ユコ
2026-05-02 02:17:09
12311文字
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テルマエ・トリップ(5/5新刊サンプル)

経費で温泉旅行に行ったら、教授が温泉の中で臀部を急流に掴まれ、その先は…!?なんと、幼いカカワーシャや奴隷時代のギャンブラー…過去の様々な入浴中のギャンブラーの前に全裸で現れる羽目になって…!?裸の付き合いを通じて本当のギャンブラーの心を知っていく、テルマエトリップなハートフルレイチュリコメディ。

【注記】
※元ネタとして教授の歌のネタにもなっている「テルマエ・ロ○エ」の原作のパロディが含まれます。
※ここに載せているのは全年齢部分ですが、基本教授は全裸ででかいです。(※下ネタ)
※ページ数・金額の確定が直前になるため、続きが気になる方は5/4頃のお品書き・正式サンプルでのお知らせをお待ちください。





 風呂は、いい。
 なぜなら、そこには人間の根源的欲求と真理が隠されているからだ。
 この多様な人種と文化がある宇宙で、なぜ『風呂』という文化が翻訳ビーコンでも共通で訳され、異星の人間と通じ合えるのか、僕らは考えなければならない。
 例えば、身を清潔にするということは、感染や病気を根絶する治療の一つとも言える。それは多くの惑星で、古くから『清め』として信仰の形になり、文化として形成されていることもある。やがて、その信仰が娯楽に変わり、公衆浴場(テルマエ)文化へと成長した惑星もある。『紡がれた物語』に登場するオンパロスのバルネアなどは、そういった文化形成を背景にしていることは想像に難くない。
 また、水がなくとも砂に埋もれる砂浴や、微生物の発酵に身を委ねる酵素浴、ミーム体でも入ることができる憶泡浴……、どのような過酷な環境でも人間は風呂という文化を手放さず、この宇宙で生きてきた。
 だからこそ、この宇宙の様々な風呂を見聞することには価値がある。
 そこには、人間の千姿万態の文化と、生きるための知恵があるからだ。
 風呂とは食事や睡眠と並ぶ、人間の第四の欲求と言っても過言ではないのだ。

(ベリタス・レイシオ著 『宇宙浴場紀行録』より抜粋)


          *


 湯から立ち上る光に溶ける柔らかな乳白色の湯気に、素肌をむわりと撫でる蒸気。しんと静まりきった空間にぴたり、ぴたり、と水滴の音が響きわたる。扉を開けた途端に味わう、静謐さと熱気が混ざり合う唯一無二の空気に肌が包み込まれるたび、全身の毛穴が広がるような感動を覚える。
 ──やはり、風呂はいい。
 博識学会の凡人院の天才。若くして博士号をとった、第一真理大学の生ける伝説。宇宙の知識の至宝。そんなさまざまな名誉を持つ男──ベリタス・レイシオは、全裸で二の腕を組みながら、改めて目の前の光景に唸った。
 無論、レイシオが全裸で仁王立ちをしているのは、この場の公共のマナーに則った格好だ。いささか口は滑ることもあるが、紳士を自負するこの男が公共のマナーを守るのは道理である。他人の前で全裸であることがマナーになる唯一の場。それが、公衆浴場(テルマエ)だ。
 今、レイシオの目の前に広がるのは、様々な功績や著書を持つ学者であるレイシオでも唸るほどの、賞賛に値する浴場の光景だった。美しい花や蔦模様の彫刻が施されたドーム状の天井に、湯気の湧き立つ澄んだ湯を湛えた大きな円形の浴槽。天窓から差し込む光に照らされた水面が銀色に煌めく。水面からは乳白色の湯気が立ち上り、光の中に溶けるような湯気はまるで天女の衣のように美しい。そこには、星穹列車の開拓者の著書である、『紡がれた物語』にも登場する美しい『バルネア』の光景が、見事に目の前には再現されていた。
