さちこ/Sharia
2026-05-05 13:20:38
11274文字
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一次 一話

ユキレイのおはなし

わけがわからなかった。
オレはフツーに飯食って、制服着て、仕事の母ちゃんの代わりに嫌々幼い妹を小学校まで送って、まだ乗り慣れない高校最寄り行きの快急に乗っただけだ。
何か変なことがあったかといえば、昨夜の花散らしの雨とやらのせいで弱っていた桜が地面に落ちたやつ。それが突風で巻き上げられておもいっきり顔面にまぶされたことくらいだろう。
妹にケラケラと笑われて、腹いせに肩車猛ダッシュしてやった。やった後息切れて死にそうになったけど。

昨日は各授業のオリエンテーションがようやく全部終わって、明日から全コマ授業だぞとニコニコする担任に「うげぇ」と揃って声を上げる野郎どもと一緒に「うげぇ」とゲロ吐いたみたいな声出したばかりだった。

クラスの奴らともそれなりに仲良くなって、オススメの配信者とか、面白いゲームとか、漫画とか。
今日、教え合おうって、約束してたのに。


「召喚成功しました!!」
「でかした! 陛下に報告しろ!!」


へたり込んで、ぽかんとするのを許してほしい。
電車から出ようとしたら、そこは中世ヨーロッパのお城の中だったんだから。
桜の咲き誇る我らが誇り高き高等学校など跡形もなく。
明らか外国人顔のおっさん達が日本語で騒ぎ立て、へたっているオレの両脇を宇宙人捕獲の写真みたいに持ち上げる。よく見れば、オレの周りには馬鹿みたいにデカい厨二病の塊みたいな魔法陣が描かれていた。

「ほらキミ、立てるか」
「待て、今まで通りだときっと混乱しているんだろう。まずは客間に通して……

誰だよアンタら。
頼むから醤油顔のバカ達を出してくれ。テメェらみたいな掘り深外人はいらねーんだわ。
夢見てんのか? オレほんとは駅のホームで倒れたりしてねぇよな。
あたりで走り回るおっさん達の鎧がガシャガシャ鳴って、現実を突きつけてくる。遠い外国の鎧を見たこともないオレがこんなリアリティのある音幻聴で聞けるわけがないから。

「しかし良いんですかい? この子、無許可召喚でしょう。もしかしたら……
「魔女が来るかもってか? 大丈夫だ、お偉方が何とかしてくれるさ」

無許可召喚。魔女。お偉方。
理解できるはずの単語が、左から右へとするする抜けていく。
無許可召喚ってなんだ。召喚?ファンタジー?それとも法廷に立たされんのか?無許可で?

やたら豪華な部屋に通され、やたらふかふかなソファに座らされる。
そしておっさん達は少し話した後、オレの右脇を持っていたおっさんだけ残して他の人はどこかへ行ってしまった。
カチ、カチ。デカい時計が秒針を動かす音だけが室内に響く。

……なぁ、そろそろ落ち着いてきたか? 言葉がわかるなら返事してくれ。たまにわからんやつも居るからな」

しばらくの沈黙の後、おっさんがオレの目の前で籠手に包まれた手をひらひらと振る。いや、ヒラヒラと言うよりガシャガシャ。
さっきから話し方を聞いている感じ、右脇にいたこのおっさんはかなりフランクそうだ。もしかしたら、元の場所に帰してくれるかもしれない。

……言葉は……わかり、ます」
「そりゃよかった。俺は冒険者のマークス・ウィンズ。お前さんは?」

顔を上げる。
おっさんは綺麗な金髪赤目で、数日剃っていないのか少し伸びたヒゲの生えた口周りをニィっと動かした。これがイケオジってやつか。冒険者とかさらにファンタジーだな。
とにかくおっさんはオレが名乗らないと梃子でも動かなそうだった。だってこうして黙ってたら目の前に椅子持ってきて、中学の生活指導みたいな体制で我慢くらべを始めたから。

こう言う時、おっさんというものは言うことを聞かないと面倒だ。うちの親父も一度説教モードに入ると長いし。母ちゃんに何回「あんな古臭い男になるなよ」と言われたことか。その古臭い男と未だラッブラブな人に言われたくねぇわ。

