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果南(カナン)
2026-04-29 18:42:41
6054文字
Public
さめしし
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この旅を何度でも
さめしし。2026年GWのweb企画「美味さめししリターンズ」(主催:へそ様@DasonHen)で書きました。九州北端の街で、うどん屋さんを訪れた二人のお話です☔🦁
帰ってからも、楽しい思い出は続くから。
主催様、今年も素敵な企画をありがとうございます!
今度はうどん屋だ、と村雨は言った。
だからここは、うどん屋のはずなのだ。
しかし
——
「ぼた餅に
……
おでん
……
?」
まず運ばれてきた皿を見て、オレは唖然として呟いてしまった。席につくなりタブレットを取り上げた村雨が、とりあえずはこれだ、と注文した品だ。画面を立ててオレには見えないようにしていたので、驚かせたい何かがあるのだろうと察してはいたが、それにしたってびっくりしてしまった。だって、うどん屋なんだろ?
「
……
何で、ぼた餅なんだ?」
「私も知らん。が、昔からこの店の名物らしい」
「おでんって、真夏でもやってるのかな」
「今の季節でも出しているのだから、おそらくそうだろう」
昨夜この街に着いた時には強い雨が降っていたが、今日は朝から気持ちのいい晴れ空だ。木々は鮮やかな新緑に彩られ、眩しいほどの生命力で真っ青な空へと枝を伸ばしている。今も店の窓から見える街路樹の葉が、爽やかな風が吹くたびに美しい緑を揺らしていた。
村雨と訪れる、二度目の街。
レンタカーで街中を走って、幹線道路沿いの小さなショッピングモールのような施設に入った。いくつかの飲食店と、スーパーやドラッグストアなんかが集まっていて、駐車場を共有しているタイプのやつだ。その中で、最も道路側にあって目立ったのがこのうどん屋だった。この街に本社があるチェーン店で、地元では昔から有名らしい。店名の漢字がちょっと変わった読み方をすることもあって、地元民ならこれが難なく読める、というご当地的誇りも担っているらしかった。
「
……
にしたって、うどん屋だろ? 初手でコレが出てきたら驚くだろ」
「注文した甲斐があったな」
四人掛けのテーブル席の正面で、にやりと村雨が笑う。調味料や漬物入れなどと並んで各席ごとに置かれている箱を開け、割り箸を取り出してオレにも渡してくれながら、視線で注文用のタブレットを指し示した。
「私はもう決めたので、あなたはゆっくり眺めるといい」
「早っ、いつの間に」
「もちろん先ほどだが? まあ、まずはこれを食べるぞ」
いただきます、と村雨が手を合わせて言う。オレも慌てて手を合わせてから、村雨が回してくれたおでんの皿に箸を伸ばした。
つやつやの飴色になるまで煮込まれた、大きな輪切りの大根。軽く力を入れただけで、箸先がすっと沈んでいく。切り分けてみると、中のほうまで見事に味が染みて茶色になっていた。
「へぇ
……
」
口に入れると、思っていたよりさらに柔らかかった。砕けた大根の欠片がとろけるように喉の奥へ落ちていく。ほどよく濃いめに効いたダシが、普段は食べ慣れていない味わいで新鮮だった。
続けて、厚揚げにも手を伸ばす。これまたぷるんと柔らかくて、噛むとじゅわじゅわとダシが染み出してきた。
「うん、うまいな」
厚揚げの半分を胃に収めて、おでんの皿を村雨に渡しながらオレは言った。
「デカい鍋で時間かけて煮込むと、やっぱ違うよなぁ。ダシもいい」
「他の具も試してみるか」
「いや、とりあえずいいわ。メイン食って、その後お前が食うならつき合う」
「では後で考えよう」
村雨は頷いて、おでんの皿を引き寄せる。代わりにぼた餅の皿を渡されたので受け取った。ひと口分が切り分けられて残っていたので(味見だけはしておけ、という村雨の意思表示だ)、そのまま口に入れる。餡はほどよい甘さで、土台のもち米はむっちりとした粘り気があった。和菓子というより、ごはんに近い存在感がある。
