草木も眠る丑三つ時、とは言えそれを二十六時と称すような現代では、月明かり以上に明るい夜が落ちている。これじゃあ枯雄花を幽霊に見間違える方が難しい。
とは言えやっぱり夜は暗いし犯罪率は高いし、精神として気も落ちる。
しかし逆に、陰鬱なものは昼でも君が悪いし、真昼間っから戦争はしている。
悪いものが起こるのに、時も時代も関係ないのかもしれない。今ここでも、ほら、夜にぎらついたネオンが昇る場所が太陽とシフトを入れ替わっても、路地裏の明るさは変わらない。不気味薄暗く、じめじめしている。
なのに視線が引き込まれる。気持ちの悪いものほど、目が離せない。
何も見えない、何もない暗闇に、何かを見出す。あゝ、もう直ぐ見出せそうだ。いや、逆に、見出されるのはこちらの方か。はて、分からない。境界がぐちゃぐちゃだ。まるで逢魔時のよう。
昼も夜も関係ない。常に陰鬱で、時の流れを感じさせない曖昧な場所では、幽霊か何かとも言えないものに魅入られ易い。
小腹が空いて、ついついコンビニまで出て来てしまった帰りだが、持っていた弁当をその場に落とす。空腹を満たすために早足で帰路を進んでいたはずが、今じゃ一歩も動けない。瞬き一つできない。縫い止められたよう、足に根が生えたどころじゃない、その場の空気に囚われた。目に見えないはずのそれが、暗い色で体の中に入ってくるような気がする。視線を外せないのに、自分が今何を見ているのか分からない。上手く像が結べない。頭がくらくらする。何か機械音のようなものが耳をつんざいている気がするが、それが本当なのか判断がつかない。ただ、視線の先のそれが、頭を擡げて起き上がったような気がする。それから。それから、目が、こちらを。
「こら、何をご覧になっていますか。」
突然目を塞がれた。大きな手だ。
拍子にフードが落ちた。その感覚が分かった。
冷たい手にはっとさせられて、全身の感覚が戻ってくるようだった。体の中に入って来そうだった何かが、さっと抜けていくように思えた。
「ん?」
手が外された感覚がしている。だが何も見えないままだった。目は開いているはずなのに。
「仕方ありませんね。」
目の前にいる相手が、一つ息を吐いた気がする。そして何かごそりと音がして。
気が付いたら瞬きをして、そして改めて見た相手は、どうやら仮面を付け直しているところのようだった。
「えっと。」
高い背に、高いシルクハット、高い階級の紳士のようないでたちは、例え仮面が奇妙だとしても、そういう趣向の店なら確かにこの会話の何処かにならあるだろうと思わざるを得ない、生憎とここはそういう場所だ。しかし今体験したことを踏まえると、どうにも浮世離れして感じる。
「お食事、落ちてますけど。」
「あっ!?」
大きな手が示した、右の細い指先を辿ると、先程自分がコンビニで買ってきた弁当が落ちている。幸い弁当箱は無事だし、おかずが崩れるなんてのはこの際構わない。そして拾い上げて確認している間に、紳士風相手はどこかへ消えていた。
少し視線を外した隙に、跡形もなくいなくなった人物は、辺りを見回してもその後ろ姿すら見付けられなかった。ただ視線を落ちた弁当に移した時に、相手の左手がぎらりと光を反射したように見えた。
礼も言えなかった。いや何が起こったのか正直分からないので、正確には、礼を言って逆に何かあるかどうかも分からない。ただ何も言わせてもらえないままとなった。
今起こった不気味なことは、あの路地裏のものは勿論のこと、あの男だって充分怪しい。兎に角奇妙な体験をした。いや、しかし気のせいだったかもしれない。とも思う。
何故なら現代社会だから。少し貧血か立ちくらみでも起こして、金縛りのような、軽い麻痺のような感覚に陥って、視線も体も動けなくなって。なんて説明が、医療従事者でなくとも思い付くくらいには。紳士姿の人物だって、そういう衣装だと言うことができる。
ただ説明できないのは、身の内から湧き起こる薄ら寒さだけ。
幸い、帰路に就くそれ以降は、あんな路地裏なんて、目も行かないし興味も抱かなかった。それが逆に、あの時起こった体験を、より明瞭に、記憶として思い出せるのだった。
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.