……日南 黎……です」
「ヒナミ・レイ……いや、レイ・ヒナミか。よろしくな」

おっさんは籠手をつけたまま器用に羽ペンを走らせる。きっとオレの名前をメモっているんだろう。
よく見ればおっさんの身なりは他の兵士と比べると甲冑が少なくて。精々胸当てと籠手、あと……名前わかんないけど、膝部分を覆ってるヤツくらい。あとは分厚い皮素材のアレコレで覆ってたり。
それと、首の周りを赤い光がふよふよと漂っている。おっさんが時々指で構っているから、どうやら意思のある何からしい。

なるほど、このおっさんはさっき言ってた通り“冒険者”で、他のおっさん達はこの城の兵士ってことなんだろう。
暗くて、暖炉の火以外は灯りのない部屋のおかげで結構落ち着いてきた。なんとなく、状況も理解しているつもりだ。本当はこんなこと信じたくない。こんな非日常な、あり得ないこと。
しかし、おっさんは非常にもオレに真実を告げた。

「早速だが、お前さんはこの国……ミズガルドの国王の命で召喚された異世界人、マレビトだ」

おっさんはオレがわかるように、ゆっくりと説明をしてくれた。
この世界では異世界人は精霊に好かれ、神をも殺すほどの素質を秘めていること。自身を鍛え、“技術”を得た異世界人の中には、一個中隊を一撃で壊滅させるほどの人物も居ると聞く。
そうして世界中の国々は異世界人────マレビトを召喚することに躍起になっている……そうだ。
オレが召喚されたのは聖樹の国、ミズガルド。精霊の故郷である巨大樹に1番近い国であり、精霊信仰発祥の地。
しかし、世界で1番の弱小国でもあるという。

「そして今、このミズガルドは軍事国家である隣国、トルエノに宣戦布告されている。……そろそろお前さんが呼ばれた意味がわかったか?」
……わかんねぇよ……マジでわかんねぇ……

こう言うのって普通、もっとキラキラした目のやつが召喚されるだろ。もっと現実に不満持ってる、反骨精神の高いやつ。ご都合主義で剣道やってたり、柔道やってたりして、鍛えてるやつ。
オレなんもねぇよ。委員会だって1番楽そうだからって選んだ整備委員で、部活だって弱小吹奏楽部の幽霊部員だった。精々帰った後友達とFPSして、負けたら汚ねー言葉吐いて、勝ったらゲラゲラ笑ってただけだ。

「レイ・ヒナミ。お前は兵器としてこの国に喚ばれた」

だからオレ、兵器になんかなれねぇよ。










あの後、おっさんは部屋を出て行った。多分オレにちゃんと整理する時間をくれたんだろう。
古臭い装飾の、フッカフカでクソデカいベッドにうずくまって、スマホの電源をつける。充電はまだ100%。電波は圏外。待ち受け画面は漫画の推し……などではなく、妹のイタズラで、妹の七五三に撮った家族写真に変えられていたままだった。

普段なら速攻で戻すのに、何だか戻せなくて。充電が尽きれば、これが見られなくなると思うと何だか嫌で。
電源をしっかり切ってから、エナメルバッグに思い切り突っ込んだ。

(……くそっ)

そのまま左手でぼふりとベッドをぶん殴る。
転移する前と何も変わらない、貧弱なオレの腕。
ガラスくらいは割れるだろうか。いや、割ったとしてもどうせ破片が突き刺さって終わりだ。
あぁでも、どうせ割れないだろうな。細かい装飾の施された鉄格子がびっしりと窓を覆ってるのだから。拳の先が擦れて怪我して終わりだ。

それに、ここを出てどうする?アテは?無いに決まっている。異世界なんだから、身寄りなんてあるわけがない。
でも、ここにいたら利用される。兵器として扱われて、きっとたくさん人を殺すハメになる。

……そんなの嫌だ。

(なんとかして此処を出ねーと)

バッグを引き上げ、廊下へ続く扉にかけ寄り、ドアノブに手をかける。
がちゃ、と下げようとしたドアノブは途中で止まる。
……外から鍵をかけられているようだった。は、は、と呼吸が速くなっていく。

