荒野ハチ
2026-05-04 07:24:28
4896文字
Public 小話
 

マルチバースの恋情

変わる現実。変わらない想い。

消灯時間はとうに過ぎた時刻。
都心といえど人工光はほとんど消え失せ、街は薄暗く夜闇に沈む。
寮室内は窓の外から差し込む三日月の放つ淡い光と、魔人の放つ柔らかい赤い光だけが混ざり、お互いの顔がかろうじて確認できる薄明かりの中、
ベッドの上には大きさの異なる二つの影が重なっていた。

……んっ!」
「少年!」

微電流が流れるような甘い刺激に抗いきれず、身体が小さく跳ねる。

「っ……大丈夫

性交渉に似て非なるもの
肌を合わせて感情を昂らせ、新鮮で且つ純度の高いマガツヒを生成させる。
悪魔の活動源力ともなるマガツヒ、その直接的な供給。
日本支部でも定期的に霊的なエネルギーの供給は行われるそうだが、
新鮮な人間のマガツヒそれもナホビノたるパートナーのものであればその効果は大きい。
人間に食べ物の好き嫌いがあるように、悪魔にも積極的に自身の活力にしやすいマガツヒとそうでないものとあるのだろう。
週に一度の魔人へのご褒美。
二人で決めた約束の時間___

「だがもうこれ以上は」
嫌だ」
「嫌とは
「まだ、大丈夫だから……
「顔色があまり良くない」

僕にとっては自分の生命力を分け与えるようなもの。
当然全くのノーリスクとはいかない。その影響は疲労に似た症状で現れてくる。

「気のせい暗いから、そう見えるだけだよ」
「しかし

力が抜けていくような、だんだんと身体が重くなっていくような、
まさに“力を吸われている”という感覚。
しかしこの感覚はどこか甘美で欲情を唆られ、緩い気怠さが気持ち良くも感じていた。

ねぇ、アオガミ」
「ん?」
「美味しい?僕のマガツヒ」
「ああ私には勿体ない」

僕を抱く彼の腕にゆっくり力が入る。
この世で最高のマガツヒを食った彼の身体からは、肌でぴりぴりと感じるほど霊力が溢れ、
彼の身体を走る流脈線もその光度を一層強め、煌々と紅く輝く。

「勿体ないも何も、僕はアオガミだけの知恵だよ?バアルやゼウスは勝手なこと言ってたけどさ」
……
「僕だって、アオガミにしかあげたくない」

奴らは僕のことを自分の知恵に変容可能な魂だと言い、奪おうとしてきていたけれど、
誰が何を言おうと僕はアオガミの知恵である事実に変わりはないし、僕だってアオガミ以外の知恵になるつもりもない。

「君を守る」
?」
「そう言ってくれて嬉しかった。
言葉の通り僕は今もこうして無事だし、ナホビノの力はアオガミがいてこそだから」
「少年
「ずっと守ってもらってばかりだもの。僕だってアオガミのためにできることはしてあげたいよ」

週に一度自分のマガツヒを食わせる。
この案をアオガミに提示した時、彼は僕が被る負担を嫌い渋面を見せたが、
これは自分の望みなんだと志願し承諾させたのだ。
かなり強引に。

「君を守ることは私の使命、君への誓いだ」
「うん
「だが、ナホビノの力については私と出会ったことによって君を巻き込んでしまった結果とも言える」
「またその話?」
「繰り返すようだが、事実なのだから」

自分と出会ったことで“君を巻き込んだ”と、ずっと負い目を感じている様子の彼。
その心持ちは出会った当時からあまり変わっていないようで、会話の中で今も彼の口から時折出てくる
その度にこちらから否定を入れるが、それでも僕を悪魔との戦いに関わらせるきっかけとなったその事実は
ずっと自分の責任だと彼の中で燻り続けているようだ

「じゃあ、僕を守ると誓ってくれたのは、その申し訳なさからなの?」

いいや違う。確かに事実ではあるが真意ではないだろう。
今回は僕から否定を入れるのではなく、彼自身に否定させるよう投げかけてみる。
そうではないと分かっているからこそ、わざと。
自ら否定させることでこの先、アオガミのその心持ちが少しでも変わってくれればそう思って。