 一見、贅沢を凝らした華美な風呂に見えるが、その実、天井の装飾は蒸気の水が垂れないための意匠と性能を兼ね備えたものであり、天窓の採光窓は湿気が溜まりやすい室内からうまく湿気を逃す知恵であることを、『宇宙浴場紀行録』の著書でもあるレイシオはもちろん知っている。
 意匠性と、機能性。
 その二つを見事に叶えた風呂の再現へ惜しみない出資をした男に、まずは捻りなく賞賛を伝えるため、レイシオはまだ脱衣所にいる男の方へと振り返った。
「ギャンブラー。珍しく君は、いい仕事をした。この風呂の再現は素晴らしい」
「あ、うん……、君が僕の仕事をそこまで率直に褒めてきたのが初めてで若干怖いけど……、まぁ、喜んでくれたならよかったよ」
 芸術的な風呂前にして、いつもより三割増しにテンションが高い全裸の男に、アベンチュリンは困惑を浮かべつつも微笑みを返した。普段、華美な衣服を着ている時から細身の男ではあるが、こうして一糸纏わぬ姿になると、貧弱と言ってもいいほどレイシオと比較して薄い体が目立つ。しかし、細身ではあるが、よく見ると薄く割れた腹筋や上腕筋の筋肉の流れなどは、彼が体を鍛えている証拠でもあり、軽薄そうな顔とは違って裏では勤勉に鍛えていることが伺える裸体だ。
 けれど、レイシオが愛でる彫刻にも劣らない均整な裸体を見せたアベンチュリンは、レイシオの視線にどこか恥ずかしそうにタオルをいそいそと腰に巻きつけた。羞恥を隠そうとしないアベンチュリンの態度に、レイシオは眉を顰める。
「おい。公衆浴場(テルマエ)では、タオルの持ち込みは禁止だ。別に今更、裸を隠す仲でもないだろう」
「いや、そうだけど……、君の体を前にすると、さすがに男として自信を無くすからさ」
 アベンチュリンの視線が物言いたげに、レイシオの体を上から眺め、そして下半身に向かって泳ぐ。──つまり、股間だ。他でも何度か味わったことがあるその失礼な視線の動きに、レイシオは不機嫌そうにふん、と小さく鼻を鳴らした。今更隠すものでもない。ぶらりと重力に倣って股間の間で揺れる自身の見慣れた陰茎を隠すことなく、堂々とレイシオは静謐な湯が満ちる浴槽へと向かう。この自分の裸体を見て、最初に他人が見せる反応など、もう見慣れたものだ。
 風呂という文化は、素晴らしい。
 ただ、裸の付き合いというものを他人とするにあたって、この不愉快な視線はどうにかならないものか。
 このビジネスパートナー兼生徒兼……、最近はプライベートで共に酒も嗜むようになったこの男を、『友人』と素直に呼んでいいものか、レイシオとしては線引きに慎重だが、そんなあらゆるレイシオの人間関係の一部を兼任する男と、初めての『裸の付き合い』となる今回の仕事の幕開けに、レイシオは小さく嘆息をついた。


        *


 二人がこうして『裸の付き合い』に至った経緯は、数日ほど前に遡る。
 レイシオの戦略的パートナーであるアベンチュリンが、レイシオにある一本の仕事を持ちかけてきたのだ。
「君が出資する、スパリゾートの公式監修だと?」
 アポイントもなくずけずけとレイシオの研究室に訪れてくる唯一の男の話を、いつもは耳半分で聞いているレイシオだが、今回ばかりは違った。まさしくレイシオのためにあつらえたような仕事の内容が、アベンチュリンの口から提案されたからだ。
「そう。今、不良債権だった惑星ラグジーの立て直しを図っていてね。調査したところ、惑星ラグジーは火山帯も多くて、たくさんの鉱泉があったんだ。この環境を生かして、カンパニーが提供するスパリゾートの惑星にできないかなって。惑星アハトピアとはまた異なる、いい観光地になると思うんだ。今は僕らにはいけないオンパロスのバルネアみたいな場所の再現があったら、きっとおもしろいだろ?」
「まぁ、着眼点は悪くないプランだな」
