「じゃあ、あなたが、諸伏景光くんのお兄さんだったりしちゃうんですね!」
「いかにも」
――あれ? それじゃあ、このひとが、ぼくの、初恋の人なんだ!
…いいや、もっともっとずうっと、忘れられずにいた、大好きな、だぁ~いすきな憧れの、あのひとなんだ!
片時も忘れたことのないそれが今、真実と結びつく。見たことなく想ってきた人の今と、その顔を結びつける。それは、記憶と今とに境を無くす感無量。事実と真実とに境を無くす実感だ。けれど、ミサオがそこまで言い切るでなしに場は本題戻り、そのときはそれを言いそびれた。そして。
ミサオが意識を失うでもなしに事件は解決し、高明に求められ、思い出の秘密基地へとゆく。悲しみ、
…そして、浮上。ああ、やっぱり。
「ええ。やってくれちゃっていると、思います」
にこり、木洩れ日のなか笑みを交わし合う時間は、ああ、きっと時間に境のない永劫だ。言葉無くとも、鳥も今は鳴かずとも、なにより雄弁が空気をにぎやか弾む。しばしそうしていて、ミサオは、じわりと目尻をぬくもりしみる、それを自身の指でこすった。
「
……えへへ。実は、僕、これを機に、あなたに、お伝えしたいことがあって」
「? なんでしょう」
にこり、高明の笑みにやさしさがいっそう増すがおにいさんっぽくてミサオの胸をあまくくすぐる。果物の花のように、その花粉が魅了する。ああ、真実は、この日結実するために在ったんだ。
「ちょっと、長くなりそうなので
…今度、お時間頂けますか?」
「ええ、ご予定が合うようでしたら、直近にでも」
「ありがとうございます!」
連絡先を交換すれば、思い出の詰まったスマホがいっそう、無限の宝箱だ!
***
その数日後、ミサオと高明は、冬名峠のパーキングで落ち合った。車から降り、とてとてと合流しようとすると、ミサオは、自分と同じく高明のほうも、差し入れとして飲み物を用意していることに気付き、胸がくすぐられる。
「にゃはは、
…こんばんは、今日はありがとうございますっ!」
「こんばんは。いえ、こちらこそ。
…差し入れ、被ってしまいましたね」
「そのほうが、いっぱい喋れていいじゃないですか」
「ふふ。それもそうですね。では、どうぞ」
手持ちしていた紙コップを渡すどうぞと、話をどうぞの、双方なのだろう。ミサオは受け取りながら自分の持参した紙コップも手渡し、こくり、もらったほうをのどへと、沁み渡らせる。普段は缶コーヒーを飲んでいるけれど、気合を入れてコーヒーショップでテイクアウトしてきた。お兄さんはきっと、普段からコーヒー屋さんに行ってるんだろーな。ミサオがわけもわからず買ってきたブラックのコーヒーとは違うなにかを、そこに感じた。
ああ、宝箱のふたを、開けるときがきたのだ。その感慨が、ミサオをとうに、じーんと涙に浸らせそうになっている。指折りさえも、泣けそうだったのだから当然だ。
飲み物の感想を、少し述べてから、本題の、先日告げた“伝えたいこと”へと話を移す。
「それでは、改めて、確認なんですけど、あなたが、“ヒロちゃんのお兄さん”、
…ってコトで、合ってくれちゃってるんですよね?」
言えばそれはどこか取り調べのそれのようで、これから明かす真実には