……

だが彼は、そんな僕の目論見を裏切り黙り込んでしまった。
アオガミだってそうではないと心根では分かっているはずだと。自信満々で投げかけた質問なのに、やや焦りを覚える。

「違う」
……。否定してくれなきゃ怒ってた」

否定してくれなきゃどうしようかと思った
想定外のタイムラグこそあったが、想定通りの返答が聞けてこっそり安堵する。
アオガミの誓いが、本当は彼の真心からではなく
実は贖罪の念からそうさせていたのだとしたら自惚れに近いとんでも勘違いだ。
いやそれ以上に、自分のことで本当にアオガミの心に負担をかけていたのだとしたら、それは何よりも悲しく苦しくそして寂しい。

「僕と出会えて幸せだって言ってくれたのは嘘だったの?って」
「嘘ではない」

うん。分かってた。
分かっていたけど、少しだけ不安だったのかもしれない。
アオガミに否定させて、ついでのように安心を得ようとしていたんだ。
なんて自分はズルいんだろうと嫌悪する。
純粋な生命にはない、知恵だからこそ持つ狡猾さ……

「少年」
「ん?」

僕を組み敷いたまま、改めてじっとこちらを見つめる生命たる神造魔人。
僕だけを真っ直ぐに捉えるその視線に、まるで僕の企みや思惑すらも見透かされるようでだんだん後ろめたい気持ちになるが、
一時も隙がなく目を逸らすことは叶わない。
直接身体の自由を奪うのではなく、目で僕の身を完全に拘束した彼は
大きな手のひらで僕の頬を覆い優しく撫でてきた。

「んアオガミ」
「私の知恵を、宿す君
うん」
「私の……
「大丈夫。僕は、アオガミのものだよ」
!」

頬に触れる大きな手にそっと自分の手を重ね、言い淀む彼の想いを汲んで、その僅かに滲ませた独占欲を後押しした。
僕を見つめる金色は一度大きく見開いたが、すぐにふわりと柔らかく細まった。

そうか」
「うん。そうだよ」

彼は僕の頬に口を寄せて唇でそっと撫でたあと、そのままこちらの唇を優しく食む。
徐々に絡まっていく2つの吐息。
生まれるマガツヒはより濃厚で甘く、深く赤い輝きを増していく。

「少年……
……… んっアオガミっ」
…… 少年 少年……

彼は何度も僕を呼び、何度も口づけてくる。
息継ぎの暇を与えることなく何度も、何度も___
この人間は自分のものだと夢中になっている。そんな様子で

「んハァ……… あ、んぅ……んん……
「少年……

たっぷりと唇を味わったのち、彼は僕の身体を一層強く抱きしめて首筋に顔を埋め、突如として動きが止まる。

……? アオガミ?」

僕は彼の身体に回した腕の力を少し緩め、名前を呼びながらどうしたのかと尋ねるように、大きな背中を軽くぽんぽんと叩いた。


幸せだ____


「!」
「君に出逢えて、幸せだ少年」

何が、彼に否定させるだ。エラそうに。
何が、不安なんだ。ここまで大事にされておきながら。
先程の自分が抱いていたさもしい思惑が、恥ずかしくてたまらなくなった。

……ごめん。さっきあんなこと言ったけど
その言葉に嘘はないんだってこと、本当はわかってた
……
「わかってるのに、わざとアオガミの気持ちを確認するようなことを

アオガミは変わらず、真っ直ぐに一途に僕を想ってくれているのに、
僕ときたらこうして定期的に確信を得られないと不安になる。
そうしていつまでも考え方を変えられていないのは自分も同じだった

「君と旅をしている中で」
「え?」
「魔界で吹き曝しになっている同胞の亡骸を見る度、私も彼らと同じような末路を辿っていたのかもしれないと
そう思うと恐ろしかった」

