匣舟
2026-04-28 23:06:59
2498文字
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春宵に酔う

春らしい小説を書いてみたくて春の夜に寒がる相手に上着を貸すきり乱を書いてみました。
シチュは春シチュ編推しカプBINGOから参照しました〜。
ありがとうございます🫶🫶

 なんとなく夜桜が見たくなって、乱太郎は何の考えもなしに部屋を飛び出した。部屋の電気は切ったし、ガスもちゃんと切ボタンにマークが向かっているのも確認したから家に帰ると火事でアパートが全焼ということはまずないだろう。多分。
 乱太郎には同居人がいるのだが、その同居人は今日アルバイトで遅くなるというメッセージが先ほど来ていたので、きっと彼が帰るよりも先に乱太郎のほうが帰っているだろうから心配はないだろう。乱太郎の行き先は大学へ向かう通学ルートの途中にある川沿いの大きな桜の木である。
 乱太郎の住んでいるアパートから歩いて数十分の距離なので、夜でも人通りがそこそこあるし、この桜は地域の人の中ではやはり大きいからか有名らしく、もう二十二時を回っているのに乱太郎の他にも桜を見に来ている人がちらほらといる。
「わぁ……きれい。」
 大きな桜の木は満開で、風が吹くたびに花びらを舞わせてその美しさをこれでもかと言わんばかりに主張している。その光景に惹き込まれるようにして乱太郎はしばらくずっと桜を眺めていた。街灯がぼんやりと辺りを照らしていて、その明かりが桜をよりきらきらと光らせて幻想的に際立たせていた。
 どのくらいそうしていただろう。ふと夜風が吹いてきて、乱太郎は思わずくしゃみをした。少し前まであんなに暖かかったのに、ここ最近はすっかり冬が戻って来たような寒さになっている。乱太郎はぴゅう。と風が吹くたびにぶるりと体を震わせる。
 何の考えもなしに外に出てきてしまったからか、乱太郎は今、部屋着のままこの場所に立っていた。いくら手元に上着を持っているとはいえ、薄着なので着たとしても温かさの足しにはならず、防寒対策をしてないに等しい。だからこのままここにいるのは風邪を引いてしまうかもしれない。もう少し桜を見たかったけれど、そろそろ帰ろう。と乱太郎が踵を返したそのとき、乱太郎は不意に後ろから声を掛けられてびくりと肩を揺らした。
「何してるんだよ、こんなところで。」
 突然声を掛けられて振り向いた先にいたのは、アルバイト帰りであろう乱太郎の同居人、きり丸だった。アルバイト帰りで疲れているのか、少々気だるげな雰囲気で立っている。
「うわぁ!!……なんだ、きりちゃんかぁ。驚かさないでよ!」
「お前が勝手にビビッただけだろ?それで?」
「うん?」
「質問に答えてもらってねぇんだけど。なんでお前こんなとこでぼーっと突っ立ってんだよ。」
「あ、そうだったね。何でか急に桜が見たくなっちゃってさ、気づいたらここまで来ちゃった。」
 乱太郎がそう言って笑うと、きり丸は呆れたようにため息を吐いてきた。その視線が言葉を発するよりも雄弁にはあ、本当にお前ってやつは。と言う気持ちを表しているので、乱太郎は苦笑いを零す。その様子を見て、きり丸はやれやれと言った感じに頭を振ったあと口を開いた。
「そんな薄着で出掛けるなよ!どうせなんも考えずに出てきたんだろ。春先だからって油断すんなよ。」
「う、否定できない……。」
 図星を指されて言葉に詰まる。だって本当に何も考えてなかったんだもの。という独り言が乱太郎の口から零れるとそれに対して、きり丸は再びため息をついて呆れた顔をした。
「大丈夫だよ!ちゃんと上着持ってきたし!」
「それでも足りねぇって。ペラッペラじゃねーか。ほら、これ着ろ。俺のパーカー貸してやるよ。」
 そう言って差し出されたのはきり丸の普段よく着ている黒のパーカーだった。乱太郎は素直にお礼を言ってそれを受け取る。そしてそれを羽織った。きり丸の着ていたパーカーはさっきまで彼が着ていたからか温もりが残っていており、そのぬくもりに包まれた乱太郎は、ふわふわとした気持ちのままきり丸に抱き着いた。ぎゅぅ……。と全身を使ってしっかりと抱きつくと、その温かさが更に伝わってきて幸せな気持ちになる。
……おい、離れろよ乱太郎。」
「嫌だ!寒いもん!それにこうしていればあったかいしきり丸の匂いもするから一石二鳥でしょ~?」
 そう言って彼のほうに顔を上げて満面の笑みを見せる乱太郎にきり丸は少しだけ眉根を寄せて不機嫌そうな表情を浮かべたけれど、すぐに諦めたようにため息を吐いて、そしてそのまま乱太郎の髪をぐしゃぐしゃにするように撫でる目の前にいる彼。
 きっとその真っ赤に染まった耳を見られたくなくてやっているんだろうな、と思う。顔が見えなくてもどんな表情をしているのか分かるほどには一緒にいるし、付き合いは長いのだ。だからこそ余計に愛おしく感じる。乱太郎はくすぐったいなぁ。と思いながらもされるがままだ。
「まったく、仕方ねぇやつ。」
「へへ。」
……早く帰ろーぜ。寒ぃから。」
 きり丸はそう言って乱太郎の腕をひっぱって歩き出す。そしてそのまま二人並んで夜道を歩く。きり丸の耳はやっぱりほんのりと赤かったけれど、きり丸本人が自分に気づかれたくないと思っているのならわざわざ言って揶揄う必要もないだろうと乱太郎はそのことについて言及せず、ただきり丸の腕に自分の腕を絡ませて隣を歩いた。夜空に咲く月と星空に映える桜を見上げながら、ふたりで自分たちが住むアパートへの道のりを歩く。
「きりちゃん、帰ったらココア作ってよ。」
「なんでだよ。自分で作ればいいだろ。」
「だってきりちゃんが作るココアのほうが美味しいんだもん!お願い、作って?」
 そう言いながらきり丸のパーカーの袖をくいくいと引っ張って首を傾げる。乱太郎の上目遣いが好きなきり丸にはこれが効くことを知っているのだ。案の定、きり丸はうぐっ。と言って言葉に詰まって目を逸らした。あと一押しだ。
「ね、おねがい。」
……へーへ、しゃーねぇな。今回だけだぞ?」
 渋々といった様子を見せながらも了承してくれたことに嬉しくなって思わず笑ってしまうと、彼がじろりとこちらを見やってくるので慌てて顔を引き締め直す。その様子を見ていた彼はやれやれ。と言った感じに肩をすくめるも口元には笑みが浮かんでいるのが見えた気がした。