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2026-04-30 22:44:54
5351文字
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燭鶴「愛を仕込む」

光忠くんに教わった隠し味で夜食を作る鶴さんが、隠し味について理解を深める(?)話です。
webオンリー「燭鶴online!4」内の企画、記念小冊子『燭鶴ツヅリ2026』に「隠し味」のお題で寄稿させていただいた話の再録となります(再録許可あり)。web上での見やすさのため、紙面版と改行などを変更しています。

 夜更けに腹を空かせている。

 鶴丸は床に寝転がって部屋の天井を見上げた。光忠は先ほど遅めの入浴に向かって、しばらくは戻らないだろう。先に寝ていていいからねと言われたものの、空腹すぎてこれでは眠れない。

――、よし」

 だから、厨の一角を拝借して夜食に卵雑炊を作ることにした。


          □□□


 今夜は隠し味にオイスターソースを入れると決めている。これは光忠に教わった隠し味だった。というのは、先日彼が作って食べさせてくれた卵雑炊がとてもおいしく、その秘密を訊いたら隠し味にそのソースを入れたと教えてくれたのだ。

 隠し味という料理の技法について考えるとき、鶴丸は楽しい気持ちになる。ほんの少しの仕込みが大きな結果をもたらすという点で、驚きを仕込むことと似ているから。

 教わってから初めてこの隠し味を試すので、わくわくしている。

「さてさて、仕込みは上々……

 鍋に材料を準備し、丁寧に卵を溶き、しっかり確認した量の調味料と隠し味を入れながら鶴丸は呟いた。

 しばらく煮込む。鍋が煮立つにつれて、おいしそうなにおいの湯気が上がっていく。空腹感が増して、ぐうと腹の音がなった。

「よし! ばっちりだろう!」

 鶴丸は火を止めて、できあがった雑炊を器に移した。正直に言えば、一人で食べる夜食なのだから鍋から直接食べてもいいのではないかと思う。

 けれど、器に移すのもある意味での隠し味だと同じく光忠が言っていたから、それにならってみるのだ。彼が言うには、器にちゃんと盛ってから食べたほうがよりおいしいらしい。

 湯気の立つ器を運ぶと厨の隅に設置されている簡易テーブルセットに腰掛けて、手を合わせた。

 出来上がったばかりの雑炊は熱々だ。それを匙ですくって、息を吹きかける。火傷しない程度に冷ましてから、いただきます。鶴丸の唇が一口目を食んだ。

「ん、」

 出来立てをおいしく味わう。そう、おいしく、――

……?」

 一口目を食べ終えた鶴丸は首を傾げて、さらに二口、三口と食べすすめた。うん、確かにおいしい。夜分の空腹にしみる熱さ、出汁の味わい、卵のまろやかさ。オイスターソースの隠し味で全体は上品な印象の味わいだ。確かにおいしいのだけれども。

 さらにもう一口食べながら鶴丸は再び首をひねった。上手く作れているはずなのだ。けれど、光忠が作ってくれたときとは何かが違っていた。何かが物足りない。

「習ったとおりに作ったはずなんだが……

 おかしいな、と思う。何か分量を間違えただろうか? それとも調味料を何か入れ忘れたか? いや、確かに教わったとおりに作ったはずなのだけれど……

 うーん、と鶴丸が腑に落ちないままに考えていると、あれ、と声がした。

「鶴さんだ?」

 声のする厨の入口を見ると、こちらを光忠が覗いている。

「おぉ、光坊。ゆっくり風呂に浸かれたかい」
「それは、うん、とってもゆっくりできたけど……、鶴さんは何してるの? 誰がいるんだろうって覗いたんだけど、鶴さんとは思わなかったよ。もう寝てるかと思ってて」

 光忠は鶴丸が腰掛けている簡易テーブルのそばに近づいてきた。器の中身を見て、あ、お雑炊、と彼が呟く。

「あぁ、腹が減って眠れなかったから、きみに教わったこれを作っていたのさ」
「このあいだ鶴さんが気に入ってた、オイスターソースが隠し味のだね」

 すごくおいしそう、と光忠が言ってくれたので鶴丸は苦笑した。

「そうだったらよかったんだが……
……? 失敗しちゃったの? 上手にできてるように見えるけど」
「まぁ、うまいのはうまいぜ。だが、ただそれだけだ」
……?」

 鶴丸が肩をすくめながらそう言うと、光忠は不思議そうに首を傾げる。それをよくできていると言うのでは? とでも言いたげだ。

「きみに教わったとおりに作ったんだが、光坊が作ってくれた時のようなとびきりのうまさがないのさ」
「そうなんだ、……何が違うんだろう? ちょっと食べてみてもいい?」

