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みぞれ/一坂 灯
2026-05-02 03:38:43
1529文字
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探索者劇中話
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思い出はここに置いていく(雨告 日照)
※以下のシナリオのネタバレが含まれます
『THESEUS』『ピリオドの先で待ってる』『確信的イナモラメント』
腕の中で目を閉じる千景を眺め、壁に背を預けて少しだけ息を吐いた。
人気のない裏路地。深夜ともなれば闇は深く、自衛手段のない人間にとっては地獄の入り口になり得る場所だ。しかし今の自分にとっては、僅かなり安らぎを与えてくれる闇でもあった。
「千景、
……
千景」
明らかに人から逸脱し、変貌してしまった皮膚を撫でる。人らしい部分もあれば、ゴムのような異質な部分も存在する姿を眺め、少し目を閉じた。
何かが、千景の中にいる。その何かが暴れたことで、災害に近い事件が起きてしまった。今は少し落ち着いているが、またいつ暴れ出すかもわからない。
「
……
千景、いるんだろ」
「聞こえてるだろ。
……
待ってろ、なんとかする」
だから、と唇を額に宛てがいながら祈るように目を閉じた。
「諦めないでくれ。
……
お前、得意だろ」
聞こえているかもわからない。けれど、きっと千景なら聞いてくれているはずだ。自分は隣にいても殺されなかったのだから、この得体の知れない何かに千景は完全に殺されたわけではないはずなのだ。きっと、体の中で闘っている。
少し息を吐いて、ぐっと噛み締める。片耳に手を当て、ピアスを一つ外した。もう片耳のピアスも、二つ。どれも、昔仲間にもらったものだ。
残るのは、二人のものだけ。
「
……
悪い。
……
俺は、俺の一番を守りたい」
外したピアスを地面に置く。大切につけてきた、仲間の形見のようなもの。これをこんな風に捨て置く日が来るとは思いもしなかった。それでもこれはけじめなのだと、ピアスから目を背ける。
仲間達なら、ともすれば理解して共に守ってくれるかもしれない。そう思う。信じていないわけではない。それでも、テセウスとして排除に傾く可能性がないとも言い切れない。個が多数に勝つことは難しい。少しでも千景が害されるリスクがあるのなら、仲間を頼ることはできなかった。
左足首に目を向けて、ミサンガを撫でる。これも、外すべきではあるのだろうなと思いつつも、今は刃物がないからと別れを先送りにする。
時計も、時間を確認するのに今は必要だからと理由をつけて外しはしなかった。後で。また、後で外そう。
それから千景を抱え、立ち上がった。そうのんびりもしていられない。この得体の知れない何かを求める奴らにも、この事件の元凶となってしまった千景を追う存在にも、渡してなるものか。
「
……
俺と逃げるか、千景」
ぎゅっと抱きしめて、少し笑う。
以前は俺がおかしなことになったな。触手が生えたあの時も、こんな話をした気がする。一緒に逃げて、二人きりで過ごせるのならそれも悪くないなと夢想した。
こんな形で叶えてほしくはないが、これだって悪くはないはずだ。
「
……
お前と一緒なら、俺はどこだっていい」
表通りに背を向けて、さらなる闇へと足を進めていく。濃く深い闇が二人を包んで、まるで沼へと落ちていく過程のようだ。
この先の未来のことなど、わからない。そんなものどうだって良い。ただ今、千景がそばにいてくれることがなにより大切。
追っ手から逃げ、守り、得体の知れない何かから千景を奪い返す。
「千景」
闇に呑まれながら、硬くなった皮膚にキスをする。唇に触れる感触は普段と全く違うけれど、匂いや鼓動は同じ。
息を吸って、吐いて、少し笑って目を細めた。
「俺は、何も守れない男だけどな」
「全てをかけて守ることは、得意なんだよ」
俺の全部をくれてやる。
だからどうか、そばにいさせてくれ。
どこにもいかないで、待っていてくれ。
闇に身を浸す。これまでだって、世界の裏側で生きてきた。それが二人きりの裏側になったとて、なんら困ることなどない。
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