タロイモ
2026-05-04 16:39:02
2867文字
Public パーバソ
 

ワールズエンド・ダンスホール

ワンドロ格納用。ちょっぴり微修正。
dbi後にくっついたけど、まだ『関係』は無かった二人が特異点?に囚われる話。短いです。船長視点。
叡智じゃないけど事後っぽい描写あります。
あと船長が酷いおとこです。モブもちょっぴり。何でも許せる人向け。

 何もかも覚えている。
 閉鎖的な村を飛び出して、海に出た事も。
 船乗りになり、航海士を務め、海賊として散った事も。
 何の因果か座に記され、カルデアのマスターの呼びかけに応えて、人理の防人として現界を果たした事も。
 漂白されてしまった世界を取り戻す為に、戦った日々も。
 優秀かつ悪魔的な電脳魔のお陰で過ごした、中東の異国でのかけがえのない夏も。
 ……そこで得た、様々な絆も。
 全て、全て、覚えている。
 覚えているはずなんて、無いのに。
 
 *

 バーソロミュー・ロバーツは、まだ閉じていたくなる瞼をゆっくりと開いた。
 
 あぁ、今回は「何繰り返し目」だったか。
 記憶を掘り起こし、回らない頭を強制的に再起動させる。
 そうだ、今は百二十五回目の『聖杯戦争』。
 そしてこれは、合計、千と飛んで三十八回目の覚醒。
 何もかもがおかしい『特異点』での、サーヴァントとして有り得る筈の無い『起床』だ。
 
 何故こんな事が分かるのか?
 そんなのは簡単だ。
『神霊や半神、復讐者でもない私が、何もかもを覚えている』からだ。
 ──そんなもの、理由として特異点が真っ先に思い浮かぶだろう?
 
 順を追って記憶を整理する。
 気付いた時にはこの『特異点』らしき場所にいた。
 カルデアからレイシフトした覚えも無ければ、シミュレーションルームに入った記憶も無い。呪術や敵の罠、誰かの『悪戯』の可能性も否定は出来ないが、大切なのは『方法(ハウダニット)』よりも『動機(ホワイダニット)』だろう。かの大軍師もそう言っていた。
 だから、いつ、どのタイミングかは分からないけれど、新たな『特異点』に引き摺り込まれてしまったのだろうと見当をつけた。
 それ自体はままあることなので、まだ理解は出来る。しかし、問題はその後だった。
 
 この特異点の異常性。
 一つ。隔絶されたとある都市の中で、幾度となく『聖杯戦争』が繰り返されているということ。
 一つ。召喚されたサーヴァントは、サーヴァントであるのに疲労が蓄積するし、睡眠が必要であること。
 一つ。聖杯戦争の『マスター』は、毎回違う人間であること。
 一つ。喚び出されるサーヴァントは、たった『二騎』であること。
 一つ。どちらか、或いは両方が霊核を砕かれたタイミングで『リセット』がかかって、再び聖杯戦争が開始されること。
 一つ。リセットの度、時間が巻き戻っていること。
 一つ。召喚されるサーヴァントは固定であり、一方は私。もう一方は──
 
 ごそり。
 同じベッドの中で、寝具に包まっている巨躯が身動ぎした。
 ほんの僅かな時間を開けて、すぅ、すぅ、とまた寝息が聞こえ始める。バーソロミューは目を細めて、傍らで静かに眠る男をじいっと見つめた。
 柔らかな銀糸の髪が、瞼の上にかかっている。その下に垣間見える筈の甘美なる薄青の宝石は、まだ銀縁の帳に囚われたままだ。
 それはそれで美しく、至福の眺めなのだけれども。
 
