むかいえ
2026-05-03 19:40:02
7118文字
Public シャアム
 

キャンディ⭐︎パニック

スパロボ的な適当時空のシャアム。ひっそり付き合っている二人。
シャアの喫煙をやめさせるため、アムロは代わりに飴を舐めるように促すが……という話。

宇宙戦艦ラー・カイラムの空気は、常に一定の湿度と温度に保たれている。しかし、どれほど高性能な空調システムであっても、そこに集う人間たちのストレスまでを浄化することはできない。
特に、今のラー・カイラムに集うのは多国籍・多種族の混成軍だ。血気盛んなパイロット達、それを支える艦長や船員、整備士。さらにはかつての不倶戴天の敵までが一堂に会している。人の数だけ価値観や思想も異なり、当然、それぞれの考えがぶつかり合うこともある。
現在、実質的に混成軍の頭目のような立ち位置にあり、調整役を担わされているのは『赤い彗星』こと、シャア・アズナブルだ。彼を支える大人たちの助力はあるものの、団体のトップである故に、若年のパイロットたちの熱意や勢いをぶつけられやすい彼の疲労は、察するに余りあった。

艦の展望デッキの一角には喫煙用スペースがある。シャアは一人、手すりに寄りかかっていた。その指先には、彼に似合わぬ無機質な鉄の棒――ではなく、一本の煙草が握られていた。
宇宙に明確な昼夜は存在しないものの、若者の健全な生活を望む軍の大人たちが、寝る時間だと指定している時刻帯。すでに人影もまばらだ。戦いに巻き込んでいる以上、健全も何もあったものではないのだが、せめてと願う大人たちの自己満足で、交代制で戦いに備えて待機する者以外は、すでに皆眠りに落ちている。
数刻前までは、喫煙者が集って愚痴やら惚気やらを吐き出していたスペースは、今ではシャアしかいない。
……ふう」
吐き出された紫煙が、専用の排気口へと吸い込まれていく。シャアは目を閉じ、束の間の静寂を味わっていた。大人たちと意見を交わしあったり、何気ない軽口を叩くことも彼の心を慰めるが、ひとりになりたい時だってあるものなのだ。
しかし、その安らぎは数秒と持たなかった。背後から近付く気配に気付いたためだ。
……シャア。また吸っているのか」
呆れたような、それでいてどこか刺々しい声。振り返るまでもない。アムロ・レイだ。
……アムロか。吸わない君は不快だろうが、喫煙スペースの利用くらいは許してほしいものだがな」
「吸うのはいいよ。ただ最近は量もペースも増えてるだろ。……あなたが肺を病んで戦線離脱したら、誰がこのバラバラな部隊をまとめるんだ。ブライトの胃に穴が開く前に、あなたの肺に穴が開くぞ」
アムロは無造作に歩み寄ると、シャアの指から火のついた煙草をひったくった。そして、躊躇なく設置されている灰皿へ押し付ける。
「私の唯一の気晴らしを奪うとは、冷たい男だな」
「気晴らしなら他にいくらでもある。……ほら、これを代わりにしろ」
アムロがポケットから取り出し、シャアの手のひらに押し付けたのは、安っぽいビニール包装の飴玉だった。
……これは?」
「飴だよ。口寂しい時にもいい。煙草が欲しくなったら、これを舐めればいい。……ちなみにそれはストロベリー味だ。あなたのパーソナルカラーだろう」
……嫌味か、貴様」
「心配してるんだよ。急な禁煙は無理だろうし、せめてもう少し量を減らしてくれ」
シャアは苦笑したが、アムロの瞳に宿る真剣な光に気圧され、大人しく包装を剥いた。心配しているのは確かなのだろう。事実、シャアが喫煙スペースを利用する回数も、煙草が消費される量も増えていたのは事実だ。現れた赤い飴玉を口の中に放り込むと、人工的な甘酸っぱさが舌の上で弾ける。
「ン、悪くない。意外と……甘いのだな」
「甘いものは脳の疲れに効くだろ。しばらくはそれで我慢してくれ」
それが、すべての始まりだった。

