lilie_y0527
2026-05-04 09:19:17
6180文字
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赤いフードの少年


​その商店街は、あらゆる惑星の種族と、色とりどりの屋台から立ち上るスパイスの香りで溢れかえっていた。
ディンは、隣を歩くグローグーが人混みに流されないよう、その小さな肩を時折気にかけながら歩を進めていた。

​「わっ!?ご、ごめんなさい!ちょっと追われてて……すみません!」

​ドスン、と軽い衝撃。
赤いフードを深く被った少年が、ディンにぶつかり、弾けるように顔を上げた。
茶色の瞳、少し跳ねた癖っ毛。その少年は、謝罪もそこそこに、怯えたように背後を振り返る。

​「おい、待て!」

​ディンが声をかけるより早く、路地の奥から人相の悪い数人の男たちが、棍棒を手に怒鳴りながら現れた。

「逃げんじゃねえ、ガキ!その袋を返しやがれ!」

​少年はディンのマントの陰に隠れるようにして、震える声で言った。

「助けてよ。僕、何もしてないんだ。ただ、あいつらが……

​ディンは少年の顔を覗き込み、息を呑んだ。

かつて、故郷を失い、救われる前の自分。マンダロリアンになる前の、ただの怯えた子どもだった頃の自分に、その少年はあまりにも似すぎていた。しかも、その赤いフードは、記憶の隅にある、かつての自分が着ていた服と同じ色をしていた。

​「下がっていろ。この子と一緒に」

​ディンは少年とグローグーを下がらせ、ブラスターのホルダーに手をかけた。

​「……っ、がんばれー」

​少年が、いかにも子どもらしい声でエールを送る。
その声が震えて、瞳が潤んでいることに隣に立つグローグーは気付いていた。

「あ、今のうちに」

​ディンが迫りくる悪党を鮮やかにいなしている隙に、少年はひっそりと指先でフォースを編みはじめる。
近くの街で古い書物を探していたジェダイ・マスターの耳に「助けを求めている、切実な声」を届けるために。




​路地裏に緑色の光刃を抜きながら黒い装束の青年が駆け込んでくる。だが、そこにいたのは、すでに倒れ伏した悪党たちと、ブラスターを収めるディン、そして彼の肩で元気に声を上げるグローグーだった。

​「ルーク?なぜここに」
「それはこっちのセリフだよ。誰か、とても強いフォースを感じて、助けを求めていた」

​ルークは周囲を見渡すが、そこには奇妙な静寂しかなかった。

「まさかディン、その人たち、撃っちゃったの?」
「まさか。伸しただけだ」

ディンは手をひらひらと振りながら答えつつ、その目は辺りを警戒していた。偶然ルークと再会するなんてことがあるだろうか。誰かの企みかもしれない……と考えていた。

「助けといえば。ちょうど、コイツを助けたところだ」

​ディンが指し示した先から、赤いフードの少年がひょっこりと姿を現した。彼はルークを一瞥し小さく会釈した。それからディンの前へ歩み寄って、深々と頭を下げた。

​「ありがとうございました。助けてもらえなかったら、僕、今頃どうなってたか……
​「ああ。だが、あいつらに追われていたのは、お前の悪戯が過ぎたからなんだろう?」
「え、そんなことないよ?ちょっと高すぎる果物を半額で売ってもらっただけで……適正価格を教えてあげたんだ」

ディンは少年の少し生意気そうな瞳を見て、かつての自分と勝手に重ねたことを心の中で詫びながら、ふっと口角を緩めた。そして、グローブに包まれた大きな手を、少年の癖っ毛に置いた。

「悪巧みも、ほどほどにな」

​わしゃわしゃと、無骨に、けれどこれ以上なく優しく頭を撫でる。
その瞬間、少年の目が驚いたように開き、そしてすぐに伏せられた。​生意気な口を利いていた少年が、一瞬だけ鼻をすすり、泣き出しそうな顔で笑う。
ルークはその様子を横で見ながら、微かな違和感に眉をひそめていた。

