If I Only Had a Heart

2026.4.28 狂児に時計をあげた女性の話 狂児25歳

 三十歳の誕生日はお店で祝ってもらった。
 もちろん、わたしの誕生会の主役はわたしではなくわたしの客である。でなければ、ママやほかの女の子たちがわたしの三十をことさらに祝う意味などない。わたしはできれば彼女たちだけに祝ってほしかったが、仕方がない。
 大学を出てからこのクラブで働きはじめて、結局十年近く経っていた。店の中ではそこそこのキャリアを得てしまい、なんならそろそろベテランに足を突っ込みつつある。『まとも』な就職先には縁がなかったが、この仕事が向いていたのは幸運だったのだろう。『まとも』であろうがなかろうが、向いていることで食べていけるのならばそれは幸運に違いない。
「お前は特別や」
 わたしの一番の太客がわたしの左手を掴んだ。ねっとりした動きで手首に時計が巻かれていく。ひんやりした金属の重みを感じながら、わたしはその指先を見ている。
 入店したての頃に相手をしていた成金じみた客たちと違い、この客には、目に見えてわかりやすい気味の悪さはなかった。不気味に膨らんだ爪の先がヤニで茶色く曇っているわけでもないし、小指の爪を爪楊枝みたいに伸ばしているわけでもない。しかし不快であった。そして滑稽でもあった。なにせ、昔はわたしを蔑んで説教ばかりしていた客が、今夜はぴったり肩を寄せ、見下しているはずのわたしのために、こんな立派な誕生日プレゼントまで用意してくれるのだ。
「俺が育てたようなもんやからな」
 その口ぶりときたら、まるで遊女を見初めたつもりの大旦那である。
「娘とおんなしや」
 あ、父親やって。どっちでもええけど。
「嬉しいわ。〇〇さんがお父さんやったらよかったのに」
 満足げな客の表情を横目で見ながら、わたしは時計を嵌められた手首を持ち上げた。
「ほんでこれ、ほんまに上品やねえ。わたしなんかに勿体ないわ」
「そうかもわからへんな」
 わたしの謙遜を聞いて客は頷く。ここからが彼の自慰行為の佳境である。心して顎を引き、少しショックだという顔を作ると、客は改めて、わたしの頭のてっぺんから足の先まで舐め回して値踏みした。
「こういうのはもちろん、ガキには早すぎるわ、◇◇とか△△みたいなな。は、物欲しげな顔しよるわ」
「してません〜」
「黙っとけ。……お前くらいになってようやっと入り口に立てんねん。入り口やぞ。似合うてはないわ」
 わたしは頷いた。恐縮と感謝と衒い、そして何より大事な尊敬の念を適当に混ぜ合わせた。客はわたしの手首を時計ごとつかみ、親指で革のバンドを撫で回した。
「お前はまだ時計のおまけや。ただ、ずぅっとつけとったら馴染んでくるやろ。毎日ハメて形覚えさせなあかんで、アソコみたいに」
 ぐうと締め付けられてからゆっくりと解放される。ようやく自由になった手首の時計は、見た目よりも重かった。
 〇〇はその後も、文字盤がどうとか針の形がどうとかそういうことを話し続けていたが、先ほどの下品なセリフがクライマックスだったらしく、わたしが大した反応を見せなくても気にならないようだった。わたしも時計の蘊蓄には全く興味がないので、グラスの中で溶けた氷が鳴るのなんかを鑑賞していた。誰かが奥で笑う。その笑い声もすぐに、◇◇ちゃんがかき混ぜるマドラーの音にまぎれる。
「飲んでくださいよ◾️◾️さん〜、お誕生日やし。ねぇ〇〇さん、」
 ◇◇ちゃんは、〇〇の高い酒をわたしのグラスに無断で注ぎながら、殊更に親しげな声をかけた。この客が若い女を説教するのが好きだとわかっているからだ。〇〇も鼻の穴を膨らませて何かを言いかけたその時、入口の扉が開いた。