『どうかなさいましたか、ヒナミ殿』

外からおっさんとは違う、若い男の声が聞こえてきた。甲冑のぶつかる音も聞こえたから、どうやらこの城の兵士のようだ。
震える手をドアノブから離し、「なんでもない」と喉から言葉を捻り出した。

(……何か使えるモン入ってなかったかな)

少し扉から離れて、豪華なテーブルの上にエナメルバッグを置いて、じじ、とファスナーを開ける。
今日の授業予定……情報処理技術の分厚い参考書と、国語、数学、地理のうっすい教科書が、オレにしては珍しく綺麗な状態で入っていた。当然だ、全コマ授業初日なんだから。
筆箱の中には念のため入れてきたUSBメモリと、お気に入りの多機能ペンにシャーペンと消しゴムだけが入っていた。ハサミや定規でも入れていたら話は違っただろうな、なんて、すでに遅い後悔をする。


「ふうん、キミの世界ってヘンなもの持ち歩くんだね」


ふと、背後からふわりとラベンダーの香りがした。


「なぁっ!? 人ぉ!?」
「あ、ゴメン。びっくりさせちゃった?」

咄嗟に振り向くと、すぐそこにとんでもなくお綺麗な顔があった。
サラリとした銀髪をひとまとめにしたその人は、銀色のまつ毛に縁取られた紫と青の不思議な色合いの瞳をまっすぐとオレに向けて、微笑んでいる。

「アハハ、なんでここに居るんだって顔してる」
「い、いや、だって……窓は全部鉄格子がハマってて」
「これくらいチョチョイのチョイさ。鉄格子を嵌めた程度でこのボクの道を阻めたと思わないでほしいね」

指貫の革手袋を嵌めた手がヒラヒラと舞う。
そいつがまるで指揮棒を振るように手を動かすと、暖炉の火がふわりと一人でに浮き出て、宙でキラキラと火の粉を飛ばしながら一箇所────ろうそくも何もない場所へと留まる。

「なんてったって、ボクは魔法の天才だから」
「まほう……

きゅ、と指揮を終えるように拳が握られると、炎は霧散して、何事もなかったかのように部屋に暗闇が戻った。
ファンタジーすぎる。事態が飲み込めなくて唖然とするオレに、そいつはケラケラ笑って、ぼふりとソファへと勢いよく座った。

────次の瞬間。けたたましい鐘の音と、廊下を鎧が走る喧しい金属音が鳴り響いた。

「バレちゃった。意外と対応が早いな」
「バレちゃったって……お前この城の人じゃねーの?」
「あぁ、うん。キミの世界の言葉で言えば、不法侵入に当たるね」

オレに出されていたはずの紅茶をティーポットから注いで勝手に飲んで、自称不法侵入者は余裕の表情を見せた。
口端がひくつくのを感じる。侵入先で平然としすぎだろ、こいつ。

『レイ、レイ!! まだ居るか!!』
「あ……おっさん」

ごんごん、と扉が叩かれる。
向こう側から、さっきまで居たマークスのおっさんの声がする。扉まで近寄って、オレは「いるよ」と返事をした。

『無事だな……良かった……!』
「何かあったんですか?」
『魔女だ、マレビト狩りの魔女が現れた! あとで鍵を持った衛兵とここまで来るからそれまで絶対に精霊から離れるなよ、いいな!』
「ま、魔女ぉ……?」

思わず声がひっくり返る。魔女、これはさっきも聞いた。マレビト、これはオレのこと。精霊、なにそれ。何処にもいないけど。
そのままおっさんはガシャガシャと走り去ってしまったようだ。こういう時鎧だとわかりやすいな。
ドアノブを掴んだまま呆気に取られていると、またラベンダーの香りがした。

「ほら、バレてる」
「バレてるって、お前が魔女?」
「そうだよ」

いやそこはちょっとくらい嘘つけよ。
ニッコリ笑うそいつは、全く焦る様子がない。今この部屋の鍵を持っている衛兵が来てドアを開けたらどうするつもりだ。
それに、こいつが魔女というには、どうも不自然だ。
だって……

