sisimi 
2026-04-29 01:32:24
1262文字
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それは鮮やかな色でした

 
父+水木
つつじの蜜を吸っているだけの父の姿に見惚れてしまう水木の話

 

 隣を歩く男を見やる。その長身に見合った長い足をゆったり動かし、水木に歩幅を合わせて歩く男は鮮やかな赤紫の花弁を広げた花を咥えている。
 男の白い頭髪が風に吹かれて揺れる。咥えた花も口元で揺れる。横にいる水木からは、長い前髪に隠れてしまって男の表情は見えなかった。

 晴れた空の青と日の光に透けて溶け消えそうな白と、チューブから絵筆で直接取った絵の具をぺたりとのせたようにくっきりとした赤紫。それは額に入れられた絵画のように大事に水木の中に飾られて、何年か後になってもふとした拍子に鮮烈に思い出せるような光景であった。
 少し暑く感じる日差しの下を友と並んで歩いていて、暑さ寒さに頓着しないやつだと知ってはいても「今日は暑いな」などと声をかけようとしたのだったかどうだったか、すっかり忘れてしまった。それくらい鮮やかに友の色が視界を埋めたのだ。
 日を眩しく感じて目を細めるが友から視線は離せず、水木は黙ったまま歩く。

 男はふっ、と先へ飛ばすように花弁を吹いた。そうしてまた片手で道沿いに生えている躑躅の群れから一つぷつりと摘んで、その白く細い指先で口元へ運ぶ。
 それを何度か繰り返していたのをどのくらい見ていただろうか。水木自身は見ている側であったため分からなかったが、また一つ赤紫を摘んだ男がそれを自身の口元ではなく水木へと差し出した。
「え、」
「なんじゃ、欲しかったのではないのか」
「いや、その」
 ずっと見ておったじゃろう、とゲゲ郎が言う。
 目が離せなかったから見ていたのだ、とは言いづらい。水木は立ち止まり、ああ、ええと、などと口ごもってしまった。
 同じく立ち止まったゲゲ郎が手を伸ばしたので、近付けられた筒状の花弁の根元がちょんと唇に触れた。
「んっ」
 反射で口を少し開ける。ゲゲ郎が差し出すものならば大丈夫だと無条件に信頼している身体は全くもって素直で、そのまま花を咥えた。
 水木も幼い頃には躑躅やら他の花々の蜜を吸ったことがある。故に花の蜜に今さら抵抗は無いが、もしかすると例え害のあるものであったとしてもゲゲ郎が差し出してくるのならば、言われるがまま受け入れてしまうのかもしれないなぁと何とはなしに思った。
 まあいいか、欲しかったことにしておこう。
水木は赤紫の花弁を揺らしながら遠い記憶を掘り起こす。舌に感じる僅かな甘さ。こんなに薄い甘さだっただろうか、と。思い出す前に甘さは口の中から消えた。
 甘さの去った後は植物の青臭さが寄ってきて、花弁を口から離すと指先で弄び眺める。
 隣に立つ友は、それを見てふふと笑うとまた一つ口に咥えて先を歩きだす。
 水木もそれにつられて歩きだす。持っていた花弁は指先でくるりと回してぴんと弾いて飛ばした。
そうして水木もまた道沿いに連なる躑躅の群れから一つ摘んで口に咥えるとゲゲ郎の横に並ぶ。
 子どものように花を咥えて蜜を吸い、ふたり並んで歩いてゆく。確証など無かったがこの先もこうしてゲゲ郎の隣を歩いていくのだろうと思えた。