 開拓者が書いた『紡がれた物語』に出てくるバルネアの描写をきっかけに、今、宇宙では公衆浴場文化が賑わいを見せている。その流行のピークが来る前に、目ざとく計画していたアベンチュリンのアイデアはやり手の商人の彼らしい。
 おそらく、オンパロスの状況は今後しばらくの間は、宇宙中から注目されることだろう。その動きに乗って、『紡がれた物語』に出てくる名所を再現するのは、文化の再現と共に、あの本の宣伝にもなる。それはあの本を発行しているカンパニーの収入にもつながり、文化も利益もあらゆるところが潤うWINWINのプランだ。やはり、アベンチュリンは商人としての勘所が優れているいわざるを得ない。そんな自分のプランを語ったアベンチュリンは、困ったようにレイシオに言った。
「で、いろんな惑星から浴室技師を招いて結集した、古今東西の風呂文化を集めたスパリゾート施設がそろそろ完成しそうだから、視察を組むんだけど……、風呂文化に知識のない僕が視察に行っても、満足なアドバイスもできそうにない。そこで、君の厳しい論評が欲しくなったんだ。どうかな? もちろんリゾート滞在中の費用は、僕が持つ。経費でね」
 つまり、「経費で持つから、出張という名義で一緒にリゾート旅行を満喫しない?」という大人の遊びを、この男はレイシオに持ちかけているらしい。この男の経費の豪快さは石心メンバーからも噂に聞いている。社会人としてのマナーに欠けている男の発言にレイシオは眉を顰めた。
 だがしかし、経費云々の問題を抜けば、この男の持ちかけてきた話は悪くない。
「はぁ。君は本当によくそこまで次から次にカンパニーの懐を利用する手段を思いつくな」
「褒め言葉をありがとう」
「褒めていない。だが、まぁ今回の君の案件に監修できるのは、この宇宙で僕だけだという自負はあるな」
 レイシオの肯定に、アベンチュリンが嬉しそうに満面な笑みを浮かべ、指先をぱちんと鳴らした。
「さすが、教授! ノリがいいね。君の書いた『宇宙浴場紀行録』はすでに勉強済みさ。あの著者の人間として、ビシバシ監修を頼むよ」
「ふん。手加減はしないぞ」
「望むところさ」


        *


 こうして、ビジネスパートナーとの初めての『裸の付き合い』を兼ねた温泉旅行、ならぬ温泉出張が実現したわけである。
 アベンチュリンの考えていた惑星ラグジーのスパリゾートの構想は、かなりの豪勢なプランだった。今話題となっている『紡がれた物語』に登場するオンパロスのバルネアの再現から始まり、惑星アハトピアの弁財天国時代の公衆浴場に、江戸星の露天風呂……、彼の出身であるツガンニヤのある星系にある蒸気風呂や、ミーム体にしか入れない億泡風呂の感覚再現など、ありとあらゆる風呂の万博博覧会のような施設を作ろうとしていたのだ。確かにこれは、宇宙の風呂研究の第一人者でもあるレイシオにしか監修できない施設だろう。
 そんな出張1日目に選ばれた、オンパロスのバルネアが再現された浴場に訪れた二人は、レイシオの指示通りに掛け湯で静かに身を清め、湯気立つ湯に身を浸からせる。まだ正式なオープンを控えているため、この広い風呂も何もかもが二人だけの貸切だ。まさしく仕事の顔をした『大人の遊び』である。
 体の芯まで温める湯に肩まで浸からせたアベンチュリンの口から「あー……」と魂が抜けたような声が、浴場に響き渡る。いつも不敵な顔ばかりを見せる男の弛んだ顔を引き出す風呂の力に、レイシオは自分が褒められたような気分で得意げな笑みを浮かべた。
「君のことだからどうせ、日々、碌に風呂に浸かることもしていないだろう。こうして入浴する時間には、得難いものがあると思わないか」
「まぁね。でもシャワーのほうが手っ取り早いからさぁ」
「こうして湯で体の芯まで温めるのは精神的な安定にもつながるんだ。夜にカジノに赴き、ギャンブルに興じるよりよほど有意義だ」
