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Ui
2026-05-03 19:00:35
4738文字
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パジャマパーティ
イトアキ週間企画【ITOAKIWEEK!】
お題:パジャマパーティ
(しない)
(予約をする)
――
どうしようか。眠れない。
努めて密やかにため息を吐いたアキラは、目線で以てそっと恋人を見上げた。
普段は厚く流した前髪とサングラスで、厳重と言って良い程目元を覆っている男は、今は寝台に横たわり、びろうど色の髪を散らしながらその素顔を無防備に晒している。
分厚い胸の上下に合わせて静かに、穏やかに息を溢すライトの寝顔は、普段の郊外の走り屋、そしてチャンピオンとしての姿や立居振る舞いと比べれば随分と幼く見える。
何となくあまり睡眠に割く時間も質も求めていない習慣であることが察せられるため、そんな人間が、今この場所を休息の場として身体を休めてくれていることは大層喜ばしい。のだが、困ったことにその隣に身体を据えた自分は全く眠りにつけず、現在進行形で途方に暮れている。
寝台に乗ったときから意識は眠る方面に向いてはいるし、若干の疲労感や、そこから来る眠気自体はあるものの、肝心の意識が地に足を付けたまま飛び立ってくれないのである。目線を正面の、傷を刻む男の首筋あたりへ戻し、また一つ息を吐いた。
眠りたいのに眠れない、という現象自体は初めてのことではない。
が、そういったことは一人で詮無いことを考えてしまう夜に起こることで、眼前の恋人が今現在のように己を腕に抱き、共寝をする状況においては、おやすみと言い合ったり、軽くキスをしたり顔や頭を撫でたりとほんの少し戯れ合っている内に、彼の持つ温かさや心理的な安心感に浸って直ぐに眠ってしまうのだ。少なくとも、今まではそうであった。
最近は気の張ることや、生活の変化が多かったから、精神的に影響が出たのかもしれない、とぼんやりあたりを付ける。
起こった事柄で言えば激動であったものの、衛非地区での暮らしは生活習慣や慢性的な運動不足をいくらかましに整えたし、時折痛み出すようになった目と頭には不安が残るものの、その後に慣れ親しんだ六分街へ戻り、馴染みの布団に包まれるのは気分を落ち着けた。
しかしながら現状は息つく間もなくまた様々な出来事にかち合い続けている。気持ちは元気なつもりでも、何処かで着いて行かない部分もあったのかもしれない。
そんな中久方ぶりに泊まりに来た恋人の腕の中で心底安堵して、却って神経が妙な働きをしてしまったのだろうか。つまり所謂、一時的なバグのようなものであろう。
彼は彼で忙しかったと聞いている。せっかくよく寝入れているのに、不規則な身動ぎや何かで起こしてしまったら忍びない。ベッドから抜け出て、ひとまず一階の工房にでも降りて時間を潰そうか。そう考えたところだった。
「どうした」
頭のすぐ近くから不意に降って来た音に、思わず心臓が跳ねる。
恐る恐る見上げると、眠気を漂わせてはいるものの、恋人はそのまなこを開いてこちらを見ていた。相変わらず、気配に鋭い。染み付いたものなのだろうな、と思いつつ、行動に移す前でこれなら、無事に腕の中から抜け出せたどうかはかなり怪しいところだ。
「ん
……
少し、起きただけだよ」
「
……
仕事か?」
曖昧な間と表現が良くなかったのか、眉間に皺を寄せて怪訝な顔をしている。そちらは本当に違うので慌てて否定をするが、この分ではもう用足しや水飲みなどの誤魔化しも利かないであろう。そのくらいには、この男に自分のことを把握されてしまっている。などと少し色惚けたことを思ってしまい、妙に居た堪れなくなる。探るような目線を向けられ、正直に打ち明けるのに余計に居心地が悪くなった。
