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花月ゆき
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ゆる赤安ドロライ
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第36回お題「不器用な恋愛」
前回のお題の続きです。
両片想いの赤安、今回で終わりです。
無言のまま、降谷の家へと続く道をふたりで歩く。
赤井はそっと降谷へと目を向けた。降谷は緊張した面持ちで、少し俯きがちに歩いている。
手に持っている紙袋が、かすかに自分の左脚に触れて音を立てた。その些細な音にも、降谷はびくりと肩を震わせる。
雑貨屋での降谷の言葉を、赤井は思い出していた。
『
……
帰ったら、話があります』
降谷は真剣な目でこちらを見つめてきた。
降谷が自分に話したいと思っていること
――
そのひとつに、赤井は心当たりがある。
降谷の表情を見るに、仕事の話である可能性は低い。おそらく、プライベートのことだろう。
そうなれば、導かれる答えは
――
おそらく、ひとつだ。
互いに無言のまま、降谷の家に辿り着く。キッチンのテーブルの上に紙袋を乗せると、降谷はこちらを見ずに言った。
「せっかくなので、このマグカップに珈琲を淹れますね。あなたは炬燵で暖まっててください」
「
……
ああ」
手伝おうかとも思ったが、そばにいると、今はかえって彼を困らせてしまいそうだ。
降谷が紙袋からマグカップをそれぞれ取り出すのを見届けてから、赤井は寝室へと向かう。
最近、よく過ごしている炬燵の前に腰を下ろしてから、聞き耳を立てた。
やかんを火にかける音。マグカップを洗う音。何気ない音の端々に、降谷のぎこちない仕草が見て取れるようだった。
しばらくして、ふたつのマグカップを乗せたトレイを持って、降谷がやってくる。トレイを持つ彼の指が、かすかに震えているようにも見えた。
ここまで緊張した彼を見るのは、初めてかもしれない。
「ど、どうぞ
……
」
「ありがとう」
赤色のマグカップが自分の前に置かれる。カップからは湯気が立ち、珈琲の良い匂いがふわりと香ってくる。
白色のマグカップの方に、降谷はミルクを入れた。彼のやわらかな髪の色を思わせる、優しい色がカップの中に広がってゆく。
どちらからともなくマグカップを手に持ち、珈琲を口に運んだ。
「熱っ
……
」
降谷が小さく声を上げ、反射的にカップから口を離す。
「大丈夫か」
「え、ええ
……
」
降谷はゆっくりとカップを炬燵の上に置いた。
沈黙が流れる。自分から話を切り出すべきだろうか。いや、今は彼をリラックスさせる方が先だろうか。
珈琲を飲みながら思案していると、互いのスマホのバイブ音が鳴る。メッセージアプリに、一通のメッセージが届いていた。
一七〇〇、警察庁の会議室に来るよう指示が入っている。送信元の情報から、降谷にも同じメッセージが届いていることがわかった。
「
……
招集だな」
「はい」
あと十分程度で、ここを出る必要がある。
降谷の言っていた“話”を早く聞きたい。そう思う気持ちもあったが、じっくりと話をしている時間は今はなさそうだ。
互いに無言のまま、珈琲を味わう時間が流れた。
もっとじっくり珈琲を堪能する時間がほしかったが、それはまた今度の機会を待つことにしようと赤井は思う。
「では、行こうか」
互いのカップが空になり、赤井が腰を上げようとしたところで、降谷が声を上げる。
「あ、あのっ
……
」
「ん?」
引き留めるような降谷の声音に、赤井はその場に静止する。しばらく静かな間を置いたあと、降谷は声を絞り出すようにして言った。
「
……
あとで、五分だけでいいので、僕に時間をくれませんか」
赤井は少し驚いた。不慣れな感情の狭間で彷徨うような、いつもの彼とは様子が違う。
彼の言葉には、今日必ず伝えるのだという確かな意思を感じた。
この日を、赤井は静かにずっと待っていた。降谷の決断を真正面から受け止めようと、赤井は心に決める。
「五分と言わず、何分でも何時間でも構わんよ」
そう告げると、降谷は一瞬大きく目を見開いて、それから少し気恥ずかしそうに頷いた。
「はい」
会議は定刻通りに始まった。
自分たちとは異なる、別の班のメンバーが担当となっていた領域で、黒の組織とみられる人間に動きがあったのだという。
会議では情報共有と、確保に向けての作戦会議が行われた。決行は一週間後。これからまた、忙しくなる。
会議が終わったあと、降谷は席に座ったままノートパソコンを眺めて思案をしていた。画面には、会議資料の一部が映し出されている。
それは、会議中に赤井が違和感を覚えたページでもあった。彼の席に近づくと、降谷は画面を見つめたまま、自分にだけ聞こえるように囁く。
「この人物の動き、赤井はどう思います?」
「随分とまわりくどい動きをしているな。余程要領が悪いのか、もしくは
……
」
「そうせざるを得ない理由があったのか
……
ですか?」
昼間とはまるで別人のように、降谷が凛とした表情でこちらを見上げてくる。
「ああ」
「作戦決行の前に、調べておく必要がありそうですね」
ほんの少しの違和感が、作戦の成功を左右することもある。放置すれば、取り返しのつかないことになる可能性もある。