不似合いなのが少しだけ可笑しかった。
「ええ、確かに私が景光の兄で、合ってくれちゃってますよ」
にこりと茶目て言うが愛らしく、ずきゅんと胸を射貫いたままの矢の羽に矢じりを念押しされる。ミサオは心臓を諸手で押さえ、ぐっとうつむきそうなのをこらえた。ああ、キューピッドは今、同じそらを見てるろうか。
「
…そうですよね、あなたが、ヒロちゃんのお兄さんですよね
… ってことは、実は
…、僕にとって、あなたこそが、僕の、初恋にしてずう~っと憧れ続けてきたひとだったり、しちゃうんです」
呼吸より上がりそうな気持に声をたいまつのようゆらがせながら言えば、きょとり、とその目元があどけなく
星瞬き。対の一等星は、オリオンだ。出口へつながる洞窟は、たいまつの火をゆらすのだ。
「ええっと
……どうしてまた、私を?」
数瞬もなくミサオの言葉を解し、真摯に、接してくれていると感じてああ、やっぱりだいすきだ。会ったこともないのにとは、言われなかったことにミサオは少しだけ安堵する。聡明を体現するような高明の声音も口調も今、どこかやわらかいことに、ああ、やはり時に境はないのだとミサオは実感する。
「えへへ、僕ね、ヒロちゃんから、あの頃、あなたの話、い~っぱい聴いてたんですけど
…その中で、“あ、好きだ”ってハッキリ思った時があって。そのあとはボク、ヒロちゃんにあなたの話、いっぱい聴かせて聴かせて~って、リクエストしまくっちゃったりなんかしたくらいで
…」
てれくさげに、それでも確かに、はこのなかみを明かす。
「ほう
…ちなみに、どんなエピソードでしたか?」
それが疑問視するでもなく純粋、気になるというふうで、真実を識ろうと在ると言えばそれは格好良いし、好奇心旺盛と言えばそれはかわいらしいし。感情にも形容にも垣根がなく、ミサオは思わず、すこし笑いの吐息をこぼした。かたちよいあたまが不思議そうにちいさく傾ぐのが、ハクセキレイと猛禽を足したようでやはり、愛らしい。
「んんっ
…、おほんっ
… …“サンタクロースの話”
…で、ピーンと来ちゃったりします?」
「サンタクロース
……と言うと、心当たりは少々ありますが、それが、あなたに好かれた理由とまでは」
「ええ~っ、あれ聴いて好きにならないワケないじゃないですかぁ~! にゃはは、あなたのそんな謙虚なところが、僕はたぶん、ずうっと好きだったんでしょうねぇ。
…はぁ~、しみじみ、なんか
…、こう、あのときからずうっと好きだったひとが今、目の前に居るなんて、なんかもう、泣けちゃいそうなくらい、感慨深いですねぇ
……」
ミサオは、えぐえぐとまた泣きそうになるのをこらえる。高明がそのミサオより一回り以上大きな手でミサオの肩をぽん、ぽんとあやしてきたことに、恋と明言した好きを拒絶されていない安堵が服越しでも沁み渡り、ミサオは泣きじゃくりそうになる。触れてくれたところからこのひとと自分とに境がなくなるようで、泣けてくる。
「
…にゃは
……いちおう、こたえあわせ、しましょっか
…」
「ふふ。そうですね、お聞かせ願っちゃったり、できますでしょうか」
寄り添ってくれることばが、ああ、すべてをすくいあげる。
「
…はい、モッチロン!
