互いに欲を吐き出して、しばしの余韻のあと、こちらの中から光忠が出ていったかと思えば彼はうつ伏せに横たわった鶴丸の上に身体を重ねるように全身を沈めてきた。
「っ、ぅ゛、
……」
彼の重さに肺が押しつぶされて小さくひしゃげた声が鶴丸の喉から漏れる。
こちらがうつ伏せで横たわるこの体勢で営んだあとの光忠は、よく事後にこうやって鶴丸に覆いかぶさるというか、のしかかってきて甘えてくるので、こうされる想定はいつもしてはいる。
が、実際に自分より豊かな肉体にそうされると、状況はほとんど押しつぶされているというものに近くて、呻き声が漏れるのは仕方がないとは思う。
「あっ、ごめん、重かったね」
申し訳なさそうに光忠が身を起こしたので、鶴丸はうつ伏せたまま首を振った。
「いや、
……大丈夫だ、ちょっとばかしきみの重さに備えるのが遅れた」
だから、好きにのしかかってきていていい、と添えると、光忠はまたこちらの身体の上に身を伏せて、ぴたりと肌を合わせながら抱きついてくる。
事後でも体温は彼のほうが高くて、背中側の光忠に触れているところがとてもあたたかかった。一方の腹側の敷布は鶴丸の体温を帯びながらも少しひんやりとしていて、そのやわらかな冷たさが心地良い。身体の前と後ろ、違う快適さに挟まれて、さながら心地良さでサンドイッチにされているみたいだ。
背中で光忠の胸元が膨らむのを
――つまりは、呼吸を
――感じているうちに、鶴丸の呼吸もだんだんと同じリズムになっていく。今は先ほどまでのように身体を直接的に繋げているわけではないけれど、これもまた互いが一つになっているような感覚がする、と思う。満たされている。
しばらく二人は言葉ではなく肌を合わせることで呼応していたのだけれど、不意に光忠が上半身を少し起こしたようだった。背中から体温が遠くなる。
普段であれば事後の余情はもっと長いのだが、彼の気は済んでしまったのだろうか。少し寂しい。
「もうちょっとゆっくりしててもいいんだぜ、どうした?」
「あっ、ううん、まだのんびりしてたいけど、ちょっと気になることがあって」
「気になる?」
「気になるっていうか、想像したことっていうか」
出し抜けにこの男はいったい何を言っているのか、と思って鶴丸はうつ伏せのまま振り返った。それと同じタイミングで、つつ
……、と肩甲骨を爪先でなぞられたので身体が小さく跳ねる。
「っ、
……、
――こら、おい、もう一回戦は今日は無理だ」
まだ熱の余燼を残した身体は小さな刺激でも敏感に感じてしまう。それはどうしようもないことだけれどどうも恥ずかしさがあって、鶴丸はわざと叱責するような口調で光忠をたしなめた。ぱっと指を肌から離した光忠は、たぶん、反省した顔をしている。首の可動域的によく見えはしないものの。
「ごめん、そういうつもりじゃなくて、
……鶴さんに翼が生えてたらこのあたりから生えるのかなって想像したんだ」
「翼?
……あー、あれか、西洋の天使のようなやつかい」
「うん、そういう感じ。このあいだ主と書類を整理してた時に、そういう内容の雑学番組みたいなのが映像端末でやってたから二人で見てたんだ」
「雑学好きだなぁ、主は相変わらず」
鶴丸は呟いて、それで? と光忠に続きを尋ねた。
「それで俺が天使だったらって光坊は考えたのかい」
「うん。だってね、人が想像してきた天使っていう存在は、肌がとても白くて、中性的で、凛としていて、すごく綺麗なんだ。だから僕は鶴さんみたいだなって思って」
「光坊はときどき俺に対してちと過大評価が過ぎるな」
「そうかなぁ」
鶴丸が再び頭を敷布の上に沈めながら笑ったら、背後で光忠が首を傾げている気配がする。
「だから、鶴さんに翼が生えるとして、それはきっとこの肩甲骨のあたりからでしょう? どんな翼かなぁって思って」
「当然のように翼が生えてくる前提なのはどうなんだ」
「えぇ、でも、鶴さんに翼があるのは似合うと思うよ? たとえば鶴の翼はもちろん似合うよね、白に少し黒が差していて、大きく広がって、鶴さんにぴったりだ」
「そうか?」
鶴丸は自分の背中に鶴の翼があるのを想像した。あまりぴんとこない。見た目としては、修行から帰ってきた小烏丸のようになるのではないかと思うのだけれど。
「でも、僕は猛禽類の翼もいいんじゃないかって思うんだ。実際にね、天使の翼には猛禽類のものをイメージされることもあったって番組で言ってたんだ。格好良くて、似合うかなって」
「鷹や隼のような、か
……」
鶴丸はまた想像してみた。背中に翼があるというのはどういう感じだろうか。小烏丸はあまり気にせずに普通に生活をしているし平気そうだけれど、自分の背中に翼があるとしたらそれは支障を感じる気がする。
「ま、仮に似合うとしても、だ。俺は翼が欲しいとは思わんな」
「そう? 鶴さんは自由に飛び回ってみたいって言うと思ってた」
「いやいや、そもそもこの身体がそれなりに身軽だからな。これでできる範疇で十分さ」
鶴丸はさっぱりとそう言ってから、少し考えて、そっと言葉を続けた。
