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紫呉葛
2026-04-30 23:10:43
6570文字
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【オキラス】セロシアの赤に揺蕩いながら【一枚の絵から】
貴方のイラストから小話を書かせてください分。どぅんEX様のイラストより書かせていただきました分になります。何でも許せる人向け。オキーフ視点。モブの登場あり。ネタバレあり。捏造設定増し増し。
出かけるなら何処が良いかと問われた。
お前の行きたいところで良いと答えた。
バレンフラワーに搭乗し、オキーフは雪原の上空を隊員達を引き連れ飛行していた。
向かう先は強いコーラル反応が観測されたとする地点。
V.Ⅳであるラスティを筆頭に第四部隊が先行して調査協力に入っているとの知らせは受けていた。
防衛線や機材搬入の護衛で借り出された第四部隊。
設備管理や調査の補助として出動を命じられた第三部隊。
二部隊が同じ場所での任務にあたるのは久しぶりだ。それもラスティの部隊とだ。
ここしばらくの間まともに会話ができていなかった。その分彼の声が聴けるのだと、己に呆れてしまう程度には期待もしてしまう。
此方に気付いて、スティールヘイズを寄せてきて、気さくに「やぁ、オキーフ」と通信を送って来る、その姿を。
だがそれは、眼前に広がった赤い光の間欠泉によって断たれた。
コックピットが小刻みに揺れるほどの衝撃、乱気流によって急激に落ちる飛行速度、視界モニターを通して差し込む眩しさ。
隊列が乱れる中、オキーフは真っ先に思い浮かんだ予測を元に目的地付近の部隊に通信を飛ばす。
《こちらV.Ⅲ、状況の報告をできる者はいるか?》
ノイズが酷い中、情報を求める内容に気付いた者が藁にも縋るかのように詰まりながらも言葉を送ってくる。
嫌な情報が耳に届き、オキーフは一瞬息を止めてしまった。
『第四隊長が、赤い光に飲まれた』
開けた氷の大地、そこに出来ているのは四脚機体を四〜五台ほど並べたくらいの長さで機体でも底が見えない深い切れ目。
そこから吹き上がる赤い光は、オキーフの予想どおりコーラルだった。
周りの氷を削り内包していた多くを一気に排出したためか、最初の噴出時よりは勢いを衰えさせ頂点を大きく下げている。
通信機器が繋がる位置まで後退をしていた第四部隊の隊員が降り立つバレンフラワーを見るやいなや、通信を繋ぎながらMTで駆け寄って来た。
原因は現時点では不明だが、突如として氷の切れ目内から地上へと大量のコーラルが接近、真上を通過中の隊員を庇うべくMTを突き飛ばしたスティールヘイズは、回避が間に合わずコーラルに飲まれ落下していく姿が確認された。
オキーフが一つ、深く長めに息を吐く音を己のコックピット内のみに響かせた。
そして、周囲の全通信機器に繋いで通達する。
《第四隊長の救出にはV.Ⅲのみがあたる。総員、今から出す指示に従い迅速に行動しろ》
第三部隊の隊員達に、第四部隊隊員及び調査部隊を引き連れて指定の距離まで離れること、時間内に戻らなければ救援部隊到着に関わらず基地への撤退を命じる。
調査によって底までの距離と構造は視覚化されている。その上で現在この場で救出に向かえるだけの性能がある機体はバレンフラワーだけだ。
後数分も経てばコーラルの吹き上がりも治まるだろうというのが調査部隊の見立てだ。降下の換装とシステム設定を行い終える頃には向かうことが出来る計算になる。
正しい判断とは言い難い。下手をすればアーキバスは二人のヴェスパー隊員を失うことになる。一人を切り捨てる方が最善と見なされるだろう。
だがオキーフの持つ権限を上回る者は、今此処には居ない。
選ばない訳がない。
そうして、バレンフラワーは未だ赤い発光を残したままの氷の地の切れ目の中に降りて行った。
頭上の光を通していた氷は次第に闇を帯びていく。思った以上にコーラルの鎮静化が早く、眩しい程の赤い光は今ではすっかり薄れていた。
それでも残滓は漂っている。バレンフラワーのモニター越しから、石の中のインクルージョンのように赤い光の散らばりがオキーフの視覚に映っている。
コーラルへの引火を避けるため長く炎を灯し続けるブースターは切り、最速で降下する。
高度を表す数値がみるみる減っていく。それでも、遅いと思ってしまう。一刻も早くと焦る思いを抑え込み、操縦桿を握りながら氷壁に接触しないよう意識を割く。
