前を歩く貴いお方の肩や指先に小鳥が止まるのを何度も見た。自分のせいで飛び立ってしまったのも、同じだけ。その度にクラーリィは申し訳ないことをしたと思うのだ。リュート王子は小さな命を慈しんで見つめていたというのに、自分の無粋さがそれを壊してしまったと。
今も、クラーリィが一歩近づいただけでリュートの肩にいた白い小鳥は素早く去ってしまった。二人はその行方を少しだけ目で追って、すぐに空の眩しさに負けて視線を下方に逸らした。その間に小さな鳥は景色の中に紛れてしまって、さえずりが空気を震わせているのは分かるけれど、もう姿を見つけることは難しい。
「すみません。オレがいると、どうにもいけませんね」
「気にしないで、クラーリィ。鳥はもともと自由なものさ」
城の外周を巡る外廊下は光が差して明るくのどかだ。どこまでも真白い城の壁は太陽の光を跳ね返して輝き、辺りに広がる豊かな庭園に落ちる影はやわらかで気まぐれに揺れる木陰のみ。リュートがそこを歩いていると、空から木から地面から、とかくどこに隠れていたのかと不思議に思うくらいに動物たちが集まって彼の傍らで憩うのだ。
そしてリュートの後ろに控えているクラーリィがぎこちない態度でいると、その集会は途端にお開きとなるのである。追い払おうとしているということもないのだが、彼の何かが小動物たちの敏感な警戒心に触れてしまうようであった。
一度や二度なら少々気まずい思いをするだけで済んだが、三度四度とそれが続くとクラーリィもいよいよ対策が必要なのではないかと気を焦らせた。もしかしてリュート王子よりもずっと長い髪であったり、風に靡いた服であったりが巨大な天敵に見えたのではないか。髪を体の前に集めて着衣と共に手で押さえて検証をしてみたが、その仮説が恐らく間違いだったことは先ほど飛び立っていった小鳥が証明してしまった。
「立場上、人に怖がられることがあってもしょうがないと思っていますが……鳥や動物までとは」
「怖がってはいないよ! ちょっとびっくりしただけじゃないかな」
リュートは難しい顔をしているクラーリィの額を指で突いた。子供をかわいがるような手つきだ。「オレももう、いい大人ですよ」と言おうにも敵わない気がしてクラーリィは困り気に眉を下げることしかできなかった。
「その、びっくりの原因とやらを取り除こうと試してはみたんですけどね」
頭を振ると、軽くねじって纏めていた髪がさらりと広がって光に透けた。上等な布を思わせる繊細な美しさであった。リュートは自分にはないその輝きをほうっと感心して見つめる。
「……キラキラしたものとか、光に驚く子達もいるからかなぁ」
「光、ですか?」
涼やかな青い瞳が意外そうに瞬いた。クラーリィは一呼吸のあいだ言葉の意味を考えて、はたと合点がいったとばかりに小さく頷いた。それから眼鏡とイヤリングを外して服の中に隠してしまうと、自信を持ってリュートに微笑みかける。
「そうか、オレが身につけているものに光が反射して驚かせていたのかもしれませんね。これできっと大丈夫なはずです」
リュートがこぼした言葉はなにも「クラーリィ、キミの装飾品が原因かもしれないよ」と伝えるつもりのものではなかったのだが、真面目に取り合っているクラーリィのその結論を愛おしく受け止めた。思わずにっこりと目尻を下げて心の中で語りかける。
――小鳥たち、リスやウサギも。この優しい子のなにを警戒することがあるんだい?
静かな庭園に、返事のように小さな鳥の鳴き声が響いた。低木の瑞々しい葉の影に白い鳥の姿が見える。
リュートはたまらずクラーリィの頭を撫で、それから友人のように彼の肩に手を回した。クラーリィは驚いて落としそうになった眼鏡をすんでのところで手の中に取り戻すことができたが、それにホッとしている余裕もないのは言わずもがなだ。
「うんうん、そのはずだよっ。ついでにボクたちはこんなに仲良しなんだよってアピールもしておけばバッチリさ」
「と、鳥にもそういうことが分かりますかね?」
「きっとね。……ボクらを気遣ってくれてありがとう、クラーリィ」
「いえ、そんな、オレはなにも」
仲良し作戦がきっと伝わると言われても、当然肩を抱き返すなんて身の程知らずな真似はできるはずもないのだが。クラーリィはぎこちなく固まった体をそのままに、リュートの軽やかな親愛の情をしばし隣に感じていた。
次に彼らの傍らで戯れる鳥がどうしてすぐに飛び立たなかったかの答えを尋ねることはできないが、まさか「リュート王子と仲のいい人間に見えたから安心したんだ」なんて囃し立てるようなことを言ってくれるなよと、クラーリィはリュートの指先から視線を逸らして思うのだった。
リュートのしなやかな指の上で小鳥は何を語っているだろうか。チチチ、としか聞こえやしない。
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