kanaha692
2026-05-05 10:30:00
4692文字
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超ゴエリン2026オマケ

sick, sick, sicksのオマケのさらに後日談です。
サタンのヴィータ人格についての補足というか、ここまで書いとくべきだったけど入らなかったケジメの部分です。

 サタンの在り方は流動的だ。基本的にはメギド人格が優位になって表に出てきているが、ベルゼブフにはその中にヴィータ人格の嗜好や反応が混ざっているのがありありと分かる。
 ベルゼブフはかつて病院で宣言した通り、二つの人格の境目を見つけても特別に対応を変えないようにしている。つまりはきちんと意識しておかなければまだ平等に接することができないということだが、二人で暮らす内に段々と今のサタンとごく自然に過ごせるようになった。その果てに性欲が生まれたわけである。
 さて、今日と明日はサタンとベルゼブフの休みが完全に被るという珍しい日だ。規則正しく運営される図書館に対して港湾の仕事は船次第なので、週のうち一日しか休みが被らないというのはよくあることで、全く被らないこともそれなりにあった。
 ベルゼブフは今日という日をどう過ごそうか、一週間前から考えていた。少し足を伸ばして海辺や芝居小屋でデートをするとか、面倒な家事を手分けして片付けて綺麗な家で明日一日を過ごすとか案はいろいろあった。
 しかし、サタンに抱き着かれた状態で起床したベルゼブフは自身にしがみつく恋人の顔を見てその状態を正しく理解する。
ベルゼブフ、ペリビットを教えてくれ」
 少し幼気な表情をしたサタンは、自らの存在を主張するようにベルゼブフを愛称ではなくフルネームで読んだ。