「だから、もし俺に翼が生えてくるようなことがあれば
――、光坊、きみの刃で付け根に切り込んで、そうしてきみが翼をもいでくれ」
「えっ」
光忠は驚いたように声を漏らして、そっとこちらの肩甲骨のあたりに触れた。翼をもぐことを想像したのだろうか、それか、もいだあとの傷を。
「それってすごく痛そう」
「手入れがあるから問題ないだろう」
「治らないかもしれないよ? きっとそのままのほうがいいよ」
「はは、光坊は妙に『翼のある俺』がご希望みたいだな、すまん、今は生えてなくて」
鶴丸が茶化して言ったら光忠が慌てている。
「あっ、いや、そういうことじゃないよ、ただ、鶴さんは自由な人だから翼が似合うし、きっと綺麗だろうなって思ってるだけ」
へへ
……、と困ったように光忠が笑っている気配を感じながら、うつ伏せの状態で目を閉じた鶴丸は言った。
「翼があったら、光坊と寝づらいからな。だから俺としてはないほうがいい」
「でも、横向きに寝たら、大丈夫かも
……?」
「なかなか食い下がるな、きみは。そりゃ、ただ寝るだけならそれでいいだろうが
……、こうやって、後ろからぴったり抱きしめられたり、
……抱かれたり、できないだろう」
そう言った自分の口調が思いのほか拗ねたものになっていて、自分でもおかしい、と鶴丸は思った。光忠は一瞬黙って、どうやらきょとんとしているようだ。
「鶴さん、こうやってぎゅって潰されるみたいにされるの好きなの?」
こうやって、といいながら光忠がまた身体を密着させてこちらを抱きしめたので、鶴丸はまたあたたかくなって満たされた。
「
……好き、だ」
やや拙い言い方での返事になってしまったのは肺が光忠の重さで押さえられているせいだと思ったけれど、照れだったかもしれない。
「きみが、その
――、どこにも俺を逃さない、と思ってくれているようで」
独り言のように口にした理由が、光忠にはちゃんと聞こえたみたいで、彼は、かわいいと言いながらこちらの首筋に口づけた。
「もちろんそうだよ、僕はあなたをいつでもぎゅっとして離さない、そばにいてほしいから」
「だったら、」
鶴丸は一度大きく呼吸をした。身体が光忠の重さに潰されているので、大きく息を吸っても肺にはあまり酸素が入らない。それは少し苦しいと言えるのかもしれなかった。
けれど、鶴丸はそれを気に入っている。少し苦しいくらいに抱きしめられて、あなたを離さない、と思われたい。
「俺を自由だと言って翼を生やしたままにしないでくれ。翼はもいで、そばに置いて、ぎゅっとして離さないでいてくれよ」
祈りにも似た心地で鶴丸がそう言ったら、光忠がこちらを抱きしめる力は強くなって、そうして一度彼の上半身が鶴丸の身体から離れた。
どうしたのだろう、と思っていると、再び肩甲骨のあたりのなぞられる。今度は手のひらで、右、左、と。肌の表面ぎりぎりを撫でるような触れ方だったから、少しくすぐったかった。
そうして、想像上の翼の付け根をなぞったあと、そこに口づけられる感覚があった。ただ口づけているのではなく、痕をつけるようなキス。これも、右から左へ。痕の残されたあたりが少しほてる。
「うん、これで」
光忠は何やら頷いたようで、そうして再びのしかかるように鶴丸を抱きしめた。
「今、あなたの翼をもいだよ。だから、僕は鶴さんを離さないし、ずっと抱きしめる」
「はは
……」
鶴丸は彼の体温を感じながら思わず笑った。ちょっとした呆れと、それをはるかに上回る喜びで。
「きみは本当に
――、良い男だ。光坊」
「ふふ、鶴さんにそう言ってもらえると嬉しいよ」
光忠はそう言いながらこちらの首筋に甘えるように額を擦りつけていて、ほんの一瞬前にあった頼もしい包容力のある男はあっという間にかわいい男に戻っている。
「鶴さん、こうやってぎゅってされるの好きみたいだし、今日はこのまま寝ようかな」
「待て待て、さすがにこの状態で一晩は俺がぺらぺらに潰れるぞ」
鶴丸は苦笑しながら言って、だが、と付け加えた。
「きみには抱きしめられていたい、から
――、上手いことやってくれ」
こちらの言葉に微笑みを漏らした光忠は鶴丸の頭を撫でて、隣に並んで抱きしめるよ、と言った。
「でも、もう少しこうしててもいい?」
もちろん、と鶴丸は頷いて、身体を敷布と光忠のあいだに委ねた。
そうやって二人は、しばらくのあいだ互いの輪郭線を体温で溶けあわせる。身体にだんだんと光忠の体温が移ってくるのが、離さないと言われているようで鶴丸は嬉しかった。
鶴丸国永は自由な存在かもしれない。けれど、「そばにずっといてほしい」と言ってくれる光忠からいつでもぎゅっと抱きしめられていたいのだ。離さないと思ってくれる人のそばにいるとき、鶴丸に必要なのは翼ではなくその人の
――光忠の体温だった。
翼をもがれたところがずっとあたたかくて、鶴丸は満たされていた。
RADWIMPS「ハイパーベンチレイション」内の最後のフレーズが着想元となっています。
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