ヒロちゃんがね、なんか、あるときに、少し前のことを思い出して、話してくれたんですけど
…前にクリスマスイブに家族でプレゼントの買い物に行ったときに、欲しがったオモチャとは別に、お母さんが、おっきなイチゴのポッキーを、買ってくれたらしいんです」
「ああ、やはり、あの年のことなんですね」
高明の心当たりが正解であることと、それでなお心当たりがしきらぬことにやはり、しみじみ好きだとミサオは思った。
「はい。ヒロちゃんね、なんでも、あなたも知っての通り、次の日の朝、ヒロちゃんとお兄さんの枕元に、サンタさんからのプレゼントとして、そのポッキーをリボンで飾り付けたのを、置いてあるのを見て。“
…あれ? サンタさんって、もしかして、親なのかな
…”って、気付いちゃったみたいなんです。ふふ、すごいですよね。僕だったら、偶然かな~って、思って終わりだったかもしれません」
「ふふ。あれは、景光の洞察力にひやりとした瞬間でしたね。父と母の読み誤りとも言えますが」
なごましそうなほおに、あどけなさのまろみを、感じるのがミサオの頬を熱くした。
「
…にゃはは。そうそう、そんで、ヒロちゃん、あなたに、泣きそうなのをこらえながら、相談したんですってね。僕だったら泣いちゃってたでしょうけど、ヒロちゃん、“正義の味方はこのくらいじゃ泣かないんだ”って、こらえたみたいで」
「うーん
……本人が、こらえているのは充分伝わっていましたが、それでもあの時は少々、泣いていたように記憶していますよ」
言いづらそうに、けれどいたずらっぽく、内緒話のふうでてのひら隠し明かされた兄として見た事実に、ミサオは驚きながらうれしくなる。
「ええっっ、そうだったんですか」
「はい。“正義の味方”という志を同じくするあなたに、格好付けたのかもしれませんね」
にこり、やさしくすこし細められた目元に、ああ、ほんとうにだいすきだ、とミサオは思う。
――こんなふうに、一緒に思い出のはなしをしちゃったりなんかできて、ああ、ホントに、ゆめ見てるのかもしんない。
実感、胸を、いくらでも海にうかべるのだ。陸よりも大きな、大きなタオルで海にくらげをつくれば、こんな浮遊心地なのだろう。
「
……あー
……ぼく、ほんと、あなたのこと好きだ~って思った気持ち、大正解だったみたいです。にゃはは、それにしても、僕に格好付けちゃうなんて、ヒロちゃんらしいなぁ~。
そう、それでね、ヒロちゃんが、お兄さんの枕元にも同じのがあるから、お兄さんもたぶん気付いただろうって思って、“ねえ、サンタさんって、親なのかも
…”って言ったら、あなたが、」
ああ! 血色のさほどよくはないのに、雪白の肌のなかうさぎの目よりもきれいに見えるくちびるが、いたずらっぽく、懐かしむよう、開くのをやけに、スローモーションに思った。きっと、このひとも同じ事を言うのだ。解っているからこそ、境のないそれがうれしくて、ミサオは声真似言葉をとめなかった。幼馴染みからきいて想像したあのころの声が、今のこのひと思い出す声とぴたり重なる予感!
「“サンタクロースは、世界中の子どもたちにプレゼントを選び、配らなければならない。その数が、とても、たくさんなのは解るだろう? だから、親の中には、それぞれの家へと配るのを、手伝っている者もいるんだ。僕たちの父と母も、その一員なんだ”」
多少ずれてもほとんど重なるがうれしくぺらり饒舌の上擦るミサオは、ひとさしゆびで指揮者のような身振り。目元、細まれども閉じるは決してしない。このひとの今を、
…あのときを思い出している今のこのひとを、見ていたいから。対して、くすぐったげともなつかしむとも、正しくどちらでもあるよう、記憶のままに述べる高明は、その目をつむり、今とその日と、景光がそれをミサオに話したであろういつかを幾層もの生地に織りつむぎ、かぐわしいアップル・パイへと焼き上げる。ああ、あまいシナモンさえ薫るようだ! コーヒーの
香が、食卓を彩る。
「
……ふふ、にゃは、へへ
……」
「
……ふふ
……懐かしい、ですね
…」
――ああ、あまいかおりの、だいすきなあなた。ほしをこぼすなら、僕がぜぇんぶ掬い上げるから、幾らでもいいんですよ。きっと、ヒロちゃんとしばらく連絡さえできてなくて、どんなに信頼してても思うところとか心配とかもい~っぱいい~っぱい、あるんでしょうから。
アップル・パイの皿を前に、高明自らやさしくナイフを入れてくれるのを、ミサオは待つほどの主導性でもなく、お座りしている心地。
――あなたに配られればぼく、何皿だって食べちゃえる。その日ヒロちゃんが泣いてたならなおのこと、今日、あなたが懐かしさや思うところに泣いたっていいじゃないですか。だって、正義の味方だって泣いてくれちゃうときは泣いてくれちゃうんだって、ヒロちゃんがとっくの昔に、証明してたんですから!