「男じゃん、お前」

平たい胸板、首に見えるは喉仏。
綺麗な女の子みたいなツラをしているが、間違いなくこいつは男だ。

「イマドキ男の魔女だっているよ。不本意だけどね」
「いや実例に言われると納得するしかねーけど。もっとこう、魔法使いとか、別の名前あるだろ」
「あればどれほど良かったか」

そう言って魔女を名乗る少年は肩をすくめる。
外からは変わらずガシャガシャと鎧の音が聞こえる。部屋の中に魔女が居るとも知らずに、衛兵たちは外を探し回っているようだった。

……あまり悠長にしている時間は無さそうだ。さて、行こう。キミの名前を教えてくれるかい」

革手袋を嵌めた手が差し出される。
なんとなくの直感で感じた。こいつは、オレを人殺しにしないためにここに来たのだと。
だからオレは、エナメルバッグをひったくるように肩に引っ掛け、迷わずその手を取った。

「レイ。日南 黎。お前は?」
「ユキヒロ・ハーフウィット」
「なんか妙にファンタジーを感じねーな」
「異世界かぶれな父さんの名付けでね」

異世界かぶれとか初めて聞いたぞ。さすが異世界。
ぐい、と手を引かれ、肩を抱かれる。魔女────ユキヒロのラベンダーの香りがぶわりと広がった。
大理石の床にはユキヒロの名前と違ってファンタジーらしい魔法陣が広がり、下から風が吹き上がる。

「いいかい、レイ。今から転移魔法を発動するから、鞄はしっかり抱いて絶対にボクから離れないように」
「もし離れたら?」
「良くて手足切断、最悪死ぬ」
「物騒!!」

異世界転移早々四肢欠損とか嫌すぎる!
ひしと鞄を抱いていない右腕でユキヒロにしがみつけば、そいつはクスクスと笑って、先ほどと同じように指揮棒を振るように手を動かし始めた。

「まあ、安心してよ。ボクって天才だから失敗はしないし」
「信じるからな? 信じるからな!?」
「存分に信じたまえ。ボクが君を裏切ることなどあり得ないからね」

なんだこいつ、いきなりスパダリみたいなこと言いやがって。ちょっとキュンとしちゃっただろ。
ゆらゆらと宙を規則的に漂っていたユキヒロの手が、ある一点で止まる。
そうして締めるように、また手をぎゅっと握ると、足元の魔法陣からさらなる風と共に光が溢れ出た。
魔女の肩にかかったケープとオレの学ランの裾がばたばたとはためく。光がピークになった時、バン、と勢いよく扉が開いた。

「レイ!!」

魔法の光に金髪が照らされ、ぴかぴか光っている。
眉を顰め、赤い目を見開き、悲痛な表情で、おっさんはオレに手を伸ばした。
あぁ、そう言えばこの城で一番よくしてくれたのはおっさんだったな。
数分の付き合いだったけど、その面倒見の良さはよくわかった。

「おっさん、いろいろありがと!」

だから、精一杯の礼を。
手は振れないけど、お辞儀もできないけど。
オレにできる最高の笑顔を見せて、それから、視界が光に包まれた。










次に目を開けたとき、そこはまだ城の中だった。
石が積まれてできた部屋の中に、幾つも木箱が並んでいる。どうやらここは城の倉庫らしい。

ユキヒロは変わらず隣にいる。安心してふぅと息を吐いて、続けて四肢の無事を確認した。
────全て揃っている。生きてもいる。ようやくひと心地ついた気分だ。

「さて、安心するにはまだ早いよ。ここから城の出入り口を目指さないと」

ユキヒロは左手にだけ嵌めた指抜きグローブをきゅ、と引き上げ、オレに向かってそう言った。
……なんで一発で城から出なかったんだろう。

「転移魔法だって万能ではないからね。ボク一人ならともかく、大きな荷物を抱えた状態だと飛距離がガクンと落ちるのさ」
「悪かったな荷物で」

しれっと心を読んだかのように話すユキヒロをじとりと睨みつければ、オーロラのような輝きを宿す瞳がおもしろそうに細められた。
後ろ手で鞄の外ポッケに突っ込んだスマホを取り出す。そしていつも通りの癖で時間を確認しようとして……ここが異世界であることを思い出した。