次第に、闇から再び赤い明かりに戻っていく。水面に併せてゆらゆらと揺らめいた輝きが辺りを下から照らしている。
バレンフラワーの脚がばしゃりと飛沫を立て、とうとう氷の地の切れ目の底に辿り着いた。
コーラルが溜まる場所。そこに脚を浸からせてスティールヘイズが立っていた。
「ラスティ
…
!」
バレンフラワーがスティールヘイズに駆け寄る。
機体の電源は落ちているようだ。青緑色のアイライトは灰色になっている。
降下中に何度か通信を送っていたが返事は無く、生体及び機体反応もレーダーは捉えられなかった。電源が落ちたこととコーラルによる信号阻害によるものだった。
急いで機体に直接ケーブルを差し、外部からの強制起動を掛ける。
灰色から青緑色が灯る。応えるようにバレンフラワーの中にスティールヘイズの内部のデータが送られてくる。
パイロットの生存は判明したが、どうやら意識は無い。
呼びかけにも全く反応しない。
機体ごとコーラルを浴びたことにより、ラスティは昏睡状態になっている。
直ぐにでも治療を受けさせなければならない、本来ならば。
バレンフラワーの上昇力を以てしても、この深度から地上に戻るより先にラスティの意識がコーラルに飲みこまれる方が早いだろう。
『最悪な事態/コーラルリリースと同じ状態』に陥る。
最も避けたい事象を、最も大切な者が受ける。これ以上の苦痛があるだろうか。
だが、痛みに呻く余裕は状況を把握しようとする無意識に主導権を握られる。
此処にたどり着くまでラスティは意識を保っていたのだろう、機体はオートパイロットのログも無く直立している。コーラルに接触はしているがスティールヘイズのコアは浸かっていない。
それに機体の電源が落ちた分、搭乗者に接続されたケーブルからの信号伝達も止まる。
侵食は遅くなっている。助けられる可能性は
……
ある。
「オールマインドとの関わりがこんな形で役に立つとはな」
コーラルリリース計画に加担したが故に得ている知識と技術。
オールマインドとの特殊暗号通信では強化人間の脳深部コーラル管理デバイスを通して受信・解読をしていた。大まかに言えば電脳世界へ意識を移して行動することに近い。
意識を散逸させずコーラルの海に潜ることができる。
もちろん、無謀な行動だ。オールマインドとの通信の場合は脳内のコーラルだけで済み、あちらからの制御も有った。
今回は何の補助もない。対峙するコーラル量は比較にならない程に莫大で、その中で人間二人分をこの赤い海から引き上げなければならない。
『足の代わりに魚の尾を持つ、か。さぞ、海の中を自由に駆けるのだろうな』
不意に、かつてラスティが零した言葉を思い出した。
太陽系の惑星にある御伽噺を聞かせた時のことだったと記憶している。あれ以来、海に関する情報を強請られるようになった。
彼が漂う海に潜る。見つける為ならば彼の機体よりも早く泳いでやる。
オキーフは肺に限界まで酸素を満たした。
バレンフラワーのシステムを切り替える。普段のアーキバス仕様であるように偽装をかけて、外部との通信を遮断したままオールマインドとのやり取りに使っていた仕様に。
普段は受け取る側である交信を反転させ、コーラルに情報を送る。
バレンフラワーに積んでいるシステムで脳波を強制的に制御を掛けて、意識そのものを極限までCパルス変異波形に近づける。
「ぐぅっ
…
!」
頭が割れそうな痛みが襲って来る。耳鳴りが鼓膜を突きやぶりそうで、汗が額を伝う、息が詰まる。
操縦桿をへし折りそうなまでに握りしめて堪える。
感覚が電源を落としたように途切れた。
眼前には、赤。
白い波が幾つもの帯となって揺らめいている。
高密度のコーラルの海。
揺蕩う中で、自覚が己の形を成していく。
オキーフという一人の人間の姿が海中にはっきりと存在する。
意思のままに指は曲がり視界も動く。
手首にかかる袖の形にアーキバスの制服を構築していたと認識する。最後に彼と会った時のことが反映されたのだろう。どんな姿をしていても機動に支障は無いが、裸よりはマシかとどうでも良いことに思考を割き、自我を確立させていく。
呼吸に合わせて口から遠ざかる気泡が天地の向きを示している。どうやらゆっくり沈んで行っているらしい。
向きをくるりと変えて海底に目を凝らす。
輝く白が酸素に触れた血液のように濃い暗色に飲まれ、コーラルの流れが揺れを無くし幾重にも駆け抜けていく先。あれが、可視化された最終防衛線。越えれば浮上は叶わず、意識は抗う間も無く散逸する。
(ラスティ
…
!)