「普通にここにいればいいだろ
……
」
「でも、変にごそごそしていたら起こしてしまうだろう?」
「それで?態々別の場所に行く?隣の恋人を置き去りにして、態々、な」
「そんな言い方をしなくても。悪いかなと思ったんだ」
「仕事や急用なら分かるが。誰かさんと違って、俺はそっちの方がよっぽど“悪い”と思うがな」
寝入る前から緩くこちらの胴に絡んでいた男の腕が、少々荒っぽく身体を引き寄せる。もう抜け出すことは不可能そうだ。
配慮のつもりが結局ライトを起こしてしまったし、その上機嫌を損ねてしまったらしい。改めて抱き込まれ、ふんと鼻が鳴らされたのが聞こえた。
拗ねの中身で言えば、可愛らしいものだが。案外ライトはこういうところがある。つまり、恋人はきちんと“恋人扱い”すべきだと思っている。そして思ったよりストレートに言動に乗せてくれるな、というのが所感である。
自分としては彼の睡眠を守りたかっただけだが、そのように責められると、確かに酷いことをしようとしていたように思えてくる。なかなか上手く行かないものだ。
「気を遣ったつもりだったけれどすまない。どうしたら機嫌を直してくれるかな」
「
……
まあ別に、そこまで怒っちゃいないんだが。ただそんくらいは甘えるのを覚えた方がいいな、あんたは」
「でもそんなことを言ってしまって、今度から毎度叩き起こされたりしたらどうする?」
「別に構わん。起こしとけ」
「雑だな」
「その程度可愛いもんだって言ってる」
もういいだろ、分かったよな、と区切りが付けられるため、とりあえず頷いておいた。
それを追う視線は若干訝しさを孕んでいたが、ひとまずは納得してもらえたようだった。自分もまた、そんなことが分かる程になったのだと、今度はやけにしみじみと思った。
「まあでも、ライトさんはまた寝ていいよ」
「残念、俺も目が覚めちまった」
「うーん
……
」
自分が起こした要因な手前、早朝にも早い時間からビデオ鑑賞などに誘うのは気が引けた。これが仮に妹であれば、もっと気軽にその提案をしたのであろうが。彼女を蔑ろにしているのではなく、それが二人の眠れない日の一つの対処法であったし、そして兄妹だからこその通じ合いが自然とそうさせる。
別に目の前の男も怒らないであろうし、寧ろ提案に乗って付き合ってくれるとは思うのだが、比較的融通の利く二人体制のビデオ屋、あるいはプロキシ業とは違い、肉体を酷使する機会の多い生活を考えると、こんな時間に起き上がって何かをするよりかは、意識はあるにしても横になって少しでも身体を休めて欲しいと思う。
恋人による温い拘束は意識を柔らかくし、とろとろとした眠気を運んで心地良くはあるが、先に考えていた謎の身体、あるいは神経のバグ的要因により、自分だって眠りにまでは落ちられない上に打開策が分からない。
それでも良案を出そうと悶々と考えていたところだった。
「パジャマパーティでもするか?」
「え?」
――
パジャマパーティ。
失礼だとは思いつつも、凡そ目の前の男からは想像も出来ない概念であると思う。
しかし、その口から突然その単語が発せられて、思わずぽかんとしてしまう。
そしてすぐに可笑しさが込み上げて止まらない。
「ふ、ふふっ
……
どうして?」
「いや?何となく思い付いたから言った」
「なん、なんとなく」
「おい、そんなに笑うか」
なあおい、酷いんじゃないのか、と言う彼の顔もしかし、もう拗ねや、照れなどは無く笑んでいる。明かりを付けぬままの暗さに馴染んだ目がその様子を映し出し、夜のしじまに浸っていた耳が、未だ少し眠気の残滓を纏って掠れる低い声を拾い上げる。その声だって、笑いを隠せていない。
「よりにもよって、郊外の無敗のチャンピオンからそんな可愛らしい提案が来るとはね」
「パジャマパーティは可愛いもんなのか」
