もち
2026-05-01 22:07:48
6319文字
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酔いのせいにして

ましひろ。酔ってしまったましろくんと世話をやくひろとさんとキスの話。

 
※18歳の飲酒後の描写がありますが、法律で規定されている年齢に達していない方の飲酒を勧める意図は一切ありません。
 
ーーー
 
 
 
 
 
 
 


「すんません」

 座標、間違えました。ほんまは家に飛ぶつもりやったんですけど、ウッきもちわる、あの、ちょっとだけ、休ませてもらってもいいですか?
 矢継ぎ早にそう言った深夜の来訪者がそのまま玄関先で蹲りそうになったのを、咄嗟に肩を貸して寝室へと連れていく。普段からしゃんとした佇まいではないけれど、眉をへの字にして口元に手をあてている姿を見て放ってはおけない。体全体から漂っている濃い酒のにおいに、側にいるだけであてられてしまいそうだ。首筋や頬、耳朶などは過剰なくらいに赤く染まっていた。
 まるで情事のときを彷彿とさせるようなそれに、口を噤む。

「はぁっ、うえ、……うぅ……ほん、ま、なんすか、これ」
「酒か?」
「そ、す、……はっめ、まわる、」

 覚束なくてふらふらの足元でなんとか寝室まで辿り着いた真城が、ぐしゃ、と膝から崩れ落ちたように蹲ってしまった。寝支度を整えたばかりの布団は手を伸ばせば届くくらいのところにあるわけだけれど、ひとまず今は動きたくないということだろう。
 荒くて苦しそうな呼吸のせいで、背中がたわむように揺れていた。しんどいだろうな、という想像は容易で、膝をついて背中をさすってやれば「すんません」という二度目の謝罪は最初よりも随分と弱音が滲んでいる。

「別にいい」

 自分ではない誰かの醜態を見たのはこれが初めてじゃない。真城の醜態は初めてだけれど、まだ会話できるだけマシだろう。むしろ、家柄の都合でそういう場に連れ出されることも多いせいか、この程度では特になんとも思わなかった。気になっているのは、本人の意志で飲んだのか、飲まされたのか、ということだけだ。
 ……まだ十八歳かそこらのはずだ。柴よりもひとつかふたつ、若かったはず。
 最初に自己紹介されたときに聞いた気もしたが、興味がなかったゆえの朧げな記憶では正解が導き出せるとは思えなかった。当の本人に聞けばいいのだろうが、今じゃなくてもいいか、と思う。

「ふっ、はぁ、しんど、っ……
「使っていいぞ」
「あ、いえ、も、すこし、休んだら、だいじょ、んで、……

 詰まりながらの言葉は、どこからどう見ても無理をしてるようにしか見えない。蹲った体を力任せに転がしてやるのは可哀想で、「布団」とだけ言えば「つかえません」と返ってくる強情さに溜息が零れる。
 だったら、最初から来なければよかったのに。
 あと一回飛ぶくらいどうとでもなったはずだ、と思いながら「真城」と名前を呼べば、「す、んません」と三度目の謝罪がその唇から紡がれていた。
 迷惑かけてすんません。わけわかんなくなっててすんません。布団を素直に使わせてもらえんくてすんません。
 あらゆる感情を統合して発せられた謝罪だとわかっていながら、「いいから寝ろ」と強く言えばようやくのろのろと這いつくばり始めたことにほっとした。布団に体半分だけ乗った形でひっくり返った真城は、両腕で目元を覆っていて表情が見えない。荒い息遣いは多少ましになった程度でほとんど変わらず、今度は背中ではなく胸を大きく上下させている。

