みぎあね
2026-05-05 17:03:59
5836文字
Public 二次創作
 

導き出した解は羊の夢

ウリエンジェ大先生の魔導書はきっとスパゲッティコード。
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弊ラハ光ラハの日常の一幕。ちょっとだけ甘い。
時系列的には暁月終了後黄金前。
ちなみにこれから数週間後、新大陸の冒険中にソルバハムートという新たな召喚獣の召喚に成功した。

透き通った気持ちのいい青空に、ぷかぷかと白い雲が浮かんでいる。少しひんやりとした眠気を誘うような穏やかなそよ風に、グ・ラハはくわぁっと大きく欠伸を一つ零した。
今日は予定がないからと、昨日遅くまで買ったばかりの本を読み耽っていたツケである。まさか急遽別の予定が入ったクルルの代理として、グ・ラハに仕事が回ってくるとは考えてもいなかった。
眠い眠いと訴えてくる頭を無理やり叩き起し、なんとか任された仕事を終えたグ・ラハはのそのそと帰路につく。
こういう時ばかりは闇色シロップのあの強烈な酸味が恋しくなる。ぐいっと一杯飲めば数日は眠気知らず。スパジャイリクス医療館お手製の魔法のシロップ。
ぽやーっとそんなことを考えたグ・ラハは、しかしハッとして首を大きく振った。
……いやいや、こんなことを考えていては今は遠い世界にいるライナに怒られる。孫娘にいつまでも心配をかけていてはいけない。
よし、今日は帰ったらちゃんと寝よう。
――そう思っていた。

「おかえり〜。あ、そういえばク・クィさんが来てるよぉ〜」
「えっ!?」
バルデシオン分館に帰り着いて早々、グ・ラハを出迎えたオジカの報告に眠気は吹き飛んだ。半分寝ていた耳に滝水。否、顔面にウォータースプライトか。
そんな連絡はもらっていない!と、驚いて慌てた後に、ああそういえば、あの人が連絡をいれてから来るほうが稀だったとやや落ち着きを取り戻す。
リンクパールで一言でもいいから連絡を入れてほしいと何度も言っているのに、やっぱり何にも伝わっていないようだ。
グ・ラハはがっくりと項垂れる。
来ると分かっていれば昨日は早く寝て、体調を万全にして出迎えたというのに……
「んーと、ク・クィさんに会いたくなかった?」
「なっ!?そんなことはない!断じて!そういうことじゃないんだ!」
一人で百面相をしているグ・ラハを見て何か勘違いしたらしいオジカに、慌てて詰め寄ってしっかりと否定する。
報連相の欠けてるク・クィに思うところはあるが、何かとお互い多忙で会えないことが多いこの頃だ。一分一秒でも会えない時間が惜しい。
あの人と一緒に過ごせる時間はグ・ラハが百年以上ずっと焦がれていた、何物にも代えがたい大事な時間なのだから。

