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彼方理路
1121文字
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#レゾンデートルに赤い糸
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レゾンデートルに赤い糸 プロローグ
誓汝×雪砂
なれそめ本編
波風を立てないように。
誰の邪魔にもならないように。
そして何より、嫌われないように。
それが、いつの間にか
雪砂
ゆきさ
に身についていた生き方だった。
少しでも間違えれば、あっという間に居場所はなくなる。
だから、拒まない。逆らわない。ただ静かに、従順に微笑んでいればいい。
……
そうしていれば、きっと、大丈夫だから。
◆
真新しい制服に袖を通して、ネクタイを整える。まだ硬い布地が肌に馴染まず、借り物のようでどこか落ち着かない。
鏡の中に佇む少年は、心細いほどに淡く、頼りなげに映った。
(今日から、新しい学校か
……
)
胸の奥がわずかにざわつく。期待ではない。うまくやり過ごせるかどうか、それだけが気にかかる。
雪砂は鞄から古びた手帳をそっと取り出した。擦り切れた革の表紙に指先を滑らせる。
それは、自分をこの世界に繋ぎ止める、唯一の錨のようなものだ。そこにある「体温」の残滓だけが、今の彼を支えていた。
「
……
ねぇ。ボク、高校生になったよ」
返るはずのない言葉を、誰にともなくこぼす。
しばらくして、小さく息を吐いた。いつものように手帳を鞄の奥底にしまい込む。
ドアノブに手をかけ「行ってきます」と呟いてみても、当然返ってくる言葉はない。ただ、明かりの灯っていない静かな部屋に溶けるだけ。
誰も見送ってくれる人はいない。
それは、昔からの当たり前だった。
アパートの階段を降りると、春特有の湿った土の匂いが鼻腔をくすぐる。
通りのあちこちでは、鮮やかな笑い声が弾け、朝の挨拶が軽やかに交わされていた。誰もが当たり前のように誰かと繋がり、同じ時間を分かち合っている。
雪砂は、その流れの端にそっと身を寄せた。自分の存在を薄めるようにして歩く。
ふと、前を歩く親子の姿が視界をよぎった。小さな掌を包み込む、大きな手。固く結ばれたその指先を、瞬きも忘れて追いかけた。
(
……
誰か)
胸の奥で、小さく何かが軋む。
(せめて、ひとりでいいから)
思いかけて、ぎゅっと唇を噛む。それ以上は、考えないように。
願ったところで、どうにもならないことを知っているから。
視線を落とし、足を前へ運ぶ。
今日もまた、昨日と同じように。
誰の邪魔にもならず、誰にも嫌われないように。
無難に、静かに、やり過ごせればいい。それで十分だと、自分に言い聞かせながら、駅へと続く坂道を下っていく。
──けれど。
この日、あの場所で。
凍りついた自分の世界を跡形もなく溶かしてしまうような、熱を帯びた出会いが待っていることを。
今の雪砂は、まだ知らない。
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