​「不思議だね。その子、フォースは感じないのに……なんだか、とても懐かしい。それに、ディン。その子、君に少し似ていないかい?」
​「そうか?他人の空似だろう」

2人の会話を聞いていた少年が目を擦りながらパッと顔をあげる。キラキラと輝くような笑顔で、嬉しそうに言った。

「ヘルメットを脱いだところを見たことがあるんだね!2人は仲良しなんだ!」

それを聞いたディンは照れ隠しのように顔を背け、ルークはニコニコと笑っていた。ディンの肩ではグローグーが「僕も見たことある!」と言いたげにぽわ!と手をまっすぐ挙げていた。



***



青い海と白い砂浜が広がる、穏やかな場所に4人はいた。

「さあ、こっちだよ! 面白い生き物がたくさんいるんだ!」

赤いフードの少年は、グローグーの手を引き、波打ち際へと駆けていく。助けてもらったお礼だ、綺麗で穏やかな場所に案内する、と譲らなかった。

子どもたちはディンとルークから少し離れた岩場で、打ち上げられた昆布を引っ張り合ったり、砂から出てきたカニをグローグーがフォースで整列させたりして遊んでいた。

​「あの子、グローグーの面倒見がいいな。好みを把握しているようだ」

ディンは少し離れた場所から、2人の背中を見つめて呟いた。アーマーの足元を寄せる波が、静かに引いていく。

​「ああ。……不思議な子だね」

隣に立つルークも、同じように少年を見つめていた。

「さっきも言ったけど、見た目は、君に似ている気がする……けど、時折見せる悪戯っぽい眼差しは、僕の知っている『あの子』にそっくりだ」

​ルークはふっと目を細め、ディンを振り返った。

「最近、なかなか会えなかったからかな。こうして君と静かに話していると、フォースがとても穏やかなのを感じるよ」
​「ジェダイってのは、そんなに忙しいのか。あまり無理をしすぎるなよ」

ディンは少しだけルークの方へ体を近付けた。

「あんたはいつも、誰かのために戦っている。たまには、こうして海を見に来る時間くらい、作ってもいいんじゃないか」
​「そうだね。もっと、君たちに会いに行ってもいいかな? 任務の合間に、ではなく……ただ、君たちに会うためだけに」

​ルークの真っ直ぐな言葉に、ディンは返光する海面を見つめて沈黙した。

……ああ。いつでも来い。あの子も……俺も、待っている」


​その頃、岩場では……
​「よしよし、いい感じだぞ。素直がいちばん!」

グローグーは、昆布で縄跳びをしながら、大きなひとりごとを言っている少年の顔を不思議そうに覗き込んだ。

​「……ぱ、とぅ?」
​「ああ、ごめんごめん。いいかい、君がもっとわがままを言って、2人を頻繁に会わせるんだ。分かった?」

​グローグーはよく分からないまま笑って、カニを追いかけていった。



***




日が傾き、砂浜オレンジに染まりかけた頃。ディンがグローグーを連れて、綺麗な貝殻を拾いに席を外した、ほんのわずかな隙。
凪いでいた波打ち際の空気が、すっと鋭くなった。