そんな気持ちを込めて、すこし年下の遠慮で困り気味にも控えめに、まなざし雄弁。
…ああ、ほし予報は、ラジオよりも精確だ。それでも星空、雲でさっと隠せば真相は織り姫と彦星しか知りはしまい。ミサオは、とっさに、そして至極自然発生的に、きゅっと、ちいさく自分より高い上背を肩で受け止めるよう抱きしめた。雲のさき、ほしを隠しても、その輝きは何にも代えがたいのだから。だから真相、うやむやにする格好つけくらいさせてほしい。
そうっと、ゆるされる気がして自分よりも少しおおきい背中に手を添える。ぽん、とするとき、手持ちのコーヒーに蓋がついていてよかった、と思った。時間が、星空くらいに静かだ。
時間のさかいが、どこかに融解する。ミサオは、問わず語りの補足を述べゆく。
「
…ホントはね、僕、この前あなたと逢うことができて、今日の約束もできたあとに、ちょっと迷ったんですよ。せっかくホントに会えちゃったりなんかしたんだから、あなたが初恋だって話はいっそのこと、あなたにクリスマスプレゼントを贈ったりなんかしちゃえるような時が来るまで待って、その時に、明かそうかな、って。でも、たぶん今言わなきゃ、そんな時来っこないよなぁって思って。仮にプレゼントを渡す日の約束こそ出来たって、なんか、言えない気がするんですよね。
……ねえ、諸伏、高明さん。ぼく、ほんとに、あなたのこと、だいすきなんです
……だから、あなたにクリスマスプレゼントを渡すときは、こう言うつもりですヨ。“実は僕、あなたの自宅のぶんのサンタクロースお手伝い係を、サンタさんから、任されてくれちゃってるんです!”
…って」
肩でふわりと、ゆれる柳がすずしげなのにやけに、あまいシナモンだ。くすりとほほえむ仔猫のように、肩にゆれる吐息のリズムを、間近のミサオの胸ともどことも境なく心身に、沁み込んでゆかせるそれは、きっと触れたところからこのひと当人にさえあまく沁みこんでいかせているのだろう。ああ、境なんてやはり、ありはしないんだ。そのことがうれしくて、泣けてきて仕方ない。焼き色をつけるよりもやわらかなオーブンの火で、だのに魂に灼き付けるよりもずうっと奥深く、ああ、焦がれるよりきれいに焼いてみせるんだ!
こねこのピアノは、やさしく時を奏でる。
「
……ふふ
…きっと、そうしたらあなたは、私のひとみに解し、こう言ったことでしょうね」
ああ、ハーモニーは、パイ生地のように、重ねておいしくたべるためにあるのだろう!
「“
…気付いてくれちゃいました? 実は僕、昔、ヒロちゃんから、あなたとのこのエピソードを聴いて、あなたに、初恋、してたんです”
…と」
ふたりぶんの未来予測は、仮定話なのにどうしてかそれを確かな過程と思わせる。
くすり、けたりと、おさなごのように笑い合えばああ、時間にも空間にも境なんてなくて。だから、クリスマスプレゼントを先取りしてもきっと構いやしないのだ。サプライズにしそこねた
贈り物は、ああ、真実として、現実と確かにつながっているのだから。
愛というものには、あらゆる境などありはしないのだ。県境を越え出逢えたこの時間に、キューピッドに、感謝を噛み締める。アルファベットの大文字のIは県境にすこし似ているけれど、その彼我があるから、だからこそ愛はあらゆる境を超えられるのだ。ああ、運命はとうに、決していたのだから。
「
……ねえ、高明さん
……ぼくの初恋に、お返事を、頂けますか?」
わかっている気もしてことばがほしくて、そしてそれが、報われて涙することを今はまだ、知らぬ。
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