ダアトで見かけるアオガミの同胞の亡骸……
その全てが損傷が激しく修復は困難な状態で、当時の戦いの苛烈さを容易に想像させるものだった。
魔界探索の中で何度も目撃することになるがその度に、僕も胸の奥が痛くなる

「もしかしたら、私も君と出会うことが叶わなかったかもしれない。
彼らと同じように魔界で息絶えることよりも、その可能性を考える方が今は恐ろしいのだ」
「アオガミ
「私はもう返しきることのできないほどの幸せを君から貰っている。
なのにこれ以上、君から貰ってしまっては罰が当たってしまうだろう」

神様が罰だなんて妙なことを言う。
仮にそういうなら、他人の知恵を自分のものになって然るべきだと、さも当然のように奪おうとしてきたゼウスやバアルの方がよっぽど罰当たりだ。
自分のものなのにそうだと主張することは一切なく、どこまでも僕のことが一番で、自分のことは二の次で僕には何一つ強要してこない。
ここまで謙虚な彼に罰を与えようとする神がもしいるのなら、そんな筋違いな無能な神にこの世界を任せちゃおけない。

だがアオガミは、その考え方も今後改めることはないと思う。
そうしてこの神様がどんな神魔よりも貴び最も尊重している相手。それが僕であるのならば、
彼が最も恐れている罰というのもまた、きっと僕所以のことなのだろう。

ねえ。アオガミ?」
……
「もし仮に、どんなに偉い神様が欲張りだってアオガミのことを許さなかったとしても___」


僕がアオガミを許すから


!」
「大丈夫。罰なんて当たらないから。ね?」
「少年
「だからもう、遠慮しないでよ。僕だってアオガミの素直な希望に応えたい」

神造魔人の太い首に腕を回し、自分の胸に抱き寄せる。
その息遣いを胸で感じながら短くややクセのある青髪の頭を撫でる。
僕のことだけじゃない。この人だってもう僕のものだ。
誰にも渡さない。

「後悔しないか」
「するわけない」
「後悔していないか?」
「アオガミと出会えて幸せなのは、僕も一緒だよ」

僕の身体を優しく包むように覆い被さる自分の倍はある体格の神造魔人。
その大きな身体を腕に精一杯の力を込めて抱きしめる

この人もこの幸せも この先
永遠に離したくないんだと、永遠に離さないでと
そう伝えるように______




________

0時はとうに過ぎた時刻。
都心といえど行政機関が集中するエリアのこの時間は、生活音も人工光もほとんど消え失せ、街は暗い夜闇に沈む。

「んっ……
「少年、大丈夫か」

僅かな月光が差し込む議員宿舎の寝室内。
ベッドの上には大きさの異なる二つの影が重なっている。

「大丈夫
「顔色が良くない。無理はするな」

悪魔の活動源ともなるマガツヒ。その直接的な供給。

「造られた身である筈のあなたに疲れが見えている。そう言われていたでしょう?」
……
「あなたにもしものことがあったら、僕だって困る」
そうか」
「今は、あなたが僕のパートナーだから」


____越水ハヤオ長官


……
「身を挺して護ってくれたアオガミの想いに応えたい。まだ僕が戦えているのは、あなたがいてこそだから」
「弟の為か」
「あなただって、ユヅルへの贖罪の気持ちが無いわけではないでしょう」
ああ。そうだな」

誰が何を言おうと僕はアオガミの知恵である事実に変わりはないし、僕だって
あんなことがなければアオガミ以外の知恵になるつもりなんてなかったのだから。

「だが」
「?」
「そこまでして我が弟が守った君だ。そして私もまた、同じ悲劇を繰り返しはしない」
……
「今度こそ、守り抜いてみせる」
「っ

生まれるマガツヒはどこか寂しく蛍の光のように儚げだが、より複雑な深みを増していく。

……もし、あんなことが起こっていなかったのなら
アオガミは僕の“この提案”をどんな表情で聞いたんだろう。
どんな気持ちで、どんな会話をしながら、二人の約束の時間を過ごしていたんだろう。
僕は、どれほど幸せだったのだろう……

別の神造魔人の腕の中で、今はもう居ない彼を
ひとり想う