オレにはこの量で十分だったなと思いつつ、注文用のタブレットを手に取った。タブを順番に押して、ひと通り眺めていく。
「すげぇな、ホントいろいろある」
通常のうどんやそばの種類が豊富で、具のトッピングも細かく選べる。焼きうどん、鍋焼きうどんもあり、鉄板に乗せて出される焼きうどんは、この街の名物ということだった。さらにカツ丼や親子丼などの丼もの、今食べたおでんにぼた餅、それにカレーライスまで並んでいる。小さいサイズのうどんや丼ものも揃っており、それらを組み合わせたセットもあった。
「種類も量も、好みに合わせて選びやすいな。家族でも来やすそうだし、これは長続きするはずだわ」
「そうだな」
村雨がおでんの皿を空にして、水を飲みながら言った。
「店舗によっては、二十四時間営業のところもあるらしい。このご時世になかなか熱心だな」
「あー、夜が仕事の奴とかにはありがたいな、それ」
話しながら注文を決めて、ボタンを押した。タブレットを村雨に渡すと、淀みない手つきでポンポンと操作して、オレに視線を投げてくる。追加や訂正はないか、という意味だとわかったので、軽く頷いてみせると、そのまま送信のボタンを押した。
「すぐ来るだろう」
村雨はそう言って、厨房のほうを見やった。長年勤めていると思しき中年の女性が数名、慣れた様子できびきびと動いている。あちこちから湯気が上がっており、フライヤーの油の音や、食器がかちゃかちゃと触れ合う音などが響いていた。
オレは店内を見回して、村雨を眺めた。
休日の、昼メシには少し早い時間で、お座敷にもテーブル席にも、まだ客はまばらにしかいない。それもほとんどが一人で来ている客で、家族連れの姿も無く、静けさのある落ち着いた雰囲気が漂っていた。広い窓から差し込む陽光で、店内は穏やかな明るさに満ちている。
その中で村雨は、椅子の背に体重を預けて脚を組み、膝頭の上に両手を置いてゆったりと座っていた。深紅の瞳は淡く輝き、口元には有るか無しかのわずかな笑みをのせている。リラックスして、今の時間を楽しんでいるのが伝わってきた。
ふと、疑問に思った。
村雨はどうして、この店に来ることにしたのだろう。
旅先で、あえてチェーン店のうどん屋を選んだのは、何故なのだろうか。
コイツのことだから、きっと何か思惑がある。単にメニューが豊富だからというわけじゃないはずだ。
「
……
なぁ、村雨」
呼びかけると、ふいと瞳がこちらを向いた。
「何だ」
艶やかな視線が、オレを捉える。
一瞬、ドキっとした。
「いや、そのさ」
自分が動揺したことに、動揺してしまった。恋人としてつき合い始めて、もうずいぶん経つのに、ちょっと見つめられたくらいで。
でも、今日の村雨は、何だかいつもと違った。
こうして二人で旅行に来ているからだろうか。仕事からも銀行からも離れて、アイツらもいなくて。オレたちは、お互いだけを見ている。
オレは、村雨だけを見ている。
「まあ、そういうことだ」
にやりと笑って、村雨が言った。
「え?」
「あなたの関心が私だけに注がれるのは、気分がいい」
「
……
ンだよ。心読みやがって」
「ふふ」
いかにも嬉しそうに、村雨が眼を細める。頬が熱くなるのを感じながら、そっぽを向いて反論を考えようとした時、両手にお盆を持った店員がこちらへ近づいてきた。
「来たな」
村雨が組んでいた脚を解いて、椅子に座りなおす。
お待たせしました、の声とともに、皿の乗った盆がテーブルに置かれた。
「うぉ
……
」
思わず声が出てしまった。村雨の頼んだほうの盆を見て、そのボリュームに。
オレはミニうどんとミニカツ丼のセットにしていたけれど、村雨は普通のうどんにカツカレーを組み合わせていた。さすがにカツカレーは小さいサイズにしているようだったが、それでもそこそこの大きさがある。さらに追加のおでんの具で、ちくわに牛すじ、しらたきが盛られた小皿まで置かれていた。