下唇を噛み締め、スマホを元の場所に仕舞おうとした、その時。
視界の端に、オレンジ色の光が瞬いた。

「おや、流石はマレビト。早速精霊が寄ってきたね」

ふよふよと漂う光を見て、ユキヒロはそう言った。
精霊……さっきオッサンが離れるなと言ったそれだ。よくよく見ると小さな羽が生えていて、ゆったりゆったりと蝶のように羽ばたいている。
指先でちょん、と触れてみれば、精霊は嬉しそうにくるくると円を描くように飛び、光を一層強くする。

……意外と可愛いな」
「そうかい? まぁともかく、君はどうやら大地の力に好かれているようだ」

ご覧、とユキヒロが手を広げた先から小石が浮き上がり、精霊がそれを纏う。
案外可愛いじゃんか、と思ったのも束の間。撫でてやろうと人差し指を向ければ────精霊は勢いよく指を指した先の壁に向かって、とんでもない勢いで小石を射出した。

……え゛。」
「こうして指示を出せば攻撃だってしてくれる。連れていて損はないよ」
「いやいやいや!? 人殺せる勢いだったけど!?」
「そりゃあそうだろう。殺せなければ己の身など守れないし」

平然と言うユキヒロは、さすが戦争が横行する物騒なこの世界の出身といった感じだ。
オレは精霊を引き寄せ、言い聞かせるように覗き込んだ。

「いいか、もう少し手加減するんだ。あの速度はダメだ、絶対に!!」
「ナイスショットだったけどなぁ」
「お前は黙ってろ!!」

一緒に覗き込んできたユキヒロの背を思い切りどついて、精霊に視線を戻す。
彼?彼女? は、ピカピカと輝いて、また小石を浮かせ────今度は程々の速度でユキヒロの額めがけて小石をぶつける。

「いたっ」
「そう、それだ! 良い子だなお前はっ」

褒めれば橙色の光は機嫌が良さそうにふよふよと跳ねる。
そしてするりとオレの首筋周りへと飛び上がり、待機するようにふよふよ浮きはじめた。

「うし、行こうぜユキヒロ!」
「実験台になったボクにお礼の一つもなしかい……ま、良いけどさ」

ユキヒロは軽く流血した額に手を翳し、あっさりと傷を治してみせる。さすがは魔女といったところだろうか。
垂れた血を腕で拭い、そのままオレの手を引いて扉を開けた。
ゆらゆらと燭台の炎が揺らめいている。人の気配はなく、足元をチョロチョロとネズミが動き回っているだけだった。

「どうやら地下に出たらしいね。土の中に埋まらなかっただけマシか」
「思ったんだけどさ、もう一回転移できねーの?」
「さっきので魔力を半分持っていかれたからね。回復するまで半刻はかかる」

なら徒歩で出てしまった方が早いだろう、という結論らしい。
確かに、30分もあの倉庫になんか居られない。警備の人数も少ない今のうちに一気に駆け上った方が良いのだと、素人目線で考えた。

「なあ、結局ユキヒロって何者なんだ」
「ボク? 魔女だよ。言っただろう」
「その魔女ってのもよくわかんねーし。召喚されたばっかなんだから、オレの知識量は赤ちゃん並みだぞ」
……仕方ないな。人もいないし、質問があるなら答えよう」

ユキヒロはため息をついて、オーロラの瞳を半分ほど瞼で隠した。
精霊の光を頼りに歩きながら、オレは頭の中で質問したいことを整理する。

「まず、マレビトって?」
「異世界から召喚されてきたモノたちの総称さ。ヒトなどの知的生命体に限らず、動物や物質のマレビトも存在する」
「ヒトも動物もわかるけど……物質?」
「そうだな、わかりやすく言えば……キミの持ち物も全てマレビトというわけさ」

革手袋がピ、とオレの鞄を指差す。
鞄、着ているモノ、中に入った教科書。そういったものがオレから離れてもマレビト、と呼ばれるらしい。
マレビトは精霊に好かれる。そのうちオレの持ち物にも全て精霊が寄り付き、場合によっては魔法の道具にもなりうるとか。