〇・〇・〇

いそいそと荷物を片付け、ク・クィが借りているナップルームに向かう。逸る心を宥めながらノックをし、数秒後に返事が返ってきたのを確認して扉を開けた。
「邪魔するぞ……って、なんだこれ……?」
部屋に一歩足を踏み入れて立ち止まる。
真っ先に目に飛び込んできたのは、部屋の中央のテーブルにこんもりと積まれた本の山と、大量の紙の海が広がっている光景だった。
戸惑うグ・ラハがぱちくりと目を瞬かせる中、机に突っ伏していたボサボサの白い頭――ク・クィがのそりと顔をあげた。
三徹目のクルルのような酷い顔だった。
……グ・ラハだ…………おはよう……
「ああ、おはよう……。いや、もう昼だぞ」
体を起こしたク・クィがうんと大きく伸びをする。
くしゃくしゃに丸まった紙が机から転がり落ち、術者の足元で寝ていたカーバンクル・ルビーの頭を小突いたが、熟睡しているのか彼女が起きる気配はなかった。
「どうしたんだ、一体?ついに論文でも書くのか?」
いつかやるのではないかと思っていたが、まさか本気で賢人位でも取る気なのかと問うと、青年は苦笑いをして首を横に振った。
「書くんじゃなくて、なんというか……読み解いてる、というか……
ク・クィは無造作に机に散らばった紙の海を掻き分け、その中から一枚の羊皮紙を手に取った。
「これ」
差し出されたそれを受け取る。
複雑な魔紋と文字列、そして数式がきっちりとした字で整然と書き込まれている。余白がほとんど無いほど細かく書き込まれているが、それらの羅列すらも計算され尽くした一種の幾何学模様のように見える。
書き手の技量と几帳面さが現れたこの字は、おそらくウリエンジェのものだ。
「それが大先生のカーバンクル・アンバーの召喚式」
「はぁ……
「全く意味が分からない」
「あんたでも?」
「どう考えても一緒に成立しないはずの数式が混ざっていて、それを成立させる為に更に訳が分からないくらいの数式が書き込まれているんだ。馬鹿になりそう」
はぁ、とク・クィが深い溜息を吐いて眉間を揉む。
それだけの説明ではいまいちピンと来なかったが、もう少し話を聞いてようやくグ・ラハは状況を理解した。
つまりは、新しい魔紋や術式の参考になればとウリエンジェオリジナルの召喚式を教えてもらったものの、その再現性の難しさにク・クィは頭を抱えているようだった。
机に散らばっている紙をよく見れば、なんとか数式を分解して解読しようと努力した跡が見られる。
「参考になりそうな文献も漁ったが、根本的に事象がおかしいだろう。大体トパーズがどうして琥珀になるんだ……
「ま、まあまあ……。とりあえずお茶にでもしないか?荷物、勝手に漁るからな」
頭を抱えてぶつぶつと何やら零しているク・クィの話を聞きながら、ひとまず彼には休憩が必要だと判断したグ・ラハは、部屋の片隅に置かれていた大きな冒険者鞄の中をごそごそと漁る。
相変わらず鞄の中は凄惨の一言に尽きる。よく分からないトーテム像や大量のポーションの類を退かし、グ・ラハはやっとこさお目当ての品を掴み取った。
乾燥した茶葉が詰まっている小瓶。それを手に、キッチンを借りて慣れた手つきで茶を淹れる。
シデリティス茶葉を使ったク・クィの好物、チャイ・トゥ・ヴヌーである。
さわやかな落ち着く香りが鼻をくすぐる。
「物質の合成は錬金術の十八番だろ?あんたお得意のさ」
「トパーズと琥珀は似て非なるものだよ。シルフ族とキャベツくらい違う」
「例えはそれで合ってるのか……?」
チャイを注いだマグカップを、紙の上に置かないように直接手渡す。礼と共にそれを受け取ったク・クィは、おもむろに一口飲んで、ほぅっと息を吐いた。
……美味しい。また腕をあげた?」
「へへ、まあな。けど、あんたの腕には遠く及ばないさ」
こっそり練習している成果が出たようだ。
褒められたのが嬉しくて、思わずぴぴっと耳が動く。それを目敏く見つけたク・クィが小さく笑った。
わぁっと自らの顔が熱くなるのを感じたグ・ラハは、げふんごほんと態とらしく誤魔化して、青年の対面に腰掛ける。
こんなだからいつまで経っても恋人に可愛い可愛いと言われ続けるのだ。百年以上生きた威厳も形無しだ。恥ずかしいったらありゃしない。
ひとまず深呼吸をしてチャイに口をつける。
口の中にふわりと広がったしつこくない仄かな甘さが、わたわたと騒がしかったグ・ラハの心を宥めてくれる。
ようやく落ち着きを取り戻したグ・ラハは、二口三口と続けてチャイを啜りながら、机の上に広がった紙の海をしげしげと眺め始めた。
ウリエンジェが指南した為か、ク・クィの字はウリエンジェと似ている。だが、ウリエンジェほど几帳面ではないク・クィは、すぐに何かと文字を簡略化する癖がある。
報告書や手紙など、人の目につくものはきっちりとした字なのに、自分しか見ないようなものはほぼ暗号みたいなものだ。
そのため、紙に書かれた数式が本当に数式なのか、それとも何か意味を持つ文字列なのかグ・ラハには判別がつかなかった。仮に判別がついたとて、グ・ラハは巴術のことは詳しくないので得られる情報はほとんどないだろう。
だが、何か力になりたい。うーんと頭を捻る。頭の中の膨大な引き出しから、色々と知識や記憶を引っ張り出す。
……おそらくなんだが、イメージとしては偏属性クリスタルの性質を応用してるんだと思う。鉱物から樹脂に変換するんだ」
勿論、石から植物へ直接変換なんてことはできないから、物質の持つ性質を一つずつ分解して再度形成する必要はある。
だが不可能では無い。一見すると別物に見えるものでも、解けば皆エーテルだ。
「そうか!一旦エーテルに解くのか!」
『!?』
「うお!?」
がたりと勢いよくク・クィが立ち上がった。と、同時に尾を思いっきり踏まれたカーバンクルが飛び起き、机にごんっと頭をぶつける鈍い音がした。
驚いて固まるグ・ラハを他所に、ク・クィはぐいっとチャイを飲み干すと、放り投げていたペンを握りしめて紙にごりごりと何かを書き込み始めた。
「そのまま変化させるのではなくエーテルを経由すればいい。だから……、つまり……
そうっと手元を覗き込んでみるが巴術は専門ではないため一体何を書いているのかはよく分からない。それに凄まじい走り書きで字も乱雑だ。グ・ラハには頑張っても読めそうにもなかった。
だが、そのペンの動きの迷いの無さからして、どうやらもう心配はいらなさそうである。
…………!』
睡眠を邪魔されて怒っているのか、抗議するように術者の周りを跳ね回っているカーバンクルを捕まえて、グ・ラハは椅子に座り直した。
「気持ちは分かるが、邪魔しちゃ悪いから待ってような」
ふんすっと不満気なカーバンクルを膝に乗せ、グ・ラハはもう一度チャイを口に含む。
先程まであんなに眉間に皺を寄せていたというのに、今はとても楽しそうにペンを走らせているク・クィ。
グ・ラハはそれをただ眺めているだけ。
けれども、それが何よりも楽しくて嬉しかった。