   ◇   ◇   ◇

 サタンには当然ペリビット強者の記憶があるはずだが、どうやらただ遊びたいのではなく教わるという行為を求めているようで、ベルゼブフは俄然やる気を出して今日は家に引きこもろうと決めた。
 彼は二人で何度も遊んだトランプくらいしかインシウスに見立てられるものがないため、代用することにした。そのままスートを各レヴェラティオに見立ててもいいが、もう少し本格的にしたいというサタンの要望に応えて単純化した図柄を直接描き込んでいくことにした。使い古していたためそろそろ買い替えても良いと思っていたからだ。実はヴァイガルドにもペリビット自体は広がっているが、インシウスを安価に量産する技術がないせいで上流階級の遊びに留まっている。
 サタンは手元を興味津々に覗き込んで、途中からベルゼブフがやってみせたようにトランプに図形を黙々と書き込んでいく。その様子は一貫してヴィータ人格優位になっているのが見て取れるので、特に心配をしているわけではないがどういった理由で彼らのバランスが変わったのかがベルゼブフには疑問だった。
 三十六枚のトランプ製インシウスをきちんと混ぜたベルゼブフは、サタンと対面する形で彼が既に知っているはずのルールと、対応するメギドラル語を一つ一つ教えていく。
 なんとなく、そのやり取りに猫として接していた時期のことを思い出したが口を噤んでいると、サタンがぽつりと「もう猫にはなれねえのか」とこぼした。
「ああ、メギド体に限らず姿を変えることはできない。ヴィータができないことは私にもできない」
「あの毛並み、好きだったんだぜ。他の猫はオマエほど長く触らせちゃくれねえし、そもそも触る許可を取ろうとしたって逃げるやつばっかだ」
「元来、猫とはそういうものだ」
 いきなり猫の例外として関わってしまったことについて、ベルゼブフは当時そうするしかなかったし、結果的に間違いだったとも思っていない。ただ、寂しそうな顔をさせたことは申し訳ないと思った。
 サタンは急に話題を変えて、図書館は基本的に静かに過ごさなくてはならないが、複数人が利用できる部屋を借りる分にはその限りではない、と職場について話し始めた。ベルゼブフは彼との雑談でよく図書館の話を聞くが、ヴィータとして話したいことがあるのだろうと黙って耳を傾ける。
「勉強とか研究が目当てのやつらもいるが、小さい子供を集めることもある。そういう時はこうやってマリアがゲームを教えたり、絵本の読み聞かせをしてる。俺にはよく分かんねえけど、多分あいつはそういうのが上手い。子供が楽しそうにしてるってのはそういうことだろ。
 どうやってその仕事を覚えたのか聞いたら、親にやってもらったようにやってるだけだって言われたから、いろいろできるようになったが俺にはできねえかもしれねえって思った」
 ベルゼブフは淡々と語るサタンをじっと見ていた。特段、寂しそうだったり悲しそうではない。むしろ猫の話をした時のほうが名残惜しそうに唇を曲げていた。
……サタン、自分の親が気になるか。自身と繋がりのある者を捜してくれる職業もヴァイガルドにはあると聞くが」
「いや? 赤ん坊の俺の目が開いて、メギドあいつが外を認識した時点で母親らしきヴィータはそばにいなかったらしいし大して気にならねえ。オヤジのこともそういう名前のヴィータだと思ってたしな」
「そう、か……
「むしろ、俺の親って言うならベルゼブフのことだろ」
……
 彼は返事を期待していたわけではないようで、中途半端なところで止まったペリビットの盤面を指してこの先はどうするのか、と聞いた。親と呼ばれたベルゼブフは最後のステラ・メトゥスの処理について教え、ゆっくりと実戦形式で試す中で今日のとりとめのない会話を続けるサタンは特に子供っぽいと感じた。
 同時に、サタンの中にまだこれほどの幼さが残っていたのにもかかわらず、自分を親と慕う子を抱いたのか、という冷や汗が段々と吹き出てくる。
 言い訳するならば、ベルゼブフにはサタンが十分に──とまではいかなくても自分を預け得るだけの強さを持っているように感じていた。それはヴィータの人格が強く見える時だってそうだ。彼は自分がいない間に様々な壁を乗り越えて、急激に精神年齢が上がったような振る舞いをしていたのだ。
 しかし、もしそれがもう一人の自分メギドに引っ張られてそう見えただけで、ヴィータの幼児性が今もまだしっかりと残っているならば。自分のしたことは、あの屋敷の連中と何ら変わらない下劣な蛮行ではないのか。
 一通り実戦を通してサタンの理解に問題がないことを確認したベルゼブフは冷える指先でステラ・メトゥスを捲り、今回は自分の勝ちだと得点表を見せる。
 調子よく勝っていたせいで、最後に逆転を許したサタンは頬を膨らませる。ますます子供っぽさが増したせいで庇護者としての感性を取り戻しつつあるベルゼブフの胃はキリキリと痛み始めた。
「ルールは分かったから次は本気マジってくれ。いいか、負けたら罰ゲームってやつだぜ」
「あ、ああ……いいだろう」
 今まさに、自分は罰を受けるべき立場にあるのではないかとの疑念に囚われているせいで、ベルゼブフは罰ゲームの中身の確認を怠った。次は自分が混ぜる、というサタンにインシウスを任せて使いさしの紙に新しい記録エリアを作る。
 今すぐ謝るべきでは、今後一切手は出さないと誓うべきでは、しかしそれはサタンを裏切ることではないのか、とはいえもうこのサタン相手に勃つ気が全くしない。
 そんな後悔がベルゼブフの脳内をぐるぐると周回しているが、なんせ彼は歴戦のペリビット強者であるので進行自体は淀みなく進んでいる。せっかくサタンが心から楽しんでいるというのに、その最中に水を差したくはなかった。
 1ラウンド目も2ラウンド目も、サタンは積極的に衝突を狙った。おかげでステラ・メトゥスはあっという間に溜まるし、互いの得点もあまり高くはならない。
 衝突を避けようとディーラー役を兼ねているサタンに手札を交換してもらったベルゼブフは唸る。どうあっても衝突しに行くしかない札ばかりが来るからだ。
 これでは最後の逆転に賭けたほうが良さそうなのに、2ラウンド目まで取ってしまったベルゼブフは自分達の得点と大きく膨れ上がったステラ・メトゥスを記録して、場合によっては逆転を許しそうな得点差であると現状を認識して3ラウンド目に臨んだ。
 違和感に気づいたのは最初のマーネが始まってすぐだった。あれほど衝突に拘っていたサタンが全く違う札ばかり狙い始めたのだ。
 何かがおかしい、と顔を上げたベルゼブフは、妖しく笑うサタンに射抜かれる。
「俺が勝ったら、今夜はオマエを寸止め地獄にしてやるぜ。射精したくても射精せねえオマエがどんな声出すか楽しみにしてるからな」
 交換を申し出ていたベルゼブフは、サタンから差し出された札を受け取った後だった。案の定、そのカードは最も都合の悪いソキエタスだ。
 ステラ・メトゥス分だけ迷いなく札を選んだサタンがさくさくとその全てを表に返すと、一枚として無駄のない組み合わせが完成したことによって彼は一挙に十五点を手に入れて敗勢だった盤面をひっくり返した。

