ながひさありか
2026-05-02 03:13:58
8286文字
Public STR-Phaidei
 

楽園通信

君を葬る の続きの小話です。エリュシオンに帰ってリンゴ農家してる二人と、婚姻届にサインさせられたファイノンの話。
様々な捏造/本国三周年動画ネタ等があります
5/5のイベント後に全体公開します。

通販はここ:https://booth.pm/ja/items/8204961



▼ モーディスから珍しくメッセージがきたと思ったら、アンタと結婚したって聞いたんだけど本当!?

 珍しく相棒と通信が繋がったかと思えば、そんなメッセージが届いていた。続いて送られてきたスタンプでは、バットを持ったたぬきのキャラクターが驚いた顔をしている。
 天外とは時々しか通信が繋がらないので、先月画像データを送って届かなかった以来すっかり試すのを忘れていたことを思い出した。「実はそうなんだ。何度かメッセージを送ったんだけど、やっぱり届いてなかったみたいだね」と返信してから、オクヘイマで撮ったウエディングフォトを送る。
 ウエディングフォトなんて言っても、白い正装に花冠を乗せているだけの簡素なもので、オクヘイマで庶民がやるようなささやかなものだった。アグライアは最後までずっと不満そうな顔をしていたが、僕にも彼女にもどうしようもないことだった。なにしろモーディスが「それでいい」と言ってきかなかったからだ。
 僕と結婚するにあたり、王族ではなくただのクレムノス人になったのだから盛大にすべきではない、と言うのがモーディスの主張だったが、それを信じているのは、多分モーディス本人だけだろう。今でもクレムノスの民はモーディスをオーリパン王と同様に王族だと感じているし、今は玉座に座っているオーリパン王がいつか引退する暁には、モーディスがそこに戻ると信じている(仮に未来でそうなったとしても、僕がクレムノスに行くだけなので、特に問題はないな、と僕たちの間でそれを話し合ったことはない)。
 僕はアグライアのように貴族家出身でもなければ、キャストリスさんやトリビー先生たちのように特別な巫女でもない、ただの農村出の男だ。上流階級の決まり事には疎いので、モーディスがいいと言ったのならいいのだろう、と彼の主張に従うことにした。ケラウトルスさんが何度かモーディスを訪ねて説得を試みようとしたようだったけれど、最終的に失敗した。
 一応、「君のご両親や民はそれでいいのかい?」と確認はしたが、「俺の人生はこれからは俺のものだ」としかモーディスは言わなかった。
彼の頑固さは僕のよく知るところなので、そこに説得の余地はない。

▼ 今度そっちに入れたらお祝いを持ってくから! 印税が結構入ったし、重版も何度もしてるから、会えるのは結構早いかも。二人は今はどこに住んでるの? エリュシオン?

 以前通信が繋がった時に、僕たちの物語を本にして出版した話を聞いていた。天才クラブと呼ばれる相棒の仲間の一人によれば、そうすることによって天外に誕生したオンパロスが僕たちの時間軸と同期する速度が速まる……とかなんとか説明されたが、説明をしてくれる相棒自身もよくわかっていないらしく、「なんかとにかく、待ってて!」と言われていた。難しいことは僕にもわからなかったが、待つのは慣れっこだった。希望のある待ち時間と言うのは案外悪くない。
 こうして平和で幸福な日々を送れているのは、どうやら夢ではないらしい。こんな風に、時折通信が繋がる瞬間や、毎日の小さな幸福を噛みしめるたびに、ほっと息が漏れてしまう。

▼ いや、一年の殆どはオクヘイマで暮らしてるよ。今は収穫期だから、一時的にエリュシオンに帰ってきてるけどね。
そういえば、小さなものなら送れるみたいだし、後でりんごが送れないか試してみるよ。
 
 さきほど収穫したばかりのリンゴを撮って相棒に送ると、画面に影が落ちた。
「いつまで休憩している? ……ああ、あいつと連絡がついたのか」
 麦わら帽子をかぶったモーディスが額の汗を拭いながら、僕を見下ろして納得したように呟く。さっきまでアグライアが大量に注文してきたリンゴのひとつひとつをモーディスと一緒に綺麗にふいて箱に詰めていたのだが、梱包がまだ残っている。
「君、僕に黙って結婚したって話したんだって?」
「別に問題あるまい。写真を送ったが届かなかったと言っていたのはお前だ」
 暑そうに息を吐いたモーディスは「そろそろ再開するぞ」と僕の石板を取り上げ、「まだ梱包仕事が残っている。ファイノンをサボらせるわけにはいかない」「またな」と高速で打ち込んで勝手に送信している。