〇・〇・〇

ぴたりとペンが止まったのは、グ・ラハのカップが空になる頃だった。
既に機嫌を直したカーバンクルは、床の上でくしゃくしゃに丸まった紙を転がして遊んでいる。
「できた……!」
満足気に深く椅子に腰を降ろしたク・クィに、最後の一口を飲みきったカップを机に置いてグ・ラハは声をかけた。
「お疲れさま」
「助かったよ、グ・ラハ。変属性クリスタルの発想は俺にはなかった」
へへっとグ・ラハは自慢げに鼻の下を擦る。
「三蛮神の報告書を思い出してさ。あんたは理論を建てて考えるよりも、実際の経験を思い出して参考にした方が色々思いつくことも多いと思うな」
ク・クィはなるほど、と真面目に頷くとグ・ラハを真っ直ぐ見つめる。
「流石、グ・ラハ先生だ」
グ・ラハ先生。
真正面から言い放たれた、憧れて尊敬している相手からの聞き慣れない敬称。
グ・ラハ先生!?
嬉しさと気恥しさで一瞬にしてグ・ラハの顔にボンッと熱が集まる。その凄まじい火力たるや、先程の比ではない。
「おっ……!ち、茶化さないでくれ!」
激しく暴れ狂う心臓と連動して、荒ぶる尻尾がびたんびたんと椅子の座面を叩く。面白そうにくすくすと笑うク・クィに、どんどん恥ずかしさは加速する。
ああ、もう、穴があったら入りたい!

