千代里
2026-04-30 13:00:15
8812文字
Public 君ふれ短編
 

君ふれ・クガネ編・15話


 ホーネット商会。ウルダハの並み居る商会たちの一つにすぎないこの商会と、ケイの関係を一言で表すのは難しい。
 表向きには、商会と、そこに雇われた下働きと表せるだろう。
 だが、もとからケイはホーネット商会の世話になっていたわけではない。
 訳あって故郷に居づらくなった幼いケイを引き取ってくれた、親切なララフェル族の夫妻が切り盛りしていた、小さな商店だった。
 それを、夫妻が持つ人材としての能力が欲しいからという理由だけで、当時のホーネット商会の主は徹底的に叩き潰して吸収したのだ。
 ケイと夫妻は、商会の一員として彼らに従う日々を過ごした。いわば、その当時のケイにとってはホーネット商会は文字どおり親の仇であったのだ。
(でも、俺は出会ってしまった。あの人に――もし、出会わなかったら、俺はずっとあの商会のことを憎むだけで済んだのだろうけど)
 商会の主人には、一人の娘がいた。
 血の気が多く乱暴な主人は、ことあるごとに娘に手をあげ、ケイはその様子を知っていてなお、我が身可愛さに彼女を助けずにいた。そして、カミラという名の娘は、ケイの見て見ぬふりを知っていた。
 当時のカミラとケイは、縁があって言葉を交わすようになり、奇妙な友人関係のようなものを築き上げていた。友達が殴られていると知ってなお、ケイは素知らぬふりを続けた。それどころか、義両親に唆され、彼女の持つ装飾品を盗んだことまであった。
 そんな歪んだ友情の裏に隠された欺瞞を、カミラは全て知っていた。
 父親が病で突如この世を去ってから、彼女の歪みは噴出し、ケイを襲った。自分を助けなかったケイを、彼女は屋敷の一室に閉じ込め、ろくに食べ物も与えなかった。時折り訪れては、拷問まがいの傷を負わせたかと思いきや、その傷を癒し、笑顔を浮かべ、あなたのせいで私は壊れたと、ケイに彼が犯した罪の重さを突きつけた。
 ケイは、カミラから与えられる責苦に耐えかねて、屋敷から抜け出した。逃避行の途中に出会ったのが今、の友人のミィハだ。
 ケイの跡を追うようにリムサ・ロミンサにやってきたカミラは、新たな商会の主人として、違法な薬物の取引に手を染めていた。
 ケイはミィハと協力して彼女を退け、最終的にカミラはラノシアの断崖から姿を消した。イエロージャケットが遺体を探していたが、カミラの行方は知れないままとなっている。おそらく、海に落ちてそのままバラバラになってしまっただろう。
 それが、ケイが知っている、ホーネット商会に関するすべてだ。
「カミラは死んだ。だったらもう、商会は活動を停止しているはずなのに……っ」
 整備されたクガネ特有の石造りの白い道を、ケイはひた走る。
 ホーネット商会は、カミラが切り盛りしていた組織だ。まだカミラは若く、後継者の話も出ていなかったはずだ。
 指導者不在の組織など、活動らしい活動ができるわけがない。なのに、なぜ荷箱の焼き印にホーネット商会の印が刻まれているのか。
「オーライ、オーライ。気をつけて運べよー! 中に、防湿防虫の草を入れるのも忘れずにな!」
「まったく、これでいくつ目だ? この印、俺は先週からずっと見てる気がしたぜ」
 荷運び人のルガディン族が、ぱしぱしと運んできた木箱を叩く。その隣で、乾かした草を丁寧に布で何重も包み、木箱の中に放り込んでいるものもいる。
 ――布は長く保管しておくと傷むから、荷物として運ぶのには特別な植物が欠かせないのよ。
 近頃は全く思い出せなかった彼女の声が、今日ばかりははっきりとケイの耳にこだました。
「あ、あの! その商会の一番偉い人って、どこにいるの!?」
 ケイが呼びかけると、男たちは不思議そうな顔をして顔w見合わせた。
 どう見ても商人の関係者とは思えないような装いのケイが、急に商会の重要人物と会いたいと言ってきたのだ。警戒されるのも無理はない。
 だが、今のケイにはそこまで考えている余裕がなかった。
「その人、俺の知り合いかもしれないんだ! だから、どうしても会いたくて……っ!」