▼ 相変わらず仲がいいんだね。リンゴ楽しみにしてる。

 慌ててモーディスから端末を取り返し、また後で、と返信しようとしたけれど、メッセージ欄には通信の切断が表示されてしまっていた。
残念ながらそれから何度試しても、返信が相棒に届くことはなく、今期のリンゴを届けるのは難しそうだった。
「そう焦ることもないだろう。今年がだめでも、来年でも再来年でも試せばいい」
 僕が残念に思っていたのを正確に読み取ったモーディスが、隣で仕事を再開しながらそう口にする。
「試すのも待つのも僕の得意分野さ。別に焦ってはいないよ。
そういえば、トリビー先生からアップルパイを一つ作ってくれないかって連絡が来てたんだけど、君の所には届いてる?」
形の少しいびつな不良品を避けながらモーディスに尋ねると、「昨日から十件は届いている」と苦笑した。
 眉がくしゃりと寄って、ちょっと年齢より幼く見えるモーディスの顔は、麦わら帽子の影の下でも眩しい。
「トリアン先生かな。どう考えても一つじゃ足りなそうだ。僕もなにか手伝うよ」
「ああ。しばらくオクヘイマに戻る予定もないからな、いくつか冷凍して送る予定だ」

  🪶

 恋人から始めたい、と言う僕の主張を了承したモーディスとの生活は、たったの二週間で終了した。
 昨晩、モーディスに呼ばれて僕が部屋を訪れると、そこにはモネータの紋章の入った巻物と、契約用の特別なペンとインクが卓上に置かれていたからだ。モネータとタレンタムが入っている時点で内容は見なくてもわかる。婚姻届だ。
「サインをしたら帰っても構わん」
 リクライニングチェアに腰を下ろしたモーディスが本から顔を上げ、淡々とした声で言う。何を読んでいるのかと思えば、アグライアも最近読んだと言っていた、キャストリスさんの新刊だ。主人公とその相棒二人がナナシビトに似ているだとかで、彼らの痛快な冒険劇だと聞いている。キャストリスさんに何故か「ファイノン様は読まないでください」と珍しくはっきり言われてしまったのでまだ読んでいないのだが、モーディスは別に止められなかったらしい。
 ――なんて現実逃避をしていると、背後で扉がカチッと大袈裟な音を立てた。どうやらロックがかかったらしい。
…………
 つまりサインをするまで帰るなってことかい? と、モーディスに聞くべきだろうと思ったが、現実の僕はモーディスの顔と書類を交互に見比べ、果たしてなんと答えるべきかと普通に困っていた。だってそうだろう。これが例えば賃貸契約書なんかであれば、とりあえず内容を読んでみよう、なんて思っただろうけれど、紛れもない婚姻届だった。
三千万を超える輪廻の間に目にしたことも手に取ったことも当然あったが、これにサインをしたことはない。
 モーディスは二週間前、僕が部屋を訪れた時と同じように、ゆったりとした布を纏わせただけのような服装をしていた。これが彼の寝間着のうちの一つだと言うことは知っているが、どうにも現実味がなくて落ち着かない。
 リクライニングチェアの肘置きに右肘を置き、頬杖を付きながら僕に視線を向けていたモーディスが、何故か開いていた足を組み替える。普段は甲冑に包まれている、筋肉の綺麗についた長く美しい足が、部屋の灯りで眩しく輝いているように見えた。
その足に触りたい。多分、素直に口にすればモーディスは笑って許してくれるのだろうと思ったが、それもきっとサインをした後の話だろう。
「どうした。それがなにかわからんとでも言いたそうな顔をしているが、説明が必要か?」
「説明は不要……と言いたいところだけど、一応聞かせてくれないか?」
 いつまでも立ったままでいるのも、とようやく椅子に腰を下ろし、婚姻届を手に取る。ざっと紙面を眺めてみたが、やっぱりオクヘイマで使用されている婚姻届だった。しかも既にモーディスの名前と都市が記載されている。
「仕方のないやつだな」
 やれやれと言った風にリクライニングチェアから立ち上がったモーディスは、僕の座る椅子の隣の椅子に腰を下ろし、何故か僕の肩に顎を乗せると、両腕を僕の腰に回してぴったりと体をくっつけて来た。唐突な行動とモーディスの肌の温かさに飛び上がりかけたが、モーディスが得意そうにフン、と鼻を鳴らすのを見たくなくて(悔しいからだ)、ぐっと堪えた。二度目のバニオに誘う前だと言うのに、モーディスの肌や髪からは、最近オクヘイマで流行りの、柘榴の香りのするバスソープのいい匂いがしていた。
 そう言えば、モーディスに「新しい石鹸を宣伝して欲しい」と言う依頼があったとかで、バルネアのポスターになっていたことを今更思い出した。出演料がいくらなのかは知らなかったが、「金はさておき石鹸は十年分もいらん」とモーディスは貰った石鹸の殆どをクレムノスに送ったらしい。
「うわっ!?」