「うぅ……さい、あくや、」

 呻くような声の後。ぼそっとつぶやかれたその言葉は、残念ながらしっかりと耳に届いていた。こんな時にどんなことを考えてるのかなんて、手に取るようにわかってしまうのは多少の近しい経験があるからかもしれない。情けないとか、みっともないとか、もう顔合わせられへんとか。どうせその程度のことのはず。普段ならどうってことない移動術すら使えないことも、酒のせいだと割り切ってしまえばいいのに。
 ひとまず。
 布団に転がったのを確認してから、立ち上がる。足を向けた先は台所で、用意したものは水差しと湯呑だった。普段からよく使っているそれをお盆の上に乗せてから、常温より冷たい方が飲みやすいだろうと水差しの水がキンと冷える程度の氷をぽとぽとと落とす。それを持って寝室へと戻れば、離れたときと同じように体の半分だけを布団に預けたままの真城が転がっていた。
 床に転がる人間はよく見る光景のひとつ。ではあるけれど、相手が相手だから普段よりは心配している。
 飲まされたのか飲んだのかは知らないけれど、酔い潰れるという経験を多く積んでいるとはこの様子を見れば到底思えなかった。年齢を考えれば当然のことで、多少なり世話を焼いてやってもいいような気がしてしまうのは日頃の行いに他ならない。
 真面目で勤勉。でも、手を抜くときはちゃんと抜く不真面目さと実力を驕らない冷静さ、さらに年齢にそぐわない大胆さも持ち合わせている。この関係においては、その真面目さと不真面目さのバランスがちょうどよかった。家柄に色目を使わないだけで十分で、さらに他の追随を許さない強さを若くして持ち合わせているのだから大したものだと評価している。
 最初は、ただそれだけだった。
 ある夜を境に一線を越えてしまったことに、特別な理由なんてない。どちらかの意志が尊重されたわけではなく、気が付けばそうなってしまっていた。最初は確かにそうだったけれど、この関係が片手の指の回数を越える前に引き返せればよかったのに。

「水、飲めるか?」

 頭を撫でながら、声をかける。切り揃えられた前髪は両腕の奥に隠れていた。汗で薄っすらと湿った感触が指先の皮膚から伝わってくる。しんどいだろう。これほどに酔い潰れたことなどないから、想像しかできないけれど。

「あとで、もらいます」

 起きれへん。
 ぽつりと聞こえた言葉に、まあそうかと天井を見上げる。電気も暗くしてやったほうがいいのだろうが、蛍光灯の紐を引っ張るには立ち上がらないといけなかった。
 頭を撫でるのをやめて、持ってきたばかりの湯呑に水差しの中の冷えた水を注いだ。触れた湯呑は、中身の冷たさを物語っている。

「動くなよ」
……へ?」

 口の中が一気に冷える。
 零さないようにと引き結んだ口元を、返事直後の呆けたままの唇へ寄せた。

「んがっ!!」

 ほんのひと口分。
 たったそれだけしか含まなかった冷たい水は、目的の唇の中へは吸い込まれず顎や首筋を伝ってシャツと布団へ染み込んでしまった。

……あんった、なんっ!?」

 顔を隠すように覆っていた腕の袖口で濡れた口元をごしごしと雑に拭いながら言われて、その動揺っぷりに胸がざわめく。普段の意趣返しのようなところもあったのかもしれない。こちらばかりが翻弄されているような気がしてしまっているせいだろうか。翻弄するほうが、気分がいいに決まってる。

「水を飲ませようと思って」
「くちうつしで!?」
「ああ」
うっそやろ」
「だから、動くな」
「まっ、!」

 手順は簡単。
 たったひと口だけの水を含んで、柔らかなそれに触れてやる。溢さないように引き結んでいたそれを薄く開けば、重力に従ってまたたく間に落ちていった。
 そのまま。
 喉が動いて飲み込んだところまでを確認して、もう一度。
 諦めたのか、それともたった一回で慣れたのか。体の強張りは多少解けているようで、水を飲み込むのもさっきより早い。もう一度、と思って水を含むとちょうど湯呑が空になった。
 なくなれば水差しから継ぎ足せばいいと思っていたのに、それよりも先に制止を訴える手のひらが視界に入る。