声は音にならず、視覚には変化が無い。
形を、意識を、波長を。彼を探す。
見えない、聞こえない、居ない。
そんなはずない。
己の体はバレンフラワーと繋がっていて、バレンフラワーはスティールヘイズと繋げていて、そのスティールヘイズはラスティと接続している。
飛び込む前にバイタル情報を引き出して彼の脳波パターンも持ってきているはずだ。
もう一度、よく見ろ、よく聴け。
(ラスティ、返事をしろ!)
だが、オキーフは失念していた。そしてそれに気付いたが故に、もう一度身を翻した。
赤と白の混ざらない海の天。
あぁ、そうだ、彼奴は俺よりも少し背が低かったな。
己の背に重なっていた影がそこに在った。
青い髪が波に揺らめき、同じ色の上着を纏い、しかしその炎の色を携えた双眸は閉じられたまま。
これ以上漂わないようにと彼の右手を掴んで軽く引き寄せ、輪郭を確かめるように頬を撫でる。
此処に確かにラスティが居る。
オキーフの口から気泡が一つ上がる。
だが、問題は此処からだった。
潜る前に用意してきた引き上げが上手く作動していない。
定義した『オキーフ』と『ラスティ』はシステム側も認識し確定している、次の指示も実行が掛かっている。バレンフラワー側がその先を読み込み中とだけ信号を流してくる。
此方からは何も出来ない。意識は此処にあるが脳は乱されている状態で自力での覚醒もほぼ不可能と言える。潜る前に設置したプロンプトだけが頼りだった。
ラスティの手を握ったまま、オキーフは赤と白の水面を見上げる。
身体は沈んでいく。
限界域が近い、これ以上沈めば戻れない。
これはせめてもの足掻きだ。
オキーフはラスティの下を陣取り続ける。
せめて己が先に沈めば、彼だけは運良く助かるかもしれない。距離を離せばバレンフラワーが処理を次の指示に進めるかもしれない。可能性というよりは希望でしかない。
この愛する人間が助かるのならば、己の全てを投げ捨てても構わない。
一度握る手を強め、そして腕を伸ばし、ラスティを押し放す。
手の中からするりと抜けて。
指が、絡みつく。
「!」
瞠目するオキーフに、目を閉じたままのラスティは口の端を釣り上げた。
「酷いな、私を捕まえていてはくれないのか?」
ゆっくりと、瞼を上げて。
絡めた指を辿り、手を握る。
「オキーフ」
ラスティの口から名と気泡が溢れる。
寝起きの時のように少しぼんやりとした眼差しで、しかし目の前の男を真っ先に認識して嬉しそうに笑みを深めて。
「ついでに、状況を教えてくれるとありがたいのだが」
同僚に話しかけるいつもの気軽さで尋ねてくる。意識を遮断していたことで藻掻かないことが抗いとなり、結果ラスティという自我をコーラルの曝露から守ったのだろう。
その強さに感心し、そして安堵して、オキーフは少しだけ目元を緩める。
「コーラルの中だ」
まず簡潔に場所を教える。
それには納得したらしい。この赤色に塗れた周囲を見ればルビコンⅢに関わる者ならば真っ先に結び付けられるだろう。気絶する直前のことも思い出した様子も見せてくる。
「そして、俺たちはある種の意識体として此処にいる」
次に状態を知らせた。
ラスティは珍しく目を丸くしている。
無理はない。多くの人間は体験しないことだ。
アリーナのように疑似的に機体に乗り操作する仮想現実の装置は普及しているが、あれは仮想空間に居るように錯覚させているにすぎない。今のように意識を切り離してはいない。
この海を隔てた向こうでは、二人とも昏睡状態だ。
「
…
そうか、貴方はそれでも、私を助けに来てくれたんだな」
にかっと笑うラスティに、
「そうだ、と言いたいところだが
…
」
オキーフは僅かに眩しそうな目を向ける。