「じゃあ、次。魔女って?」
「ボクの住む村に生まれた、魔力を生まれ持った人間のことだよ。大抵の魔力持ちは女性だから魔女って呼ばれている」
「つまりお前が例外なんだ」
「そういうこと。スーパーレアだよ、よかったね」

嬉しくないSレアだな。どうせなら可愛い女の子が良かった。

「そういえば、なんでマレビト狩りなんて呼ばれてるんだ?」
「ああ、それは……ただボクらは召喚されたマレビトを元の世界に還しているだけなんだけど、どうやら誤解されているようでね」

なるほど、こうして誘拐まがいのような連れて行き方をするからマレビト狩りなんて呼ばれているのか。

「大体、どこの国もマレビトを喚びすぎなんだよ。おかげで霊脈のバランスがぐちゃぐちゃだ」
「霊脈ってなんかファンタジーっぽいな」
「キミにとってはそうだろうね。ボク的にはキミの世界の方がファンタジーなんだけど」

聞けば、精霊の代わりに雷であらゆるものを動かしているんだって?
そう面白そうに聞いてきたユキヒロに頷く。そうか、こっちの世界だと電車やらスマホやらが非現実────ファンタジーになるのか。

……さて、もうすぐ城の外に出るよ」
「え? まだ地下じゃん」
「階段を登ればすぐ外さ」

ユキヒロの言う通り、階段を登った先は月光が差し込む草木の美しい城前広場だった。なんだこの間取り。階段のすぐ外に草が生えているなんて。
革手袋に手を引かれ、まっすぐ出入り口らしい大きな門へと向かう。特に柵があるわけでもないそこをスッと通り抜け、オレたちは妙に大きな橋を渡った。

遠くに見える大きな山。石畳は形がまばらで、あまり歩き心地は良くない。電灯など影も形もない風景に落ち着かない気持ちを抑えながら、精霊の光を頼りに進む。

「レイ、後ろを見てごらん」
「後ろって……うお、すげ」

ユキヒロに促され、くるりと振り返る。
先ほどまでオレたちがいたはずの大きな城。まだ上階付近にしか灯りは灯っておらず、追っ手の心配がないことがわかって少し安心した。

凄いのは、城の背後に生えた巨大な樹だ。
葉がわずかに発光しているのか、薄らぼんやりと青みがかったシルエットが見える。幹は真下に生えている城と同じくらいで、樹齢1000年など目じゃないくらいに太く、周辺には精霊がふわりふわりと舞って蛍みたいだ。

「アレが精霊の生みの親、数万年を生きる巨大樹さ」
「でけ〜……お前もあそこで生まれたのか?」

首元で漂う橙色の精霊に問い掛ければ、そうだよ、と言うようにピカピカ光った。

「きっともうこの国には来ないだろうから、しっかり目に焼き付けておくといい」
「え、なんで」
「キミなぁ……帰ってきたら確実に兵器にされるよ」
「あっ。そっか、忘れてた」

呑気だな、とユキヒロが呆れる。仕方がないだろ、あんなデカい樹なんて初めて見たんだから。
歩き始めた魔女の後を追う。
どうやら精霊はまだついてくる気らしく、またオレの肩に止まって羽をゆっくりと動かした。

それから、暫く歩いて。
深い森の中。アーチのような形に枝を伸ばした、二対の木の足元で、ユキヒロは足を止めた。

「少し待っていてね。里へのゲートを開くから」

そう言って、魔女の指先が宙に踊る。
リズムを刻むその動きを眺めていると、まるでオーケストラが聞こえるような気がして、思わずジっと見惚れてしまう。
ゴウ、と風が吹き荒れ、精霊が怯えてオレの制服の襟元に隠れた。

────が。

……あれ?」
「何にも起きねぇけど」
「おかしいな。そんなハズは……

こんこん、とユキヒロはアーチ状の機を叩く。
うんともすんとも言わないそれに、もう一度魔法を使おうとした、その時。

「いたいた! おーい、ユキー!!」

上空から若い女性の声が響いた。
二人揃って夜空を見上げると、瞬く星を背に、マスケット銃に乗った女性が空の風を浴びて手を振っていた。
え、銃? と思ったオレを置いて状況は進んでいく。ひらりと舞い降りてきた彼女はポイっと背中に銃を放り投げ、魔法らしき術で背中のホルダーに収納する。