 ――と再び現実逃避をしていると、おい、とモーディスが不機嫌そうな声で僕の顎に噛みついてくる。さすがに驚いて飛び上がりかけたが、いつの間にかがっしりと体を抱き寄せられていて、体が少し揺れるだけに留まる。
「随分と気もそぞろだが、それは余裕なのか、どうでもいいと思っているのかどちらだ?」
「どっちでもないって。君がこんな手に出るとは思わなかったから、驚いているだけさ」
 僕の言葉に、顔を覗き込んでいたモーディスが不思議そうに首を傾げ、「それほど意外か?」と小さく呟くような声で言う。意外に決まってるだろ。少なくとも、君がこんなことをしてきた輪廻は今までに一度もないんだから。……と答えるのも、なんとなく気まずい。これが本音ではあったが。
「まあいい。見て分かる通り婚姻届だ。俺の名はもう書いてあるだろう? あとはお前がサインをするだけだ」
 モーディスは片手を僕の腰から外すと、僕の手に羽ペンを握らせ、「さっさとしろ」と言いながら、僕の耳の付け根と輪郭の境目あたりに何度もキスをした。渾身の力で僕の手をぐぐぐぐぐっと握って動かし、「エリュシオン」と書かせようとしている。
 どう言うわけか、恐ろしく甘えられながら結婚を強要されている。そんな現実に脳が混乱し、ペンを握らされたまま「ちょ、ちょっと待ってくれ」と思わず声が出た。
 オクヘイマ式の書面でいいのか? 確か、クレムノス様式もあったはずだけど、と記憶から余計な言い訳を引っ張り出してしどろもどろに続けると、モーディスは「オクヘイマ式の方が手っ取り早い」と伝統を重んじる男らしくない発言をする。
「貴様、まさかこの二週間のうちに俺に愛しているだのなんだのとさんざん甘ったるいことを言ったのは、機嫌取りだったなどと今更言い訳をするつもりではあるまいな?」
「もしそうだったとしたら、君がわからないわけないだろ……
 なんとかモーディスの手を剥がして「書くよ、書くから、ちょっと待ってくれ」と懇願すると、ふん、とモーディスが鼻を鳴らす。その表情は怒っていると言うよりも拗ねている顔で、二週間前に僕が「恋人からはじめたいんだけど……」とねだってから二日ほど見せていたものによく似ていた。どうやら全く納得がいっていなかったらしい。あのモーディスが。
「あと一分だけ待ってやる」
「短っ!?」
 そんなしょうもないやり取りをしている間、何度もモーディスはぐぐぐっ、と僕の手を紙面に滑らせようとしていて、僕は必死の力でそれに対抗していた。くそ、この馬鹿力め。
……俺と一緒になりたくないわけではあるまい?」
 覚悟が決まらず、のらりくらりとモーディスとの結婚を先延ばしにしようと二時針も攻防をした末、とうとう、モーディスが本当に失望したようにため息をついた。
 どうして君がそんな顔をするんだ? と問うのも躊躇うほど暗い声と表情に、もしかして泣くんじゃないか、とあり得ない妄想が脳裏に走り、「いやまさか!」と慌てて書類にサインをしていた。
 勿論モーディスは泣かなかったし、僕がサインをしたのを見て、「よし」と嬉しそうにわらった。
まるで、夏の陽に顔を上げる花のような笑顔で、本当に今度こそ、最後まで君と平和に暮らしたいと改めて感じてしまった。
「何を情けない顔をしている?」
 そう口にしたモーディスは、僕に怒っているわけでもなく、優しい表情をしていた。そんな顔してる? と尋ねる前に、モーディスに力強く抱きしめられてしまい、胸が潰れて声が出せなくなっていた。
 モーディスの肩口に額を摺りつけながら抱きしめ返し、触れ合った肌の温かさを確かめるように、じっと抱き合ったまましばらく硬直していた。
 その間、何度も君の冷たい体を抱きしめていた感触が手のひらや頬の上に蘇り、吐き気と寒気で体が震えてしまう。
「お前の妄想はもう現実にはならん」
 モーディスが僕をあやすような声で囁くのが聞こえ、体の内側に満ちようとしていた痛みが解けて行くのを感じた。
 そうだ。今はこっちが現実だ。
 僕はモーディスと敵対していないし、殺してもいない。
 モーディスの冷たい体を何時間も呆然と抱きしめて永夜を眺めることもなければ、血で汚れた体を清めたり、宝石で飾ったり、燃やしたりももうする必要もない。
 まだ平和を受け入れるのに時間がかかっているけれど、もうあの地獄のような徒労の日々は終わったのだ。
 はっ、と詰めていた息を吐く。大きく吸って、もう一度吐く。
 頭の中の冷たい痺れが段々と薄れ、長いため息が落ちた。
 髪にモーディスの唇が触れる感触に、顔を上げた。
「僕の唇はそこにないけど?」
「お前はどこにでも口が付いているような男だろう」
 馬鹿にしたように笑ったモーディスにキスをするために、体重を傾ける。
 案外柔らかい唇も、当然血の通ったあたたかなものだった。