 鶴丸は頷いて彼に匙を渡した。料理の〝師匠〟にフィードバックをもらいたい。雑炊をすくって一口食べた光忠が、料理人の顔をしながらよく味わっている。

「うーん、僕が作る味だね。だから鶴さんが好きな味だと思うけど……
「そうか? いや、何かが違うんだよな」
「そうかなぁ。おいしくできてるよ。もう一回食べてみるのはどう?」

 光忠はそう言って、匙で一口分をすくうと、鶴丸の方へ差し出した。そのまま彼に手ずから食べさせてもらう。

……、!?」

 するとどうだろう。さっきまではおいしいのにどこか物足りなかった雑炊が、今はなぜだかとびきりおいしかった。

 どういうことなのか不思議に思った鶴丸は、確かめようと光忠から匙を返してもらって、再び自分で一口食べてみた。調味料が偏っていたのかも、なんてことを考えながら。

 ……あれ、やっぱり何か物足りないような。

 鶴丸の頭の中は疑問符でいっぱいになって、もう一度光忠に匙を渡した。

「もう一回、食べさせてみてくれるかい」

 光忠が頷いてまた一口差し出してくれた。それを食べる。なんと、またしてもとびきりおいしい。どうしてなんだ?

 ここで鶴丸はふと、光忠の卵雑炊を先日食べた時も彼に手ずから食べさせてもらっていたことを思い出した。
 その日は出陣で負傷者が多く、手入れを待っている時だった。手入れを待つあいだ手が上手く使えないのに鶴丸がひどく腹を空かせていたから、光忠が食べさせてくれたのだ。

「なるほどな、分かったぞ! 光坊、きみ、その手に何か秘密の隠し味を仕込んでいるんだろう? だから光坊に食べさせてもらうととびきりうまくなるんだ」

 思い返してみれば、これまでもずっとそうだ、と鶴丸は思った。この卵雑炊に限らず、光忠が手ずからつまみ食いをさせてくれるときの料理は、いっそうおいしさを増しているような気がする。

「えぇ? 仕込み? いや、僕の手には何も……
「いや、何かあるはずだ。どんな驚きにも必ず種や仕掛けの仕込みがある。見せてみろ」

 鶴丸は光忠から匙を取り上げて置くと、彼の右手を掴んでしげしげと見た。特に何というわけでもなく、いつもの光忠の手だ。手が大きい。手袋越しでも分かる、鶴丸よりも節ばっていて骨太な手。

「何っていうわけではないか……、いや、待て、手袋も外していいかい」
「ふふ、うん」

 光忠はされるがままになりながら頷いた。ちょっと面白がられているような気がするのは置いておくこととして。

 基本的に手袋を外さない彼の素手に触れることができるのは恋人の特権かもしれない、と思いながら鶴丸はゆっくりと手袋を外した。しなやかに馴染んでいる革がほんの少し伸びながら手から外れていって、光忠の素手が鶴丸の前にさらされる。

 その手をまたしげしげと観察した。やっぱり特別に何かがある、というわけではない。鶴丸よりも厚く、やや硬い皮膚を感じる。彼が真面目な働き者であることを示すような勤勉な、しかし、何の変哲もない手。

「まぁ、単なる手、だな……、きみの……

 ふむ、と鶴丸は考えた。

 考えながら、意味もなく光忠の手を撫でる。こうして彼の手に触れているときにいつも思うのは、とても優しい体温のぬくもりでとてもあたたかいということだ。

「鶴さんって――、僕の手が好き、だよね」

 いつまでも手に触れている鶴丸に光忠がなごやかに言うので、そのまま両手で彼の手に触れながら鶴丸は頷いた。

「あぁ、この手こそが光坊がくれる愛の核のような気がするんだ。きみからの愛はいつでも感じているが、手に触れたり、手で触れられたりしているときに一番はっきりとその愛を感じるからな」
「そうなんだ。僕の気持ちがそうやっていつも伝わっているなら、嬉しいよ」

 光忠は穏やかに笑って頷いて、するりと鶴丸の両手の中から右手を抜くと、こちらの頬にその手で触れた。やっぱりとてもあたたかい。これはきっと、愛情の温度なのだ。

 こうやって優しい手に触れられているとき、なんとなくはにかんでしまうので、鶴丸は少し照れて微笑んだ。とてもあたたかい。肌に手のひらの体温となって伝わる愛。

 そこで、鶴丸ははっと気がついた。

「そうか! だからか! 光坊が手ずから食べさせてくれるときにとびきりおいしいのは、光坊の手に愛がこもっているからじゃないか?」

 大発見! という調子で言った鶴丸の言葉に光忠はきょとんとしてから少し考えて、そうかも? と笑った。

「鶴さんに食べさせてあげるとき、鶴さんのことがとっても好きだなって、かわいいなって思いながら食べさせてあげてるから、きっとそれが手から伝わっているんだね」

 光忠は自分の右手をしげしげと眺めながら、困ったように笑った。

「あはは……、なんか僕が鶴さんのことがすごく好きなのがばれちゃって照れちゃうよ。でも、鶴さんが思うより僕は鶴さんのことがすごく好きなんだ。その気持ちを隠し味にできるくらい」