 必死の思いで訴えたのが届いたのか、それとも紹介する程度なら構わないと判断したのか。男の一人が「ちょっと姐さん呼んでくるわ」と言い残すと、荷物を積んでいる倉庫へと向かってくれた。
「ケイ、一体どうしたんだ。急に走り出すなんて」
 ケイに遅れてやってきたのは、アイスブルーの髪の青年こと友人のミィハだ。
 彼の顔と、隣に並ぶザックを目にして、今まで頭を占めていた衝動めいた感情があっという間に萎んでいく。今日の役割はザックの護衛のはずだったのに。自分は一体何をしているのか。
「ごめん。俺……あの人の商会の印が見えたから、もうそのことで頭がいっぱいになっちゃって」
「あの人の商会……ってまさか」
 ケイがわざわざ口にする商会など、一つしかない。小さく頷くケイの姿に、ミィハもまた驚きを隠せずにいた。
……まさか、彼女が生きているのか?」
「わからない。でも、もしかしたらって思ったら、無視できなかったんだ」
 そう言いながらも、ケイの頭には薄い疑問が拭えずにいた。
 カミラの気性は、令嬢然とした見た目とは裏腹に激しいものだった。商売においてもそれは変わらないようで、扱っているものこそ違法ではあったものの、簡単には足がつかないように流通には気を遣っていた。
(ザックの言葉を信じるなら、この商会の人たちがクガネの織物を安値で買っている。安くで物を仕入れるのは当然の話ではあるけど……でも、なんだかカミラらしくない)
 彼女なら、もっと堂々と正面から、あっと驚くような商いを仕掛けそうなものだ。不安と疑問の間に心を揺らしていると、
「え、ええと。あなたたちが、私を、探している人……です、か?」
 とたとたと軽いブーツの音が響く。
 吹けば飛びそうな細い声が頭上から降ってきて、ケイとミィハは揃って首を上に向けた。
「わ、わたしは……ホーネット商会の代表の、セゴレーヌ、と申します。何か、わたしに御用があると……窺ったのです、が」
 緊張しているのか、それとも極端なあがり症なのか。つっかえつっかえの言葉は、非常に聞き取りづらかった。
 ケイたちの目の前にいたのは、灰色の髪を一つの三つ編みにして背中に垂らしたエレゼン族の女性だった。ウルダハの商人らしい、ケイにも見覚えのある金細工が織り込まれた衣装を身に纏っている。
 ウルダハの商人といえば、ララフェル族やヒューラン族が多く、エレゼン族が商売をしているというのは珍しい部類ではある。だが、彼女が名乗り、周りも何を言っていないので嘘をついているわけではないのだろう。
「はじめまして、セゴレーヌさん。俺は、ケイっていうんだ。あの、今、ホーネット商会の代表って言ったよね。俺も、昔、その商会にいたことがあるんだ」
 ケイの記憶の中には、セゴレーヌというエレゼン族の女性は従業員にはいなかった。エレゼン族が商会にいたらかなり目立ったはずだから、この記憶に間違いはない。
 ならば、彼女は新たに雇われた者か。それとも外からやってきて、商会を乗っ取った張本人か。
「ホーネット商会の代表は、カミラって人だって聞いていたんだけどな。その人も、少し前にいなくなってしまったって」
 慎重に切り出すと、セゴレーヌはぱちぱちと瞬きを繰り返してから、
「はい。あの、ですから……私と師匠でホーネット商会を、買い取りまし、た」
「買い取った? 吸収合併したというのではなく?」
 ミィハが思わず声をあげる。
 商会の管理者が不慮の事故などでいなくなり、後継者もいなかった場合、他の商会が事業や従業員をまとめて引き取る例はゼロではない。商会の持ち主である管理者がいないので、買い取るといってもさして高値はつかないが、ライバルがいれば競りのようなことにもなるらしい。もっとも、それは余程優秀な販路を確保している商会を吸収する場合に限られるが。
 ともあれ、そのような場合であっても、大抵吸収元の商会の名だけが残り、吸収される側の商会の名前は残らない。
「あなたは、ホーネットの家の人じゃないよね。ホーネット商会の名前を、どうして残しておいたの?」
 ケイもその部分が気になり、重ねて問いかける。
 すると、セゴレーヌは先ほどと同じように「どうしてそんな当たり前のことを聞くのかしら」といった様子で、
「だ、だって、何かと……便利そうだって、師匠が、言っていましたから。この商会、悪いことをして、海都のイエロージャケットに、苦情を入れられていたところ、でしょう?」