「あー、はいはい。教授の講義は湯より身に染みるよ」
 親の小言を聞き流すように、レイシオの話を聞き流したアベンチュリンは、湯の中で思い切り足を伸ばしながら口をひらく。
「でもさ、オンパロスのお風呂って水着みたいなものを着て入るって、開拓者くんは言っていたよ。この施設もそのつもりだったんだけど……、君の視点では裸の方がいい?」
 今回の出張が貸切なのをいいことに、裸での入浴を推奨したのはレイシオの提案だった。どうやら、アベンチュリンの視点では他人と裸で風呂に入ることへの抵抗があるらしい。
「まぁ、オンパロスのバルネアは公共浴場で男女の垣根がないものだからな。基本的には、風呂は裸で入ることに意味がある。湯衣を纏う文化は、火傷などもある蒸気風呂のような惑星では多いんだ。ツガンニヤでは、裸で風呂に入る文化はなかったのか?」
「まぁね。ほとんど砂漠の惑星だったし、こんな水を豪華に使った風呂なんて贅沢すぎるよ。僕たちの惑星はいわゆるサウナみたいな風呂で、みんな衣を着て入ってたから……、まぁ、奴隷時代には男だらけの芋風呂みたいな環境も味わったこともあるけど、ああ言うのも苦手でさ。だから、こうして改めて君と裸で風呂に入るのはちょっと気恥ずかしさはあるかも」
 そう言って、ちらりとアベンチュリンの視線が、湯に浸るレイシオの裸体に注がれる。無論、レイシオの風呂マナーとして風呂の中にタオルを持ち込むのは厳禁だ。無色透明な湯の中で、レイシオの鍛え上げた肉体が揺らいでいるが、アベンチュリンの視線がいいたいのはそこではないのだろう。視線だけでもアティニークジャクのように喧しい男の視線に、レイシオはげんなりする。
……はぁ。そんなに僕の体が気になるか」
 脱衣所にいるときから、気になると言わんばかりの視線でレイシオの裸体──主に下半身に視線を泳がせていたのにはとっくにレイシオも気づいている。
 紳士であるレイシオは不躾に他人の股間を見るなどはしないが、確かにアベンチュリンよりは大きい──いや、大きいという言葉で表現するには三回り以上も違いがある陰茎が、自身の身体的特徴の一つになっている自覚はある。何せ、トイレという公共の場でも、隣にいた見知らぬ男からじろじろと自分の股間を見られた失礼な経験も、過去付き合った女性からはいわゆる体の関係に至るタイミングで「……無理かも」と拒絶された逸話もあるほどの陰茎だ。思い出したくもない黒歴史が脳裏に甦り、レイシオの顔がみるみる渋くなる。風呂という精神を清める場で、嫌なことを思い出した。洗い流したい。
 そんなレイシオの黒歴史を知らないアベンチュリンは、濡れた手を振って慌てて否定した。
「いや、ごめん。どうにも、気になって。その……、立派でかっこいいなぁって言う意味でね」
「その下世話な発言を、君は褒め言葉だとでも思っているのか? 不愉快だ」
「本当に、ごめんって。……何か、君のその、裸を見て……、見覚えがある気がしたんだよ」
 人の股間を見て、見覚えがあるとは、一体なんだ。おずおずと謝罪にもなっていない言い訳を口にしたアベンチュリンに、レイシオは憤慨する。
「人の股間を見て見覚えがあるとは、君の海馬はイカれてる」
「まぁ、僕の感覚がイカれてるのは否定しないけど。本当に君のサイズを野次るつもりはないんだって。そうじゃなくて……、うーん。なんで思い出せないんだろう」
 人の股間を見て、思い出すも思い出さないもない。頭を捻りながら相変わらずレイシオには理解できないことを考えている様子の男を、レイシオは放置することに決めた。失礼な男をよそに、レイシオは広い浴槽にこんこんとお湯を注ぐ、美しい壺をもった女性の石膏像の方へと身を泳がす。その壺から惜しみなく注がれる源泉はこの湯の中で一番高温を保っているのか、この場所だけ沸き立つ湯気が多い。