   ◇   ◇   ◇

「よっしゃあ! 男に二言はねえよな!?」
 立ち上がって大きくガッツポーズするサタンをベルゼブフは呆然と見上げた。
 もう、あの子供らしさは見当たらない。いや、大仰に歓喜する様が子供っぽいと言えばそうなのだが、そこにあるのは勝利の高揚に近いだろう。
 ベルゼブフの頭は疑問でいっぱいだ。いつから仕掛けられていた? どこで見誤った? 初めからサタンに嘘は見当たらなかったが、もしや自らの人格すら利用してみせたのか?
「おい、聞いてんのか? ベールーゼーブーフー!」
 目を白黒させたままで返事がない敗者に業を煮やしたのか、サタンは肩をガクガクと揺さぶる。一切の容赦がないものだから、ベルゼブフは脳を揺らしながら頷くしかなかった。自分が一本取られたことだけは確かだからだ。
「まさか、イカサマをしたのか……
「オマエが持ち出したトランプだぜ? 傷の位置を覚えてたっておかしくねえだろ?」
 ベルゼブフはちらりと盤上に散ったトランプを見る。使い古されて、ところどころ曲がったり細かな傷がついている。だから新しくしようという話になっていたのに、そこまでの罠を仕掛けるつもりがあるなどとは露も思わなかったせいでなんの警戒もしていなかった。サタンが黙々と丸や菱形の記号を書き込むのを微笑ましく思っている場合ではなかったのに。
 そもそもトランプで代用しようと提案したのはベルゼブフだが、この家の中で他に適したものはないのだからペリビットを教えてくれとねだられた時点で既に彼の手中に落ちていたのだろう。仮にもメギドが、この作戦をズルいなどと言ってなかったことにできるはずがない。
「と、図書館の話は……
「嘘はついてねえよ。ま、仕事の選り好みなんかしてられる立場じゃねえからな、これでも魔王役だけは上手いって評判なんだぜ?」
 思い返してみれば、彼が口にしたのはできないかもしれないと思った、という感情までだ。できなかったという事実は一言も言っていない。
 冷え切っていたベルゼブフの体に俄に火が点く。未知のサタンを燃料に煌々と燃え盛る。
「サタン、オマエは今──」
 どのような状態か、と思わず問い質そうとしてしまったベルゼブフの唇にサタンは人差し指を当て、片側の眉だけ釣り上げて挑発的に笑う。
「それを知りたきゃオマエが暴け、ベルゼブフ
 嗚呼。
 どれほど観測しても、し足りない。
 どれほど薪を焚べても、その暗がりの全てを明かすには至らない。
 今まさに、サタンの全てが変化を遂げている最中であると知ったベルゼブフの昂りは留まるところを知らず、幼気な子供に乱暴をしてしまったかもしれないという後悔などどこかに打ち捨てられていた。