うどんは二人とも、一番人気と書かれていた「肉ごぼ天うどん」だった。この「ごぼ天」が特徴的で、まる天とかかき揚げとかではなく、細長いごぼうが一本ずつ天ぷらにされている。オレの「ミニ肉ごぼ天うどん」では、大きめの汁椀程度の小どんぶりに乗せて縁にかかる程度の長さだったが、普通サイズを頼んだ村雨の「肉ごぼ天うどん」では、どんぶりをはみ出す勢いの長いごぼう天が五本、扇形に広げて並べられていた。なかなかの迫力だ。
その横に牛肉の煮込みがたっぷりと載せられ、輪切りのネギと白いかまぼこが添えられている。かまぼこには、この店の屋号である「資」の字が
——
これを「すけ」と読むのだが、調べるまで当然わからなかった。確かに初見では地元民しか読めないだろう
——
桃色で練り込まれていた。
うどん、大きなごぼう天、牛肉。カツカレーに、おでん、先ほどのぼた餅。改めて数え上げてみると、炭水化物の多さにくらくらする。
「わかってたけど、よく食うよなぁ
……
」
しみじみと言ってしまったが、もちろん村雨は動じなかった。
「普通だが」
「この後ドライブして、海峡の向こうの市場で食べ歩きする、って言ってたよな、お前」
「それはそれ、これはこれだ」
村雨はすずしい顔で割り箸を持ち、長いごぼう天を掴む。
オレもそれ以上の議論は諦めて、自分のごぼう天を持ち上げた。汁がついていないほうの端から噛みつく。
さくり、と衣が歯に当たって砕ける。続けてごぼうの厚みと硬さが来る、と身構えたら、意外にもあっさりと、やわらかく噛み切れた。
「
……
へ?」
軽い。サクサクしている。
ごぼうと聞いて思い浮かべる、筋ばった感じが全然無い。アクもきれいに抜けている。細切りやささがきじゃなくて、縦に四分の一に割っただけのごぼうなのに、スナック菓子のような感覚でどんどん食べていけた。どんぶりの中でつゆに浸かっていた部分までくると、濡れてぷるんとなった衣から味が滲み出てきて、またさらに美味い。これなら四、五本あっても、あっという間に食べられそうだった。
「すげぇな、美味い」
「あぁ」
村雨も順調に、どんぶりの中身を減らしていた。長いごぼう天が小気味よく口の中へ消えていく。続けて牛肉を大きく箸で掬って、うどんと共に噛みしだく。
いつもながらの、村雨らしい食べっぷりだった。決して下品ではなく、きちんとした食べ方で、しかも勢いがある。美味そうに食うので、見ていて気持ちがいい。
「
……
へへっ」
好きだなぁ、と思った。
家でも外でも、日常でも旅先でも。
こうして当たり前のように、オレと一緒に村雨がメシを食っている。
美味しい時間を、共有している。
これが、ずっと積み重なっていくんだ。
今までも、これからも。
「どうした、獅子神」
きりのいいところまでうどんを啜って、村雨が顔を上げた。
金のグラスコードがしゃらりと揺れ、丸い眼鏡の縁が淡く輝く。
「随分と楽しそうだな」
「そーだな。でも、何でもねぇよ」
答えると、村雨はかすかに眉根を寄せた。
「教えてくれないのか」
「どうせお前、オレのこと読んでるだろ。それに、本当に何でもねぇんだって」
だって、もうこれがオレたちの『当然』だから。
オレはお前が好きで、お前もオレが好き。
だから、ずっと一緒にいる。
——
想いを乗せて見つめると、村雨はオレの目を覗き込んで、ふっと表情を緩めた。
「なるほどな」
満足そうな笑みと、声音。
伝わったのが嬉しくて、オレも笑った。
そうしながら、ふと思い出した。注文を済ませた後に、考えていたことを。
訊きそびれていたけれど、村雨は何故この店を選んだのだろう。わざわざ旅先で、チェーン店のうどん屋を。確かに地元では親しまれているようだが、もっと価格帯が高くて有名な、この土地ならではの店はいくらでもあったはずだ。
疑問をそのまま口に出すと、村雨は箸を止めて、真面目な顔になって言った。
「実はこの店は、近年になって首都圏にも進出している」
「えっ
……
は?」
意味が分かるまでに、少し時間がかかった。
近くでも、食える?