……ふむ。この石膏像も悪くないな。湯の熱さもいい」
 やはり、風呂の湯はこうでなくては。
 レイシオの湯の好みとしては四十度ぐらいの適温で、じわじわと体を温めながら読書をするのが好みだが、こうした熱い湯で汗を流すのも悪くない。熱い風呂と冷水風呂を交互に入浴する循環入浴は健康にもいいのだ。あとでギャンブラーには冷水風呂の設置を提案せねばならない。そんな思案を巡らせながら、こうした公衆浴場でしか味わえない熱い温度に、レイシオはふう、と熱気ある息を漏らす。そのまま女神像の近くに腰を下ろそうとするが、違和感に気付いたレイシオは女神像から注がれる湯の滝の下へ手を伸ばす。
「ん……?」
 湯気の中、その下には奇妙な窪みがある。まるで深い穴のような窪みだ。よく、風呂の中には立ち湯と呼ばれる立ったまま入る深さを持った風呂もあるが、このように突然の段差は安全性に欠けている。足の滑りやすい風呂では怪我の恐れもある。
「これは欠陥だな。指導しなければ……、ん?」
 その窪みの奥から、まるで自身の手が引っ張られるような引力が、突如沸き起こる。まるで渦を巻く遠心力のような強い力だ。おい、ギャンブラー! 風呂の欠陥に思わず怒鳴りつけたくなるが、湯気の向こうにいるはずのアベンチュリンの姿は見えない。そもそも、湯気はこんなに周囲が見えないほど白く、深いものだったろうか。
 何かが、おかしい。
 けれど、レイシオがその違和感に気付いた時にはもう遅かった。
 強い引力がレイシオの体ごと、その穴の奥へと引きつける。まるで臀部を掴まれるような急流に、レイシオは慌てた。風呂で溺れる。人生で初めての経験に、レイシオは湯の中で必死に踠くが、その強い吸引力は止まらない。まるで嵐の大海のようにレイシオの体をもみくちゃにし、湯の奥底へと引き摺り込んでいく。
 ──風呂で溺死。
 ちらりとよぎった自分の死因に、レイシオは目を閉じた。まぁ、風呂好きとしては悪くない。本望だ。いや、まだ宇宙の誤謬を根絶する人生は半ば、こんなものでは終われない。レイシオは生を求めて、必死に踠く。そうして引き摺り込まれた引力の渦から這い出そうとし──、そこでレイシオの意識は途切れた。


        *


「──ねえ、お兄さん。お兄さんってば。大丈夫?」
 幼い声がレイシオの頭上から響き渡る。アベンチュリンの声にしては随分と舌足らずで、幼い。たまにわざとらしく「きょうじゅう〜」と甘えた声で呼んでくるときのねちっこいアベンチュリンの声を思い出す。ああいった声を出す時のあの男の悪ノリには大抵裏があるのだ。気持ち悪くて仕方がない。
 そんな幼い声で幾度もお兄さんと呼びかけながら体を無遠慮にゆすられ、頭がずきずきと痛む。風呂で溺れた時に頭でも打ったのかもしれない。「もうやめろ、ギャンブラー!」と文句を言うために、レイシオは重い瞼をこじ開けた。
 けれど、顔面に広がったのは、見慣れたギャンブラーの男の顔ではなく自分の顔を覗き込む金髪の幼い少年の顔だった。レイシオは目を瞬かせる。痛む頭を抑えながら、レイシオはゆっくりと体を起き上がらせた。
「一体、ここは……?」
 周囲を見渡すと、見覚えのない少年の姿以上に、見知らぬ光景が広がっていた。石造りの煉瓦が積まれた質素な小屋のような空間に、もくもくと湯気を立たせる石を積んだ山が置かれている。石山の下には踝ほどの深さの浅い水たまりがあり、どうやらこの水を熱した石山にかけることでこの蒸気を産んでいるようだ。いわゆる、蒸気風呂(ロウリュ)だ。今までレイシオが味わっていたオンパロス風の風呂の光景や文化とは大きく異なる。そんな蒸気風呂の部屋の床で、レイシオは全裸のまま、大の字で伸びていたらしい。
