雨鶴
2026-04-29 21:36:58
1946文字
Public 小話
 

二人の(仮)部屋 伊長ver

pixivで書いている話の伊長版
機会があったら、他の六年生も披露したいですね。

高校の時、何をやっても不運が付きまとう同級生が唯一得意だったのがパン作りだった。
元々、手先が器用だったから暇さえあれば家で作り、皆に振る舞っていたのを覚えている。
「将来は有名パン職人だな!」
「なれるかなぁ」
「なれるだろ、旨いもん」
「伊作のパン、本当に旨いぞ」
皆、口々に彼のパンを褒めた。長次もそう、思っていた。伊作のパンは旨い。
そして「お日さまの、感じがする」と呟くと伊作は照れたように笑った。

そんな経緯もあって、伊作が職人になったと長次が知ったのは大分経ってからだ。
長次はとある島で暮らしていた。PCひとつ、体ひとつあれば出来る仕事だ。
リモートの打ち合わせ中に、それは発覚した。
取材?私が行かないといけないのか?」
長次の眉間に皺が寄った。逆に画面の向こう側では、編集者の眉がヘニャリと下がった。
『エッセイなので。体験談ですし』
私じゃなくとも良いだろう。他の人間をまわ『いやー!実は、そのパン屋なんですが今!超有名でして!バズりにバズってて!しかもそこの店長が中在家さんと同級生だっていうじゃないですか!!それでなんとか取れたんですよ、取材許可!!』
長次の言葉尻を遮って捲し立てた編集者の言葉は、ほぼ事後承諾だった。
……面倒だな」
『中在家さぁん!!』
ついに涙目になった。
「仕方ない
これ以上ごねても可哀想なので、長次はしぶしぶ取材を承諾した。


◆◇◆◇

都会の一等地から、少し外れた場所に目的のパン屋は建っていた。
……
店の前に立つだけで場違いな雰囲気の自分が居た。
編集者と一緒に店内へ入れば、イートインスペースも広く確保され、まるでカフェのようだ。スタッフへ編集者が取材の事を告げると、予約席へと通された。
「店長をお呼びしますので、お待ちください。宜しければ、此方を持ってお好きなドリンクとパンをお持ちになって下さいませ」
案内してくれたスタッフがテーブルに【ゲストカード】を置くと一礼し、去っていった。
「中在家さん、パンの種類どうします?」
任せる」
着席して長次は店内を見回せば、常に客が回遊している。しかも圧倒的に女性客だ。
(伊作は大丈夫なのか?)
元々不運体質な男だった。傍目から見れば成功者なのだろうけど、それが逆に不安だ。
そして、美しいショーケースに並べられ飾られた菓子パンや調理パン。まるでひとつひとつが芸術作品のようだ。
あの当時、伊作が作っていた物とは明らかに違う物。
「色々あって迷いました!飲み物、アイスティーで良かったですか?」
ああ」
編集者がトレイに持ってきたパンをひとつ手に取り、長次は口にした。
味が、しない)
向かいに座った編集者は、美味しいと絶賛しているが長次には無味であった。
するとそこへ。
「長次!久し振りだね!」
伊作」
昔と変わらぬ、明るい髪の友人がやって来た。何年いや、何十年振りの再会だった。
「本当に高校以来だね。元気してた?」
お前こそ」
(大丈夫なのか?)
昔と変わらぬ柔和な笑みは、女性を今も惹き付ける様だ。同じイートインスペースに居た女性客から黄色い声が聞こえれば、チラチラと此方を伺う様な視線が長次の目に付いた。
この顔も、あっての繁盛なのだろう。

一頻りエッセイに必要な話をし、長次は最後に。
「伊作お前」
「何?」
いや、何でもない」
言い掛けて長次は止めた。幸せかどうかなんて、当人の基準だ。他人が推し測る様な事ではない。
「じゃあ僕、そろそろ行くね」
「伊作!」
長次は去ろうとする伊作の手に、殴り書きの様なメモを握らせた。
「これは?」
「私の今の住所だ。何かあったらいつでも」


◆◇◆◇◆

──そして、その数週間後。

……は?」
スマホを持ったまま玄関に居た長次は、驚きの報告を編集者から受けた。
『ですから!善法寺さんが、急にお店を辞められたんですよ!』
ああ、知っている」
『へ?知っているって?』
「今しがた本人から聞いた」
『え、え?本人??』
……
「来ちゃった~、長次~!」
玄関先でニコニコ笑顔を浮かべる伊作だが、長次の書いたエッセイを一本ボツにしたのを知らない。
よく来たな」
そんな伊作を、長次は取り敢えず家へと迎え入れた。


………………………………………………

pixivで書いてる【二人の部屋】シリーズ。こへ長で気ままに書いてますが、他の六年生でも遣りたいなあ、と下地だけは作ってありました。
例のパンコラボがあったので、それに乗じて。長次は小説家、伊作はパン職人です。
実はこへ長以外は片恋だったり、まだ恋に発展してなかったりする話です。