数日後。軍のまとめ役たちとのブリーフィング中、シャアは無意識に指を唇に当てていた。舌が口内を探るように動く。当然、そこには何もない。
かつては煙草を欲していたその唇が、今はあのチープな甘さを求めていることに、シャアは内心苦笑する。
……シャア大佐、聞いていますか?」
「ああ、すまない。少し……口寂しくてな」
「では一度休憩を挟みますか。かなり話し込んでいたからな……二十分後に集合としよう」
開放感からブリーフィングルームに騒めきが満ちる。雑談に興じる者、水分補給をする者、目を閉じて休む者。短い休息でも喫煙スペースに向かうベビースモーカーもいた。
以前のシャアであれば、彼らに混ざって煙を燻らせていたかもしれない。しかし彼は凝り固まった肩を伸ばしたあと、慣れた手つきでポケットから飴を取り出し、口に放り込んだ。その姿を意外そうに見るのは隣にいたブライトである。
「煙草は辞めたんで?」
「いや……ただ吸い過ぎだと言われてね。飴で代用している」
「もしかして、アムロですか」
ブライトが即座に当てたことにシャアは目を瞬かせる。
「あいつ、少し前にあなたの煙草の量を気にしてましたからね」
心配していたからなあ、とこぼすブライトに、シャアは無意識のうちに歯を立ててしまう。舐め始めたばかりの飴が、無惨に砕けてしまった。

それからもシャアはよく飴を舐めるようになった。戦闘の合間や移動中、彼はころころと飴を舐めている。事あるごとに飴を転がしているので、彼に親しい者以外も当然気付く。ひとつの飴玉を食べ終えればふたつ、みっつと続けて口に放り込む様子を、船員たちもよく目撃するようになった。
代わりに喫煙スペースに行く頻度は下がり、アムロの目論見通りになったのだがーーここで新たな問題が発生した。
……おい、シャア。ちょっと待て」
食堂の隅で、アムロがシャアの腕を掴んだ。
シャアの軍服のポケットは、色とりどりの飴の包装紙でわずかに膨らんでいる。
「何かな、アムロ。今はピーチ味を試しているところで――
「試しているどころじゃないだろう!貴様、一日で何個食べてるんだ?血糖値を考えたことがあるのか?それに、そんなに四六時中舐めていたら虫歯になる。せっかく煙草が減ったのに、今度は糖尿病にでもなったら目も当てられない!」
アムロの指摘は、まさに正論であった。
シャアは『飴なら煙草よりも健康に良い』という極端な思い込み……あるいはアムロから与えられたものという執着から、もはや新たな依存症に陥って過剰摂取しているのだ。
「だが、アムロ。そもそも君が勧めたのではないか。私は今、これがないとどうにも落ち着かないのだ。……どうしてくれる」
シャアは不満そうにわずかに眉根を寄せている。
アムロは頭を抱えていた。この男、一度何かに固執し始めると、加減というものを知らないのか……と。
……わかった。飴は没収だ」
「何だと?それは困る。何かを含んでいないと口寂しく……
シャアがアムロの顔を覗き込む。その距離が、わずかに縮まる。
周囲にはカミーユやジュドーといった少年たちが、本日の食堂のメニューであるカレーを頬張りながら楽しそうに騒いでいる。だが、二人の間には、他者が決して踏み込めない特異な雰囲気がまとわりついていた。
「口寂しい、か……
アムロは溜息をついた。彼が飴を勧めたことが発端とはいえ、このなんとも面倒な男を放置すれば、次はもっと厄介なものに依存しかねない。また煙草の量が増えるかもしれないし、今度は酒かもしれない。あるいはモビルスーツによる戦闘で憂さ晴らしをし始める可能性だってあった。
アムロは周囲を素早く見渡す。幸い、誰もこちらを見ていない。
……ついてこい。飴よりは、体に毒じゃないものをやる」
「ほう?興味深いな。それはストロベリー味よりも甘いのか?」
……うるさい。黙ってろ」
アムロは男の袖を乱暴に引き、人目のない通路へと連れ出した。主に整備士たちが利用することの多い通路の奥は、資材搬入用のハッチに繋がっている。そこは大型のコンテナが積み上げられ、自動防衛システムの監視からも死角となる場所だった。
……で、何をくれるんだ? アムロ」
シャアはコンテナに背を預け、腕を組んだ。その口元は相変わらず手持ち無沙汰そうに、何かを求めるように舌先が動いている。
アムロは周囲を一度確認し、それから意を決したようにシャアの胸ぐらを掴んだ。
「あなたのその『口寂しさ』の正体は、結局のところ刺激不足なんだろ。……だったら」
グイ、と引き寄せられたシャアの視界が、アムロの顔で一杯になる。間近に迫る肌の色。閉じた瞼のわずかな震え。睫毛の長さすら鮮明に見えた次の瞬間、唇に柔らかく、熱い感触が押し当てられる。
――ッ!?」
シャアの喉が小さく鳴った。
それは、飴玉のような人工的な甘さではない。彼の唇に残るかすかなコーヒーの苦みと、アムロという人間が持つ体温だ。
驚きに目を見開いていたシャアだったが、すぐにその熱に浮かされた。組んでいた腕をほどき、吸い寄せられるようにアムロの細い腰を抱き寄せる。
「ん……っ、ふ……
触れるだけの挨拶のような接吻は、すぐに深いものへと変わっていった。
シャアの舌がアムロの唇を割り、その裏側をなぞる。飴を舐める時のような執拗さで、彼はその呼気を、唾液を、あるいは存在そのものすら嚥下するように。
……ふはっ、……アムロ、君というやつは……
ようやく唇が離れた時、シャアの瞳は獲物を見つけた猛獣のような異様な光を放っていた。
「飴の食べ過ぎより……いいだろう?糖分も、虫歯の心配もいらない……
アムロは肩で息をしながら、乱れた前髪を払った。目尻を赤らめ、うろうろと目線を外す。
「それに……あなたの口、苦くなくなった、し……
……最近キスをしなかったのはそのせいか」
ぼそぼそと呟くアムロの姿にシャアは苦笑する。
二人は密かに情を交わす間柄だった。
健康に悪いと言ったことも本心だろうが、それもまた彼が飴を勧めた理由のひとつなのかもしれない。煙草をよく吸っていた頃は、確かに男の口付けは苦かっただろう。今は直前に舐めていた桃の味しかしまい。
「フフ……貴様はやはり恐ろしい男だな。これほどの中毒性があるものを隠し持っていたとは」
「いちいち言い方が大袈裟なんだよ」
シャアは満足げに唇を拭った。そうしてもう一度、腕の中の男に口付けを落とす。
それ以来、シャアが飴を舐める頻度は改善された。ーー代わりに、彼は事あるごとにアムロを物陰へ連れ出すようになったけれど。