……じゃあ俺はこれを試しに術式に組み込んでみる。流石に最初から本番は危険すぎるから、練習本の術式の改変から――
「え!?いや待て、まさかこれからやるのか?」
「?善は急げと言うだろう」
「あんたその顔、絶対数日寝てないだろ!」
グ・ラハの指摘に、色濃い隈をこさえたク・クィの目が分かりやすく泳いだ。
……寝てた。グ・ラハが来る直前まで」
「それは気絶って言うんだよ!」
ちゃんと睡眠は取るべきだ。――その言葉は徹夜常連のグ・ラハにも刺さっているのだが、今は細かいことは気にしてはいけない。
「いや、でも、まだ昼……
「たまにはいいだろ、昼寝もさ」
尚も言い募ろうとするク・クィを無理やりベッドに押し込み、自らも一緒にベッドに潜り込む。ナップルームの仮眠用ベッドは二人で転がるには狭いが、ミコッテ男性であれば寝れないことはない。
まだ往生際悪く体を起こそうとしたク・クィの腰に腕を回してがっちりとホールドする。
「あんたが寝るまで逃がさないからな」
更にはべんっとベッドに飛び乗ってきたカーバンクルが、二人の体の上に陣取り、丸くなって眠る体勢をとる。
物理的に逃げられなくなったク・クィはついに降参だと溜息を吐き、グ・ラハの隣で静かに体を横たえた。

あっという間にぽかぽかになった布団の効果か、先程まで忘れていた眠気がグ・ラハに襲いかかってくる。思わず零れた欠伸を見て目を瞬かせたク・クィが、もしかして、と口を開いた。
……俺を寝かせたいというより、君が一緒に寝たいだけ?」
…………おやすみ!」
ほとんど確信してる癖に、わざわざ聞かなくてもいいだろ!と、抗議の意を込めてぺしぺしと赤毛の尻尾で足を叩くと、白銀の長い尻尾が宥めるように尾を絡みとった。
体を包む暖かな体温とゆっくりと波打つ心拍の音を耳に、眠気の限界が近かったグ・ラハはあっという間に夢の中へと落ちていくのだった。


◇・◇・◇


布団に潜り込んで早数分。すやすやと穏やかな寝息を立てるグ・ラハの顔を、ク・クィはじっと見つめていた。

ウリエンジェ大先生からの難題の解読は、一人で集中して解くなら邪魔が入らない自宅でやればいい。実際最初は自宅に籠っていたのだ。おそらく、数日ほどだろうか。
解法に辿り着けず煮詰まり、睡眠時間が削れ、食事を抜いたせいでエーテル不足になり、腹を空かせたカーバンクルに引っぱたかれたク・クィの脳裏に浮かんだのが、最近全く顔を見ていない恋人の姿だった。

――会いたい。

気づけば大量の書物と紙束を抱えてオールドシャーレアンに飛んでいた。
衝動的だったため連絡もしていないし、予定も組んでなどいない。また連絡無しなのかと、きっと、いや間違いなく呆れられる。
それでもいいから会いたかった。

驚いて目を丸くしている君の顔を見た時、俺の心がどれほど弾んだことか。
俺の為にお茶を淹れる練習をしている君の、なんと愛おしいことか。
君が俺の旅路を覚えてくれている。たったそれだけのことが、泣きたくなるほど嬉しい。

顔にかかった赤い前髪を梳くと、むにゃむにゃと言葉になっていない寝言が返ってくる。
あどけない寝顔につい笑みが零れた。
水晶で隔たれた時の壁は分厚く、かつてはあれほど遠かったのに、今はこんなにも近い。きっと今なら見る夢だって同じだ。
「おやすみ、ラハ」
まろい額に一つ口付けを落とし、ク・クィもゆっくりと目を閉じた。

優しい日差しが窓から差し込み、青空の下でぴちちと小鳥達が囀る。そんなある日のことである。