 ふわっと柔らかな笑みを浮かべて、セゴレーヌは続ける。
「もう少しばかり、よくないことをしても、今更失うものはないって、師匠が言っていたから」
……それって、どういう意味?」
 具体的な内容はわからない。
 だが、ホーネット商会によってよくないことが起きているということだけは、商人ではないケイにもすぐわかった。
 答えたのはセゴレーヌではなく、横で話を聞いていた、本日の護衛対象であるザックだった。
「なるほどな。からくりが読めてきたぞ。クガネの織物の値下げを図っていたのは、あんたたちだろ。そして、他の商人たちにも値下げの話を持ちかけていた商会の名は、悪名がすでについていたホーネット商会ってことか」
 ホーネット商会の悪名と、違法な薬物を他所で売り捌いたこと――ではない。それが、イエロージャケットに露見したことだ。
 錬金薬を扱っている商会は、ホーネット商会のしくじりのせいで暫く逆風に晒されていた。非合法なものを扱うならもっと上手くやれという批難が悪名につながるのは、実にウルダハらしい。
「もし、ここであんたが企みをしくじったとしても、商会っていう組織だけを切り捨てるつもりなんだろ、セゴレーヌさんとやら。あんたと師匠とやらは、本当は違う商会に所属している商人だ。違うか?」
 ザックは目を細め、自分より一回り大きいセゴレーヌを睨む。
「クガネの商いで一番の顔役である東アルデナード商会とぶつかったとしても、割りを食うのはホーネットの名前だけ。自分は関係ないって、知らぬふりを決め込むつかりか?」
「それって、ホーネットの名前を使うだけ使って、要らなくなったら捨てるってこと? どうしてそんなことをするんだよ!」
 ザックの推測は正解だったらしい。セゴレーヌは慌てた様子は見せなかったが、否定もしなかった。
 ただし、ケイの批難を聞いた時だけ、彼女は困ったような顔を見せた。
「だ、だって、師匠がその方がいいって言いました、から。面倒ごとに首を突っ込むことになりそうだから、使えそうな盾があるなら、使っておけ……って。弾除けぐらいにはなるだろう、って」
「弾除けって……そんな……っ!」
 ケイにとって、ホーネット商会はもはや古巣に過ぎない。どのように扱われようと、自分の身には関係ないことだ。
 強いて言うなら、商会を抜ける時はまだ残っていた義両親のことが気になるが、抜け目ない彼らなら、きっと上手くやっていることだろう。
 ケイは、これまで一度もホーネットの名を背負ったことなどない。商会の切り盛りのような難しい話に手を出したこともない。
 だが、今ここで聞いたように、ホーネット商会が使い捨ての盾として利用され、その評判が地に落ちたら切り捨てると言われた瞬間、
(そんなこと、許せない)
 ――心の内側で、炎が揺れた。
 カミラに虐げられた日々を忘れたわけではない。あの商会が扱った薬のせいで、苦しんだ人が大勢いる。ミィハも、結果的にカミラに傷つけられ、いまだに心に傷を負っている。
 カミラとの思い出を美化できるほど、まだ時は経っていない。
 けれども、彼女が自身の居場所としていた所を侮辱されるのは、ごみのように踏み躙られるのだけは――我慢がならなかった。
 今にもセゴレーヌに掴み掛からんばかりのケイの肩に手を置いたのは、ミィハだった。
「ミィハ、俺――っ」
「落ち着け、ケイ。君がここで怒鳴ったところで、すでにホーネット商会がこの女性のものになっている事実は変えられない」
 眦を釣り上げるケイに、ミィハはゆっくりと首を横に振って見せる。彼は、ケイに代わってセゴレーヌと相対した。
「それで、ホーネット商会という盾を使って、あなたは何をするつもりなんだ。クガネの織物を安く仕入れることだけが、あなたの目標か?」
「そ、それもあるけれ、ど……師匠が探している、ものがあるの。随分前に、ひんがしの大名様に献上された……極上の絹織物。それは、目の覚めるような真紅の絹と……雪のような真白の絹だった、そう。それの在処と、作り方を知るために――
「セゴレーヌ。あたしゃ、その辺のがきんちょたちにあたしらの商売についてぺらぺら喋れと教えたつもりはないんだがね」