「可愛いよ、かなり。僕の知るそれは、ふわふわもこもこのルームウェアを着て、甘いお菓子や飲み物を食べ飲みして、恋バナをするものだからね」
「ご経験が?」
「まさか。リンからのレクチャーさ。座学のみで実習未経験だ」
妹と明かす映画漬け、あるいはゲーム漬けの夜や、邪兎屋とのドンチャン騒ぎとは恐らくカテゴリーが異なるはずだ。そちらこそご経験は、と聞けば、チームの女性陣の話題からの引用だ、と納得のいく回答が得られた。
件の妹先生は最近忙しかった分羽を伸ばす、と外泊をしていて、もしかしたらまさに今、可愛らしいパジャマパーティをしているかもしれない。繁忙期を終えたばかりだという、カリュドーンの子のレディたちも。
くすくすと笑い合いながら、夜半過ぎ特有の、静かに間延びしたような空気に馴染ませるように抑えられた声音に合わせて、内緒話をするように会話を重ねた。
「まあつまり、冗談だ。そう思い詰めんでも、こうやって話して、眠くなりゃ寝りゃいい」
身を寄せ合い、少し潜めた声で他愛もない話をし、時折相手に戯れつくように触れて、撫でて、キスをする。
そんな少しだけ眠くて、穏やかな夜を過ごす。
「それでも眠れなかったらどうしようか」
「そんときはそんときだ」
「明日の午後が非常に危険だな
……
」
「昼寝しろ」
「夜更かしに付き合ってくれる優しいライトさんは、お昼寝にも付き合ってくれるだろう?」
「
……
もちろん、喜んで」
冗談めかして早速お望みの我儘を投げてみれば、少しの瞠目の後、思ったよりも嬉しそうに承諾するので、内心で降参した。少しでも躊躇いがあるのであれば、軽い冗談にしてあげたというのに。流石チャンピオンは伊達ではない。
しかし、とすると。
「うん
……
あれを冗談だけで済ますのは勿体無い気がしてきたな」
「つまり?」
「次の夜更かしはパジャマパーティをしよう。パーティには相応の準備が必要だから今日はできないけれども
……
予約をしておくよ」
まさか本気にされるとは思わなかったのか、恋人が今日一番の驚いた顔をしている。
「本気か?
……
まあ、あんたが良いなら」
「しないの?」
「いや?する。あんたとするなら何でも。相当、楽しみだ」
「良かった、僕も楽しみだ」
大人の男性二人のパジャマパーティ。絵面は
……
きっと奇妙であろうが、それでも楽しいことに違いはないだろう。
「恋バナか。イイ話が聞けるといいんだがな」
「そこが本命なのかい?残念ながら僕には素敵な彼氏とのお付き合いが叶っている」
「その素敵な彼氏の話でも良いだろ」
「じゃああなたもしてくれ。それとビデオ鑑賞は?アート映画がいいな」
「仰せのままに」
見下ろして微笑む顔は、何でも許してくれそうに錯覚して困る。
そして恐らく、大抵はそのとおりであろうことを思い知らされ、そんな事実と、そのことを自然と理解し受け止めてしまっている自分自身にもある意味打ちのめされている。
今更ながら、重く見事な一撃を喰らった気分だ。降参したばかりだというのに、容赦が無い。けれどもその気分は悪くはない、いやとても良いのでまた困ってしまう。
本当はパーティなんかしなくても、こんな特別でない、特別な夜をいくつも積み重ねられたら幸せなのだ。
それでも更に許されるというのだから。
「じゃあ、ライトさんでも着られるふわふわもこもこが無いか探しておかないと」
「おい、そっちはマジに冗談だよな」
ひとまず正攻法ではないが、今日はこちらも反撃が決まったようで何よりである。
結局その夜は眠れず、その後もぽつりぽつりと話をしている内に明るくなり始めた部屋で、苦笑をしながらライトと共に身体を起こした。互いにオフの日で良かったと心底思った。
その後、懸念のとおり襲い来る眠気に敗北し、昼下がりのソファに沈んだ。
もちろん、恋人を道連れにして。
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