 なんとなくそちらを見やった客らの表情が一瞬張り詰め、すぐに弛緩したふりをした。しかし緊張が解かれることはなかった。顔馴染みのヤクザが来ただけなのだが。
 ママが立ち上がって、顔馴染みのヤクザの組長、南條さんをお迎えする。その後ろにぬっと突き出ている頭を見て、わたしは、あ、また来たと思った。
 南條さんほか、偉い人たちの後ろにいつも半歩遅れてついてくるこの若い男は、背が高く、そしてアイドル雑誌の表紙にいてもおかしくないくらいの男前だった。初めて見た時は、つい同僚に向かって、△△ちゃんは好きなアイドルとかおるん、などと無意味に問いかけてしまったほどだ。
 彼は女には目もくれなかった。というか、女以外にもあまり興味がなさそうに見えた。組の人の指示があれば動くのだが、若いのにありがちな、軍隊じみた媚びた素早さはなく、それどころか変に貫禄のようなものがあった。とはいえどう考えてもそんなに高い地位にいるようには見えないから、きっと彼は南條さんのお気に入りなのだろう。それならばもう少し得意げでもよさそうなものなのに、その男には浮ついたところもなかった。かといって、緊張しているようにも退屈しているようにも見えなかった。そういったわかりやすいものはどこにも見当たらなかった。探ろうとするこちらが馬鹿みたいに思えるほどだった。
 ああいう人間は得だと思う。特に男は。中身がどうあれ、顔と仕草だけで話が済んでしまう。南條さんも男前だからきっとその優位性がわかっていて、それで手塩にかけて育てているのだろう。ええなあ。わたしもそうなりたかった。
 〇〇が説教を再開する。

 業務を終えた店の外に出ると雨が降っていた。
 この間春になったばかりだというのに、もう梅雨の気配が忍び寄ってきていた。わたしをじっとりと圧迫する湿度が、店の中で吸い込んだ客の息や蹂躙する手のひらの感触を、肌の奥に押し込もうとしている。
 車を待つビルの軒先で、わたしは煙草に火をつけた。さっき巻かれた時計が、手首の骨のあたりで隙間を作りながら偉そうに光っている。その遠景にあの男が立っている。
 南條さんたちは帰ったらしく、彼はひとりで壁にもたれていた。吐いたタバコの煙に包まれた男は、どこを見ているのかもよくわからない。
 わたしは疲れて気が抜けていて、失礼だとわかりながらも、彼の横顔を眺め続けるのをやめられなかった。
 顔ええなぁと改めて思う。なにせ、それ以外は何一つ伝わってこないのだ。その一見単純で、しかし稀有な特徴は、わたしの願望を正当化してくれるような気がした。わたしの三十代の始まりの日を、客の手触りではなくて顔のいい男の画で終えたいという、ささやかな願望だ。
 男の方を見たままわたしが煙を吐くと、男はようやくこちらに目を向けた。話しかける距離ではなかったが、わたしは「おつかれさん」と言ってみた。
 男は少し間を置いてから、
「どうも」
と返してきた。声までとっかかりがない。
「あんた、最近よう来るね。いつも南條さんの後ろおるやん」
「はい。お邪魔してます」
 愛想笑いと思われるものが端正な顔面に現れた。それを見た途端、わたしは俄然この男が面白くなってきてしまった。こんなに適当な愛想笑いは初めて見た。
「大変やね」
「いや、これは全然です」
「これは。他は?」
 笑いながら問うたが、男は何も返さなかった。その沈黙は埋める必要のないくらい自然なものだったが、それがかえって欲を掻き立てた。わたしは新しい煙草を出しかけていた手を止め、箱を小さなバッグに戻しながら、「何歳?」
「二十五です」
「若」
 脊髄反射のように雑なことを言えるのが楽しい。客には決して返せない。わたしは勝手に続けた。「うちは三十になったわ。今日誕生日やねん。これもろた。見て」