 光忠の言い方だと、まるで彼からの好意のほうが大きのだとでも言いたげだったので、鶴丸は張りあった。

「待て待て、俺だってきみが思う以上にきみを想っているぜ。試してみるかい? 俺も愛情の隠し味を仕込んでやるさ」

 鶴丸は匙を再び取り上げて、器も持ち上げると彼に食べさせようと立ち上がった。そして、光忠に目を瞑るように言う。

……?」

 不思議そうにしている光忠に、驚きの隠し味だから仕込みを見せるわけにはいかない、と鶴丸は重ねて告げた。彼は納得はしていないようだったけれど、素直に目を瞑った。それを確認して匙で雑炊をすくう。

 そうして、食べさせる前に、ほんの一瞬だけ、彼と唇を合わせた。

――、!?」

 唇が触れた感触に驚いたのか、光忠が目を開ける。こら、まだ食べさせてないぞ、と言いながら鶴丸が匙を差し出したら、大人しく口を開けつつ彼はまだびっくりしている。

 一口を飲み込んだ光忠は未だ驚いている表情のまま言った。

「えっ、僕、今、キスされた、よね? 気のせいじゃないよね?」
「あぁ、良い愛情の隠し味だったろう?」

 欲しかったとおりに驚いた反応をくれる光忠を眺めながら得意げに言い放った鶴丸に、彼は目を丸くして首を振った。

「鶴さんとのキスは隠し味にとどまらないよ! それだけでとびきり濃厚なんだから、もっと大事に味わって――

 光忠がかなり力を込めて言ったので鶴丸は一瞬きょとんとしてから笑ってしまった。

「はは、そうか、それじゃあさっきの一瞬じゃ物足りなかったかい? もう一回して、よく味わうっていうのもいいぜ」
「それって――、鶴さんがもっとキスされたくなったってこと?」
「おい、伊達男が野暮を訊くな」
「ふふ、ごめん、鶴さんがかわいくて」

 悪戯っぽく笑った光忠は、ちょっとだけ鶴さんをつまみ食いしようかな、と言ってそっと唇を合わせた。先ほどの一瞬よりも、はっきりとしたやわらかな感触。

 夜食の合間に口づけて――これはどちらかと言えば行儀が悪いかもしれない――、いっそ出汁の味でもしそうだけれど、そうではなくて口づけはただただとても甘かった。確かにこれは〝隠し〟味にはならないと鶴丸は思う。この甘さだけで、ほかの何もいらない、十分だと。

 普段と比べれば短めに口づけを終えた光忠が唇を離した。それを、めずらしい、という気持ちでもって視線を合わせたら彼は肩をすくめた。

「ご飯の途中だからね。あんまり長いと、きっとお雑炊を食べ終わる前にこの甘さで鶴さんがお腹いっぱいになっちゃうだろうし」
「光坊とのキスで腹を満たすっていうのはかなり乙なもんだがな」
「そうかもしれないけど、せっかくだからもう少しのお雑炊も食べなよ。僕が隠し味を込めて食べさせてあげるから」

 そして、と光忠は続けた。

「食べ終わったら食後のデザートにもう一回キスはどう?」
「それは光坊がもう一回口づけたいってことかい」
「鶴さん、さっきの仕返ししないで」

 悪戯っぽく鶴丸が言った言葉に、光忠は呆れて困ったように笑った。けれど、どことなく楽しそうでもあったから、鶴丸も歯を見せて笑った。

「はは、すまんすまん。俺もきみがかわいくてな」

 デザートも、もちろん頂こう、と鶴丸が言うと光忠は微笑んだ。一口分をすくった匙をこちらに差し出してくれる。

「はい、鶴さん、おいしく召し上がれ」

 ぱくりと口にした夜食は、やっぱりとてもおいしくて、一人で食べていた時とは大違いだった。
 それは当然だ、と鶴丸は思う。光忠が想いを仕込んでくれているから。

 そう、愛情は最高の隠し味で、そのうえ、それ一つでも互いにとってとびきり甘い最高の調味料なのだ。



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✍️ちなみに、卵雑炊に少量のオイスターソースは実際においしかったです。私調べ。