「先生! ちょうど良かった。聞いてよ、ゲートが動かないんだけど!」
「それについての通達。今ありえないレベルで霊脈が乱れてるからゲートは1年封鎖ね」

え。と、ここまでずっと余裕そうだったユキヒロがポカンと口を開けて固まってしまった。
つんつんとつつけば、ハッと我に帰った後、オレの方を引っ掴んで、女性の前に突き出した。

「今!ボク! マレビト連れ!」
「我が弟子ながらいっつもタイミング悪いわね〜、アンタ。公共交通機関乗り継いでいらっしゃいな」

それじゃあね、と彼女はひらひらと手を振って、再び銃に跨り、星空へと消えていく。
特徴的な紫髪はすっかり夜闇に溶け、残された目立つ白のユキヒロは、女性を見送った姿勢のまま、大きく大きくため息をついた。

……ユキヒロ、今のは?」
「サティカ・プレアデス。ボクの魔法の先生。というか、緊急事態だよ」

ユキヒロが一つ手を振れば、そこに一枚の地図が現れる。
随分と使い込まれているらしいそれは、左下の一点だけ赤丸が書き込まれていた。

「魔女の里行きの直通路が1年は使えないことがわかった。したがって、ボク達は陸路で里まで帰らなきゃならない」
「えーっと。里がコレ?」
「そう。それで、現在地はここだ」

赤丸が書き込まれたのは里の位置。
そして、ユキヒロが現在地だと指し示したのは、地図のちょうど反対側だった。

「悪ぃ、イマイチ距離が掴めねーんだけど」
「そうだな……キミの国の南北縦断に相当する距離、と言えばいいかな」

日本南北縦断。
沖縄から、北海道まで。
その距離を────徒歩で?

……マジで言ってる?」
「自分で言って何だけどボクもちょっと信じらんない」
「魔法でなんとかなんねーの?」
「ボク一人なら何とかなるけど?」
「拾ったなら最後まで責任持てよ」

どんと肘でユキヒロを突くと、ユキヒロもどんと突き返してきた。
暫くウンウンと唸った魔女は、仕方がないと地図を持ち直し、指先を現在地に当てた。

「この森を抜けると、一つ大きな街がある。そこで一旦準備を整えよう」
「一切れのパンとナイフとランプをカバンに詰め込むんだな」
「ちょっと何言ってるかわかんない。異世界語やめてくれる?」
「なんだと。国民的歌謡曲だぞ」

指先は、今いる森を北に抜けた先の街を指し示した。
街の名前は掠れて読めない──そもそもオレはこの世界の言葉が読めない──が、周囲の集落の書き方の差を見るに、かなり大きな街らしい。

「それから、さらに北へ抜けて……
「な、ここの海渡れねーの?」

そのまま陸路を渡ろうとするユキヒロに、単純な疑問をぶつける。
この大陸は大きな内海を内側に抱え込んでいる。ここを渡れば、すぐに里へ着くと思うのだが。

「クラーケンに食べられたいなら渡れば?」
「やだ!!」
「なら大人しく陸路で行くよ」

なるほどファンタジー。そういう化け物もいるのか。

「トルエノ帝国まで出れば列車が出ているから、ひとまず南端の街を目的地にしよう」
「列車あるんだ……
「線路は途切れ途切れだけれどね」

ユキヒロがまた手を振れば、地図はパッと消える。魔法って便利だな。
それじゃあ、と立ち上がった魔女は、ずい、とオレに向かってその手を差し出してきた。

「行こう、レイ」

月明かりにキラキラと銀髪が照らされている。
オレは迷いなくその手を取って、立ち上がった。

「よろしく頼んだぜ、魔女サマ」
「ふふ、ドンと任せておきたまえ」


────行き先はトルエノ南端の町、バサルト。

こうして、オレ達の最初の旅は始まったのだ。