直面している問題を包み隠さず述べる。
肉体に帰還する為のプロンプトが作動していないこと。この大量のコーラルの中ではいずれ自我が分解されてしまうこと。
オキーフはコーラルを操れる人間ではない。あくまで応急的な対処しかできない。
対応方法はもう無い、と。
「あとは、運任せということか」
それらを説明し切るとラスティがけらけらと笑った。
普段は綿密に事を進める貴方にしては、勢いが良いな!と。
ぐうの音も出ないオキーフ。
勢いだけしか無かった。助けられる確率はあまりにも低すぎたのだから。
辿り着く手段を持っていた。だが救出できる可能性には足りなかった。
偶然が重なった。だがこれ以上良い偶然が重なるとは限らない。
濃い赤に向かってただ静かに沈んで行く。
オキーフも分かっていた。
ラスティも分かってしまった。
助かる見込みは、もうほとんど無い。
ラスティがオキーフの胸に手を乗せ、そして近づく。
「貴方となら、沈んでも良い」
その声音と眼差しは決して軽いものではなくて。
沈む、その意味を理解した上で、彼は本心を吐いた。
「こうして、貴方は此処に来てくれたのだから」
暗い水底でありながら陽のような明るい笑みをラスティは向けてくる。
その笑みに惹かれて、オキーフも彼の覚悟と想いを受け止める。
胸に重ねられた彼の手に己の手を重ねる。
「あぁ、お前となら」
共に溶けるのも悪くない、と。
パライバトルマリンとファイアオパールの二つの色が、瞳に重なり映る。
「なぁオキーフ、貴方と行きたい場所があるんだ」
「今その話をするのか」
「今だからこそさ、この前、貴方の部屋で雑誌を見て
……
」
いつも交わしていたような他愛のない会話を重ねていく。
己の灰色の髪も、彼の青い髪も、緩やかに揺らめく、それすらも記憶に焼き付けて。
溶けていく。
二人の境界線が曖昧になっていく。
先端から泡となって解けていく。
愛しく微笑む姿が霞みだす。
だが叶うなら、まだ彼と共に、歩みたい。
「っ
……
!」
突然目を見開き、忘れかけていた呼吸を始めて咳き込む。
額から幾筋も汗が流れ落ちる。
肩をまだ弾ませながらも落ち着きを取り戻し、目覚めた先がコックピットの中だと把握する。
オキーフはそこで己の意識が元の場所に戻ったことを認識した。
直ちにシステムを切り替えてラスティに通信を送る。
「ラスティ、応答しろ
…
!」
応答は無い。まさか自分だけ戻って来たのだろうか。
他の通信手段を模索しようと操作盤に手を伸ばすが、一本の雑音によって留められる。
ザリザリと複数のノイズが耳を刺したが、止み、そして最も聞きたかった音声が届く。
《私は生きているさ、オキーフ、貴方のおかげで》
ラスティの声に、オキーフは大きく一つ息を吐いた。
それから、幾日も経った。
救出後の検査や対応に振り回され、復帰後すぐに任務が舞い込みてんてこ舞い、結局ラスティとはまともに話せていない。
お互いのすれ違う時間すら合わない日々は相変わらず続いていた。
少々のもの寂しさはあったが、今回の出撃任務はその寂しさも紛れるだろう。
第三部隊と第四部隊の合同での任務。
ともなれば、必然的に彼と言葉を交わす機会もある。
「やぁ、オキーフ」
ラスティの声が、背後から届く。
ゆるりと振り向けば、彼が片手を上げて挨拶を示しながら足早に寄ってきて隣を陣取る。
「貴方と、行きたい場所があると言ったのを、覚えているか?」
「あぁ、言っていたな」
歩幅を合わせて、二人は長い廊下を歩いて行った。
お前の行きたい所は何処だと問うた。
次は貴方と、赤くない海に行きたい、と答えられた。
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