も、いいです、」

 口の中に留まっている水の行き先がなくなってしまった。そう思いながら飲み込めば、氷で過分に冷えた液体がのぼせかけた体温ごと熱を奪い去っていく。
 静かだけれど、平常時よりは荒い呼吸を未だ繰り返している唇が濡れているのが気になった。それを指で軽く拭っただけなのに、唇を噤んで強張った体の素直さに首を竦める。
 表情は見えない。いつもと同じピアスが光る耳朶だけが真っ赤に染まっていた。
 なにか、言おうとしているのだろうか。引き結ばれていた唇が、いつの間にか微かな震えを伴っている。
 静寂。
 寝室に似つかわしくない酒のにおいが薄っすらと充満していて気分が悪い。襖を開けて換気くらいするべきなのだろう。
 そんなことも、わかっていたけれど。

…………よかった、んですか」
「何がだ」
「だ、って、……キス、すんの、」
 
 
「は、はじめて、」
 
  
「やったから……
 
 耳をそばだてていないと聞き逃してしまいそうなほどにか細い音の羅列。紡がれたその言葉の意味を理解した瞬間、心臓の血流が上がってどっと早鐘を打ち始める。
 キス。
 初めてだと、言われるまで気付かなかった。
 今しがた、水で濡れた唇を拭ったばかりの指先はもう乾いている。同じ指で自分の唇に触れてしまったのは無意識で、それに気が付いてしまうと余計な雑念が湧いてしまってよくないと思った。いつもと一緒のはずなのに、ただ水に濡れているだけでさっきの行為に違う意味が孕まれてしまう。
 あつい。
 酒を飲んでいないのに、まるで酔っているみたいに。

……忘れろ」
「嫌です」
「真城」
「もっかい、キスしてくれるんやったら忘れます」

 声の大きさは変わらない。
 なのに、さっきよりも強い意志を持ったその音に「生意気」と言えば「俺、生意気なんですよ」とくだけた口調で返ってくるのだから腹立たしかった。「知ってるでしょ」と付け加えてきたその声に、よく知っている、と返すのは躊躇われて、何度目かの溜息を吐き捨ててやる。

「寝ろ」
「寝れません」
「真城」

 窘めようとして呼んだ名前なんて、意味を持たない。

「じゃあ、一個だけ我儘言ってええですか」
「内容による」
「水、ください」
「自分で飲め」
「飲めないです」

 よくわかっている。どうすれば言うことを聞かせられるのか。甘えるのがうまい、とも言うのだろう。
 たかだかあれだけの水で酔いがさめるとは思えず、時間の経過と多少休めたことで落ち着いてきているにしても。軽快な会話の合間に漏れる荒い息遣いを見てしまえば、心配しないままでいることも難しい。
 わざとなのか無自覚なのかは判断がつかないことも多いが、今に関して言うならば絶対にわざとだ。自分なら他人に強請るなんて絶対にできないけれど、される側だと絆されたくなってしまうのだから不思議だと思いながら奥歯をぎゅっと噛みしめる。
 この誘いには、乗るべきじゃない。
 都合よく湯呑の中身だって空っぽだった。水差しからいちいち水を足してまでしなくてもいい。
 そう思うのに、湯呑の半分ほどだけ水を注ぐ。氷はもう溶けているけれど、口の中に含んだ水はさっきまでと変わらないくらいに冷たかった。床に置いたお盆を軽く遠ざけたのは、そうしたほうがいいと思ったから。
 触れ合うことに、躊躇いはない。
 ただ、ほんの少し意識してしまっただけ。
 重なった唇。柔らかなそれに水を与えようと唇を開いたのと視界が揺らいだのは同時だった。