 アベンチュリン曰く、惑星ラグジーのスパリゾートは様々な惑星の風呂文化を詰め込んだ設計にするとのことだったので、こういった蒸気風呂のエリアもあるのかもしれない。とはいえ、一体、あの風呂で溺れてから一体どうやってこの蒸気風呂までたどり着いたのか。そもそも、風呂に穴が空いているのは欠陥だ。おい、ギャンブラー! そう怒鳴りつけたいが、見渡してもアベンチュリンの姿は見当たらない。
 代わりにこの小さな蒸気風呂の密室にいるのは、目覚めたレイシオの体をじっと熱心な顔でしゃがみ込んで見つめている純朴そうな少年だけだった。薄い湯衣を纏った少年は、裸姿のレイシオの存在が珍しいのか、大きな瞳を爛々と輝かせながらレイシオの体を見つめている。──主に、股間を。レイシオは渋い顔で少年に忠告した。
……おい、君。不躾に人の股間を見つめるものではない」
「すっ……ごい!」
 レイシオの注意も聞こえていないのか、少年は大きな目を広げて、驚きの声を上げた。レイシオを見つめる宝石のような瞳は、賞賛が込められている。ピンクダイヤモンドのような美しい色と共に、光で色を変えるオーロラの瞳。その少年の美しい瞳には、見覚えがあった。──エヴィキン人。アベンチュリンと同じ、瞳の色だ。
 確か、アベンチュリンの話ではカティカ・エヴィキン絶滅事件を経て、生き残ったのは恐らく自分一人だろうと言う話だった。レイシオもカンパニーが一枚噛んでいることが予想されるあの事件の凄惨さは、知識としてはある。この少年が本当にエヴィキン人の生き残りの一人なのだとしたら、今すぐ少年を保護して、アベンチュリンに会わせてやるべきだ。ときどき笑えないジョークまじりに経験してきたアベンチュリンの人生を思えば、この少年も苦境の人生を味わっていたことは想像に難くない。
 けれど、少年の瞳にはそんな凄惨な事件や差別の苦境も、一切宿っていなかった。何も知らない無垢な瞳を輝かせたまま、小さな手のひらがむずりと無遠慮にレイシオの股間を掴んだ。
「おい! 人の股間を握るな!」
「あ、ごめんなさい……、おっきかったから何がついているのかと思って……
 どうやら、この少年はレイシオの玉──つまり、陰茎のサイズに興味津々だったらしい。ここでも人の身体的特徴をいじられる苦行に、レイシオは顔を顰める。それはそれとして、赤の他人の性器を突然握るのは、マナーとしていかがなものか。レイシオは咳払いと共に、指導のために口を開く。
「別に君についているものと同じだ。男になら誰にでも備わっている、陰茎だ」
「いんけい?」
……ペニスだ」
「ぺにす?」
…………おちんちんだ。こういえばわかるな」
「おちんちん!」
 なぜ子供はこういったシモの言葉に、むじゃきにはしゃぐのか。おちんちん! と嬉しそうに言葉を繰り返す、種族を超えて共通の子供特有のテンションの上がり方にレイシオは溜息をつく。自分もロボットやら乗り物に夢中だった普通の男の子だった自覚があるが、おちんちんでテンションが上がる子供ではなかったと思いたい。
 けれど、レイシオの説明に納得ができないのか、少年は不思議そうに首を傾げた。
「でも、お兄さんと僕のは、全然違うよ。僕、もっと小さいもん」
 そう言って少年は湯衣のズボンの口を引っ張って、レイシオに自分の下半身を見せようとする。子供としてあまり褒められた行動ではない。レイシオは紳士的に少年を嗜めた。
「こら。そうやって無闇に人に性器を見せるものではない」
「でも、お兄さんは裸だよ?」
「う……、これは、僕の惑星のマナーなんだ。風呂は裸で入る。ここは湯船はないとしても、風呂ではあるだろう」
「へえ。お兄さんの星ではお風呂の入り方も、僕らと違うんだね」