 とんとんとん、と軽い靴音。今度は、ケイたちは揃って視線を下へと向けねばならなかった。
 セゴレーヌが長身のエレゼン族でありながら、小声でつっかえつっかえ話すおどおどした様子の女性なら、今やってきた人物はその真逆の存在感を放っていた。
 小柄でよく日に焼けた小麦色の肌をもつララフェル族の女性が、セゴレーヌと似たウルダハ風の装束に身を包んでその場に仁王立ちしていた。
 皺が寄った肌やしゃがれた声から推察するに、相当に年齢がいった女性なのだろうが、片手に持ったキセルと物怖じしない視線が、年齢だけでは出せない貫禄を彼女に与えている。お団子状に一つにまとめた髪型すらも、今は威圧感を増やすのに一役買っているようだった。
「し、師匠。こ、これって……話しちゃ、いけないことでした、か?」
「当然さ! 商売の話はあたし以外にするなって言っただろうに!」
「でも、この前、ずっと黙っていたら、ちゃんと商いの話をしろって……
「それは商談のときの話だろうが! どうやら、あんたにはもう一度、きちんと頭から説明をしなきゃいけないようだね、まったく」
 師匠と呼ばれた女性は、ひとしきりセゴレーヌを叱ると、今度はじろりとケイたちを睨め付けた。
「あたしの弟子が口走ったことを、迂闊によそでぺらぺら喋ってごらん。このジジルの名に賭けて、地の果てまで追いかけて、あんたらの喉を絞め上げてやるからね」
……ホーネット商会のことは、あなたが企んだことなの。その、どこかの偉い人に送ったっていう織物を探すために――
「口を塞ぎな。あたしが今、ここで、あんたの喉を絞めあげてもいいんだよ、坊や」
 ただの老女とは思えない圧倒的な気配に気圧されて、ケイはぐっと言葉を押さえ込む
「じゃあ、これだけ聞かせて。……あなたは、カミラのことを知っているの」
 すると、老女は意外そうに片眉を持ち上げてケイを見つめ直した。皺のよかった口元を笑みの形に歪めて言う。
「ああ、知っているとも。だから何だって言うんだい? あの小娘は負けた。負け犬の持ち物をどうしようと、あたしの勝手だろう?」
 これ以上ない完璧な商人の論に、ケイは何の言葉も返せなかった。
 
 ***
 
 ジジルにこれ以上突っかかっても、悪目立ちするばかりだ。そう判断したケイたちは、ザックの荷物を予定通り倉庫に入れた後、その足で宿代わりにしているムヒョウの家に戻った。
 乾物屋はまだ開店中だったため、彼らの邪魔にならないように奥の間へと引っ込んでから、ようやくケイはこれまで閉ざしていた口を開いた。
「ねえ、ザック。大名様に献上していた絹織物って何のことか、わかる?」
「織物問屋で、たまに聞く話だな。ほら、今日ケイが不正な品を見つけてくれた問屋でも話題になってただろ?」
 思い返してみると、確かに問屋の主人はそんな話をしていた。王室御用達の話から派生しての話題だったはずだ。
「ということは、彼女らは、その織物の作り方を調べ出して、王室御用達の商会になろうとしてるのか?」
「というよりも、あそこは元々王室御用達だったが、剥奪されたところのはずだ。ジジルって名前には聞き覚えがある」
 ザックの説明によると、ジジルが切り盛りしている商会は、かつては王室からの覚えもめでたく、一級の名品を扱う商会として名を売っていた。
 しかし、第七霊災の少し前に、先代が亡くなり、後任についた主人はお世辞にも有能とは言えなかった。おり悪く、第七霊災で多くの取引先を失ったものの、無能な主人も合わせて亡くなったことで、かつて有能だった先代の妻――ジジルが指揮を取ることになったのだ。
 彼女はその辣腕ぶりで経営を立て直したものの、一度失った王室からの信頼は、未だ取り戻せないままでいる。
「聞いた話じゃ、王室におさめていた極上の織物を作るための職人が、工房ごと霊災で全滅しちまったって話だ。商売人にとっちゃ頭が痛い話だな」
「起死回生の一手として、遠く東の国の織物の中でも最上級のものを探しているということか」
 ザックの説明を聞き、ミィハも口元に指を当てて思考を進める。
「そして、そのためにはもしかしたら非合法に手を染めるかもしれない。だからホーネット商会を弾除けにしているといったところか」
「その織物を盗んじゃうってこと?」
