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みる
2026-05-02 19:02:39
1838文字
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【脹虎】雨に濡れる
狩人期の二人。カプ要素少なめです。
悠二視点。
21.樹
(匂い)(嫌な思い出)(濡れた頬)
ふと目が覚めると、雨の匂いがした。
廃墟と化した雑居ビル。その中で比較的風がしのげる部屋で仮眠をとっていたけれど、この匂いと音からは逃げられそうにない。横たえていた身体を起こして、数日洗えていない頭を雑に掻いた。
一枚だけあったブランケット。それを俺に使えと言って、脹相は少し離れた壁に背を預けて座っている。両手はよくわからない服の袖の中に隠して寝ているようだ。意志の強い黒曜石のような瞳は、今見えることはない。
彼を起こさないように気配を消して、そうっと部屋を後にする。ドアは破壊されているため、いろんなところに散らばっている瓦礫にさえ気を付ければ大きな音は鳴らないだろう。階段を上って、切られたままの立ち入り禁止の鎖を飛び越えれば屋上に出る。ドアはぎいっと嫌な音を立てたけれど、部屋から離れていてよかったとほっとする。
やはり外は雨だった。コンクリートをばしゃばしゃと跳ねる雨粒のせいで、屋上は水たまりでいっぱいだ。人ひとり分ほどしかない屋上の出入り口の屋根から外に出れば、髪も服もどんどん濡れていく。ずっしりと重くなっていく服。髪からびちゃびちゃとこぼれていく雨粒。それらを無視して、フェンスに近付いた。
そこから見える景色に、ぽっかりとした空間があった。建物もなにもない、がらんどうの空間。俺の中の宿儺がやった、悲劇の中心。フェンスを持つ手に、自然と力がこもる。
嫌な思い出が蘇る。
気付いた時には、目の前にあそこがあった。なにもない風景。人も、建物も。まるで切り取ったような空間は、何が起こったのかをまざまざと突き付けてきて、吐き気がした。
人を助けろと言われたのに、たくさんの人を殺してしまった。お前は何もできないと、宿儺に頭の中から言われた気がした。
何もできない。疫病神。俺がいるから、人がたくさん死んだ。
俺を助けてくれた伏黒に、どんな顔して会えばいい。
俺を助けてくれた先生を、どうして助けられなかったんだ。
たくさんの思いがぐるぐると、腹の奥に巣くっている。あの時剥げていた爪は、もう塞がっている。自分の身体の強さが、ただただ恨めしかった。
「悠仁」
雨の音がうるさいのに、そいつの声はよく聞こえた。寝ていたはずの脹相だ。傘なんてあるわけないから、俺と同じようにずぶ濡れになっていた。
俺は濡れてもいいけど、オマエが濡れるのは違うだろ。風邪引いたらどうすんだよ。引くのかどうかも知らないけどさ。
「散歩か?」
こんな雨の中、行くわけがないとわかっているだろう。なのに、そんなことを問いかける。俺が、ここから見える景色で絶望を再び感じているとわかっているのか、雨の中突っ立っている俺を否定も肯定もせずに、隣に立った。
こいつの弟を殺した、俺の隣に。
「
……
違ぇよ」
「そうか」
渋谷駅で戦った時、こいつの術式は水に弱いことがわかっている。だから雨は好きじゃないだろう。なのに、なんでここにいるんだよ。
「寒くはないか?」
なんで、俺を心配するんだよ。寒いなんて感じる暇もなく、あそこにいた人達は、みんな。
「お腹は減ってないか?」
食べ物を食うなんて、生きるためにすることだ。俺が生きていていい資格なんて、もうない。
「悠仁、大丈夫だ。お兄ちゃんが付いている」
なんで、俺を、一人にしてくれねえんだよ。
低い声なのに、脹相の声は雨音に消されず俺の耳へと届く。優しい響きだ。慈しみのこもった、音だった。
「風邪をひく。そろそろ中に入ろう」
俺には、こんなことを言ってもらう資格なんてないのに。
「
……
うん」
弱くてごめん。甘えてごめん。
俺の手を優しく引くこいつを、俺はふりほどくことができない。
「風呂に入るか。せっかくだし、一緒に入ろう」
「なんでだよ
……
何度も言うけど、俺はお前の弟じゃねえって」
「いいや」
こちらを振り返った脹相の頬は濡れていた。雨が降っているんだから当たり前だ。
俺だってきっと、顔は雨でびしゃびしゃだろう。頬だって、雨で、濡れてるんだ。目が熱いのは、気のせいだ。
「お前は俺の弟だ」
そう言ってまた、俺の手を引いてくれる。俺はただ、黙ってついていくだけだった。
いつかこの手を、振りほどかなきゃいけない。でも、できるならその日が、まだ訪れませんように。できるだけ長く、こうしていたいと、そう思うことだけは。どうか。
雨はまだ、降り続いている。
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