 確か、アベンチュリンの話ではツガンニヤでは蒸し風呂の文化があり、湯衣を着るのが文化だと脱衣所で言っていた。この少年がエヴィキン人なのだとしたら、同じ環境で育っているに違いない。砂漠の乾燥地帯が多い過酷な環境の惑星だ。恐らく肌を晒すこと自体も乾燥や熱中症につながることもあったのだろう。こういった環境下の種族が肌を見せることを良しとしないのは、宗教的にも文化的にもよくある話だ。
 レイシオが自分とは違う異星人であることに納得した少年は、レイシオに質問を重ねる。
「おちんちんのサイズが違うのも、そのせいなの?」
「いや、違う。君が気にしている、おちんちんは大人になれば自然と大きくなる。……それなりに」
 あくまで、それなりだ。この少年の小柄な体躯でレイシオと同じ大きさになるとは想像できないが、夢を見るのは自由だろう。そもそも、こう言う話は赤の他人とするべきものでもない。もっと教わるべき相手がいるはずだ。レイシオは咳払いをして、少年に言った。
「気になるなら、お父さんに聞いてみるといい。こう言う話は赤の他人ではなく、父親とするものだからな」
 家族でも同じ同性にしか話せないことは、たくさんある。けれど、レイシオの言葉に少年は寂しそうに顔を伏せて俯いた。
……僕、お父さんいないから」
 少年のぽつりと言った回答に、レイシオははっと息を詰まらせた。この無邪気な少年が、エヴィキン人の特徴を持っていたことを、レイシオは今まですっかり忘れていた。幼い頃に家族を失ったアベンチュリンのことを思い出し、レイシオは胸を痛める。この初対面の少年の心の傷に、赤の他人の大人が踏み込むべきではない。
……すまない」
 大人のレイシオにできるのは誠実な謝罪だけだった。搾り出すように口にした謝罪に、少年はあっけらかんと笑顔を見せて、首を振る。
「ううん。今はいないけど、僕がお父さんのこと好きなのは変わらないから。それに、僕にはお姉ちゃんもいるし、ひとりじゃない」
……そうか。君にとって、お姉さんはどういう人なんだ?」
「大好きなひと!」
 レイシオの問いに、迷いなく少年は笑顔と共に溌剌と答えた。
 そのあどけない笑顔が、不思議と最近になってレイシオの前で見せるようになったアベンチュリンの着飾らない笑いと重なり合う。不思議だった。希死念慮を抱えながら無謀な賭け一つで生きているアベンチュリンの姿を、どうしてかこの無邪気な少年を見ていると思い出す。
 レイシオは考える。あの男に今も愛する家族が側にいたとしたら、この少年のような純粋な煌めきを、あのときどき翳りを見せる空っぽな瞳に宿ることもあったのではないか、と。けれど、アベンチュリンの人生がそんなやさしいものであれば、レイシオとアベンチュリンの二人の邂逅は、決して産まれなかっただろう。改めて、己は数奇な男との出会いを果たしたものだとレイシオは思う。それを、彼が口にする幸運という言葉で片付けるべきかはわからない。なぜなら、いつだって人生の天秤は平坦にはならないからだ。あの男は、幸運と呼ぶべき自分の運の反対側に、常にそれと同等の代償を載せて、生きている。だからこそ、彼は生粋の賭け師(ギャンブラー)なのだ。その蛮勇たる生き方は、レイシオには決して真似はできない。
 仕事相手兼、生徒兼、いまのところ友人の男の人生を思いながら、せめて、見も知らぬ少年がこのまま健やかに生きていくことを、レイシオは祈る。アベンチュリンの人生は凡人には決して歩むことはできない人生であることを、レイシオは十分に知っている。結果、あの哲学的ゾンビもどきの大人が生まれているのだ。そんな他者では簡単に埋めることのできない喪失を抱える同じ道をこの幼い少年に歩ませたいとは思えない。レイシオは小さな少年の頭に手のひらを置き、撫でた。
「君の家族を思う心は、尊敬に値する。君の大切な人を、大事にするといい」
「うん!」