 手首を掲げる。時計は重みで少しずり下がった。
「誕生日やったんですか」
 頷くと、男は当たり前のように「おめでとうございます」と微笑んだ。感動的なくらい空っぽな笑顔だった。
 願望を叶えて満足したわたしは、「ありがとう」と心から礼を言った。ちょうどいいタイミングで戻ってきた黒服が、タクシーが着いたと手で合図した。
「あんた、名前なんていうの」
「成田狂児です」
「なりたきょうじ……
 復唱しているそばから忘れそうな、平凡な名前だと思った。この仕事をしていなければ、わたしも覚えていられなかっただろう。「また来るやんな?」
「多分。親父次第ですけど」
「そらそやな。ほなね」
「お疲れ様です」
 タクシーに乗り込む前に、もう一度だけ男を振り返った。男はぼんやり虚空を見つめている。

 その後も男はたびたび店に現れた。
 ついているのが南條さんではない時もあったが、男はとにかく組の偉い人の後ろにおり、帰りにはビルの下か裏口の近く、ときには非常階段の踊り場あたりに立っていることもあった。わたしもこの店の経営について詳しいことは教えてもらっていないので、彼が待たされているのか、それとも何かを見張っているのか、そのへんはよくわからなかった。本人もあまり気にしていないように見えた。わたしのほうも別に気にするほどのことではない。
 その晩わたしは最後まで〇〇の相手をしていて、そのせいでぐったりしていた。身体の表面を残して、中身は目の粗いやすりでこそげ落とされているような気分だった。時計の上からきつく握られていた手首が重い。〇〇はわたしの手首を締め上げるのがお気に召してしまったらしい。
 このまま帰宅したら、この気分の悪さを持ち帰ってしまいそうだ。男はいるだろうか。いなくともせめて煙草で上書きしようと立ち寄った裏口、灰皿の傍に、男の影を見とめる。
 彼はいつものようにただ煙草を吸っているだけだった。
 だがその顔を見た途端、わたしの気持ちの底が抜け、突然全て空っぽになった。
 空っぽだ。その開放感たるや。
 はは、と笑いを漏らしたわたしをチラリと見た男は、かけらの動揺も見せずに、いつもの愛想笑いで会釈した。
「腹減ってへん」
 わたしが言うと、男はちょっと眉を上げた。畳み掛けるように「腹。減ってへんの?」
「減ってます」
「なんか食べて帰ろ思てんねんけど、行く?」
 頷いた男とわたしは、近くのうどん屋に入った。夜中でも開いている、酔っ払いと水商売の人間が半分ずつみたいな店だ。油と出汁の匂いに満ちた店内は、目を細めるくらい眩しい。
 照明のせいか、男の顔は店で見るより幼く見えた。後ろに流すには長さが足りない髪が一筋二筋、パラパラと額に落ちている。
「いっつも遅までおるけど、いつ寝てるん」
「朝ですかね」
「朝早いんとちゃうの、若いのは」
「早いです」
「ほないつ寝るん」
「寝れる時ですかね」
……何うどんが好きなん」
「きつねです」
「渋いな。なんで? 若いし肉うどんとか食べたら?」
「肉が掬いにくいんで……
 中身のない会話を数往復したところで、うどんの入った丼が目の前に降りてきた。湯気の向こうのうすら笑いを見て、わたしは小さな罪悪感に襲われた。しかしそれもすぐ、黒い目に飲み込まれて消えてしまう。そして空っぽになる。

 それからは、仕事の後に男を拾ってうどん屋に行くのがわたしの日課になった。ヤクザと付き合っていいことなんか何一つないのだろうが、男の空虚に整った面を眺めれば、煩わしい感情は立ち所に奈落へと消えた。彼を麻薬のように使いながら、水商売の女が身を持ち崩すルートにはこういうのもあんねんな、と、わたしは人ごとのように考えていた。