「値段がつかないものってのはあるからなぁ、ありそうな話だな」
 ホーネット商会がこれからさらにかぶるかもしれない悪評を想像してか、ケイの顔がますます厳しいものになる。
「あるいは、職人を誘拐してしまうつもりかもしれない。技術というのはそれだけで価値のつかない財産だ。ひんがしの国とて、大名に献上できるような織物を作れる職人は門外不出としたいだろう。交渉ができないなら、強行手段を取るしかない」
 ミィハの推測に、ケイはすぐさま「止めないと」と言う。
「だが、止めると言ってもどうするつもりだ」
「それはわからないけど、でも何とかしないと!」
「落ち着け、ケイ。無闇に状況を引っ掻き回せば、あのジジルという女にどんな難癖をつけられるか分かったものじゃないぞ」
 ジジル達が今回ケイを見逃したのは、自身の身から出た錆だったからもあるが、まだ表立って目立った動きをしたくないと考えているからだろう。だが、あまりに目障りなら先手を打ってくる可能性は十分にある。
「でも、だったらどうしたらいいんだよ! ホーネット商会の名前で、その織物の窃盗とか職人の誘拐とかしてるの、黙って見ていることなんてできない!」
「それについてはどうにもならないが、もう一つの方はどうにかできるかもしれないぞ」
 今にも泣き出しそうだったケイは、ザックから向けられた救いの手に、藁にもすがるような気持ちで食らいつく。
「ねえ、それってどんな方法? 俺は何をすればいい?」
「残念だけどケイに手伝ってもらうことはないな。今、ホーネット商会を買収したあの二人が好き勝手できるのは、クガネの商売を取り仕切ってる一番偉い人が不在だからってのは、前にも話したよな?」
「うん。東アルデナード商会、だっけ。ウルダハでも有名な商会だよね」
「その通り。そんでもって、東アルデナード商会ひんがしの国支部の商館がクガネにある。別に東アルデナード商会を通さなきゃ、商いをしちゃいけないってわけじゃないが、知っての通りの大御所だからな。あそこに目をつけられたら、一大事だってのはウルダハと変わんないんだよ」
 クガネの商人たちもエオルゼアの商会たちの中で最も顔が売れてる商会として、一目置いている存在だ。そんな商会の責任者が不在なため、現在はエオルゼアの商会たちに睨みを効かせる者がいなくなってしまっているのである。
「まさか、呼び戻すつもりなのか?」
 ミィハの端的な問いかけに、ザックは頷いた。
「偉い人が不在だから好き放題やってるなら、どんな商談をやってるのかは知らないが、彼らに戻ってきてもらうしかないと俺は思ってる。これはもう、単なる値下げ騒動だけじゃ済まなくなりそうだろ」
 もし、その名のある織物がひんがしの国では門外不出の品だったとしたら、盗みを働いたり、職人を拉致すれば、国際的な大問題になる。ひんがしの国は、元々すすんで国を開いたわけではない。嬉々として、エオルゼアを締め出して、従来の鎖国体制に戻りかねない。
 それを見越した上で博打を打とうとジジルは企んでいるのだろうが、危ない橋は渡らないに越したことはない。東アルデナード商会とて、折角根を張った取引先を失いたくはないだろう。
「だが、君は東アルデナード商会の重鎮に連絡が取れるような人物なのか?」
「そうだ、と言えたらかっこいいんだけどなあ。まあ、そんな伝手はないから、まずは明日商館に直に行ってみて、そっから考える。案ずるより産むが易しってな!」
 クガネの諺を意気揚々と口にするザックに同調して、ケイも表情を明るくする。
「じゃあ、俺はユキハネに織物のことについて聞いてみるよ。ユキハネは、たしか実家が機織りの家なんだよね?」
「今朝、出かけるときにヒョウセツが話していたな。それなら職人同士のやりとりで何か伝わっているかもしれない」
「ようし、それならユキハネが戻ったら早速このことを話さないと!」
 
 しかし、その日、ユキハネはフェリキシーたちと共に戻ってくることはなかった。
 ユキハネを伴っていないフェリキシーに、彼女はどうしたのかとケイは尋ねたが、
「あいつなら家にいる。帰るために来たんだから、当たり前だろ」
 フェリキシーの口から告げられた言葉は、彼女を突き放しているかのように刺々しく聞こえた。