今は些細なことでも調べ尽くすのが賢明だろう。
「だいぶ前の話だが
……
あのエリアについてはこちら側でもまとめた資料があったはずだ。もう一度、俺の方でも見ておこう」
「お願いします」
赤井は降谷の隣に座り、ノートパソコンを開いた。限られた人間しかアクセスできないサーバから、目当てのデータをダウンロードし、目を通す。
その資料を見ながら、赤井は降谷と情報交換をし合った。
いつしか、会議室には降谷と自分以外、誰もいなくなっていた。
会議前に配られた緑茶のペットボトルも底をつき、喉の渇きを覚え始める。
集中して資料をまとめている降谷の邪魔にならないよう席を立ち、会議室のそばにある自販機へと向かった。外はすっかり暗くなっている。廊下は暖房が効いていないので、少し肌寒さを感じた。
ブラックの珈琲とカフェオレを購入して、ふたつの紙コップを手に会議室へと戻る。降谷にカフェオレの入った紙コップを差し出すと、彼は礼を言ってそれを受け取った。
彼も少し休憩を取ることにしたようで、降谷はノートパソコンの画面から視線を離し、カフェオレをゆっくりと口に運ぶ。
その隣で、苦味のあるブラックコーヒーを口にしながら、赤井は呟いた。
「やはり君の淹れた珈琲が一番だな」
照れくさそうな笑みを浮かべながら、降谷は言う。
「ありがとうございます。
……
でも僕は、ここの自販機のカフェオレも結構好きですよ」
「そうなのか?」
ここの自販機のカフェオレは、一度も飲んだことがない。たまたま降谷の口に合うものだったのだろうか。
そんなことを考えていると、降谷はカフェオレに視線を寄せて、囁くように言った。
「だって
……
あなたがよく買ってくれるものだから」
「
……
」
赤井は息を呑んだ。
「昨年の
……
クリスマスイブの日も、こんな感じでしたよね」
赤井はクリスマスイブの日の出来事を思い出した。
まるで待ち合わせでもしたかのように、クリスマスツリーの前で降谷と会った。
クリスマスツリーは会議室の前に飾られていて、そのまま会議室の中で降谷と束の間の休憩を取ることにしたのだ。
そのとき、会議室の近くにある自販機で、赤井はブラックの珈琲とカフェオレを買った。
「ああ、そうだったな」
「その日、僕はあなたに伝えようとしたことがあったんです。でも、緊急招集がかかって伝えられなくなってしまって
――
今日までずっと、言えないままでした」
穏やかな時間を過ごしている途中で、降谷が何かを自分に告げようとしたことは、もちろん覚えている。
「招集がかかる直前、君は確かに、俺に何かを言いかけていたな」
そう返すと、瞳を揺らしながらも真剣な顔で、降谷がこちらを見上げてくる。
降谷と視線を交わし合いながら、赤井は小さく頷き、言葉の続きを促した。
降谷の言っていた“話”
――
彼の返事は、イエスか、ノーか。
降谷の目の奥に、今まで自分には見えていなかった光が、ぽっと灯るのが見える。
「
……
僕も」
「
…………
」
降谷が言葉を紡ぐのを、赤井はゆっくりと待つ。
「僕も、あなたと同じ気持ちだと、伝えたくて
――
」
「
……
ああ」
声が低く掠れる。
感動で胸が打ち震えるのを感じながら、降谷からの返事の言葉を、赤井は胸に刻み込んだ。
降谷は声を震わせながら続けた。
「僕は、恋愛のことをよくわかっていません。でも、僕は何度も思ってしまったんです。あなたに、一緒にいてほしい、帰らないでほしい
――
と。そして、あなたにプレゼントしてもらった、赤と白のマグカップ。たまにでいいから、休日にお揃いのマグカップで珈琲を飲む
――
そんなささやかな日常を過ごしてみたいと思ったんです。
……
あなたと、一緒に」
赤井の脳裏には、降谷への本格的なアプローチをはじめてから今日までの記憶が、鮮明によみがえっていた。
降谷が個人のスマホから自分に電話をかけてきた日のこと。
ふたり一緒に風邪を引いた日のこと。
額にキスをしたあと、しばらく彼に距離を置かれた日々のこと。
『あなたがそばにいると、僕は嬉しい』そう言った彼に、堪らずマスク越しにキスをした日のこと。
そして彼はいつも、自分が離れようとするとき、さみしそうな表情を浮かべていた。
彼の不器用ながらも愛らしいその姿に、赤井は期待し、そして“時が来る”のを静かに待っていた。
降谷の頬がじわじわと赤く染まってゆくのを見て、赤井は彼を強く抱き締めた。
降谷は抵抗しなかった。それどころか、自分の肩に、降谷が頬をそっと擦り寄せるのがわかる。
彼を愛おしく思う気持ちが、堰を切ったように溢れ出す。
赤井は腕の力を緩めて降谷の顔を覗き込み、彼の頬を左手で包み込んだ。
降谷がうっとりとした表情で、こちらを見上げてくる。
「
……
君にキスをしたい。今度は、マスク越しではなく
――
」
「
……
はい」
小さく頷いて、降谷は俯いた。
表情を確かめるように、彼の頬をそっと掬い上げる。真っ赤な顔をした降谷に、赤井はキスをした。
やわらかな彼の唇の感触に、胸が高揚する。緊張のためだろうか、降谷は息を止めて固まっていた。
彼に呼吸を促しながら、互いのスマホのバイブ音が鳴り響くまで、赤井は降谷に優しいキスを繰り返した。
終
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