……大佐、最近ずいぶんと機嫌が良いですね」
ブリッジで、ナナイ・ミゲルが不思議そうに声をかけた。
以前のシャアは、常に何かに苛立っているような、あるいは遠い理想だけを見つめているような危うさがあった。しかし今の彼はどこか満ち足りた、艶やかな色気すら漂わせている。
「そうかな?精神の安定は指揮官にとって不可欠な要素だからな」
「飴も……最近はあまり召し上がっていないようですが」
「ああ。もっと、滋味深い代用品を見つけてね」
シャアは傍らを通ったアムロと、一瞬だけ視線を交差させた。
アムロは不自然に顔を背け、足早にモビルスーツのデッキへと去っていく。その耳の裏が赤いことに、シャアだけが気付いて微笑む。
二人の関係は、戦時下の密やかな治療として成立していた。それはひっそりと情を交わす彼らのささやかな愛の証明でもあった。
激戦の後、精神をすり減らしたアムロをシャアが私室に呼び出し、言葉もなく唇を重ねる時もあれば、複雑怪奇な政治工作に疲れ果てたシャアを、アムロが格納庫の影で受け入れる時もある。
「口寂しいのか?」
……ああ、酷くね」
そんな短い合言葉とともに交わされる密会は、いつしか二人の日常に欠かせない儀式となっていた。
ーーーーだが、慣れというものは恐ろしい。
口寂しい時にキスをするという甘い免罪符は、次第に癖付いてしまっていたのだ。