 おちんちんから始まり、不思議な交流へと落ち着いた少年とレイシオはお互いに笑みを浮かべる。そんな心も体も温まる交流が生まれた中、こんこん、と蒸気風呂の扉が叩かれる音が響いた。その音と共に、女性の声が扉の向こうから響く。
「カカワーシャ? そろそろ出なくちゃ次の人たちが来るわ。長く入ってたら、のぼせちゃうでしょ」
「あ、お姉ちゃん!」
 優しげな女性の声と共に、蒸気風呂の扉が開かれる。どうやら湯衣を着るこの蒸気風呂の文化では、男女で風呂が分かれるマナーはないらしい。カカワーシャと呼ばれた少年は、その声に嬉しそうに立ち上がり、扉へと駆け寄った。さっきまで話していた大好きな姉なのだろう。少年が駆け寄った先には、少年と顔がよく似ている金髪と美しい瞳を持った女性が湯衣を纏って立っていた。そんな美しい女性が、中に座っていたレイシオの姿を視界に入れて、ぎょっと驚いたように目を見開く。
 そのまま、恥じらうように頬を赤らめた女性は、駆け寄ってきた少年を守るように胸に抱きながら、扉の向こうへと少年を連れ出す。「お兄さん、またね!」と、カカワーシャはレイシオに手を振ってくれたが、レイシオにはその別れを返す間もなかった。
 そして、ここまでレイシオはすっかり忘れていたのだ。──湯衣を着るのがマナーの文化がある風呂で、見知らぬ女性に自分の全裸を見せてしまったと言う事実を。
 扉の向こうからひそひそと声を潜めた女性の声が響く。
「ちょっと、カカワーシャ! 危ないじゃない、あんな男の人と一緒にいたら!」
「え……、でもあのお兄さん、のぼせて倒れてたんだ。心配で。それに、話してみたらいい人だったよ」
「変なことされなかった?」
「変なこと?」
「いい? カティカ人と同じぐらい、全裸の男の人には近寄っちゃダメ。こんな公共のお風呂で全裸の男の人だなんて、変よ」
 あっという間に露出狂の変態扱いされてしまった会話が扉の向こうから聞こえ、顔面蒼白したレイシオは頭を抱える。
 誤解だ。けれど、全裸のままここから飛び出して女性に言い訳をしたとしても、さらに罪を重ねるだけだ。そもそも、なぜ全裸のままこの蒸気風呂で目覚めたのか、レイシオ自身ですら説明がつかないのだ。よって、免罪が晴れるわけでもない。今すぐ石膏頭を被りたいほどの羞恥心の波がレイシオに去来する。風呂場に石膏頭を持ってこなかったことを今ほど悔いたことはない。いや、全裸に石膏頭を被ったところで問題が解決されるわけでもなく、さらなる変態と化すだけだが、気持ちの問題だ。
 飛び出したくとも、外に飛び出せない状況に追いやられたレイシオをさらに追い詰めるように、蒸気を起こし続ける石山からじゅうじゅうと音を立てて大量の蒸気が上がり始める。
「ふ……っ、凡人、か……
 そもそも蒸気風呂とはこのように長時間入り、会話をするような場所でもない。とはいえ、このまま全裸でこの蒸気風呂から出たところで、レイシオは変態扱いだ。幾度となく宇宙のメディアをゴシップで騒がせてきたが、流石に全裸の露出狂の疑いは遺憾にも程がある。人間としての沽券と生命の危機を天秤に乗せて熟考するが、答えなど出るわけがない。どちらもレイシオにとって手放せない重要な尊厳だ。思考で熱しすぎた頭がくらくらと揺れだす。完全にのぼせてしまっている症状を自覚したレイシオは、頭を抱えながら床に膝をついた。
 いや、ここで気をやっては──。
 全裸のまま、またぶっ倒れる痴態を晒すまいとレイシオは必死に意識を保とうとするが、どんどん蒸気の煙は増していき、レイシオの視界は真っ白に染まる。どう見ても、この風呂は欠陥だ! おい、ギャンブラー! またしても指導のために声を張ろうとするが、不思議と声がうまく出せない。あっという間に真っ白に染まってしまった視界にもがきながら、またもやレイシオの意識はそこで途切れた。