 〇〇が来るたびに押し潰される手首が、だんだん時計の形に変わってきていた。わたしが抵抗しないからかその力は徐々に強さを増していて、あと少ししたら痣になってしまうのではないかというところまで来ていた。男のおかげで受け流せていたが、痣はまずい。ママに告げ口したかったが、この立場になってもそんな対処しかできないと知れたらクビになってしまうような気がした。クビもまずい。食い扶持がなくなるからというほかに、最近売り上げがやたらよく、それが惜しいという気持ちもあった。
 その日わたしは、空のどんぶりと男を前に、黒い革のベルトをずらして金具の食い込んだ手首の内側を覗き込んでいた。赤く窪んだ皮膚を眺めながら、どうしようかなぁ、と、やはり人ごとのように考えていた。「なぁ」
「はい」
「この後なんかあるん」
「ないです」
「うち来る?」
……
 教科書に載っていそうな絶妙な間ののち、男は「はい」と頷いた。
 初めて来る他人の家で、躊躇なく玄関を跨ぐところから、迷いなく体の置き場所を定めるところまで、男の立ち振る舞いは板についていた。聞けば男は、南條さんに拾われるまでずっとヒモをやっていたらしい。どうりで。
 ヒモもヤクザも彼に向いているのだろう。向いている仕事で食っていけるのはええことやと思いながら、わたしは冷蔵庫から缶ビールを取り出した。「飲む?」
「いえ」
「そ」
 二本のうち一本を戻し、一本のプルタブを起こした。シンクに寄りかかったまま一気に半分飲み干す。飲まないのならシャワーを浴びたらどうかと促すと、男はなんの躊躇いもなく立ち上がった。程なくして水音が響き始める。
 それを遠くに聞きながら、わたしは暗闇を眺めていた。ビールを煽るたびに革が手首を締め上げた。その内側で動脈が蠢く。カチカチと音がする──
 わたしは乱暴に缶を置いた。
 振り返ると男が立っていた。「タオルどこですか」と問う空虚。彫りかけのスミが入った上半身に水が滴っている。
 
 正直に言えばわたしはもういっそ、手首ごと時計を切り落としたかった。しかしそういうわけにもいかなかった。なにせ、わたしの売り上げが伸びているのはこの時計のおかげなのだ。ママ曰く、これは偶然ではない。
「売り上げええの、なんでやと思う?」
「年取ったからですか」
 ママはあははと笑った。「それもそやね」と頷いてから、「どっちかいうたら値札がついたからやわ。◾️◾️ちゃんの値札やないよ。あんたに時計つけた〇〇さんの値札」
「値札」
 ぽかんとしているわたしをよそにママは続けた。
「お客さんはな、うちらを見てるふりして、だいたい他のお客さんのこと見てんねん。誰がどの子になんぼかけたか。どこまで手ぇ入ってるか……ほんで張り合いはんねん」
 あんたええもんもらったなぁとママは言った。それから、大事にしいや。みんなそれ見て寄ってくるんやから、と。
 さすがこの道のプロだ。ママの言う通りだった。時計を巻いた腕を絡めれば、否もはや絡めずとも、盤面をキラキラと輝かせるだけで面白いように高いお酒が入る。なぁんだ、そうだったのか、とわたしは思った。今まで出し惜しみしていた客は、金がないのでも、わたしにそこまでの価値がないと考えていたのでもなく、ただわたしの値段がわからなかったのだ。とすれば、〇〇は遊女を見そめた大旦那というのも決して的外れではないのだ。父親というのもあながち間違ってはいないのかもしれない。〇〇の躾の甲斐あって、わたしの体と時計は一つになりつつあった。わたしは喜ぶべきだった。『まとも』な職に就けなかったわたしがこんなええもんを手に入れたのだから。こんなええ値札を。こんなええ餌を。わたしは、
……
 くっきり残った手首の痣にコンシーラーを塗りながら、わたしは、どうしようかなぁと思っていた。
