだ。さっきまで苦しそうに汗をかいて眠っていたノボリが、冷たいアイスを食べている間は呼吸するのが楽そうだった。それをすぐ傍で見ていて、安心して体から力が抜けていった感覚をクダリは覚えている。懐かしい思い出に浸っていると、また控えめな笑い声が聞こえてきた。ノボリはキョトンとしているクダリに微笑みかけた。
「わたくしは昔から、クダリの方がすごいと思っております」
 お腹も心もいっぱいに満たしたクダリは、もう一度背筋を伸ばして、ノボリを真正面から見た。あの日電気の消えた子供部屋で、ヒトモシの頭の灯火だけでは見えなかった表情が、そこにある気がした。
 

= = = =


「クダリがピザを食べ終えたらアイスも持って来ましょうか。確か箱買いしていましたよね、ヒウンアイス」
「やめて、これ以上罪を重ねないでノボリ兄さん。ぼくもうお腹いっぱいだよ」
 このあとちゃんとシャワーを浴びて歯を磨いて別々のベッドで眠りました。