2026-05-01 14:50:13
1471文字
Public りゅうみこ
 

邂逅/土灯

ポイピクに投げた土灯SSです。恋エンドクリアの勢いで書いたので、色々と解釈が甘い部分があります。

 ざあ、と常に平穏な龍宮にしては珍しい一陣の風がやにわに吹き荒び、外套の裾をはためかせる。
 珊瑚の梢が鳴る、さながら鈴の音のような響きが耳朶に触れた刹那。何もかもを浚うような記憶の大波が頭の中に押し寄せてきて、俺は深く息を吐きながら目を伏せた。
――ああ、そうだったのか)
 “その時”の光景どころか、銃弾を受け、落馬した痛みまでもがまざまざとよみがえり、思わず口の端を歪める。
 俺は悟った。己が朝幕の世界に帰る日は、もう二度と来ないのだと。
 あの日五稜郭を後にした時点で、こうなることは覚悟の上だった。何より、この事実は己の志を貫き通した証左に他ならない。よって、一片の悔いもない。
 だが、ひとつだけ気がかりがあるとするならば――あの世界にひとり残された結川の行く末だろうか。
 俺に万一のことがあった場合の結川の処遇は、ブリュネ殿に託していた。
 おちゃらけたところはあるが、実力も高く、信頼の置ける男だ。戦況が悪化する前につつがなく結川を連れ、箱館から逃げ出してくれたに違いない。
 そのまま無事に蝦夷から離れ、何処か安全な地に落ち着くことができたのか。あるいは龍神の導きにより、異郷に帰ることが叶ったのか。疑問を抱きかけたものの、些末なことだと一笑に付す。
(あいつが――笑って生きていられる地に辿り着けたのなら、それでいい)
 俺が愛する女は、悲嘆に暮れ涙する顔よりも、吞気に笑っている顔のほうが似合う。
 雪の中でも咲き誇る梅のごとく、決して挫けることのない強き心で喪失の痛みを乗り越え、再び屈託ない笑みを浮かべられるようになるのならば――その地がたとえ異なる世界でも構わないのだ。
……そういえば、この間もしまりのない笑みで団子を食っていたな)
 思い出し笑いなど褒められたものではないが、先日共に出かけた際、幸せそうに団子を頬張る結川の姿が頭に浮かび、つい含み笑いが漏れる。
 多分俺の前だけでだろう、すっかり気を緩める様子が愛らしかったな、と胸のうちで呟きつつ顔を上げれば、龍宮特有の淡い陽光を浴びて煌めく大樹のような珊瑚が目に映った。
 俺が生きた朝幕の世界には存在しえない、夢のごとき情景。極楽浄土とはこのような場所を言うのかもしれないなどと詮なきことをつらつらと考えているうちに、俺ははっとした。
(現世で死んだ俺が、ここに在るということは……龍宮は冥府そのものなのか?)
 死後に見ている夢という可能性も否めないが、こちらの仮説のほうがしっくりとくる。しかし、そうだとしたら結川や他の者たちも、俺と同じということになるわけなのだが。
――いや、今はまだ結論に至る時ではないな)
 龍宮の有り様に疑義を呈している者はいない――薄々勘づいている者はいるかもしれないが――状況で、確たる証拠がないまま物事を判じるわけにはいかない。いずれ明らかになるであろう真実を無闇に暴くのは、誰の望むところではないはずだ。
 今この瞬間、はっきりしていることはただひとつ――俺が結川とまた出会えたという事実だけ。
(ならば、俺がすべきことは決まっている)
「土方さん!」
 願いの源流へと至るように過去に思いを馳せかけたその時、愛しい声音が柔らかく耳朶を叩く。
 視線を向けた先には、花のように頬を綻ばせ、こちらへと駆けてくる掛け替えのない恋人の姿がある。呼び声に応えるように目を細めながら、俺は改めて心に誓う。

 誰よりも深く愛し、誰よりも大切に守り抜こう。――この幸福な時間が終わりを告げるその時まで、ずっと。