 向いていることで食べていけるのだから、それは幸運に違いない。だがもう痣は隠しきれない。
 
 季節の変わり目にはよくあることだが、その晩わたしはよく眠れなかった。男が寝息を立てているベッドから冷たい床に這い降りて、テレビをつける。耳障りな笑い声を避けてザッピングし、地上波はあかんとBSに切り替え、動物の番組、通販番組、バラエティの再放送を経て、映画の流れるチャンネルで手を止める。時代がかった色彩の画面には、髪を二つに結えた女の子と、妙な仮装をした男たちが映っている。突然心臓が欲しいと歌い出した金メッキの男をぼんやり眺めながら、わたしはこの話の存在を知っていると思った。有名な童話だ。映画なんかあったんや。
 紆余曲折ののち、妙な仮装の男たちは心臓やら脳やら何やらをもらい、女の子は家に帰ってしまった。しかも全部夢だった。
 初めて見る結末を見届けてから、わたしはしばらくぼんやりしていた。
 それから男を振り返った。静かに上下する肩のスミには少しずつ色が入り始めていた。しかし前面はまだ空だ。
 わたしは時計を取り出した。
 寝ている男の手を引っ張り出して、黒い革を巻きつけてみた。わたしの手首を支配していたそれは新しい形に戸惑っていたが、まあ、入らないことはなかった。
……なに……?」
 掠れ声を出す男の顔も見ずに、わたしは「あげるわ、これ」と言った。
 水商売の女とヤクザの男のいる寝室にはそぐわない、ハキハキした明るい声だった。
「似合うやん」
……誕生日プレゼントやないんですか……
「ちゃうよ」
「え……
「ちゃうけどほんまもんやで。それに、これつけてるとモテんねん」
「はぁ……
「ええからつけときや。欲しいやろ」
 男は時計のついた手をのろのろと翳した。寝ぼけた瞳にテレビの光がチラチラと反射した。反射しただけなのだが、いつもの真っ黒な瞳に、なにか命が吹き込まれた合図のように見えた。
 男は「どうも……」と言って再び眠りに落ちる。時計はカチカチと脈打っている。

 〇〇はすぐにわたしが時計をしていないことに気づいたが、そこで声を荒げるようなことはなかった。手首を引きちぎられるかもしれないなとぼんやり思っていたのだが、さすがに杞憂だったようだ。〇〇はただわたしを席から追い出して◇◇ちゃんを呼んだだけだった。◇◇ちゃんは賢いから、〇〇の相手も適切にこなせるだろう。頭の片隅でマイナスの金勘定をしながらも、体が軽くなっていくのを感じた。
 ママのアドバイスを無視したことについては申し訳なく思っていたが、ママも別にわたしにお説教をするというようなことはなかった。一度だけ、男が現れた時、その腕に光るブレゲを見て、「あんた、アホやな」と呟いたが、それきりだった。
 男はどうなったかというと、彼はみるみるうちに見違えていった。まず前よりもよく笑うようになった。いや、笑っている顔が前よりも板につくようになった。たまに若い子に自分から話しかけて、適当なことを言ってはきゃあきゃあ笑わせていた。もともと顔の良い男だからそれだけで十分だ。やがて管轄が変わったとかで姿を消した時、△△ちゃんは本気で泣いていたと思う。わたしはケラケラ笑いながらその背を叩いて慰めた。
 わたしはといえば、個人でヤクザと関わりを持ったことがあまりにも明らかだったせいか、指名はガクンと減った。少し前ならもう一本入っていた酒はそのままお会計の伝票になり、こっちを見ていたはずの客はいつの間にか別の子を呼んでいた。なるほど、とわたしは思った。
 それでも別に死ぬわけではない。この仕事に向いてるのは事実だし、向いてることで食っていけるなら、それは幸運なのだ。そう、わたしはすでに幸運なのだ。あれは、わたしの欲しいものではなかった。
 そう思うことにした。