   🪶

 そう言うわけで、恋人期間は二週間で終了し、気づけばモーディスと結婚していた。
 クレムノスの王族らしくものすごく盛大で面倒くさい手続きだのなんだのがあることもなく、反対にエリュシオンでやるような素朴なお祝いと共に人々の前でお互いにサインをするわけでもなく、エスカトンの頃になるべく手短に、最短で、添い遂げたい二人が添い遂げられるようにときまったやり方で。ようは届け出をするだけだ。

 モーディスは僕が満足するまでキスを大人しく受けた後、僕がサインした書類をくるくると巻いて回収すると、鍵付きの棚にそれを厳重にしまった。
その小さな鍵を僕にわざわざ見せると、寝台の傍にある小さな箱にそれをしまう。かちっと小さく音がしたので、どうやらそれは電子ロックか何かがかかっているらしい。
「明日の予定は特になかったな。朝一で提出をしに行くぞ」
……君は本当にそれでいいのか?」
「いいもなにも今更だろう。俺の両親に挨拶まで来ておいて、待たされた俺の身にもなってみろ。なにより、これ以上母上を宥めるのは骨が折れる。結婚したと報告しておけばしばらくは大人しいはずだ」
 モーディスはこの期に及んで不安になっていた僕を椅子から立ち上がらせてハグしたかと思うと、頬に何度もキスをしてくれる。モーディスはまるで酩酊でもしているかのように妙に上機嫌で、鼻歌でも歌いそうな様子だった。それにやっぱり面食らってしまう。
「君がお母さんにそんなに迫られてたのは知らなったな……
 素直に嬉しそうな様子のモーディスは本当に知らない姿で、彼の全てを知っていたつもりだっただけに、新鮮な驚きだった。心臓がうるさく跳ね、どくどくと血が通う音が耳の中でけたたましく響いている。それが案外不快ではなかった。
 ふう、と満足そうに息を吐いて体重をよりかからせてきたモーディスの体を、片足をやや下げてしっかりと受け止める。
 僕も頬に何度かキスを返し、「それで……」と話を切り出した。
「サインをしたら帰れって言われたような気がするんだけど」
「そんなことは言っていないが、まさか帰りたいのか?」
 むっ、と眉を寄せたモーディスを抱き閉めながら、ちら、と扉に視線を向ける。
「どうやら鍵がかかってるみたいだ」
 鍵の開いた音は聞こえなかったのでそう口にしてみたが、実際は出て行こうと思えば出ていけることを知っている。
 二週間前、モーディスは僕に端末を出させると、色々な鍵を僕の端末にインストールしていたからだ。
『お前にはありとあらゆる扉の鍵を渡しておく』
 そのうちのひとつはモーディスの私室の鍵で、殆どすべての輪廻で僕に渡されていたものだった。
 日に二度、ピュエロスに誘う際、昼寝をしているモーディスをたたき起こして引きずっていくには、彼の部屋の鍵が必要だった。はじめは彼の侍者に「約束をしてるんだ」と起こしてもらって待っていたけれど、あまりにもその回数が多すぎたのか、モーディスは「勝手に入ってこい」とうんざりした様子で僕に鍵を渡し、侍者たちにも「こいつがいつ来ても構うな」と言い渡していた。