​「さて。あの2人がいない間に、少し話をしようか」

​ルークが、赤いフードの少年の隣に腰を下ろした。その瞳は穏やかだが、すべてを見透かすようなジェダイ・マスターの光を宿している。

​「君は何者なのかな? フォースの気配を完璧に消しているが……君から伝わってくる温かさは、僕がよく知っている人のものによく似ている」

​少年は、昆布をいじっていた手を止め、ゆっくりと顔を上げた。

​「流石だね、マスター。でも、僕が誰かは言えない」

​先程までの幼さを感じる声とは違い、深みのある声で喋り出した少年に、ルークは微かに目を見開いた。

​「ただ、これだけは伝えたいんだ。かつてのジェダイたちが恐れた『執着』と、あなたが今感じている『愛』は、決して同じものじゃない」

​ルークの体が、びくりと強張った。それは今の彼が、自分の中で育ちつつあるディンへの感情に対して、一番抱いていた恐怖だったからだ。

​「ジェダイは誰かを愛してはいけない。特別な人を作ることは、執着は、暗黒面への道だと……
​「それは古い掟だ。ルーク。……あなたの役目は、ジェダイの過去を守ることじゃない。ジェダイの新しい道を探すことだ」

​少年は立ち上がり、ルークの目を真っ直ぐに見つめた。その瞳には、彼が見てきた、多くの悲しみと、それを乗り越えた先の希望が宿っている。

​「誰かを愛することを怖がらないで。おと……誰かを愛することが、あなたを弱くするんじゃない。彼を愛しているからこそ、あなたは銀河で1番、強くて、優しいジェダイになれるんだ」
​「…………
​「あなたはちゃんと愛されてる。なのに愛しちゃいけないなんて、寂しすぎるよ。……僕だってあなたを愛してる。愛と執着を混同したジェダイたちがどうなったか、僕は知ってる」

ルークが何かを問い返そうとした瞬間、少年は慌ててフードを深く被った。

「あ、もうダメかも。……じゃあね、マスター。あなたの未来が、光に満ちたものであるように、ずっと祈っているよ」

​そう行った瞬間、少年はすっと消えた。
まるで最初からそこに、陽炎しかいなかったかのように。

​「ルーク? どうした、そんな顔をして」

​貝殻を抱えたディンとグローグーが戻ってきたとき、ルークは自分の胸に手を当て、そこにある確かな熱を噛み締めていた。

​「いや。……大切なことを、教わった気がするよ」

​ルークは、ディンの目を逸らさずに見つめた。
赤いフードの少年が残した言葉が、ルークの中で萌芽として、静かに、けれど力強く根付いた瞬間だった。

​「あの子はどうした?」

ルークはまだ、少年の残した言葉の余韻の中にいて、少し呆然としたまま水平線を見つめている。

​「帰っちゃったみたいだ。一瞬の隙に、風みたいに消えてしまったよ」
​「そうか……

ディンは少しだけ肩を落とし、腕の中のグローグーを抱き直した。そして、少年がいたあたりを見つめながら、大きな手でグローグーの頭をゆっくりと撫でる。

​「もっと、構ってやればよかったな。こんなに早く帰ってしまうとは……

​ルークは驚いてディンを振り返った。

「ディン。もしかして、気づいていたのか?」

​ディンはただ遠い海の向こう、少年が消えていった空の端を見つめていた。

「父親だからな。あの子が俺に向ける目も、俺の手を受け入れる時の呼吸も……
​「…………
​「わざわざこんなところまで会いに来たんだ。何か伝えたいことがあったんだろうが……一体、何だったんだろうな」

​ディンは腕の中のグローグーに問いかける。

「ぽわ? ぱとぅ?」

グローグーは、なんのことやらと首を傾げるばかり。その無邪気な瞳に、ディンはふっとヘルメットの中で微笑んだ。
​そして、手をルークの頭へと伸ばした。

​「わっ!?な、何だい、ディン!?」

​重厚なグローブが、ルークの金色の髪をわしゃわしゃと、少年の頭を撫でた時と同じように乱暴に、けれど温かく包み込む。突然のことに、ジェダイ・マスターともあろう男が、顔を真っ赤にして狼狽えた。

​「あんたも、さっきから寂しそうな顔をしていたからな。……少しは落ち着いたか?」
​「そ、そんな顔、してないよ……っ。僕は、ただ……
​「はは、……そうか」

​ディンの低い笑い声が、潮騒に混じって響く。
ルークは髪を直すのも忘れて、照れ隠しに唇を噛んだが、ディンの手のひらから伝わってきた安心感が、少年の言った『愛することを怖がらないで』という言葉を、確かな実感へと変えていた。