 綺麗な男だ、と思う。
 その見目も、在り方も、精神性も。
 美しく気高く──だからこそ、傷付きやすい。
 
 パーシヴァル・ド・ゲール。
 円卓第二席の騎士にして、聖槍の担い手。清き愚者とも称された高潔な精神の持ち主で、『あの夏』を共に過ごした内の一人。カルデアの仲間。決して倒れることを良しとしない、守護の騎士。
 しかし、折れる事なき屈強な精神も、繰り返せば磨耗はする。傷付き、磨り減り、薄く、脆く。
 彼の瞳が納まる眼窩は、薄く痣になって窪んでいた。
 眠れていないと言っていた。この特異点では、サーヴァントであっても睡眠や休息が必要であるのは分かっているのに。
 眠るたびに、悪夢で飛び起きてしまうのだと。
 貴方を手にかける瞬間を、思い出してしまうのだと。
 試行回数は関係ないのだろう、仲間を──『愛する人』を敵に回し、何度もその手にかける。
 それが彼の精神を鑢で削り続けている事は、明らかだった。
 
 昨日だって、無理矢理眠りに落ちるように、わざと自分を『抱かせた』。こちらと向こうのマスターに頼みこんで、サーヴァントへの命令ということにして。怪我なく疲労がピークに達しさえすれば、身体は自然と休眠に入るものだと踏んで。
 然してその予想は的中し、彼はまるで子供のように泣きじゃくりながら微睡みに落ちていった。
 
 此度のマスターが二人とも女性で、様々な理解があり(なんとカルデアの事さえ理解してくれた)、聖杯にも興味のない好事家で、変わり者で、本当に良かったと思う。
 普通、自分たちのサーヴァントを交合らせるとか、マトモな神経の魔術師やマスターならばしないだろうから。
 ともかく、これでこの特異点で今までやっていなかった試行の内の一つは、実績解除だ。
 ……何なら、カルデアのサーヴァントとしても、バーソロミュー・ロバーツという個としても『初めて』だったけれど。
 
「あーあ。こんな事なら、カルデアで君を恋人にしなければ良かったのだろうね、」
 
 小声でぽつりと零して、バーソロミューはパーシヴァルの落ち窪んだ眼窩の下、涙の痕が残る、少し痩けた頬をそっと撫ぜた。
 がさついた男の指先だ、心地良さなんて感じないだろうに。それでもたったそれだけで、騎士の苦しそうな寝顔は、ほんの僅かに和らいだ。
 あぁ、何て可愛くて、可哀想で、愛おしい男だろう。
 願わくば、彼が、彼の心が壊れてしまわない内に、この特異点を解消してしまわなければ。
 私を抱いている時だって、顔を背けて目を合わせないようにしていた、この高潔な男を。
 うわごとのように「好きだ」「やめて」「愛している」「嫌だ」「離れないで」と繰り返していた、この男を。
 
 理解は得た。
 条件は揃った。
 それでも、解決の糸口は見えない。
 ならば、私に出来ることは少ないけれど。
 ワルツのように、ダンスのように繰り返す。歪んだこの祭壇の上で。出来ることを全てやってみる。そこに意味は伴わなくても。
『耐える』『試す』『楽しむ』『奪う』。
 知っているかい? パーシヴァル。
 そういう行き当たりばったり、実は海賊の専売特許なんだよ。
 どうせなら、利用してやるとも。
 清廉潔白な騎士のエンドロールに、一つでも多く最後の大海賊の名が残るように。
 傷口になって、霊基にさえ焼き付けるように。
 どす黒く捻じ曲がった欲望を飼い慣らし、ステップに当てはめて、舞い踊ってみせてやろう。刻み付けてやろう。幾度となく。終わりのその瞬間まで。
 
 ……この特異点の首謀者を、言葉に出来ないような目に遭わせてやるのは、その後でいい。
 
……さぁ、たまには海賊らしく行こうじゃないか。」
 
 ふつりふつりと湧き上がる怒りを、碇のように水底に沈めて。海色の瞳の中に、滾る炎を閉じ込めて。
 バーソロミューは、静けさに沈むアパルトマンの一室で、そう独りごちた。