……もしかして君って、ものすごく前から僕のことが好きだったりしないか?」
「今更気づいたのか。HKSこの馬鹿
 モーディスの言う通り、今更の事実に思い至って混乱していると、そんな僕の腰を掴んだモーディスが僕を寝台に放り投げる。
「俺を生娘のように扱うな。怖気が走る」
「き、生娘って」
 何を言ってるんだ、と続けようとした僕の唇を塞ぎ、覆いかぶさって来たモーディスが殆ど着ていないのと同じような服を肩から下ろし、留め具を外して全てを床に落とす。
 するりと蛇のような手つきで僕の下半身を撫でたかと思うと、顔を上げ、濡れた唇をわざとらしく舐めた。
 思わず声を上げそうになり、慌てて手のひらで口を覆うと、べりっ、と無慈悲にその手が剥がされ、寝台に放り出される。
 モーディスの殺気立った金色の瞳にじっとりと見降ろされ、ぞわ、と全身に鳥肌が立つのが分かった。恐怖からではなく、興奮で。
「今朝顔を洗っていて思い出したが、お前は俺を愛していると言ってもどの輪廻でも碌に手を出さなかった。俺を穢すような気がするだのなんだのとよくごちゃごちゃ言っていたが、よくわからん妄想は今夜捨てろ。
 ――数億年焦らされている俺の気持ちがお前にわかるか?」
「いや、『君』の体感上は多分、ええと、長くても数十年くらいのはずだろ!? 確か、一番長くオクヘイマで過ごしたのがそれくらいだったような……

 と言う僕の主張は「やかましい」の一言で跳ねのけられることになった。

   🍎

 モーディスが丸一日かけてアップルパイを作るのを手伝い、冷凍処理をしてから丁寧にラッピングして、オクヘイマに高速便で送る様子を(エリュシオンの農作物の販売促進営業として)なんとなくディアディクティオで配信してみると、ものすごくコメントがついただけでなく、アグライアから「アップルパイを千個買うので、時期や価格の見積もりを出してください」と無茶苦茶な連絡が入った。
「千個って、何を言ってるんだ? 今シーズンだけじゃ無理なのはわかるだろ。第一そろそろリンゴの季節も終わるし、他のパイにしてもいいなら定期販売はできそうだけど、そうなると僕たちはオクヘイマに帰れないじゃないか」
『別段こちらに帰ってくる必要はないでしょう。今のオクヘイマに英雄は必要ありませんから。メデイモスに連絡をしましたが、「作るのはいいが、数字のことはファイノンに任せている」と回答がありましたので、あなたに連絡をしたのです』
 後ろでのんびり本を読んでいたモーディスを思わず振り返ると、僕の視線に顔を上げ「何か問題でもあるのか?」と口にし、再び視線を本へ下ろす。
「俺はまだエリュシオンの特産物に詳しくないからな。どの果物を使うかはお前のセンスに任せよう。そういう訳だ、研究期間も考慮した見積もりを出してくれ」
『そういうことです』

 僕の知らない所で、エリュシオン永住が決まっていたらしい。



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