……っ」

 伸びてきた手。振り払うよりも先に後頭部を押さえつけられていて、背中が慣れた感触に沈み込む。
 組み敷かれている
 この態勢は初めてじゃないけれど、確かに、こんなに近い距離で顔を見上げるのは初めてかもしれない。なんて、当事者なのに他人事のように感じてしまうのはささやかな現実逃避に他ならなかった。
 いつのまにか口の中にわだかまっていたぬるい水に眉を顰める。仰向けで飲み込むのは難しくて、喉につっかえたようなそれをどうにか飲み込めてほっとしたのも束の間。
 水じゃない。
 得体の知れないものが口の中に入ってきた嫌悪感で体が反射で強張っていた。唇を塞がれていると声が出せないらしい。こんな形で、知らなくてもよかったのに。
 ぬるついているのは唾液のせい。それに混じる酒のにおいは、あてられて酔ってしまいそうなほどに濃いものだった。しんどいだろう。そんな心配よりも、縺れた舌から伝わる熱のせいでまともな思考を繋ぎ止められなくて。
 腰の奥にわだかまる熱の正体を知っている。燻っているそれのせいで、指先ひとつを動かすのすらままならない。
 くるしい。
 声を出そうとしたけれど、鼻に掛かったような音が漏れただけだった。そんな音も、唇の間から発せられる粘着質な水音に掻き消されてしまう。息苦しさと焦燥に駆られた指先が、何かに縋ろうと掴んだものは真城の背中のシャツだった。布地を手繰り寄せるように爪を立てる。限界に身を仰け反らせたところで、ようやく呼吸を取り戻していた。
 噴き出るような汗が気持ち悪い。
 耳障りな息遣いにうんざりする。
 声はようやく出せるようになったけれど、それよりも。真城の背中に回してしまっていた両腕をどうすればいいかわからなくて戸惑っていた。
 まるで、こちらが強請って、抱きついているみたいだ。
 こちらのそんな困惑を無視して聞こえてきた「夢みたいや」という言葉に、ますます身動きが取れなくなる。
 ……夢?
 肩のあたりに項垂れた頭。ぎゅう、という効果音が聞こえてきそうなくらいに思いっきり抱きしめられていて、面食らった。こういう、普通の触れ合いは今のところしたことがない。

……ヒロトさんと、キスしとるなんて」

 ふやけたような喋り方。
 腕の力はもう緩んでいて、胸のあたりから穏やかさしかない息遣いが聞こえてくる。
 意識を失った人間の体はそこそこ重い。覆いかぶさられている全身にずしりとした質量を感じていた。

……真城?」

 返事はない。
 警戒を怠りすぎだと小言のひとつも言いたくなってしまったのは、燻った熱をひとりで冷ます寂しさを知っているから。
 他人なのにその体温は妙に馴染んで、寝息に眠りを誘われている。欠伸を噛み殺しながら、脱力しきった体の下から抜け出したところで起きないだろう。ひとり用の布団は狭いけれど、こうやって身を寄せ合って眠る時間は嫌いじゃなかった。
 こどもみたいだ。
 半開きの口の端から垂れているよだれを見て、頬が緩む。年相応に、驚いたり、笑ったり、怒ったりしている姿を見ると胸が温かくなる理由なんて知らないけれど。

おやすみ」

 電気を消す。
 ここに居るのはふたりなのに、まるでひとりの世界になってしまったような暗闇を怖いとは思わない。仕方のないこととはいえ、いつもとは違うにおいを諦めるように溜息を吐いた。全て酔っ払った真城が悪い。だから、明日は二日酔いで苦しめばいいというのはささやかな恨み言として胸の奥に閉じ込めておく。
 再びの欠伸に微睡みながら瞼を閉じてみたけれど、簡単に眠れなさそうなのは明らかだった。
 忘れろと言ったのに、忘れられずに囚われてしまうのはこちらかもしれない。
 初めて触れた唇の感触は、今も脳裏に焼き付いていた。
 
 
 
 
  
 

 
 
 
 
 

 
 

 
 
 

 
 
 
 









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翌朝全部覚えてて二日酔いでヒロトさんに土下座謝罪する真城くんがいます。笑。


本当はましひろのえろが書きたかったんですけど酔った勢いではしないなになったため、また別の機会に!(まだ書く気?)