……アムロ、次の作戦だが」
ある日、ブリーフィングが終わり、各々が三々五々と解散していく中。シャアは資料を片付けていたアムロの背後に立った。
彼の脳内では、先ほどまでの戦略論と、現在進行形で疼いている『口寂しさ』が完全に並列処理されていた。
「ああ。……ZとZZの配置についてか?シャア」
アムロが振り返る。その瞬間、シャアの脳内で何かがカチリと音を立てた。
今、この瞬間。目の前に自分を癒やす最高の甘味がある。ならば、それを摂取するのは、彼にとって至極当然の補給であるはずだと。
……ッ、待て、シャア。その件なら今ここで話すより――
交差した視線から何かを察したアムロの静止は、言葉になる前に物理的な質量を持って塞がれた。
場所は作戦会議直後のブリーフィングルーム。ブライトが資料を読み直し、ジュドーが朗らかにカミーユに夕食のメニューについて話しかけていた。背後では万丈や勝平が騒いでいて、まさに公の場である。
「ん……っ」
逃げる隙もなかった。シャアは流れるような動作でアムロの腰を引き寄せ、もう片方の手で後頭部をがっしりと固定した。
それは、挨拶代わりの軽いものではなかった。
完全に癖付いてしまった一連の動作。シャアは無意識のうちに、最も深く、最も熱く、最もアムロを味わえる角度で唇を重ねたのだ。
ーー会議室の喧騒が、一瞬で『無』になった。
…………え?」
誰かの呆然とした声が響く。
だが、シャアの猛攻は止まらない。彼は自身の口寂しさを埋めるために、周囲の視線などという低次元な情報を完全にシャットアウトしていた。こじ開けられたアムロの唇の隙間に、ぬるりと舌が侵入する。喉の奥を愛撫し、唾液が混じり合う湿った音が、静まり返った室内で異様に生々しく響き渡った。
「ふ……っ、は……んんっ」
アムロの手が、抵抗しようとしてシャアの胸元を掴む。だが、それはすぐに力なく解け、代わりに彼のジャケットをぎゅっと握りしめる形に変わった。
数秒、いや数十秒。永遠にも感じられる沈黙の中、二人の男は熱烈なディープキスを繰り広げた。
ようやく唇が離れた時、銀色の糸が二人の間に引かれる。
シャアは少しだけ恍惚とした表情で、唇を舐め、それからようやく正気に戻った。視線だけで周囲を見渡し、あっ、と間抜けに口を開く。
…………いや。つい、な」
一言。
まるで廊下を走りすぎてしまった子供のような、あまりにもあっけらかんと悪気のない顔でシャアはそう宣った。その腕の中ではアムロがあまりの羞恥に、茹で上がった蛸のように顔を真っ赤にして固まっている。
……つ、つい……だと……?」
沈黙を破ったのは、ブライトだった。その手元から書類が床に滑り落ち、乾いた音を立てる。
「貴様らああああああ!何を考えているんだ!!」
「ブライト艦長、落ち着け。これは、その、アムロの健康管理の一環で――
「どこがだ!! どう見てもただの痴態だろうが!!」
阿鼻叫喚の幕開けだった。
カミーユは必死に視線を逸らし、ジュドーは「ヒューッ!大佐、やるじゃん!」と揶揄するように口笛を鳴らす。
その一方で、ブライトは頭を抱えている。「子供たちの前で!」と怒鳴る彼に、一部の年若いパイロットたちが「子供扱いするな!」とムッとしたように声を上げていたが、初めて見た大人のキスに顔を真っ赤にしているのは誤魔化せない。もはや収集のつかない騒ぎである。
そうして、ひっそりと交際していた二人の関係は、白日の元へと晒されたわけである。



数日後ーー艦内の空気は、意外なほど落ち着きを取り戻していた。
……まあ、よくよく考えればさ」
食堂で、シャアとアムロが隣同士で座っているのを見て、ハヤトが呟いた。
「あいつら、昔から戦場で延々と話してたり、お互いのことしか見てなかっただろ?」
「ハァ……格闘戦の最中に『ララァがどうの』とか『母さんになってくれたかも』とか、電波な会話を垂れ流してたしな……
数日前の怒髪天から落ち着いたブライトが、呆れたように肩をすくめる。
「今さらキスの一つや二つ、あの二人の距離感からすれば『平常運転』の範囲内なんじゃないか?」
結局、以前から何やら特別な関係性を垣間見せるシャアとアムロに、周囲は「あの二人だからなあ」と謎の納得をしていた。皆に受け入れられてそれが当たり前になってしまえば、騒ぎもすぐに収まっていくものである。
旧友たちは揃って嘆息する。諦観を滲ませながら、「案外これが一番平和なのかもなあ」と苦笑した。

……アムロ。まだ怒っているのか?」
トレイを持って席についたシャアが、隣に座る男に声をかける。アムロは視線も合わせず、不機嫌そうにフォークをサラダを突き刺した。
「当たり前だ……!あんなっ……はぁ、もう二度とブライトの顔を見られない……
「悪かった。だが、あの時は本当に、無意識だったのだ。君が隣にいると、どうにも口が寂しくなって……
……またそれか貴様……
アムロは溜息をつくと、周囲の視線を気にしながらも、自分のポケットから小さな包みを取り出した。
それは彼が一番最初に手渡した、あの懐かしいストロベリー味の飴だった。
「ほら。外ではこれを舐めてろ。……二人の時は、その、……考えてやるから」
「ああ、ありがたくいただこう。後で部屋に行っても?」
……後でな」
シャアは嬉しそうに飴を受け取り、その包みを剥いた。口に放り込めば、カチリ、と心地よい音が鳴る。
これからの懸念事項も、戦闘配備も、考えることは多々あるけれど、なんだかんだと今の戦艦は平和だ。
赤い彗星の口の中にあるのが、甘い飴玉か、あるいは英雄の舌先であるかは、この際、些末な問題なのである。