***


​「おかえり。首尾はどうだった、グローグー」

​再興された美しい都に、銀色のアーマーを纏った1人のマンダロリアンが降り立った。
出迎えたのは、仲間たち。彼らは、永い時を生きる種族であるグローグーを異端とは呼ばない。彼こそが、マンダロリアンの不屈の精神と、ジェダイの慈悲を継ぐ、一族の誇りだった。

​グローグーは幼い頃から肌身離さず身に着けている、少し古びたミソソーのネックレスにそっと触れた。

​「頭を、撫でられた」

​少しだけ声を震わせ、噛みしめるように呟いたグローグーに、仲間たちは顔を見合わせ、温かな笑みを浮かべた。

「それは、何よりの収穫だったな」
「うん。最高のご褒美だ」

​仲間たちの逞しい腕が、小さな彼の肩を抱き寄せる。
その輪の中で、グローグーは目を閉じた。
するすると身体が縮んでいく。茶色の瞳や癖っ毛がなくなり、大きな耳と緑の肌が現れる。うるんだ瞳の雰囲気はそのままだった。

「お父さんの小さい頃の見た目を真似したの、さすがにバレてたかな」

昔夢で見た父の記憶。今回の任務は変装をしなければならなかったから、どうせならと見た目を寄せたのだった。もしかしたら、血の繋がった親子に見えてたかもしれない。自分達は本当の親子だと心から思っている。

けれど、ふとした瞬間に、もし自分も彼と同じ血を分かち、同じ色をした瞳で彼を見つめ返すことができたなら――そんな「もしも」に、どうしても憧れを抱いてしまっていた。
​だから、師に「ディンに似ている」と言われ、その父が大きな手で頭を撫でてくれた瞬間、グローグーの心は千々に乱れたのだ。任務ことを忘れ、遊びに誘ってしまうほどに、その時間は甘く、温かかった。

​「きっとバレてたよ、グローグー。あのお方は、君のことなら何だってお見通しだ」

​仲間の一人が、優しく彼の背中を叩く。

​「でも、見た目が似ていたから撫でたんじゃない。君がグローグーだから、撫でてくれたんだよ」
​「そうだね」

姿は違っても、この手に残る温もりは本物だ。自分はマンダロリアンのディン・ジャリンの息子であり、ジェダイのルーク・スカイウォーカーの弟子。
​2人の愛を一身に受けて、彼はまた明日から、長い長い銀河の時間を歩んでいく。



お父さん。僕はこれからも、大切な仲間たちを何度も見送り続けることになるだろう。でも、もう寂しくはないよ。
あなたの手のひらから受け取った温かさが、僕をずっと支えてくれるから。

​そして、マスター・ルーク。僕は今、仲間を愛し、あなたやお父さんを愛している。でも、僕は決して暗黒面には堕ちない。あなたが『新しい道』を切り開いてくれたから。愛はジェダイを弱くする毒じゃない。世界を繋ぐ、一番優しいフォースなんだって、今の僕は知っているから……



​グローグーの家――そこには、今はもう動かなくなったが、かつて父と共に銀河を旅したR5-D4が、誇らしげに飾られている。
壁には、若き日のディンとルーク、そして自分が並んで笑っているような、色褪せたホログラム。
​グローグーは腰に吊るしたライトセーバーを指先でなぞり、夜空を見上げた。
​かつて高額の賞金をかけられた子どもは、もうそこにはいない。
彼は、父から学んだ誇りと、師から授かった知恵を胸に、静かに銀河を見守り続ける、小さな伝説だ。

彼が見つめる星々の先では、きっと今も、ディンとルークが、同じ空の下で肩を並べて笑っているはずだった。






ーおわりー