じゃあ、なおさら何でだ?
ぽかんと口を開けて固まったオレに向かって、村雨は穏やかに言葉を続けた。
「旅先で口にする味は、その時一度きりになってしまうのが普通だろう。そういった一期一会も旅の醍醐味には違いないが、たまにはこういうのも悪くないと思った」
深紅の瞳が、まっすぐにオレを見つめる。
「帰ってからもこのチェーン店に来れば、今日と同じものをまた味わえる。あなたと旅に出て、美味しいものを共にした体験を、身近なところで繰り返せるのだ。その度に私達は、今日という日を思い出して笑い合うだろう。たとえ何年経っても」
今回の旅で見るもの、食べるもの、聞くこと、感じること。
それらについて語り合って、共有する思い。
大切にしまい込んだ非日常の旅のあれこれを、日常の中でまた取り出す。その時、同じ味を二人で囲んでいれば、思い出はよりいっそう鮮やかに、深くよみがえることだろう。
村雨が言うように、何年経っても、ずっと。
「やっぱ凄ぇな、お前って。そういうコト、思いつくのがさ」
ため息混じりに感嘆すると、村雨はくすりと笑った。
「それを言うなら、あなたもだぞ」
「どういうことだよ」
「あなたとの事だから、このような考えも浮かぶ。つまり、私にそうさせているのはあなただ、獅子神」
そう言って村雨は、肉ごぼ天うどんの残りを素早く啜ると、箸を置いてスプーンを握った。指先で眼鏡の縁を軽く押し上げて、カツカレーの皿に向き直る。
その頬が珍しく、ほんのりと桜色に染まっていた。
「え
……
もしかしてお前、照れて」
「いいからあなたもうどんを食え。麺が伸びてしまう」
ばさりと遮って言い捨てると、村雨は脇目もふらずカツカレーを掬い始めた。
——
かわいい。
こんな村雨、めったに見られない。
もっとじっくり眼に焼きつけたい気持ちはあったが、手を止めたままでいて、これ以上へそを曲げられても困ってしまう。それに、うどんの麺が伸びてしまうのは確かに勿体ない。
オレは箸を持ち直して、麺と牛肉を口に入れた。
甘辛く炊かれた牛肉の旨味が、しっかりとしたダシと共にうどんの麺に絡みつく。やや太めの麺はやわらかすぎず、適度な歯ごたえがあってもちもちとしていた。それでいてなめらかで、つるんと腹に収まっていく。食べやすくて、美味い。
順調にうどんを食べ終え、ひと息ついて水を飲みながら、正面に座る村雨を眺めた。真剣な目つきで、カツカレーを頬張る村雨。まだ顔の赤みが残っていて、いつもより何だか無防備な感じがする。旅先という非日常の、今この時しか見られない、オレだけが見ている村雨だ。
次に食べるときは、この村雨も思い出す。
きっと村雨も、そんなオレを見ているのだろう。そうして同じように思い出す。お互いに、何度も。美味しいものを囲んで、同じように笑って。
楽しみだな、と呟けば、村雨がもぐもぐと口を動かしながらオレを見る。
そうだろう、私もだ、と告げながら、深紅の瞳が嬉しそうに輝いていた。
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