駆けろ風のように

【寿月】CP未満*ハラテツくん+毛利くん。ヒラゼン隊長と越知さんは姿だけ。あの満月の夜のあと、自主練をする四人。

「しっかしビビったわ~、ホンマ」
 空きコート近くに並んだ自動販売機、そのうちの一台のボタンを二つ同時に押しながら、心底からの声をしみじみと吐き出す。ガコン、と音を立てて落ちてきた炭酸飲料のボトルを取出口から掴み取り、原哲也は肩越しに背後を振り返った。

「モーリーペアと自主練とか、例のお笑い大会ガチやったんかと思たっちゅーねん」

 視線の先では、迷わずスポーツドリンクを選んだ昔馴染み――毛利が黙々と水分補給に勤しんでいる。
 二時間ほど前に全体トレーニングが終わり、合宿所内はすでに自由時間帯だが、そのまま自主練習を始めるメンバーも多い。敷地のそこかしこにあるコートのほとんどは、ナイター設備の白い光に照らされたままだった。
 原はといえば全体練習後、平とともに更衣室へ引き上げかけたところを切実な顔をした毛利(と、その後ろに無言で佇む越知)に呼び止められ、……そして、いま。
 『自主練習の小休憩』という束の間のオアシスに、毛利と二人、飲み物の買い足しがてら赴いている。
 インターバルは十分間。冷たいボトルの感触が、汗ばんだ手に心地良い。意気揚々とキャップをひねると、ぷしゅ、と軽快な音がした。
 小さな気泡がぱちぱちと弾ける液体をいくらか喉に流し込んでから、原はもう一度口を開く。

「まあ、越知先輩と自主練なんてお前がおらんかったら絶対できへんやろーし、俺としちゃラッキーやねんけど……ってオイこらモーリー聞いてんかー?!」
「どわっ……! い、いきなりデカイ声出しなや! 心臓に悪いやろうが!」
「いきなりちゃうわ! お前が人のハナシ全然きーてへんからやろ!?」

 完全に上の空だった男に突っ込みがてらそう指摘してやると、毛利はぐっと言葉に詰まったあと、盛大な溜息を吐いてゆるく首を横に振った。
……悪い、考え事しちょった」
「いや、……まぁ、別にエエけど。そんなんでちゃんと休めとんのか?」
 休憩に来たはずだというのに、毛利の目線はずっとコートに向いたままだ。
 その目を追えば、コート端のベンチに腰を下ろしてなにやら話し込んでいる平と越知の姿が見える。(身振り手振りをみるに平がネタ見せをしているようだけれども、一応の観客であるところの越知は微動だにしていない。)
 これは早めに相方として狙撃手ヒットマンの加勢に行くべきだろうか、とかすかな心配を抱いたものの、隣の男が話し出す気配を察して意識を引き戻す。三分の二ほどまで中身を減らしたボトルを片手に、毛利がぼそりと呟いた。

…………、ホンマ、どーにも上手く行かれへん」
「まだ組んだばっかやで、そんなモンやろ。っちゅーか、そんでも何日か前よりは大分マシになって来とると思うけどな」
「それは、そーかもしれんのやが……

 なんて言うたらええんやろ、そうやない、そうやないねん。
 眉根を寄せ、見たことがないほど小難しい顔をしながら呻く姿に、まじまじと男を眺める。
 指摘した通り、傍から見ている分にも感じられる程度には、越知・毛利ペアはこの数日のうちで徐々に調子を上げつつある。その自覚があってなおこの悩みぶりとは、どうやら随分と状況を持て余しているらしい。原の返した反応に気付いた毛利が、決まり悪そうに肩を落とした。

「ハラテツ、俺な」
「なんや」
「ほんまに全然、月光つきさんのこと見てへんかったんやと思う」
「は?」
「そらぁ、さすがに顔は忘れちょらんかったけど。実際ペア組むまで名前もわかってへんかったし……負けてあの人が番号落としとんのも、隊長に言われるまでろくに見てへんかった」
…………、」
「あの人の事、ちゃんとわかっとらんとアカンのに、足りへんモンが多すぎてすぐ自分の事で手一杯になってまう」

 ……ホンマ、上手く行かれへん。
 頭に浮かんだままの形で漏れ出したような声が、夜の空気の中にぽつりぽつりと積もっていく。
 その横顔はいたく真剣で、相槌の代わりに沈黙を返すほかにない。毛利寿三郎というのは、人前でこんな表情をする男だっただろうか、と、ふと思った。
 転校後のことは詳しく知らないが、(なにぶん本人があまり話したがらないものだから、)四天宝寺の気風に馴染む明るく騒々しいやりとりの印象ばかりが強く、これほどストイックな物言いをするところは見たことがない。
 平の話で目が覚めたのか、越知との間でほかに何かがあったのか。
 ただ目の前の不足を見据える視線の熱量に、こちらまでどうにも煽られたような気分になって、手の中のボトルを握り込む。

「ほんでも、どーにかやるしかないやろ。あの人ら、先におらんよーになってまうんやから」
…………

 今年はU-17W杯が行われる。強化合宿自体は来年もあるが、二年生の平にとってはこれが最初で最後の世界大会への参加のチャンスだ。
 余計なことは考えるなと釘を刺されているけれども、一年生と組むハンデを引き受けてくれた平には、自分なりに感謝している。――その恩を返す場所は、コートしかない。
 背すじを伸ばし、腹筋を使って短い息を肺から押し出す。もうひと口だけ炭酸を喉に流し込み、勢いよく前を向いた。「おっしゃ、」

「隊長が精神の暗殺者メンタルアサシンされる前に助けに行くで。そろそろ加勢せんと自主練中止になってまう」
「? うわ、ホンマや、月光つきさん相手に何してはるん隊長」
「お前、まさかヒラゼン隊長の勇姿見てへんかったんか?!」
「いや、考えるのに忙しゅうて月光つきさんしか見とれへんかった……
「そーゆーとこやぞモーリー!」

 悠長なことを言う毛利には忘れず突っ込んでから、コートを目指して駆け出す。ワンテンポ遅れて同じように走り出した男が、ぐっと加速して横に並び付きながら自身を呼んだ。

――、ハラテツ」
「なんや!」
月光つきさん、あれ、ちょっと困っとるかもしれん」
「そー思うんやったらお前も走れ! 相方やろ!」
「せやからデカい声出しなや、もう走っちょるわ!」

 相方がいかに重要な存在か、毛利も四天宝寺中での暮らしで十分学んでいるはずだ。そのことに改めて向き合い始めた男が手強いライバルになるのは間違いないけれども、背を押すのを躊躇いはしなかった。男とチームメイトだった時間は決して長くなかったが、笑いのツボを分かちあった者同士の絆は浅くないのである。
 四天宝寺の魂よ永遠なれ、っちゅーヤツや。
 声に出さず呟いて、毛利に負けじとアスファルトを蹴りつけた。